折り紙少女と不思議な力 ~君の手の上で、私の折り紙は動き出す~

 その日の夜、私の部屋の窓が小さくコツコツと鳴った。
 誰かが窓を叩いているらしい。まったく、夜なのに!
 あれ、でも、ここは家の二階だぞ……。
「……ひいい! ふ、不審者⁉ お化け⁉」
 窓を叩くコツコツという小さな音は、一定の間隔で鳴り続けていた。
 意を決した私は、枕をかざして防御の体勢をとりながら、そうっとカーテンをめくった。
 そこには、灰色の折り紙の鳩がいた。
「はあああ、よかった……。脅かさないでくれ……」
 私は窓を開けて鳩を迎え入れた。
 でも、折り紙の感情を読み取れるのは雪谷くんだ。私のところに来てもしょうがないんじゃないかな……。
 そう思いながら、私は折り紙の鳩を両手で持った。
 手の上で、折り紙の鳩が淡く光った。すると、不思議な感覚に包まれた。
 体の奥がもぞもぞとする。まるで、自分じゃない誰かがいるみたい。
 まず、いい気持ち。ワクワクするような、楽しみな雰囲気。
 その次に、嫌な気持ち。不安? なんだか落ち着かなくて、もどかしい。
 そしてその感覚は、すぐに消えてなくなってしまった。
「これが、折り紙の感情……?」
 鳩はもう光っていない。それどころか、少しも動かなくなってしまった。時間切れかな。
 雪谷くんが言っていたように、確かに感情のようなものを感じた。
 でもそれはとてもあいまいで、三上くんの様子を把握できるようなものではなかった。
「さっぱりわかんない!」
 私は動かなくなった折り紙を机に置いて、ベッドに仰向けに寝転がった。
 これじゃあ全然ダメだね……。
 まったく、どうして私のところに飛んできたんだ。
 もしこれが雪谷くんだったら、うまく感情を読み取ることができたかもしれないのに。
 雪谷くんの不思議な力。折り紙を操れる、彼だけの力。
 そんなことを考えたところで、変だな、と感じた。
 雪谷くんに頼ってもしょうがない。
 私は綾奈の友達だから、私ができることをしないと。
 そう思ったら、途端に頭がシャキッとしてきた。
 私ができることといえば……もちろんこれだ。
 私は素早く起き上がって机に向かった。
 引き出しを開けて、四角いケースを取り出す。そこには様々な色の折り紙がたくさん入っている。
 綾奈は、三上くんの気持ちが知りたい。でも、それを聞く勇気がない。
 ようし、決まったぞ。
 私はピンクの折り紙を机に広げ、優しい手つきで折り始めた。
 どうか、綾奈が頑張れますように。
 綾奈が、三上くんと向き合えますように。
 一歩前に進むことができますように。
 そんな思いを込めて、ゆっくりと折り紙を折った。

