いつものように下手くそなりに練習をしている中、校舎の方へ飛んで行ったボールを拾いに行った。
すると、2年3組の教室の窓から誰かが覗いている。
黒峰先輩のクラスだったから、もしかすると……と思って近づいてみると、やはり教室の窓に頬杖をついて外を眺めていたのは黒峰先輩だった。
「黒峰せんぱ……い」
いつものように声をかけようと、手を振りかけた。
だけど、先輩の様子を見て、声をかけるのをやめた。
どうしてかっていうと、黒峰先輩がぼーっと眺める先には野球部が練習していた。
あれだけ入りたがらない野球部が。
毎日、毎日、断られるから、てっきり野球のことが大嫌いになっているのかと思ったから不思議だった。
翌日も、夕方の同じくらいの時間に校舎の方へ向かうと、2年3組の教室から黒峰先輩が野球部の方を眺めていた。
夕日に照らされながら、静かに野球部の練習を眺める先輩。
表情を変えず、だけど時々、唇をぎゅっと噛んでからため息をつく。
僕はそんな表情を見て、胸がキュッと締め付けられる感覚がした。
その日の練習終わり、校門まで行くとやはり黒峰先輩がいた。
「黒峰先輩」
「なに。佐藤楓。野球部には入らねえからな」
「あの……本当は野球、やりたいんじゃないんですか」
僕は単刀直入に聞いた。
日が落ちて、暗くなり始めていたから、黒峰先輩が一瞬驚いたような気がしたけれど表情までは見えなかった。
「……別に」
「じゃあ、どうして毎日、放課後に野球部の練習を眺めてるんですか」
「……っ、なんで」
今回は本当に驚いたらしく、黒峰先輩の涼しげな目は大きく開いた。
「ボールを拾いに行った時に見つけました。黄昏てる先輩を」
「なっ、お前、それは」
「知ってると思いますけど、僕は下手くそなんで、変なところにボールを飛ばしまくるんですよね。それで、よくいろんな所に拾いに行くんですよ。っていうか、なんでそんなに野球部に入るのが嫌なんですか」
僕の質問に困ったのか、黒峰先輩は数秒黙ってしまった。
ほんの少しの間だったけれど、しんと静かに言葉に詰まった先輩を見て、不謹慎にも胸がドキッとした。
初めて先輩の余裕のない姿を見た。
「……怪我、したんだよ。中二の秋に」
黒峰先輩はいつもの塩対応とはちがって、ポリポリと頭を掻きながら話を始めてくれた。
「中二の夏に全国大会で投げて、その時からずっと肩を痛めてて。でも高校の推薦とかもあったから、無理して投げてたら肩がぶっ壊れた」
「ええ!?ぶっ壊れた、え?じゃ、今も痛いんですか」
「今はそんなことねーよ。中二の冬っていうか、中三の春っていうか、それくらいの頃に手術した。それからまともに投げれてない」
そう言った先輩は悔しそうに唇をギュッと噛んだ。
「強豪校への推薦は白紙、仲良くしてたチームメイトも夏の大会前になったらもう俺どころじゃなくなってた。あれだけ苦労して積み上げてきたことが、こんな一瞬で失くなるだって思ったよ」
先輩は寂しそうにため息をついた。
「いーや!!なくなってなんか無い!!……です」
僕は気がつけば、黒峰先輩のブレザーの襟を掴んでぐいっと自分の方へ引き寄せていた。
「なっ……え?」
「先輩のおかげで、僕は今、野球をしてます」
突然、首元を引っ張られ、屈んだ状態になった先輩はキョトンとした。
「僕、実はあの全国大会を見てました。それで、く……くろ、くろ、くろみねせんぱいに惚れて、下手くそだけど野球、やってみようって思って、今野球をしてます!」
自分でも『先輩に惚れて』なんて、クサすぎるセリフだと思ったけど、本心だから飾らず伝えた。
「だから、何も失くなってなんかないです。先輩の今がどうであれ、先輩が築いた過去は、ちゃんと誰かの胸に響いてるし、残ってますっ」
調子良く言い切ってみると、目の前には締まりのない表情になった先輩の顔があった。
「佐藤……楓……」
「えっと、えーっと」
僕も思わず釣られてしまって、顔に熱が集中してくる。
辺りは薄暗いし、僕は先輩の胸ぐらを掴んで引き寄せてるし、心臓はドキドキとうるさい。
おまけに普段なら絶対に言わないようなクサいセリフつき。
「先輩と野球、やりたいです」
このムズムズして、たまらない空気に耐えられなくなって、またいつものセリフを言ってしまった。
「まあ……ポンコツになった今の俺で良い……なら……」
そう言った黒峰先輩は、覚悟を決めたのか、吹っ切れたのか、僕の肩へポスっと頭を乗せて笑った。
「ふぇ!?」
予想もしていなかった黒峰先輩からの接触に、体がビクッと反応してしまった。
「変な声」
