スターストリーム・シンフォニー!!

「……最悪の状況だ」

 自身の船室に続く長大な廊下を歩きながら、レギナは片手で頭を抑えた。

『シンフォニア』は敵船団との戦闘に勝利した。

 しかし、テティスが放った謎の閃光の影響で全システムがダウン。エンジンや生命維持装置以外のほぼすべてが麻痺してしまった。その状態で左舷艦尾に被弾、推力やデフレクターに影響が生じ、スターストリーム内での航行が不可能となってしまった。

 シンガーも依然沈黙している。

 現在『シンフォニア』は通常宇宙を第三宇宙速度で飛行している。秒速18キロメートルという速度は超光速戦艦にとってほとんど止まっているようなものだ。当然、追手にとっても格好の獲物である。

 レギナのもう片方の手は、妖精の入った鳥籠を掴んでいる。本当なら今すぐ宇宙空間に放り出したい心境だったが、まずは原因を解明しなければならない。

 灰色の通路は、彼女たちを除いて一切人気がない。この船に乗っている生身の人間はレジナとテティスの二人だけだ。

 豪奢な船長室につくと、レギナは鳥籠を中央のテーブルのうえに放り投げた。

「でっ!」
「起きやがったか」

 ブーツを脱ぎ、コートをベッドの上に投げ棄て、レギナはテーブルの前のソファにどかりと腰を下ろした。足を卓上に放り投げる。籠のなかからテティスが蒼い瞳で女海賊を睨みつけた。

 対して、レギナも冷淡に睨み返す。

「お前のせいで大変な目に遭った。おかげ様で半分漂流状態だ。船にも傷がついた。どうしてくれる?」
「知らないわよ……やめてって言ったのに」
「やめろって、つまりは船を止めろってことか?」

 レギナは鼻で笑った。

「無理に決まってるだろ。状況見てたろ? あれだけバカスカ撃たれてるなかでエンジンを止めてみろ。今頃お星さまの仲間入りだ」
「……それは、分かってるけど」

 さすがに無理を言っていると分かったのか、テティスはうつむいた。ようやくしおらしくなったな、と思った時、彼女は顔をあげて「でも」と言った。

「あんたは怖くないの? 早い時間のなかにいるってことは……大事な人と、同じ時間を生きられないってことなんだよ?
 自分のことを憶えててくれる人がみんないなくなって、未来で独りぼっちになるってことなんだよ?」

 テティスの感性は極めて普通だった。

 星間航行技術の発展した現在、それでも人々は宇宙を旅することを恐れる。ましてやワープゲートというものが各所に建造された今、スターストリームを航行するメリットはほとんどなくなってしまった。片道切符のタイムマシンに乗るようなものだからだ。

「どうして、遅い時間のなかで生きる必要がある?」

 人を殺す時のような冷たい眼差しで、レギナは言った。

 テティスは息が詰まりそうになるのを感じた。

「200年前に通常宇宙に出た時も、100年前に出た時も、いつだって人間社会の形は変わっちゃいなかった。海賊がいて、大金持ちがいて、独裁者がいて、戦争があった。
 平和が来るのはほんの少しの間だ。半年も平和が守られた時代を見たことがない。
 星と星の間を自由に行き来できるようになったのに、人の世界の形は何も変わらない。同じ過ちを繰り返す馬鹿どもしかいないんだよ。
 そんな連中と、どうして同じ時間を生きなきゃいけないんだ?」

 テティスは戦いに臨むときのレギナの表情を知っている。真紅の瞳の中に、獰猛なまでの輝きを湛えていた。

 だが、いまのレギナの表情からは、あの恐ろしいまでの輝きは読み取れない。ただ疲労感に似た無表情だけが張り付いていた。

「あんたは、人間が嫌いなの?」
「このまま変わらず続いていくぐらいなら、とっとと滅んでほしいと思ってる」

 レギナは軽く伸びをすると立ち上がり、部屋の隅に備え付けている棚からカップとポットを取り出した。慣れた手つきで紅茶を淹れる準備を進めていく。もちろん用意は一人分だけだ。

