四月。春は新しいことが始まる季節。
よくそんなことを言うけれど、中学三年生になったって、どうせ何の変哲もない学校生活が待っていると思ってた。
でも今日、まさに今日。私、荻目華香は、驚くべき新体験をしてしまったのだ。
私が折った、折り紙のカマキリ。
今は、斜め前の席にいる、クラスメイトの雪谷淳くんの手の中にいる。
突然、折り紙のカマキリがふわっとした温かい光に包まれた気がした。
ん、今のは何だ?
そして、そのカマキリが突然、私を見た。
え。
雪谷くんの手の中の折り紙のカマキリが、明らかに首をひねり、私の方に顔を向けたのだ。
私は唖然としていた。いや、今、動いたよね? 折り紙のカマキリ……。
雪谷くんはさっとカマキリを鞄にしまった。
そして私の方をちらりと振り返った。
私たちの視線がぶつかり合う。でも、今はドキドキよりも驚きの方が強い。
見た? 悪事を見られたみたいな表情の雪谷くんの視線は、そう言っているように見えた。
私は小さく頷いた。うん、見た。ばっちり見た。
雪谷くんはため息をつくと、正面を向いて授業を聞き始めた。
いやいや、ちょっと待って、今の何?
私はノートと教科書を開いたけど、今の光景が目の奥に焼き付いてしまい、授業がちっとも頭に入ってこなかった。
いったいこれは、どういうこと?
頭の中がぐるぐるとしたまま、私は雪谷くんに折り紙を渡すきっかけになった出来事を思い返した。
*
「なあ、荻目って折り紙好きなの?」
ある日の休み時間のとき。突然、クラスメイトの雪谷くんが、私のペンケースを手に取って言った。
それには、折り紙の金魚が描かれたプラスチックの小さなキーホルダーが付いている。
雪谷くんはそのキーホルダーをじっと見つめていた。
そう。私は折り紙が好きだ。折るのも見るのも好き。
家で暇なときは、よく一人で作品を作っている。長年やっているので、手本を見ずに折れる作品も多い。
折り紙は日本の伝統的な遊びだけど、折り紙をモチーフにしたアクセサリーなどは少ない。
もしあっても、大抵は折り鶴だ。もう、キング・オブ・折り紙って感じで、ありきたりで面白くない。
だから、この金魚の折り紙のキーホルダーを雑貨屋で見たときに、運命的なものを感じてすぐに買ったのだ。
というわけで、雪谷くんによる私の見立ては正しい。
ただ、雪谷くんとはほとんど喋ったことがなかったから、
「あ、うん、まあ、ね」
と、ちょっと歯切れの悪い返事になってしまった。
「ふーん……いいじゃん」
雪谷くんはそう言ってペンケースを返してくれた。
それにしても、このキーホルダーに興味を持ってくれた人など、これまで誰もいなかった。
折り紙というと子どもの遊びだという印象が強く、中学生が話題にすることは珍しい。
でも、雪谷くんはこのキーホルダーに気がついた。
と、いうことは。
「ゆ、雪谷くんも、折り紙が好きなの?」
そうとしか思えなかった。しかし、
「いや、好きでも嫌いでもないな」
雪谷くんはきっぱりと答えた。
「荻目は折るの得意?」
「うん、まあまあ」
これは謙遜ではない。
私は色んな作品を折ることはできるけど、テレビとかで紹介されるような、超ハイクオリティで目を引くような作品を折ることはない。
だから、私の自己評価は、まあまあ。
「なあ」
雪谷くんは優しく笑いながら言った。
「もしよかったら、何か折ってよ」
「ええ?」
そんなことを言われると思っていなくて、私はすっかり驚いてしまった。
「今じゃなくていいよ。紙ないっしょ。今度何か折ってみせてよ」
誰かに折り紙を折ってくれなんて、今まで言われたことがなかったから、少し戸惑った。
