小森さんの件からしばらく経ったころ。
私たちは、放課後にたびたび音楽室へ集まり、お喋りや折り紙を楽しんだ。
綾奈や加藤くんは折り紙を折ることに興味を持ったらしく、私が教えてあげながら一緒に折ることもある。
でも、二人の折った折り紙は、雪谷くんの力では動かなかった。私の折り紙が特別なのかな? 理由はさっぱりわからない。
ちなみに、彼女いない歴一か月などと言っていた加藤くんは、今はもう彼女がいるらしい。後輩の女子から告られたって、さすが加藤くん。私の思った通り、本当にモテる。
今日も私たちは音楽室に集まった。
文化祭が近いことから、会話の話題も自然と文化祭のことが多かった。
そういえば、雪谷くんの部活は、文化祭に向けて活動するって言ってたっけ。
「ねえ雪谷くん、数学研究部……だっけ? って、文化祭で何やるの?」
「まあ、図形パズルとか、パネル展示とか」
「パネル展示?」
「ああ、数学にまつわるレポートみたいなやつ作って展示するの」
「小学校の自由研究みたいだね」
私がそう言うと、雪谷くんはムッとしてしまった。
「小学生よりは難しいことやるから。まあ、荻目にはわかんないかもな。数学の成績ヤバかったし」
「まあね……」
私は苦笑いでごまかした。
次の数学のテストのときは、雪谷くんに教えてもらおうかな……。
「展示のテーマは決まってんの?」
加藤くんが聞いた。
でも、雪谷くんの答えは歯切れが悪かった。
「まあ、うん」
「いやいや、何をやるのかを聞いてんだよ」
「うん、あの……」
なぜか雪谷くんはすぐに答えない。
みんな、雪谷くんの次の言葉を待っていた。
「……折り紙」
雪谷くんはぼそっと言った。
「え! 本当⁉」
私は手を合わせて喜んだ。
「めっちゃいいじゃん!」
雪谷くんが、折り紙!
綾奈や加藤くんと違って、雪谷くんは折り紙を折ろうとしない。
だから、雪谷くんが折り紙の展示をすることは驚きだし、とても嬉しかった。
「ねえ、おかしくない? 数学の展示なのに、どうして折り紙なの」
綾奈は不思議そうに聞いた。
「折り紙って正方形だろ。それを折って形を変えるから、幾何学的な行為なんだよ。『芳賀の定理』なんかが有名だな」
「はあ」
雪谷くんが難しいことを言うので、私はあっけにとられてしまった。
「ねえ、でも折り紙なら早く言ってよ。私も手伝ったのに!」
「いやだって……荻目の上手い折り紙と違って、俺のやつなんか足元にも及ばないし。見せたくないよ」
「ええ〜?」
私は納得いかなかった。
「折り紙に、上手いも下手も関係ないよ!」
私が吠えると、綾奈は私の肩をポンポンと優しく叩いた。
「あのね華香さん。男の子ってのはね、プライドの生き物なの。だから、女の子に弱いところは見せられないんですよ」
綾奈は先生みたいな口ぶりで言った。
「これ、テストに出ますから、覚えておいてください」
「そんなテストがあるか! そもそも、男子全般をそんなに簡単にまとめるな!」
加藤くんが素早く突っ込んだ。
「ねえ綾奈、それって三上くんのこと?」
私がそう聞くと、男子二人はぎょっとした顔をした。
「そうなの! こないだもね……」
綾奈のスイッチが入ると、加藤くんは苦笑いをして、雪谷くんは頭を抱えてしまった。
どうもこの二人は、三上くんの話が苦手みたい。
「ごめん俺、文化祭の準備があったわ」
雪谷くんはそう言って、さっと音楽室を出てしまった。
「あ! ズルいぞ淳!」
加藤くんも雪谷くんを追って逃げ出した。
「もう! 私の話を聞いてよね!」
綾奈はぷりぷりと怒った。
「あはは、綾奈は本当に三上くんが好きなんだね」
「うん、好き」
綾奈は即答した。三上くんの話をするとき、綾奈は遠慮なく全身からハートのオーラを放つ。
「ねえ、華香って好きな人とかいないの?」
「えええ?」
急に私の話になってしまい、私は面食らった。
「どうかな……。好きって、なんだろうね?」
「そりゃあ、例えば、ついその人のことを考えちゃうとか、その人と一緒にいたいなって思うとか」
私は綾奈の話を聞きながら、そんな人いるかな? と頭の中でぼんやりと人物像を思い描いた。
「その人のために、何かやってあげたい、って思うとかね」
何か、やってあげたい?
私が、その人のために?
すると、ぼんやりとしたイメージは、急に雪谷くんの姿になった。
え、雪谷くん?
