折り紙少女と不思議な力 ~君の手の上で、私の折り紙は動き出す~

 生まれて初めて、誰かを好きになりました。
 彼は、すぐ近くにいるようで、でも私にとってはとても遠い存在でした。
 なぜなら――彼には恋人がいるからです。
 
 自分の部屋の机に向かいながら、私は脳内でポエムを読み上げた。
 目の前には、一枚の折り紙。派手すぎず、でもおしゃれな模様のついた、赤い千代紙だ。
 雪谷くんのために、折り鶴を折らないといけない。
 数日前に折り鶴をお願いされたとき、その場で折ることもできた。むしろ、ちょっとそんな空気になっていた。
 でも、せっかくだからいい紙で折りたい、などと適当な理由を付けて、私の宿題として持ち帰ったのだ。
 文化祭は、もう明日だ。
 それなのに、まだ折り鶴を折れていない。
 机の上の千代紙を前にして、私の手はどうしても動かなかった。
「どうしよう……」
 これから折る折り鶴は、百パーセント、雪谷くんのために折るものだ。だから、雪谷くんへの私の気持ちが乗らないわけがない。
 雪谷くんは、折り紙の感情を感じることができるらしい。
 それがどの程度のものかわからないけど、好きだという気持ちが伝わってしまうのは怖い。
 もし、雪谷くんが折り鶴を見た瞬間に、「そうか、荻目は俺のことが好きだったのか……」って気づいたら?
 考えただけでも寒気がする。それはまるで、ハートのシールを貼ったラブレターを渡すようなものだ。
 そう思ったら、私は折り鶴を折ることをためらってしまった。
 きっと、雪谷くんだって困るだろう。
 小森さんという恋人がいるのに、私から好意を寄せられていると知ってしまったら。
 もう、これまでのような関係ではいられなくなるかも。
 いっそ、何かの間違いが起こって、小森さんとさっさと別れてくれれば、とまで思った。
 でも、それでは雪谷くんが悲しんでしまうことに気がつき、すぐに考えを改めた。
 私は深いため息をついた。
 もう、どうしようもないな……。
 私が取れる選択肢は、一つだけだ。折り鶴を折って、雪谷くんへ渡す。
 その結果がどうなるかはわからない。でもきっと、約束を破って失望される方がつらいだろうな。
 後は……勇気だけ。胸の中に秘めた雪谷くんへの気持ちと、向き合う勇気だけ。
 じっくりと考えてから、私は千代紙を裏面にひっくり返した。
 私は、その裏面をじっと見つめた。
 
 *
 
 今日は文化祭。出席確認のために朝から教室に集まったけど、机は使わないのでほとんど撤去されている。
 うちのクラスの企画はスポーツゲームコーナー。サッカーやソフトボールの的当てゲームで遊ぶことができる。
 本当はバスケのフリースローもやる予定だったけど、照明にぶつかると危ないということでそれは中止になってしまった。残念。
 
 私は、自ら雪谷くんに朝の挨拶をした。
「おはよう」
「おう、おはよう」
 もう何も怖くない、というと嘘になるけど、少なくとも腹はくくった。
「遅くなってごめん。これ」
 私は千代紙で折った折り鶴を渡した。
「おお! めっちゃいい模様だね」
 雪谷くんは笑顔でそれを受け取った。
 私はドキドキしながらその様子を見守った。
 私の気持ち、伝わっちゃうのか? 
「おお?」
 雪谷くんが妙な反応を見せた。まさか、やっぱり、伝わってる……⁉
「荻目……」
「は、はい」
 雪谷くんが真剣な表情でこちらを見たので、私の全身から汗が噴き出してきた。
「いいね、これ。荻目の強い気持ちが伝わってくるよ。なんか、やる気に満ちている感じ」
 あ、あれ? やる気?
「ありがたく使わせてもらうわ」
 折り鶴を手にした雪谷くんはにっこりと笑った。
 どうやら、気持ちは伝わったものの、具体的なところまではわからなかったみたい。
 なあんだ……。気にすることなかったのか……。
 安心したら、全身の力が抜けそうになった。
「へへへ……後で数学研究部の展示、見に行くね」
 私もにっこりと笑った。
 
 *
 
 開会式が終わり、いよいよ文化祭が始まった。
 だけど、さっそく校内を見て回りたいと思ったのに、私は一人だった。
 雪谷くんと綾奈は、今はクラス企画の当番。加藤くんは彼女と一緒に回るらしい。
 他の仲が良い友人も、タイミングが悪くて捕まらなかった。
 とほほ……。まあ、綾奈の当番が終わるまでの辛抱だな。
 私はぷらぷらと校内を歩き出した。
 すると、数学研究部の部屋が目に入った。私は吸い込まれるようにそこへ入っていった。
 部屋の中には、部員による数学の展示パネルがたくさん並んでいた。部屋の中央には、実際に遊べるパズルが置いてある。
 まだ朝だったので人は少なかったけど、そこには私の知っている人がいた。
 小森さんだった。
「あれ、荻目さん?」
「どうも……」
 私は精一杯の作り笑顔をした。
 どうして小森さんがここに。そうか、数学研究部のOGだからか。それにしたって、こんなに朝早くから来なくても……。
「久しぶりだね! 淳くんの展示を見に来たの?」
「はい」
「ちなみに、淳くんは今いないよ。クラスの当番だって」
「そうですね」
 知ってますよ。同じクラスなんで。
「あれが淳くんのだよ」
 小森さんが指した先には、以前雪谷くんに見せてもらったものを拡大したパネルがあった。
 そのパネルには、私が折った折り鶴がクリップで止めてあった。
 それを見て、私は少しこそばゆい気持ちになった。
「この折り鶴、荻目さんが折ったんでしょ?」
「そうです」
「折り紙をテーマにするって聞いたとき、きっと荻目さんの影響なんだなって思ったよ」
 小森さんはにっこりとした笑顔で言った。
「そう……なんでしょうか?」
「絶対そうだよ。淳くんは荻目さんのことをよく話してるもん」
 え?
 雪谷くんが、私の話を?
 思いがけない話に、私の心臓が高鳴り始めた。
「なんかね、荻目さんのことを尊敬してるって感じ」
「尊敬……ですか」
「うん。荻目さん、折り紙が上手でしょう。でね、淳くんが言うには、ただ上手いだけじゃなくて、人への想いを込められるから、特別なんだって」
 そうなんだ。雪谷くんが、そんなことを……。
 雪谷くんは、私の折り紙をよく見ている。
 そして、私が込めた想いを、しっかりと感じ取っている。
 そう思ったら、照れくさくて顔が赤くなってしまった。
「……じゃ、私は行くね」
 小森さんは笑顔でそう言うと、他の部員のところへ行ってしまった。
 私は改めて雪谷くんの展示を見た。
 雪谷くんらしい無骨な数学のレポートと、それを彩る鮮やかな折り鶴。
 私は、雪谷くんのために折り鶴を折ったことを誇らしく感じた。
 雪谷くんへの想いを込めた折り紙は、どことなく温かい光に包まれているように見えた。