茶道部1年の男子と共同作業することになりました

「「その格好!」」
見事にハモり、クッキーの袋を並べていた魔女に「仲良しかよ」と突っ込まれた。
「ちょっと来てください」
大きな手に手首をつかまれ、人気(ひとけ)のない廊下の隅に連行される。
眉間にシワを寄せた二階堂くんの顔が近づいてきた。
「なんでそんな……エッロい服着てんですか」
「エッ……て全然エロくないでしょ!」
長袖長ズボンだし手袋だって着けてるし、普段の制服より露出面積は少ない。
エロいというなら二階堂くんの方だ。
深緑の和服に明るい灰色の(はかま)姿、そしてワックスで整えられた髪。色気が何割も増している。
「耳も尻尾もエロいし、それギャルソンですよね。シャツ小さめで体の線、出すぎですけど。あと脚のラインも」
上から下へと這う彼の視線に、体が変に緊張する。
「ただのウサ耳カチューシャだし……まあ、衣装はちょっとぴったりしすぎかなって思ったけど、結構伸びる素材だし……」
何も悪くないのにモゴモゴと言い訳っぽくなる。でも露出はないし、調理部の子がせっかく用意してくれた服だし、なにより文化祭はお祭りだし。
まだ何か言いたげな二階堂くんの言葉に重なり、文化祭開始15分前を告げる放送が流れた。
「声掛けられても、絶対ついて行かないでくださいね!」
そう言い残し、声を掛け連れて行った張本人が去って行った。

「愛ちゃん本っ当にありがとう! 助かる!」
体調を崩して休んだ部員に代わり、午後も数時間ヘルプに入った。
食べ歩きやお土産にもできる可愛い焼き菓子は大好評で、バックヤードでは追加分も焼いている。大繁盛だ。

1時間休みをもらえ、急いで茶室に走った。
お茶会と書かれたチケットの裏には、ペンで『9時~11時、14時~16時』と書いてある。二階堂くんの担当時間だ。
今は14時半。
「間に合ったあ」と肩で息をしていると、茶室玄関の受付に置かれたホワイトボードに「え」と声をあげた。
20分刻みの時刻が書いてあり、16時まで全て×印。
「すみません。今年すごくお客さんが多くて、急きょ整理券配ったんです」
「そう、なんですね」
二階堂くんの影響だろうか。
ボードには『撮影は部員が写らないようご配慮ください』の紙まで貼ってある。
明日は早めに来よう、と去ろうとしたら「愛田くん」と呼び止められた。
穏やかな声の主に自分でも驚くほど心臓が跳ねる。
生徒にも丁寧な話し方で、でも2人きりだと二階堂くんのことを「紗月」と呼ぶらしい――武内先生だった。



「ありがとう、時間とってくれて」
「いえ全然。でもびっくりしました、先輩から連絡もらった時は」
「ごめんね、わがまま言っちゃって。武内先生にまで」
「気にすることないですよ。たぶん茶菓子のお礼も兼ねてるだろうし」
受付で先生に声を掛けられた時、「お茶菓子、文化祭らしくて華やかで、とても好評ですよ」と褒めてもらった。それから少し話しをし、「もし可能なら」と先生にお願いをした。
「先輩、どうぞ」
和服姿の二階堂くんに促され、僕は茶室の玄関をくぐった。

広い和室を通りすぎる時、『喫茶去』の掛け軸が見えた。4月にお茶をいただいた部屋だ。
その隣の小さな和室に通され、向かい合って正座した。
「二階堂くんが茶道始めたきっかけって、武内先生だったんだね」
「あー、聞いたんですね」
とすこし顔をしかめる。
「うん。お菓子が好きだから、喜んで体験に来たって」
小学5年生の時だったらしい。
先生と二階堂くんの親同士がとても親しく、当時大学生だった武内先生が通う茶道教室に彼を誘ったという。
お菓子につられて嬉しそうに茶道に通う小さくてふくよかな二階堂くんを想像すると、自然と笑みがこぼれてくる。
「だから茶道部に入ったんだね」
「はい。でも……4月に先輩に出会った時、調理部に入ろうか一瞬迷ったんです」
「そうだったの⁉」
初耳だ。
「でも包丁は家庭科くらいでしか使ったことがなくて。小さいころ料理手伝ったらザックリ切ってトラウマになったんです」
ザックリ。ブルっと背すじが震える。
それは苦手になっても仕方ない。
「なので調理部入っても足手まといになりそうで断念しました。でも先輩とまた並んで料理したくて……包丁、家で練習してます」
「二階堂くん……」
全然危なっかしいですけどね、と恥ずかしそうに笑うけれど、彼から向けられる気持ちに喜びが込み上げる。
「あのね、チケット、2枚とも使いたいんだけど」
きのうもらった券を二階堂くんに差し出した。