そんなわけないと思って、私は頭を振った。
でも、私の頭の中にはまだ雪谷くんのイメージが残っていて、私に笑顔を向けていた。
思いがけない出来事に、私の心臓はドキドキと音を立て始めた。
「ははーん、誰か思い浮かんだな?」
綾奈はニヤニヤしながら私を見ている。
私は何も言えず、鯉のように口をパクパクさせてしまった。
「ほれ、綾奈お姉さまに、誰なのか教えてごらん?」
「無理……」
「ええ? なんでよ。誰にも言わないからさあ」
綾奈は優しくほほえんだ。
「待って待って。思い浮かんだ人はいるけど、別にその、好きとかってわけじゃ……」
「じゃあ、好きとかそういう話は抜きにしてさ。それが誰なのかだけ教えてよ」
綾奈は笑顔で私の目を覗き込んだ。まるで、私の心を読もうとしているみたいだ。
「いやあ、ちょっと、私も用事が……」
「こら、逃げるんじゃありません」
そう言って、綾奈は私の肩に手を置いて逃げられなくした。
「ほれ、さっさと言っちまいな」
「……あのう、好きとかそういうのじゃなくて、ただイメージしただけの人だからね」
「はいはい。わかったよ」
私は深呼吸した。
大丈夫。これはなんでもない。ただ、思い浮かんだだけだから。
私は消え入りそうな声で言った。
「……雪谷くん」
それを口にした途端、恥ずかしくなって耳まで赤くなってしまった。
「おお……なるほど……」
綾奈は驚きつつも頷いた。
「なんか、わかるかも。よくみんなで一緒にいるから、加藤くん、あんた、雪谷くんで矢印があったような気はしてたんだよね」
「え? 加藤くんの話はしてないよ?」
「……そうね、今のは忘れて」
綾奈は取り消すように手をひらひらさせた。
「でもそっか、雪谷くんか。じゃあ略奪愛だね」
「待って待って違うから!」
綾奈が変なことを言うので、私は慌てた。
「私、雪谷くんのことが好きなんて言ってない! 雪谷くんは、小森さんといるとき……その、すごく幸せそうだし……」
小森さんの名前を口にすると、私の胸はチクチクと痛んだ。
はあ、どうしてあんな人が彼女なんだろう。
「へえ、私は小森さんに会ってないから知らないけど、そんなにラブラブなんだ」
「……うん」
「まあ大丈夫だよ。世の中に男はごまんといるから。次だ次!」
綾奈は親指を立ててウインクした。
いやだから、私は好きだなんて一言も言ってないんだってば……。
私たちは、放課後にたびたび音楽室へ集まり、お喋りや折り紙を楽しんだ。
綾奈や加藤くんは折り紙を折ることに興味を持ったらしく、私が教えてあげながら一緒に折ることもある。
でも、二人の折った折り紙は、雪谷くんの力では動かなかった。私の折り紙が特別なのかな? 理由はさっぱりわからない。
ちなみに、彼女いない歴一か月などと言っていた加藤くんは、今はもう彼女がいるらしい。後輩の女子から告られたって、さすが加藤くん。私の思った通り、本当にモテる。
今日も私たちは音楽室に集まった。
文化祭が近いことから、会話の話題も自然と文化祭のことが多かった。
そういえば、雪谷くんの部活は、文化祭に向けて活動するって言ってたっけ。
「ねえ雪谷くん、数学研究部……だっけ? って、文化祭で何やるの?」
「まあ、図形パズルとか、パネル展示とか」
「パネル展示?」
「ああ、数学にまつわるレポートみたいなやつ作って展示するの」
「小学校の自由研究みたいだね」
私がそう言うと、雪谷くんはムッとしてしまった。
「小学生よりは難しいことやるから。まあ、荻目にはわかんないかもな。数学の成績ヤバかったし」
「まあね……」
私は苦笑いでごまかした。
次の数学のテストのときは、雪谷くんに教えてもらおうかな……。
「展示のテーマは決まってんの?」
加藤くんが聞いた。
でも、雪谷くんの答えは歯切れが悪かった。
「まあ、うん」
「いやいや、何をやるのかを聞いてんだよ」
「うん、あの……」
なぜか雪谷くんはすぐに答えない。
みんな、雪谷くんの次の言葉を待っていた。
「……折り紙」
雪谷くんはぼそっと言った。
「え! 本当⁉」
私は手を合わせて喜んだ。
「めっちゃいいじゃん!」
雪谷くんが、折り紙!
