スターストリーム・シンフォニー!!

「へええぇぇ!! でっかいのね、この船!!」

 海賊戦艦『シンフォニア』号を見下ろして、テティスは思わず率直な感想を叫んでいた。

 彼女はいま、生身の姿のまま宇宙空間に浮かんでいる。

 もちろん本当に生身なのではなく、電脳空間に意識を転送して、擬似的に宇宙遊泳を行なっているのだ。眼下の船ももちろんバーチャルなものである。

 だが、つい偽物であることも忘れて見入ってしまった。

 輝く星々の海を進む海賊船は、戦い奪うことを目的としているとは思えないほど優美な姿をしていた。

 船首から船尾にかけての構造は滑らかで、どこかイルカを思わせる。船体中央からは一対の翼のようなパーツが飛び出していて、それが胸鰭のように見えた。背鰭に当たる箇所には、水上船のようにブリッジのような構造物が少しだけ盛り上がっていた。

 船体は白く輝いており、近づいて見てみると、細部に戦闘とは関係のない彫刻のようなものまで彫り込まれている。

「何というか……海賊船って言うより宮殿みたいな船よねえ」

 テティスが呟いた時、彼女の隣に四角いウィンドウが現れた。画面は灰色で、中心には白文字で『SOUND ONLY』と書かれている。

『手が止まってるぞ』

 灰色の画面から不機嫌そうな声が吹き出した。テティスは「ふんっ」と鼻を鳴らした。

「せっかちねえ! これも修復作業の一環なのよ!」
『よく言えたな。布団はコットン100パーセントにしろだの、有機野菜を食わせろだの、文句ばっかりつけやがって。第一こんなところでノロノロ運転するハメになったのは、お前がスターストリームでヒスったからだ! 分かってるのか?!』
「はいはーい。やればいいんでしょ、や・れ・ば」
『分かっているなら動け!』
「あんたカリカリし過ぎよ。ひょっとして他の乗組員がいないのって、あんたのキッツイ性格が嫌でみんな逃げ出したからじゃないの〜?」
『……』
「ありゃ、図星」
『いいからやることをやれ。船が動かなければ、遠からずやられる』

 肩をすくめるテティスを無視して、レギナはぶつりと通信を切った。



☆☆☆



「はあぁ……疲れる」

 船長席にずるずると長身をもたれ掛けながら、レギナは唸るように言った。そしてキッと天井を睨みつけて怒鳴る。

「シンガー! お前が図に乗らせたからだ!」
『最善の判断である』

 シンガーの淡々とした合成音声が返ってきた。レギナは舌打ちする。

「ったく、あんなチビに何を忖度する必要が」
『彼女は危険人物である』
「……なんだと?」

 船長席の傍らにホロ・ディスプレイが投影された。大昔の羊皮紙のようなデザインのそれを掴み、目の前へと滑らせる。

『遺伝子情報を解析した結果、ネレイド人には高度な電子介入能力が生体レベルで備わっている』
「それは分かっている。あいつやその仲間たちは、持ち前の電子戦能力で星全体を隠して、宇宙の騒乱をやり過ごしてきた。そんなところだろう?」

 テティスとの会話のなかで、レギナはその可能性に気づいていた。

 辺境の亜人類たちは中央世界のいざこざを避けて辺境に流れ着いたのだ。彼らが望むものは平穏であり、そのためには自らの遺伝子情報を改変することさえいとわない。

 あの妖精のような身体も、機械を使わずに電脳に入れる特性も、全ては争いを避け続けた結果なのだ。

「……あいつ自身はクソ生意気だが、戦いを避けて生きたいという気持ちは分かる。それがなぜ危険人物になる?」

 シンガーが新たにディスプレイを追加した。そこには先ほど収集したニュースがいくつかまとめて提示されていた。

『防衛艦隊による商業区画への誤射。原因は火器管制システムのハッキングか』
『アルカディア・コロニーにおいて全生命維持装置が緊急停止。死者1364名、行方不明者4561名』

 ニュースの見出しはまだまだ増えている。いずれも大事件だった。

「全部あいつがやったと?」
『複数の要因から不可能と思われる。恐らく、彼女と同じタイミングで攫われた他のネレイド人が関係している』
「だろうな」

 レギナは鼻を鳴らした。

「さすがに胸糞悪いな」
『レギナ。君の考えは?』
「大方お前と同じだ。あのちっこい身体、しかも生身だ。どこの星の入管も警戒しない。おまけに辺境のレア人類だけに、中央星系の奴らは存在すら知らない。言うなれば超小型の電脳爆弾、しかも戦艦やコロニーまで黙らせられる。全宇宙のゴミクズどもには垂涎の兵器だな」
『起爆の方法についてだが』
「強烈なストレス」
『同意見である』

