連日の猛練習と先輩からの理不尽なしごきに疲れ果て、「どうしても眠れない」と言って夜中に起きてきた樹の手を引いて、相田は教官室の目を盗んで宿舎を抜け出した。
2人で静まり返った夜のグラウンドへ向かい、敷地の脇にある大きな柳の木の下に寝転がって、ただ静かに星を見上げたのだ。
樹の気晴らしになれば良いと思って外に連れ出したが、思いのほかその場所を気に入ったらしくて、樹はずっと少年のように興奮して、輝く夜空を指さしながら眺めていた。
『きれいだな、洋。夏の星ってさ、なんかずっと見ていたいよな』と、しきりに隣で言っていた。
相田はただ『そうやなぁ』とだけ短く返した。
そういう無防備で純粋な問いかけに対して、どういう解答を返すのが一番正しいのか、当時の相田には分らなかった。
ずっと見ていたい。お前と、2人だけで、この時間が永遠に続けばええのに。
その本当の言葉を、喉の奥で必死に飲み込んだ。それは、親友としての『模範解答』ではないと分かっていたから。
樹は夜空へ向かって力強く指をさし、あの一番光っているのがベガだと教えてくれた。
ベガは全天の中で一番明るい恒星なんだぞ、と、どこか自慢げに。
別名、織姫星。
そして、その少し下の方にあるのが彦星(アルタイル)、その隣にあるのがはくちょう座(デネブ)。
その3つのまばゆい星を結んで、『夏の大三角形』というらしい。
樹は空を指さしたまま、『な、ロマンチックだろ?』と笑った。そのあとすぐに、『でもさ、織姫と彦星の間に、わざわざはくちょうが挟まってるの、よく考えたらめちゃくちゃ笑えるよな。これ完全に間男だろ。お邪魔虫じゃん』と言って、一体何がそんなに面白いのか、相田にはさっぱり分からなかったが、樹は柳の木の下でしばらく腹を抱えて爆笑していた。
『……お前、なんでそんなに星に詳しいんや。野球バカのくせに』
相田が尋ねると、樹は少しだけ照れくさそうに、
『彼女の趣味なんだよ。あいつ、星を見るのが好きだったからさ、俺も必死に覚えさせられたんだ。あ、もう別れたから元カノジョか』と、屈託のない笑顔で笑った。
相田は、『そうか』とだけ返した。
あの瞬間、胸のあたりがじわじわと、酸をかけられたみたいに腐り落ちていくように激しく痛んだ。
俺は、どれだけ樹の隣にいても。どれだけ彼を支え、後ろを守り続けても。
織姫と彦星という、樹と誰か別の女子の恋愛を見守るだけの、ただのはくちょうにしかなれへんのやろうか。
暗闇の中で自虐的な笑いが込み上げて止まらなかった。
感情のままに、この苦しい想いを全てぶちまけてしまいたかった。
お前が好きや、友達の顔してお前の隣にいるのが狂いそうなほど辛いんやと叫んでしまいたかった。
けれど、その実りなき恋に全てを賭ける勇気は相田にはなかった。
あの遠い夏の夜と同じく。
相田は、いつまでも、いつまでも、一等星が青白く光輝く夏の夜空を、ひとり静かに見上げていた。
2人で静まり返った夜のグラウンドへ向かい、敷地の脇にある大きな柳の木の下に寝転がって、ただ静かに星を見上げたのだ。
樹の気晴らしになれば良いと思って外に連れ出したが、思いのほかその場所を気に入ったらしくて、樹はずっと少年のように興奮して、輝く夜空を指さしながら眺めていた。
『きれいだな、洋。夏の星ってさ、なんかずっと見ていたいよな』と、しきりに隣で言っていた。
相田はただ『そうやなぁ』とだけ短く返した。
そういう無防備で純粋な問いかけに対して、どういう解答を返すのが一番正しいのか、当時の相田には分らなかった。
ずっと見ていたい。お前と、2人だけで、この時間が永遠に続けばええのに。
その本当の言葉を、喉の奥で必死に飲み込んだ。それは、親友としての『模範解答』ではないと分かっていたから。
樹は夜空へ向かって力強く指をさし、あの一番光っているのがベガだと教えてくれた。
ベガは全天の中で一番明るい恒星なんだぞ、と、どこか自慢げに。
別名、織姫星。
そして、その少し下の方にあるのが彦星(アルタイル)、その隣にあるのがはくちょう座(デネブ)。
その3つのまばゆい星を結んで、『夏の大三角形』というらしい。
樹は空を指さしたまま、『な、ロマンチックだろ?』と笑った。そのあとすぐに、『でもさ、織姫と彦星の間に、わざわざはくちょうが挟まってるの、よく考えたらめちゃくちゃ笑えるよな。これ完全に間男だろ。お邪魔虫じゃん』と言って、一体何がそんなに面白いのか、相田にはさっぱり分からなかったが、樹は柳の木の下でしばらく腹を抱えて爆笑していた。
『……お前、なんでそんなに星に詳しいんや。野球バカのくせに』
相田が尋ねると、樹は少しだけ照れくさそうに、
『彼女の趣味なんだよ。あいつ、星を見るのが好きだったからさ、俺も必死に覚えさせられたんだ。あ、もう別れたから元カノジョか』と、屈託のない笑顔で笑った。
相田は、『そうか』とだけ返した。
あの瞬間、胸のあたりがじわじわと、酸をかけられたみたいに腐り落ちていくように激しく痛んだ。
俺は、どれだけ樹の隣にいても。どれだけ彼を支え、後ろを守り続けても。
織姫と彦星という、樹と誰か別の女子の恋愛を見守るだけの、ただのはくちょうにしかなれへんのやろうか。
暗闇の中で自虐的な笑いが込み上げて止まらなかった。
感情のままに、この苦しい想いを全てぶちまけてしまいたかった。
お前が好きや、友達の顔してお前の隣にいるのが狂いそうなほど辛いんやと叫んでしまいたかった。
けれど、その実りなき恋に全てを賭ける勇気は相田にはなかった。
あの遠い夏の夜と同じく。
相田は、いつまでも、いつまでも、一等星が青白く光輝く夏の夜空を、ひとり静かに見上げていた。