綾奈や加藤くんと違って、雪谷くんは折り紙を折ろうとしない。
だから、雪谷くんが折り紙の展示をすることは驚きだし、とても嬉しかった。
「ねえ、おかしくない? 数学の展示なのに、どうして折り紙なの」
綾奈は不思議そうに聞いた。
「折り紙って正方形だろ。それを折って形を変えるから、幾何学的な行為なんだよ。『芳賀の定理』なんかが有名だな」
「はあ」
雪谷くんが難しいことを言うので、私はあっけにとられてしまった。
「ねえ、でも折り紙なら早く言ってよ。私も手伝ったのに!」
「いやだって……荻目の上手い折り紙と違って、俺のやつなんか足元にも及ばないし。見せたくないよ」
「ええ〜?」
私は納得いかなかった。
「折り紙に、上手いも下手も関係ないよ!」
私が吠えると、綾奈は私の肩をポンポンと優しく叩いた。
「あのね華香さん。男の子ってのはね、プライドの生き物なの。だから、女の子に弱いところは見せられないんですよ」
綾奈は先生みたいな口ぶりで言った。
「これ、テストに出ますから、覚えておいてください」
「そんなテストがあるか! そもそも、男子全般をそんなに簡単にまとめるな!」
加藤くんが素早く突っ込んだ。
「ねえ綾奈、それって三上くんのこと?」
私がそう聞くと、男子二人はぎょっとした顔をした。
「そうなの! こないだもね……」
綾奈のスイッチが入ると、加藤くんは苦笑いをして、雪谷くんは頭を抱えてしまった。
どうもこの二人は、三上くんの話が苦手みたい。
「ごめん俺、文化祭の準備があったわ」
雪谷くんはそう言って、さっと音楽室を出てしまった。
「あ! ズルいぞ淳!」
加藤くんも雪谷くんを追って逃げ出した。
「もう! 私の話を聞いてよね!」
綾奈はぷりぷりと怒った。
「あはは、綾奈は本当に三上くんが好きなんだね」
「うん、好き」
綾奈は即答した。三上くんの話をするとき、綾奈は遠慮なく全身からハートのオーラを放つ。
「ねえ、華香って好きな人とかいないの?」
「えええ?」
急に私の話になってしまい、私は面食らった。
「どうかな……。好きって、なんだろうね?」
「そりゃあ、例えば、ついその人のことを考えちゃうとか、その人と一緒にいたいなって思うとか」
私は綾奈の話を聞きながら、そんな人いるかな? と頭の中でぼんやりと人物像を思い描いた。
「その人のために、何かやってあげたい、って思うとかね」
何か、やってあげたい?
私が、その人のために?
すると、ぼんやりとしたイメージは、急に雪谷くんの姿になった。
え、雪谷くん?
そんなわけないと思って、私は頭を振った。
でも、私の頭の中にはまだ雪谷くんのイメージが残っていて、私に笑顔を向けていた。
思いがけない出来事に、私の心臓はドキドキと音を立て始めた。
「ははーん、誰か思い浮かんだな?」
綾奈はニヤニヤしながら私を見ている。
私は何も言えず、鯉のように口をパクパクさせてしまった。
「ほれ、綾奈お姉さまに、誰なのか教えてごらん?」
「無理……」
「ええ? なんでよ。誰にも言わないからさあ」
綾奈は優しくほほえんだ。
「待って待って。思い浮かんだ人はいるけど、別にその、好きとかってわけじゃ……」
「じゃあ、好きとかそういう話は抜きにしてさ。それが誰なのかだけ教えてよ」
綾奈は笑顔で私の目を覗き込んだ。まるで、私の心を読もうとしているみたいだ。
「いやあ、ちょっと、私も用事が……」
「こら、逃げるんじゃありません」
そう言って、綾奈は私の肩に手を置いて逃げられなくした。
「ほれ、さっさと言っちまいな」
「……あのう、好きとかそういうのじゃなくて、ただイメージしただけの人だからね」
「はいはい。わかったよ」
私は深呼吸した。
大丈夫。これはなんでもない。ただ、思い浮かんだだけだから。
私は消え入りそうな声で言った。
「……雪谷くん」
それを口にした途端、恥ずかしくなって耳まで赤くなってしまった。
「おお……なるほど……」
綾奈は驚きつつも頷いた。
「なんか、わかるかも。よくみんなで一緒にいるから、加藤くん、あんた、雪谷くんで矢印があったような気はしてたんだよね」
「え? 加藤くんの話はしてないよ?」
「……そうね、今のは忘れて」
綾奈は取り消すように手をひらひらさせた。
「でもそっか、雪谷くんか。じゃあ略奪愛だね」
「待って待って違うから!」
綾奈が変なことを言うので、私は慌てた。
「私、雪谷くんのことが好きなんて言ってない! 雪谷くんは、小森さんといるとき……その、すごく幸せそうだし……」
小森さんの名前を口にすると、私の胸はチクチクと痛んだ。
はあ、どうしてあんな人が彼女なんだろう。
「へえ、私は小森さんに会ってないから知らないけど、そんなにラブラブなんだ」
「……うん」
「まあ大丈夫だよ。世の中に男はごまんといるから。次だ次!」
綾奈は親指を立ててウインクした。
いやだから、私は好きだなんて一言も言ってないんだってば……。