ましてや、雪谷くんからのお願いなのだ。
でも、私は折り紙が好きだし、頼まれて悪い気はしなかったから、やってあげることにした。
「ああ、うん、いいよ……」
「本当? 楽しみにしてるわ。じゃ、また」
雪谷くんはそう言うと、私から離れて男子グループの中へ入っていった。
思いがけず雪谷くんに話しかけられて、私は呆然としていた。
すると、すぐ横で見ていた黒田綾奈が、信じられないといった様子で聞いた。
「ねえ華香、今の何? ヤバくない?」
「うん、何だろう……わかんない……」
だって、私にも信じられない。
「雪谷くんと仲良かったっけ?」
「いや、ほぼ初めて喋ったかも……」
雪谷淳くんは、うちのクラスのイケメンツートップの一人だ。
男子の中でも背が高く、中学生らしからぬ低音のイケボ。
さっき喋っていた間、教室の女子から嫉妬の視線を浴びていた気がするのは、多分気のせいじゃない。
ちなみに、ツートップの片割れは、雪谷くんと同じグループの加藤直弘くんだ。
髪型がイケててイヤリングを着けてる加藤くんは、こちらも高身長。
雪谷くんとは対照的に、明るく目立つタイプ。わかりやすく人気者オーラが出ていて、クラスの女子人気をこの二人でほぼ二分している。
そんなイケメン二人組の方を見ていたら、うっかり加藤くんと目が合ってしまった。
加藤くんがニコニコしながら手をひらひらと振ってきたので、私は慌てて目を逸らした。
綾奈は興奮した様子で喋りだした。
「雪谷くん、折り紙が好きでも嫌いでもないって言ってたね」
「うん」
「それなのに、華香に何か折ってくれって頼んだよね」
「……うん」
綾奈の興奮は最高潮だ。
「え? キャー! それってもうさ、雪谷くんが華香のこと……」
しかし、私は綾奈の言葉を遮った。
「いやいやいやいや、適当なこと言わないで!」
確かに、それは私も一瞬よぎった。
でも、いくらなんでも、そんなに世の中は甘くないでしょ。
別に、雪谷くんのことが異性として特別好きってわけじゃない。
でもでも、話しかけられたりするとちょっとドキドキするし、ましてやそんな妄想は顔が燃える。
「でもさ、何か折ってあげるんでしょ?」
「まあね、約束しちゃったからね……」
綾奈はニヤニヤしている。
「やっぱり、ハートっすか?」
「勘弁してくれい」
そう言うと、私と綾奈はゲラゲラと笑いあった。
よくそんなことを言うけれど、中学三年生になったって、どうせ何の変哲もない学校生活が待っていると思ってた。
でも今日、まさに今日。私、荻目華香は、驚くべき新体験をしてしまったのだ。
私が折った、折り紙のカマキリ。
今は、斜め前の席にいる、クラスメイトの雪谷淳くんの手の中にいる。
突然、折り紙のカマキリがふわっとした温かい光に包まれた気がした。
ん、今のは何だ?
そして、そのカマキリが突然、私を見た。
え。
雪谷くんの手の中の折り紙のカマキリが、明らかに首をひねり、私の方に顔を向けたのだ。
私は唖然としていた。いや、今、動いたよね? 折り紙のカマキリ……。
雪谷くんはさっとカマキリを鞄にしまった。
そして私の方をちらりと振り返った。
私たちの視線がぶつかり合う。でも、今はドキドキよりも驚きの方が強い。
見た? 悪事を見られたみたいな表情の雪谷くんの視線は、そう言っているように見えた。
私は小さく頷いた。うん、見た。ばっちり見た。
雪谷くんはため息をつくと、正面を向いて授業を聞き始めた。
いやいや、ちょっと待って、今の何?
私はノートと教科書を開いたけど、今の光景が目の奥に焼き付いてしまい、授業がちっとも頭に入ってこなかった。
いったいこれは、どういうこと?