「先輩が急に頭乗っけるから」
「いや、まずお前が俺を引っ張ったんだろ」
そう言われたら、言い返せない。
無意識のうちに、先輩の胸ぐらを掴んで引っ張ってしまっていたから。
「佐藤楓。お前、変わってるな」
「どっ、どこがですか」
「諦め悪すぎなとこ」
「だってそれは」
こんな下手くそな僕を受け入れてくれた優しい野球部の先輩たちのためになりたかったし。
それに、腹が立つけど黒峰先輩のことが気になってしまって、ちょっとでも接点を持ちたくなって、頭から離れなかったから。
「あと、野球下手すぎ」
「それは言い過ぎです」
ぼそぼそと黒峰先輩が喋る度に、僕の鎖骨は震えて、片方の耳から気怠げな声が入ってくる。
僕は楽しいのにどんどん緊張してきて、先輩のブレザーの襟をギュッと握ったまま離せずにいる。
「まあでも……お前の一生懸命な姿、良いと思う。ちょこちょこしてて可愛いし」
「へ?」
「応援したくなって、目が離せなくなる」
「え、ええ!?……先輩?」
毎日ずっと塩対応だったはずの先輩が、今は妙に甘い。
いつもの黒峰先輩じゃないみたいだ。
「あの……せんぱ」
「楓」
「は、はひっ」
「お前、ここまで俺を動かしたんだから、覚悟しとけよ。色々と」
顔を上げた先輩の右手が僕の両頬を掴んだ。
僕の視界は一瞬で黒峰先輩でいっぱいになった。
すっきりした目に凛々しい眉毛。
先輩の右手から伝わってくる逞しい手の感触。
全てが夢みたいな状況で、脳の処理が追いつかない。
「せんぱ……はなひ、て」
「やだね」
「なんっで」
「なんか可愛いから」
また、可愛いだ。
可愛いなんて言葉、男の僕には似合わないはずなのに、今は黒峰先輩の口から出てくる度に僕の心臓が大きく鳴る。
「変な顔」
「んぅ……」
黒峰先輩は意地悪してくるくせに優しく笑っている。
……でも、先輩のこんな笑顔は初めて見た。
いつも無表情だったから、初めて見る先輩の爽やかで甘い笑顔に、中学生の頃の記憶が蘇ってきて胸の高鳴りが加速する。
僕がドキドキして困っていると、先輩はふっと手を離した。
「明日、山田先生のとこ行ってくるわ」
そう言って、黒峰先輩は僕の頭をポンっと触れた。
「ありがとうございます!」
「暗いから気をつけて帰れよ。ふわふわ頭」
僕のお礼を聞いた先輩は、また優しく微笑んでくれた。
すると、2年3組の教室の窓から誰かが覗いている。
黒峰先輩のクラスだったから、もしかすると……と思って近づいてみると、やはり教室の窓に頬杖をついて外を眺めていたのは黒峰先輩だった。
「黒峰せんぱ……い」
いつものように声をかけようと、手を振りかけた。
だけど、先輩の様子を見て、声をかけるのをやめた。
どうしてかっていうと、黒峰先輩がぼーっと眺める先には野球部が練習していた。
あれだけ入りたがらない野球部が。
毎日、毎日、断られるから、てっきり野球のことが大嫌いになっているのかと思ったから不思議だった。
翌日も、夕方の同じくらいの時間に校舎の方へ向かうと、2年3組の教室から黒峰先輩が野球部の方を眺めていた。
夕日に照らされながら、静かに野球部の練習を眺める先輩。
表情を変えず、だけど時々、唇をぎゅっと噛んでからため息をつく。
僕はそんな表情を見て、胸がキュッと締め付けられる感覚がした。
その日の練習終わり、校門まで行くとやはり黒峰先輩がいた。
「黒峰先輩」
「なに。佐藤楓。野球部には入らねえからな」
「あの……本当は野球、やりたいんじゃないんですか」
僕は単刀直入に聞いた。
日が落ちて、暗くなり始めていたから、黒峰先輩が一瞬驚いたような気がしたけれど表情までは見えなかった。
「……別に」
「じゃあ、どうして毎日、放課後に野球部の練習を眺めてるんですか」
「……っ、なんで」
今回は本当に驚いたらしく、黒峰先輩の涼しげな目は大きく開いた。
「ボールを拾いに行った時に見つけました。黄昏てる先輩を」
「なっ、お前、それは」
「知ってると思いますけど、僕は下手くそなんで、変なところにボールを飛ばしまくるんですよね。それで、よくいろんな所に拾いに行くんですよ。っていうか、なんでそんなに野球部に入るのが嫌なんですか」
僕の質問に困ったのか、黒峰先輩は数秒黙ってしまった。
ほんの少しの間だったけれど、しんと静かに言葉に詰まった先輩を見て、不謹慎にも胸がドキッとした。
初めて先輩の余裕のない姿を見た。
「……怪我、したんだよ。中二の秋に」
黒峰先輩はいつもの塩対応とはちがって、ポリポリと頭を掻きながら話を始めてくれた。