武内先生にお願いしたことは、放課後茶室を貸してほしいこと。
その際『お茶会』と『茶道体験』の券を使っていいかも確認した。
そして相手は二階堂くんということも。
「かまいませんよ。最後、片づけと鍵の返却をしてもらえれば」と快く承諾してくださった。

ふと(とこ)の間に目をやると、あの日と同じ掛け軸が掛かっていた。
『一期一会』
「体験の方はこの部屋でしてたんです」
「それでここにも掛け軸とお花が飾ってあるんだね」
一期一会。
一生に一度の出会いを大切に。
――このお茶会は一生に一度。楽しんでくださいね。
4月にそう紹介した武内先生の声が蘇る。
この部屋を出るころには、二階堂くんとの関係は変わっているだろう。
この環境、この関係でいただくお茶は、最初で最後。
一生に一度のお茶会。
2人で作るこの空間も、共同作業みたいだ。

脇に置いた鞄を、一度ぎゅっとつかんだ。
中には、二階堂くんへの贈り物が入っている。

「どちらを先にしますか?」
茶会か体験か。
「先に、お茶いただいてもいい?」
「わかりました」
そう言うと、干菓子の載った黒い正方形の器を持って来てくれた。
正座し、「お菓子をどうぞ」と両手を畳につく。
「あ、ありがとうございます」
僕も頭を下げる。
緊張丸出しの僕に、
「作法とか気にせず、リラックスしてくださいね」
と微笑んでくれた。
「茶菓子の写真撮る人、たくさんいましたよ。美味しいって好評だったし」
「ほんと? じゃあ大成功だね」
器にはハートや星、肉球や花の形のカラフルな落雁(らくがん)と、サイコロ状にカットした水色やピンク、黄色の淡い色の寒氷(かんごおり)が積まれていた。
「こうやって出されてたんだね」
2人で文化祭のイメージを出し合い、『楽しい、ワクワク、嬉しい、幸せ』を形にしたもの。

渡された白い紙――懐紙(かいし)に、落雁と寒氷それぞれ1つ、つまんで載せる。
まずは落雁。口に入れたとたん和三盆がほろほろと溶け、べたつかないやさしい甘さが口いっぱいに広がる。
そして寒氷。やわらかな食感とともに、夏に家で一緒に作った、あの甘い時間まで思い出された。

二階堂くんが茶道具の前に移動する。
「では、始めますね」
袴の裾を整えて正座し、腰に挟んだ布――帛紗(ふくさ)を取り出した。
そこからは、まばたきを忘れてしまうほど惹き込まれてしまった。

帛紗を胸の前で器用に折りたたむ手つき。
茶道具を一つ一つ拭い清める仕草。
釜から柄杓(ひしゃく)で湯を()み、茶碗と茶筅(ちゃせん)を温める動作。
ひとつひとつの洗練された、流れるように美しい所作に目が離せない。

静かな茶室に、抹茶を点てる茶筅のひそやかな音だけが聞こえる。
目の前で繰り広げられる二階堂くんのお点前に、切ないほど胸が締めつけられた。
茶碗からすっと茶筅が引き上げられる。
「一服どうぞ」
差し出された茶碗を近くに寄せ、「お点前ちょうだいいたします」と一礼し、碗を左手に乗せ、右手でゆっくりと二度回す。
あったかい……。
手のひらにお茶のぬくもりがじわりと伝わり、ドキドキしていた鼓動までなだめられるようだった。

「……おいしい」
「ありがとうございます」
きめ細かいなめらかな泡の甘みと、抹茶の濃厚な香り。
それが口いっぱいに広がり、飲み干すと、二階堂くんのお茶で身体中が幸せで満たされた。
器を戻すと、「じゃあ、次は先輩の番ですね」ときらきらの笑顔が返ってきた。