 *

 翌日、私は朝一番の教室で、綾奈に鳩のことを伝えた。
「ごめんね。はっきりとしなくて、思ったようにはならなかった」
「そんな……」
 綾奈は打ちひしがれていた。机の一点を見つめて固まっている。
「ねえ綾奈、聞いて」
 私がそう言うと、綾奈は顔を上げた。目はうつろで、今にも倒れてしまいそうな様子だ。
「怖いと思うけど、三上くんとちゃんと話して、気持ちを確かめた方がいいと思うよ」
「華香までそんなこと言うの!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。ここは教室だから」
 綾奈が大きな声を上げたので、私は慌てた。振り向くまでもなく、周りからの視線を感じる。
 居づらくなった私は、綾奈を連れて廊下に出た。人通りの少ない突き当たりで立ち止まり、向かい合った。
「綾奈、これあげる」
 私は、ピンク色のハートの折り紙を手渡した。
 昨日の夜、綾奈のことを思って折ったハートだ。
 雪谷くんの力とかはない。ただの折り紙。
 これを作り終わった時、こんな普通の折り紙でいいんだろうか、と迷った。
 でも、雪谷くんに頼らなくても、きっと私にはできることがある。
「これは、お守り。綾奈が勇気を持てるようにと思って作ったの」
「勇気……」
 綾奈はハートのお守りをしげしげと眺めている。
 それは、雪谷くんがやるみたいに光ったりはしないけど、どこか温かさを秘めているような気がした。
「なんで返信が来ないのか。理由は三上くんにしかわからない。そして、それは折り紙でこっそり調べるようなことじゃなくて、本人と向き合って話さないといけないことだと思うよ」
「うん……でも……」
「綾奈、わかるよ。何を言われるのかわからないって、怖いよね。でもね、三上くんのことを好きなら、いつか付き合いたいって思うなら、綾奈には三上くんと向き合う勇気が必要だよ」
 綾奈は私の話を、小さく頷きながら聞いてくれている。
「そして、綾奈ならできるよ! 私が保証する。だって、私の知ってる綾奈は、人の恋バナに首を突っ込みたがる、パワーのある女子だもん。自分の恋バナに負けるもんか!」
 私はそう言って、綾奈の背中を優しく叩いた。
「華香……ありがとう」
 その声は潤んでいた。
「ああ」
 綾奈が目頭を押さえながら天を仰いだので、私は慌てた。
「ご、ごめん、朝から泣かせちゃって……」
 ただでさえ注目を集めてから教室を出たんだ。目を腫らして帰ってきたら、さらに注目を浴びてしまう。
「いや、大丈夫。セーフ。ギリギリね」
 こちらを向いた綾奈の目は赤みを帯びていたものの、涙がこぼれることはなかった。
「いや、ほんと、華香の言う通りだと思う。私、ビビってた。でも、どんな手を使ったって、最後は三上くんの気持ちを確かめないといけないもんね」
 綾奈はにかっと笑い、ハートの折り紙をひらひらさせて言った。
「今日、塾なの。三上くんに聞いてみるよ。このお守りを持ってね」
「うん!」
 そして、私たちは笑顔で教室に戻った。
 きっと大丈夫。
 綾奈なら、絶対に大丈夫。
 
 *
 
 その日の夜、綾奈からメッセージが届いた。
『今電話してもいい?』
 わあ! きっと三上くんのことだ!
 私は大急ぎで『いいよ!』と返した。
 
『もしもし』
「ど、どうだった⁉」
 私は、つい興奮して叫んでしまった。
『あはは、ちょっと声デカいよ。そう、三上くんと話したよ』
「うん」
 綾奈は思ったよりも落ち着いていた。
 私はドキドキしながら次の言葉を待った。
『でね、メッセージへの返信を書こうとして、文面に迷ってたんだって。気の利いた返信をしなきゃって思って。それで結局返せなかったって言ってた』
「おお⁉ ってことは!」
『うん。三上くんは返信を送らなかったから、私に嫌われたと思ったみたい。そんなことないのにね』
 あはは、と綾奈は笑った。
「つまり、仲直りできたんだね?」
『うん、できた。なんか、お互いに勘違いしてただけみたい』
「よかったああ……」
 私は安心して、へなへなと力が抜けた。
 綾奈は、三上くんから返信が来なかったせいで、三上くんに嫌われたと思い込んでいた。
 三上くんは、綾奈への返信をしそびれたせいで、綾奈に嫌われたと思い込んでいた。
 でも、それは違った。相手への思いがきっかけで起きた、勘違いだったようだ。
 もしかして、二人は似てる? 不器用な感じがそっくりだと思った。
『本当によかったよ。華香が背中を押してくれたおかげ。ちゃんと向き合えたおかげで、すれ違ったままにならずにすんだよ。ありがとう』
「いえいえ」
『あと、相談に乗ってくれたイケメンツートップにも明日話すよ。結局、雪谷くんの言った通りになったのが癪に障るけどね!』
 それを聞いて、私は雪谷くんの言葉を思い出した。
 ――聞けば終わりじゃね?
 確かに、結果的にそうなった。でも、やっぱり言い方ってものがあるでしょ……。
「それは癪に障るね」
『ねー!』
 そうやって私たちは笑いあった。
 それにしても、雪谷くんはどうしてああなのか。
 顔や声はいいけど、女の子の気持ちとか全然わからなそうだよな……。