スターストリーム・シンフォニー!!

『緊急事態発生。本船はこれより電子戦に最大のリソースを投入する』
「チッ、愚図愚図していたせいで……!」

 ブリッジに警告灯の赤い光が灯った瞬間、レギナとシンガーはそれぞれ生き延びるための行動に移っていた。

 敵の海賊船からの電子攻撃は、船の最深部にまで達している。あと少しテティスからの報告が遅れていたら手遅れになっていたかもしれない。

 発見がここまで遅れた理由は分かり切っている。『シンフォニア』の防衛システムがテティスのハッキングによって内側から滅茶苦茶にされたからだ。本来のシンガーのスペックならば、この程度の電子攻撃など簡単に撃退できる。

 だが最深部まで潜りこまれた以上、シンガーは全能力を費やして防御しなければならない。

 そしてその間、レギナはアシスト無しで操船しなければならない。

 操縦席に飛び込みメインエンジンの出力を引き上げる。船体後部のメインスラスターから爆発的な光を放射して『シンフォニア』が飛翔する。震動がブリッジにまで伝わってきた。

 スラスターを噴かせたのは、もちろん敵から逃げるためでもあるが、噴射されるプラズマを利用して電波を攪拌(かくはん)する狙いもある。

「どうだ、ハッキングは止まったか?」
『敵対者のデータ送受信に遅延を認めた。しかし、船内システムの掌握は継続している』
「さすがに甘くはないか」

 現状で正面勝負は厳しい。しかし逃げることも難しい。

(となると……)

 ホロ・ディスプレイに近隣宙域の三次元マップを表示させる。立体状に切り取られた宇宙空間のなかにいくつかの天体が浮かんでいる。

 そのうちのひとつ、小型ブラックホール『ブリアレオス』。

 質量は太陽5個分ほどで、ブラックホールとしては非常に小さい。しかし一隻の宇宙船にとっては台風のようなものだ。

 ブラックホールは重力の渦。その強大な力は、人類が宇宙を縦横無尽に飛び回るようになった現代でもいまだに制御できない。中心部は光すらも捉えて逃さず、永遠の暗闇に繋ぎ止める。そうでなくても、膨大な重力のためにまともな操船さえできなくなる。

 敵対者たちも、よもやそこに飛び込んでいくとは思わないだろう。

 もちろん『シンフォニア』にとっても危険な行動だが、現実的に助かる見込みはひとつしかない。

「シンガー、『ブリアレオス』に向かうぞ」
『了解した。しかし操船アシストは行えない。危険である』
「どのみち危険さ」

 すこしだけ笑いながら、レギナは舵を切った。

 現在出せる最大出力でブラックホール『ブリアレオス』に針路をとる。

 船を操りながら片手間で周辺情報を索敵する。シンガーは依然として電子戦のために手が離せず、全てレギナが手作業で行わなければならなかった。

 船のセンサーをフルに発揮して周辺宙域の敵を探る。予想通り、見つけることはさほど難しくなかった。敵の数は7隻、うち1隻は全長1500メートルの戦艦クラス。

「電子戦を仕掛けてくるぐらいだ。近距離だとは思っていたが、案の定舐められてるな」

 三次元マップに浮かぶ『シンフォニア』を、海賊船団は扇状に広がって追撃している。

 ハッキングを行っているのは、中心に居座っている戦艦クラスの敵。それ以外は全て高速巡洋艦だ。

 襲い掛かってこないのは、先日の戦闘で一気に3隻も破壊されたことを憶えているからだろう。仮に今の『シンフォニア』と撃ち合ったとしても、犠牲が出ることは避けられない。だから電子戦でこちらを無力化したうえで、船ごと乗っ取るつもりでいるのだ。

 安全策ではあるが、レギナとしては「舐められている」と感じてしまう。

「つまりはシンガー、お前がやられるまで連中は詰めてこない。せいぜい頑張ってくれ」
『レギナが操船を誤らない限りは、絶対に勝利する』
「ずいぶん生意気な口をきくじゃないか。お前まであのチビに触発されたのか?」