「中二の夏に全国大会で投げて、その時からずっと肩を痛めてて。でも高校の推薦とかもあったから、無理して投げてたら肩がぶっ壊れた」
「ええ!?ぶっ壊れた、え?じゃ、今も痛いんですか」
「今はそんなことねーよ。中二の冬っていうか、中三の春っていうか、それくらいの頃に手術した。それからまともに投げれてない」
そう言った先輩は悔しそうに唇をギュッと噛んだ。
「強豪校への推薦は白紙、仲良くしてたチームメイトも夏の大会前になったらもう俺どころじゃなくなってた。あれだけ苦労して積み上げてきたことが、こんな一瞬で失くなるだって思ったよ」
先輩は寂しそうにため息をついた。
「いーや!!なくなってなんか無い!!……です」
僕は気がつけば、黒峰先輩のブレザーの襟を掴んでぐいっと自分の方へ引き寄せていた。
「なっ……え?」
「先輩のおかげで、僕は今、野球をしてます」
突然、首元を引っ張られ、屈んだ状態になった先輩はキョトンとした。
「僕、実はあの全国大会を見てました。それで、く……くろ、くろ、くろみねせんぱいに惚れて、下手くそだけど野球、やってみようって思って、今野球をしてます!」
自分でも『先輩に惚れて』なんて、クサすぎるセリフだと思ったけど、本心だから飾らず伝えた。
「だから、何も失くなってなんかないです。先輩の今がどうであれ、先輩が築いた過去は、ちゃんと誰かの胸に響いてるし、残ってますっ」
調子良く言い切ってみると、目の前には締まりのない表情になった先輩の顔があった。
「佐藤……楓……」
「えっと、えーっと」
僕も思わず釣られてしまって、顔に熱が集中してくる。
辺りは薄暗いし、僕は先輩の胸ぐらを掴んで引き寄せてるし、心臓はドキドキとうるさい。
おまけに普段なら絶対に言わないようなクサいセリフつき。
「先輩と野球、やりたいです」
このムズムズして、たまらない空気に耐えられなくなって、またいつものセリフを言ってしまった。
「まあ……ポンコツになった今の俺で良い……なら……」
そう言った黒峰先輩は、覚悟を決めたのか、吹っ切れたのか、僕の肩へポスっと頭を乗せて笑った。
「ふぇ!?」
予想もしていなかった黒峰先輩からの接触に、体がビクッと反応してしまった。
「変な声」
「先輩が急に頭乗っけるから」
「いや、まずお前が俺を引っ張ったんだろ」
そう言われたら、言い返せない。
無意識のうちに、先輩の胸ぐらを掴んで引っ張ってしまっていたから。
「佐藤楓。お前、変わってるな」
「どっ、どこがですか」
「諦め悪すぎなとこ」
「だってそれは」
こんな下手くそな僕を受け入れてくれた優しい野球部の先輩たちのためになりたかったし。
それに、腹が立つけど黒峰先輩のことが気になってしまって、ちょっとでも接点を持ちたくなって、頭から離れなかったから。
「あと、野球下手すぎ」
「それは言い過ぎです」
ぼそぼそと黒峰先輩が喋る度に、僕の鎖骨は震えて、片方の耳から気怠げな声が入ってくる。
僕は楽しいのにどんどん緊張してきて、先輩のブレザーの襟をギュッと握ったまま離せずにいる。
「まあでも……お前の一生懸命な姿、良いと思う。ちょこちょこしてて可愛いし」
「へ?」
「応援したくなって、目が離せなくなる」
「え、ええ!?……先輩?」
毎日ずっと塩対応だったはずの先輩が、今は妙に甘い。
いつもの黒峰先輩じゃないみたいだ。
「あの……せんぱ」
「楓」
「は、はひっ」
「お前、ここまで俺を動かしたんだから、覚悟しとけよ。色々と」
顔を上げた先輩の右手が僕の両頬を掴んだ。
僕の視界は一瞬で黒峰先輩でいっぱいになった。
すっきりした目に凛々しい眉毛。
先輩の右手から伝わってくる逞しい手の感触。
全てが夢みたいな状況で、脳の処理が追いつかない。
「せんぱ……はなひ、て」
「やだね」
「なんっで」
「なんか可愛いから」
また、可愛いだ。
可愛いなんて言葉、男の僕には似合わないはずなのに、今は黒峰先輩の口から出てくる度に僕の心臓が大きく鳴る。
「変な顔」
「んぅ……」
黒峰先輩は意地悪してくるくせに優しく笑っている。
……でも、先輩のこんな笑顔は初めて見た。
いつも無表情だったから、初めて見る先輩の爽やかで甘い笑顔に、中学生の頃の記憶が蘇ってきて胸の高鳴りが加速する。
僕がドキドキして困っていると、先輩はふっと手を離した。
「明日、山田先生のとこ行ってくるわ」
そう言って、黒峰先輩は僕の頭をポンっと触れた。
「ありがとうございます!」
「暗いから気をつけて帰れよ。ふわふわ頭」
僕のお礼を聞いた先輩は、また優しく微笑んでくれた。