頭の中がぐるぐるとしたまま、私は雪谷くんに折り紙を渡すきっかけになった出来事を思い返した。
*
「なあ、荻目って折り紙好きなの?」
ある日の休み時間のとき。突然、クラスメイトの雪谷くんが、私のペンケースを手に取って言った。
それには、折り紙の金魚が描かれたプラスチックの小さなキーホルダーが付いている。
雪谷くんはそのキーホルダーをじっと見つめていた。
そう。私は折り紙が好きだ。折るのも見るのも好き。
家で暇なときは、よく一人で作品を作っている。長年やっているので、手本を見ずに折れる作品も多い。
折り紙は日本の伝統的な遊びだけど、折り紙をモチーフにしたアクセサリーなどは少ない。
もしあっても、大抵は折り鶴だ。もう、キング・オブ・折り紙って感じで、ありきたりで面白くない。
だから、この金魚の折り紙のキーホルダーを雑貨屋で見たときに、運命的なものを感じてすぐに買ったのだ。
というわけで、雪谷くんによる私の見立ては正しい。
ただ、雪谷くんとはほとんど喋ったことがなかったから、
「あ、うん、まあ、ね」
と、ちょっと歯切れの悪い返事になってしまった。
「ふーん……いいじゃん」
雪谷くんはそう言ってペンケースを返してくれた。
それにしても、このキーホルダーに興味を持ってくれた人など、これまで誰もいなかった。
折り紙というと子どもの遊びだという印象が強く、中学生が話題にすることは珍しい。
でも、雪谷くんはこのキーホルダーに気がついた。
と、いうことは。
「ゆ、雪谷くんも、折り紙が好きなの?」
そうとしか思えなかった。しかし、
「いや、好きでも嫌いでもないな」
雪谷くんはきっぱりと答えた。
「荻目は折るの得意?」
「うん、まあまあ」
これは謙遜ではない。
私は色んな作品を折ることはできるけど、テレビとかで紹介されるような、超ハイクオリティで目を引くような作品を折ることはない。
だから、私の自己評価は、まあまあ。
「なあ」
雪谷くんは優しく笑いながら言った。
「もしよかったら、何か折ってよ」
「ええ?」
そんなことを言われると思っていなくて、私はすっかり驚いてしまった。
「今じゃなくていいよ。紙ないっしょ。今度何か折ってみせてよ」
誰かに折り紙を折ってくれなんて、今まで言われたことがなかったから、少し戸惑った。
ましてや、雪谷くんからのお願いなのだ。
でも、私は折り紙が好きだし、頼まれて悪い気はしなかったから、やってあげることにした。
「ああ、うん、いいよ……」
「本当? 楽しみにしてるわ。じゃ、また」
雪谷くんはそう言うと、私から離れて男子グループの中へ入っていった。
思いがけず雪谷くんに話しかけられて、私は呆然としていた。
すると、すぐ横で見ていた黒田綾奈が、信じられないといった様子で聞いた。
「ねえ華香、今の何? ヤバくない?」
「うん、何だろう……わかんない……」
だって、私にも信じられない。
「雪谷くんと仲良かったっけ?」
「いや、ほぼ初めて喋ったかも……」
雪谷淳くんは、うちのクラスのイケメンツートップの一人だ。
男子の中でも背が高く、中学生らしからぬ低音のイケボ。
さっき喋っていた間、教室の女子から嫉妬の視線を浴びていた気がするのは、多分気のせいじゃない。
ちなみに、ツートップの片割れは、雪谷くんと同じグループの加藤直弘くんだ。
髪型がイケててイヤリングを着けてる加藤くんは、こちらも高身長。
雪谷くんとは対照的に、明るく目立つタイプ。わかりやすく人気者オーラが出ていて、クラスの女子人気をこの二人でほぼ二分している。
そんなイケメン二人組の方を見ていたら、うっかり加藤くんと目が合ってしまった。
加藤くんがニコニコしながら手をひらひらと振ってきたので、私は慌てて目を逸らした。
綾奈は興奮した様子で喋りだした。
「雪谷くん、折り紙が好きでも嫌いでもないって言ってたね」
「うん」
「それなのに、華香に何か折ってくれって頼んだよね」
「……うん」
綾奈の興奮は最高潮だ。
「え? キャー! それってもうさ、雪谷くんが華香のこと……」
しかし、私は綾奈の言葉を遮った。
「いやいやいやいや、適当なこと言わないで!」
確かに、それは私も一瞬よぎった。
でも、いくらなんでも、そんなに世の中は甘くないでしょ。
別に、雪谷くんのことが異性として特別好きってわけじゃない。
でもでも、話しかけられたりするとちょっとドキドキするし、ましてやそんな妄想は顔が燃える。
「でもさ、何か折ってあげるんでしょ?」
「まあね、約束しちゃったからね……」
綾奈はニヤニヤしている。
「やっぱり、ハートっすか?」
「勘弁してくれい」
そう言うと、私と綾奈はゲラゲラと笑いあった。