 シンガーは答えない。

 レギナも追及する余裕がなくなった。敵艦発砲のアラートが鳴り響いたのだ。

「こっちの狙いに気づいたか」

 ブラックホールまで逃げられる前に足を止める腹積もりなのだろう。海賊たちからの砲撃にはたいしてやる気が感じられない。

 それでも攻撃は攻撃だ。もう一発スラスターに当てられたら、さすがに『シンフォニア』の船足でも逃げられなくなってしまう。

「デコイ散布、後部ミサイル発射……チッ、全部私がやるのか!」

 回避機動をとりながら防御兵装をばら撒く。海賊戦艦には大量の武装が搭載されているが、乗組員がひとりしかいない現状、それらすべてを使いこなすのは骨が折れた。

『シンフォニア』から放たれたミサイルが、敵のスマートバレットやミサイルとぶつかり合って飛散する。爆発の光に押されるように、船は目の前のブラックホール宙域に突入していく。

『ブリアレオスの重力を検知。操船に注意せよ』
「分かっている!」

 片手で武装とセンサーを、片手で操縦桿を操りながらレギナは怒鳴り返した。

 ブラックホール宙域に突入した瞬間、船が波の谷間に落ち込んだかのようにぐいと引っ張られるのを感じた。船体が軋み、構造材を伝って不気味な音がブリッジまで響いてくる。『シンフォニア』という巨大な生き物が宇宙の嵐に抗って悲鳴を上げている。

「もってくれよ……!」

 船の全体を表示したディスプレイが黄色に変わっている。船尾の被弾箇所に無数の矢印が突き刺さっていた。本来なら動かさずに修理すべきで、ましてやブラックホール宙域への突入など無茶も良いところだ。

 目の前に『ブリアレオス』の不気味な姿が映し出されている。

 宇宙の風景の一部が歪んでいる。重力で光が曲げられているため、向こう側の星明かりが捻じれて見えるためだ。

 中心部はハイライトがまったく無い黒目のようで、それ故に意思のようなものを感じてしまうことがある。いまだ人間がたどり着いたことのない事象の地平線には、この宇宙を監視する何かがいるのではないかと思わせてしまう。

(幻想だ)

 状況がヤバすぎて妄想まで湧いてきたのか。レギナは舌打ちした。濃い紅茶でも飲んで頭をすっきりさせたかったが、いま操縦桿から手を離したら死ぬ。

 砲撃警告が鳴り響く。追撃する海賊たちもブラックホールの重力圏内に踏み込んでいた。

「しつこい連中だな、諦めてくれるかと思ったが」
『星ひとつ買えるだけの金蔓、そうやすやすと見逃すとでも?』

 ブリッジに、高慢な声が響き渡った。

 レギナはほとんど殺意に近い嫌悪感を覚えた。

 帆船を模したブリッジに巨大な烏賊の触腕が這い上がってくる。白くぬめぬめとした皮膚をくねらせながら、レギナを絡めとろうと迫ってくる。

 もちろんバーチャルの光景だ。だが、生理的嫌悪感を覚えずにはいられない。相手のそういう反応まで見越したうえで、わざわざ嫌がらせのために巨大烏賊を映し出しているのだ。

『初めまして、スターストリームの魔女殿。私の名はコロッサル。貴女の同業者です』

 烏賊の吸盤に唇が浮き出た。それだけでも気色悪いが、嘗め回すような喋り方は一層気持ちが悪い。レギナはスピーカーの音量を下げた。

「貴様のようなやつをパートナーに選んだ覚えはない。これ以上私に話しかけるな」
『追撃を受けているというのに強気ですね。さすがは伝説の船乗り、噂にたがわぬ剛毅さだ』

 誉めそやすような内容だが、口調には嘲りが満ちていた。

『現状が不利であることは誤魔化せないでしょう。ブラックホールに逃げ込むのは思い切った手ですが、さすがに後先考えなさすぎる。さらに、こちらの数は貴女を圧倒している。戦っても勝ち目はありませんよ』
「それを決めるのは貴様じゃない。安心しろ、手下諸共皆殺しにしてやる」
『おお、恐ろしい恐ろしい』

 コロッサルの声音はふざけていた。よもや自分が死ぬとは微塵も思っていないかのようだ。

『レギナ・ストレリチア。我々は貴女と殺し合いがしたいわけではありません。我々が勝利するとしても出血は避けられないでしょう。なに、簡単な望みを果たして欲しいのです。貴女が拾ったネレイド人の少女、あれを渡して欲しいのです』

 予想していた言葉だけに驚きはなかった。

「チビガキ相手にえらく御執心だな。さてはお前変態か?」
『貴女もお気づきでしょう。あれは素晴らしい武器になる。これまでのデモンストレーションで、様々な惑星の軍事指導者たちにご好評を頂いていますよ』