「お前らみたいな辺境の亜人類には、私の考えも理解できそうだけどな。銀河帝国崩壊後の混乱で、それまでの社会に嫌気が差したのがお前らの御先祖様だ。さぞや人類のグロテスクさを思い知っただろうさ」

 ポットにお湯を注ぐと、茶葉から上品な香りが立ち上った。テティスの籠のなかにもアロマが漂ってくる。レギナ本人の口調は荒んでいるが、お茶を淹れる一連の流れは非常に丁寧でこなれていた。

「……亜人類、辺境種族、ああなるほど。さっきの蒼い光、さては」
『ハッキングである』
「シンガー、ようやく目が覚めたか」
『システム復旧に時間を要した。現状を確認中……完了。危険度評価A、迅速に対応する必要を認める』
「だから、お前が起きるまで待ってたんだよ」

 ソファに座り直したレギナは、ポッドから紅茶を注ぎ、カップの持ち手をつまんで静かに口につけた。

 海賊のくせに妙に品の良い飲み方をするな、とテティスは思った。

「どうだシンガー、動けそうか?」
『困難である』

 ぴくり、とカップをつまんでいるレギナの指が動いた。

「無駄よ。さっきシステムのあちこちに傷をつけておいたから。この船のコンピューター、優秀みたいだけどさすがに時間かかるわよ」
「……やることやってくれるじゃないか」
「当然でしょ、海賊に捕まってるんだから」
『その少女の発言に偽りはない』
「ありがと、コンピューター……ええと、シンガーだっけ? あたしのことテティスって呼んでいいから。こいつより話通じそうだし」

 こいつ、の部分でテティスは軽く顎を振った。レギナの指が再びぴくりと動いた。

『了解した、テティス』
「あんた素直ね!」
『テティスに要請したい。君の電子介入技術ならば、本船のシステムを復旧させることが可能であると推測する。現状、我々は危機的状況下にある。共闘を要請したい』
「おいシンガー! 何を勝手に……!」
「いいわよ! ただし言うこと聞いてもらうからね!」
『服従は認めないが、交渉は歓迎する』
「上出来上出来! じゃあ、まずはこの傲慢(ゴーマン)女に、あたしのことチビって言うのをやめさせること!」
『困難だが努力する』
「お前らな!」
「もうひとつ! 今すぐこの檻から出して! あたしのためのプライベートスペースを用意すること!」
『了解。テティスの待遇を拾得品からゲストに変更する』
「誰が許すか!」
『レギナ。現時点において、本船の生存確率は危険水準に達している。総力を挙げて状況の打破に勤めるべきである』
「べきであるっ!」

 ビシッ! と音が聞こえてきそうなほどの勢いで、テティスがレギナの顔を指さした。その愛らしい顔には、この上なく小憎たらしい笑みが張り付けられている。レギナのカップがソーサーの上でカタカタと鳴った。

「こンのクソチビ、調子に」
『ゲストへの呼称を改めよ。生存に直結する問題である。応じない場合、アルコール保管庫へのアクセス権限を凍結する』
「んぐぅ……!」

 撃たれたような声と表情で苦悶するレギナに、テティスは憎たらしさを消した清々しい微笑みを向けた。

「ね? あたしのなまえ、言ってみて?」
「テ……クソチ……テティ、ス」
「はいよくできました! じゃあつぎはこの檻、開けてみよっか?」

 レギナはソーサーを置いた。このまま手に持ち続けていたら部屋の壁に向かって投げつけそうだった。

 空いた手の指先で、汚物でも摘まみ上げるかのように檻のロックをはずし、ゆっくりとケージを持ち上げた。

 にっこりと笑うテティスに、レギナも心ばかりの笑顔を返した。

『ようこそシンフォニアへ。貴君の乗船を歓迎する』

 船長の血圧が異常上昇していたため、シンガーが代わりに挨拶を述べた。