 海賊やテロリストたちによって電子爆弾にされたネレイド人には、言語に絶する拷問が加えられたに違いない。あるいは危険な薬物の投与や催眠によって自我を破壊している可能性もある。

 あれほど威勢の良いテティスが恐れたのは、そんな人間の悪意をもろに見てしまったからだろう。

 レギナに攫われる前も、その後も、絶大なストレスに晒されていたに違いない。そしてスターストリーム内での戦闘でそれが頂点に達した。

 レギナにも分かっていた。『シンフォニア』のシステムがダウンしたのは、テティスが望んでやったことではないと。いわばストレスからくるパニック症状のようなものだったのだ。

(……それにしても、スターストリームを怖がり過ぎていた)

 ブリッジの時計を見る。

 現在の『シンフォニア』の航行速度は第三宇宙速度、秒速にして16.7キロメートル。

 この程度の速さでは時間の進みに影響は出ない。

 スターストリーム内部ではその限りではないが、それでも一秒いるだけで外では100年、などという事態はさすがに起きない。

 だが、テティスは通常宇宙の時間を取り残していってしまうことを極度に恐れた。

「恋人か、旦那か、友人か。そのあたりかな……」
『レギナ、スターストリームはテティスにとって甚大なストレスをもたらす。可能な限り航行を控えることを提案する。誰もが我々のように、1000年先を行き先に決めているわけではない』
「……私の船に乗っている以上、ルールを決めるのは私だ。緊急時は特にな」

 これ以上気を遣い過ぎると命取りになる。レギナはそう考えていた。



☆☆☆



「ま、やりすぎちゃったのはホントかな」

 電脳空間を飛び回りながらテティスは呟いた。

『シンフォニア』のあらゆる船内システムに何かしらのバグが生じている。シンガーから分離した半自律AIが修復を続けているが、それでも完全復旧には時間が掛かりそうだ。

 そのうえ船体後部には、海賊が最後っ屁で放った砲弾が直撃している。蜘蛛のような形の修復ドローンが必死に走り回っているが、こちらも軽い損傷ではない。

 しかし傷ついてなお『シンフォニア』は美しい船だ。

 外観だけでなく内装、さらには船内のシステムに至るまで、過剰と言えるほどの手間暇をかけて造られている。

 強力な戦闘装備、各種ドローンの製造プラント、水耕農場システム、自動医療システム、さらには小規模ながら劇場やバー、紙の本を納めた図書館や美術館、果てはプールに運動場まである。

 無数にプロテクトのかけられた「最終兵器格納庫」なるエリアまであったが、ここだけはテティスにも進入許可が与えられていなかった。 

「世代間宇宙船、それか恒星間移民船……それにしては規模がちっちゃいのよねぇ」

 電脳越しに船内のあらゆる施設を覗き見しながら、テティスは呟いた。

 明らかに『シンフォニア』は、船内での世代交代を前提に造られている。

 だが、本来の移民船は必要最低限の機能しか持たされていない。なかには乗員を全てコールドスリープさせて目的地まで持っていく船まである。そして、そういった「冷凍庫」は一度に大勢の人間を運ぶため、全長が数十キロ単位になることも珍しくない。

 全長1000メートルの『シンフォニア』は移民船として見れば明らかに小さかった。

「絶対ワケ有りよね」

 小さなあごに片手を当てて、テティスはひとり「うんうん」と頷いた。

 隠し事されたら、知りたくなっちゃうじゃない。

 そんな気分になっていた。

 テティスは意識を船の深部に向けた。

 無数の甲板や配管を、急速潜航する鯨のように一気に駆け降りていく。

 戦艦のシステムは複雑で、電脳空間へのダイブに慣れていないと迷子になって戻れなくなる。しかしテティスには無用の心配だった。彼女の母星ネレイドはそれ自体がひとつの巨大なコンピューターのようなものだ。その複雑さに比べれば、いかに『シンフォニア』の電脳空間が広大といっても、飛び回るのは容易なことだ。

 船の中枢システムに近づくにつれて辺りが暗くなっていく。本当に海の底に着いたかのようだ。

 真下に棺桶のようなものが置かれている。『シンフォニア』のシステムは全てそこに繋がっている。

 そして、棺桶にへばりつくように、巨大な烏賊のようなプログラムが張り付いていた。

「なぁに? 生意気にも防御しようってわけ? 上等じゃない」

 テティスはぺろりと舌を出しながら、意気揚々とハッキングに取り掛かろうとした。

 だが、違和感に気づく。

 烏賊の触腕が棺桶に絡みついている。その吸盤の接触している箇所から、膨大なデータの侵入が検知された。

 テティスは海上(・・)のレギナに向かって叫んだ。

「敵!! ハッキングされてる!!」

 烏賊の姿をしたウイルスが、濁った眼を嘲笑うように細めた気がした。