 ニュースサイトに載っていた記事を思い出す。いずれも大規模な事件だが、繋がりが見られない。何かひとつの目的を目指しているようには見えなかったが、「爆弾」のアピールと考えれば辻褄は合う。

「……悪趣味の極みだな。さすがは海賊といったところか」
『貴女も同業者でしょう!』

 巨大烏賊の吸盤が嬉々として叫んだ。

 その時、ブリッジの扉が開いて、清掃ドローンに乗ったテティスが飛び込んできた。

「ちょっと! 何なのこの揺、れ……」

 威勢よく叫んだ声が徐々に小さくなる。そんなテティスを認識して、吸盤の唇が笑うように釣り上げられた。

『テティス! そこにいるのでしょう!? 逃げ出すとは悪い子だ……今すぐ帰ってくるなら悪いようにはしません』
「……なに言ってるの。あんたが、あたしの仲間に何をやったか……!!」

 テティスの声が怒りに震える。怒りだけではおさまらず、涙まで溢れて止められない。どうしようもない理不尽を前にした者の必死の叫びだった。

 だが、それさえもコロッサルには嘲りの種でしかない。

『大丈夫ですよ! ネレイド人の採取にはコストが掛かる。いちいち捕まえには行けませんからね!
 だから君には遺伝子提供者になって欲しいのです。なに、定期的に髪の毛の一本でもくれれば事足りる。あとはクローニングで100体でも1000体でも、10000体でも爆弾を量産できる!!』

 テティスはもはや言葉すら失っていた。

 自分と同じ顔と身体を持ったクローンたちが、試験管から出されると同時にパッケージングされ、生きた爆弾としてあらゆる星々に輸出されていく。

 それは身の毛もよだつような想像だった。

「あんた……人の命を何だと……!」
『良いじゃありませんか。どうせ、ネレイド人の寿命は長くて30年程度でしょう? 寿命が短いということは、人生の値打ちがそれだけ低いということですよ。むしろ、我々のような優れた人類種族に有効活用されることを誇りに思うべきですよ!』

 恐怖と怒りが、テティスの小さな頭のなかでぐるぐると渦巻いた。視野が急に小さくなり、息をしているのも苦しくなる。言葉が言葉として意味を成さず、ただ息苦しさとなって膨らんでいく。

「そこまでして、お前は何が欲しい?」

 操縦桿を操りながらレギナが問うた。

 その声は氷のように冷え冷えとしていた。対する巨大烏賊の返答はどこか浮足立ってさえいるようだった。

『無論、計り知れないほどの富と権力を!! この混乱に満ちた宇宙で最も分かりやすい力ですよ!!』
「そうか……おい、テティス」

 恐怖に縛り付けられていたテティスは、弾かれたように顔を上げた。

「あんな奴にビビるな。お前の格が下がる」

 レギナの声が、今まで聞いたこともないほどに穏やかだった。驚きのあまり、恐怖の金縛りを解いてしまうほどに。ブラックホールの重力の嵐と、追撃する敵艦隊の砲撃の只中にあるというのに、まるで小雨の散歩道を歩いているかのような余裕ぶりだった。

 訳アリだが、本質的にはただの宇宙海賊に過ぎないと思っていた。

 だがそれだけではない。レギナの声には強固な芯が通っている。生半可な恐怖や恫喝では揺らがない、確かな強さがあった。

 レギナは揺れる船体を片手の操作で抑え込みながら、もう片方の手を伸ばして、気味の悪い笑みを浮かべる吸盤を指さした。


「いつの時代に降り立ってみても、お前のような輩がいる。
 強さや力の意味を理解せず、理想も理念も持たず、進むべき道を探すこともしない。
 お前たちは哀れな獣だ。道に迷った、ただの迷子。
 ガキの分際に過ぎないクセに、まるで世界の王様になったかのように思い込んでいる。
 ものを知らないのさ」


 吸盤の唇は依然として吊り上がったままだった。ブリッジには無数の触腕が這い上がり、いまにも船そのものを海中に引き摺り込んでしまいそうだ。

 だがテティスのなかにあった恐怖は、霧が晴れたかのようにどこかへ消え去ってしまっていた。

 目の前の烏賊の姿をしたアバターも、遥か彼方の海賊船のなかにいる男も、恐れる対象ではなくなっていた。

『……追いつめられながら、なおも息巻いて見せるのは立派ですね。仕方がない、交渉は決裂です』
「交渉? 私の答えは最初からひとつだ」

 レギナは、伸ばした指を銃の形に変えた。

「宇宙の塵に還してやる」