先輩!野球部に入ってください!!

 その翌日も、翌々日も、僕たち野球部は放課後になると日が暮れるまで練習をした。

下手くそな僕は、先輩たちのアドバイスを取り入れるべく一生懸命、手足を動かすけれど、全然上手くいかない。

ボールは股の間を通り抜けるし、ボールとバットは当たってくれない。

側から見ると、先輩たちの邪魔をしている人物にしか見えないと思う。

それなのに、先輩たちは毎日笑って、「お、良い感じだぞ」とか「ナイスプレー!!」とか言って、僕の奇跡的に上手くいったプレーを見るたびに笑顔で喜んでくれる。

中学までは、運動ができなさすぎて部活に入ると毎回、腫れ物扱いされてしまっていたからこそ、先輩たちの優しさに触れるたびに、僕の胸はじんわりと温かくなった。


 入学して直ぐの頃に出会った腹の立つイケメンとは出会えないまま、いつの間にかゴールデンウィークが過ぎていた。

そんな中、練習の帰り道に同級生で野球部員である星野と宮下と歩いていると、野球を始めたきっかけは何かという話題になった。

星野は4歳上の兄ちゃんの影響、宮下は小学校の体育の授業がきっかけだったらしい。

「で、佐藤は?」

 宮下が食い気味に聞いてきた。

「僕は……中学の時、たまたま近くの野球場でしてた全国大会を見て、かな」

 二人と違って、僕は中学一年生の時に見た試合がきっかけだった。

偶然観戦した試合で、堂々と投げるただ一人の投手に心を奪われたから。

成長途中である中学生たちの中で、その人の手足の長さや、身長の高さは目立っていた。

おまけに、野球帽を被った髪型が見えない状態でも、無駄のないシャープで男らしい横顔は俳優のみたいで、一人だけキラキラと輝いていた。

それに、次から次へと三振を取っていて、外見だけじゃない、実力まである最強の人だった。

僕は、その人の野球をしている姿を見た時が、人生で一番ドキドキしてたんじゃないかって思う。

「全国大会?……あー、あれか」

 星野がチラッと宮下を見て言った。

「あれだよな、絶対」

 宮下も星野を見て返事をする。

「佐藤。お前が見たの、決勝だろ、それ。くっそ男前のピッチャーがさ、次から次へと三振取ってたやつ」

「決勝戦だったかは分かんないけど、すっごいかっこいい人が投げてて……」

「やっぱり……」

 宮下はそう言って、大きくため息をついた。

「なに?どうしたの?」

 僕が宮下の顔を覗き込むと、星野が僕の肩にポンっと手を置いた。

「驚かずに聞けよ。その時に投げてた男前のピッチャーはな……実は俺たちと同じ高校にいるぞ」

「しかも、2年に」

 宮下も僕の肩に手を置いて続けた。

「え……えぇ!?!?」

 全く理解ができない。

同じ野球部の2年生の中に、そのかっこいい先輩はいない。

それなのに、同じ高校にいるっていうのはどういうことだろう。

「あの人は黒峰聡っていう人で、今は野球をしてない。しかも、中学の時みたいな超短髪じゃなくなって、髪は伸びてる。いっつもセットもせず適当なくせにさ、それがまた自然な感じ超かっけーんだよ、わかる?なんていうか、こう……無造作っていうか、無気力そうっていうか。だけどさ、元々はすごい出来る人だろ?だからやる気なさそうなのに、顔は良いし、運動できるし、もう1年の女子でさえ毎日楽しそうに噂してんだよ!!!」

 宮下が僕の肩に置く手に力を込めて熱弁した。

半分くらいは野球なんかじゃない悔しさが込められていたけど。

それでも、僕に衝撃を与えるには十分だった。

「くろみね、さとし……先輩」
 あの夏の暑い日に汗だくになりながら、投げていた人の名前を知ることができた。

まさか、同じ高校に通っていたなんて思ってもいなかった。

僕が記憶していたイメージとはちょっと変わっているらしいけど、それでも大切な大切な思い出の人だ。

それだけで嬉しくて、自然と頬が緩む。

まあ、どうして野球をしていないのだろうと不思議に思ったけど、それでも会ってみたい。

「あの人、今なんもしてないんだったら野球部入ってくんねーかな」

「だよな。入ってくれたら人数も揃うし、試合も勝てるし、最強なのにな」

 星野と宮下が互いに口を尖らせながら言う。

「僕、くろみね先輩のところに行ってみる」

 僕がそう言うと、二人はまた顔を見合わせてため息をついた。

「野球部への勧誘はな、先輩たちみーんな試したんだってさ」

「そうそう、それで、全敗したらしーよ」

 二人は、またため息をついた。

「……っ、でも」

 だめだと分かっていても、僕は話してみたい。

あれだけキラキラしていた人だ。きっと、今は野球ができない深い事情があるだけで、根本は変わってないはずだ。

「それでも行ってみるっ」

 僕が思い切ってそう言うと、二人は「それなら全力で頼むぞ〜!!」と茶化すように笑った。