「……よろしく、お願いします」
あんなに美しい作法の後では、超初心者ということを引いても恥ずかしくなる。
「えっと、お茶の道具に触れるのも初めてで……絶対、下手だから」
声がすぼむ。
「俺はすごく光栄ですよ」
「何で?」
「先輩のハジメテに、俺を選んでもらえたの」
「ハジッ…………なんか言い方」
じとっと目を細めると、
「言い方って、何がですか?」と二階堂くんも目を細め、口角を上げた。嬉しそうだ。
茶道具の前に移動し、並んで座る。

「えっと、お茶菓子は……」
「先輩のお茶を味わいたいんで大丈夫です。お菓子とお茶はセットですが、今は先輩と2人きりだし」
抹茶美味しくなかったらどうしよう、と心配になるものの、茶菓子を断られてよかったと安心もした。
だって先にアレを渡したら、茶道どころじゃなくなるかもしれないから。

不格好で(つたな)すぎだけど、隣でお手本を見ながら、なんとか点てることができた。
「おいしいです」
すごく満足そうな顔だけど、二階堂くんみたいに綺麗な泡もできてないし、なんだか申し訳ない。
「ありがとう。でも……」
「先輩の心がこもってて、本当にすごく美味しいですよ」
「……ありがとう」
二階堂くんのやさしさと笑顔に、僕の心はいつも甘い気持ちであふれてくれる。

「そろそろ片づけましょうか」
茶道具を持って立とうとした二階堂くんを「あのね」と呼び止めた。
緊張で、耳まで心臓になったみたいにドクドクと脈打つ。
「渡したいものが、あるん、だけど。…………これ」
正座で向かい合って座り、鞄から取り出した手のひらサイズの箱をおずおずと両手で差し出す。
「受け取ってもらえると、嬉しい、です……」

恋心だとはっきり自覚したのは、公園で迫られた日だった。
ただの友達に抱きつかれ首にキスされたら、たとえ冗談でも不愉快だ。
なのに感じたのは、嫌悪感じゃなくて恥ずかしさ。

僕の作ったものを美味しいと喜んでくれる姿も、妹と仲良くなろうと気遣ってくれるやさしさも、初めてのお菓子作りにぎこちないながらも頑張る姿も、そして真っ直ぐな瞳で好意を伝えてくれる一途さも。
自分でも知らない間に彼への想いがミルクレープみたいにどんどん重なり、知らない間に恋へと変わっていた。
二階堂くんから連絡がこなくなったとき、このまま疎遠になってしまったら、とすごく不安だった。

「これって……」
ふたを開けた瞬間、二階堂くんが目を見開いた。
「返事、遅くなってごめんね」
告白から4か月以上。
いつも真っ直ぐに想いを伝えてくれた二階堂くんに、僕も真っ直ぐに想いを返そうと思った。
いまさら、と拒否されるかもしれない。
それでも直接伝えたい。
「僕の……気持ちです」
口を手で覆う二階堂くんの瞳が、すこし潤んでいる。
「…………どうしよ。一生、食べらんない……」
箱の中身は、大きめに型抜きをした、淡い桃色のハートの寒氷。
2人で作った、思い出の茶菓子。そこにアイシングで小さな花を描いて飾った。

太ももの上で(こぶし)をぎゅっと握りしめる。
「好きです……。二階堂くんのことが……好き」
妹にはしょっちゅう好き好き言ってるのに、恋愛感情のこもった『好き』を伝えるのが、こんなにも堪らない気持ちになるなんて知らなかった。
恥ずかしさや不安、怖さやいたたまれなさ。
色んな感情がぐちゃぐちゃと混じり合う。
まともに目を合わせられない。

「愛田先輩……」
二階堂くんの手が僕の左の拳を包むと、そのまますくい上げる。
顔を上げると、照明を反射して彼の瞳がきらきらと輝いていた。
涙で潤んでいる。
「俺と、付き合ってもらえますか」
その言葉に不安や緊張が一気に弾け、ぶわりと涙があふれた。
「……はい。――わあっ」
答えた瞬間手を引き寄せられ、彼の腕の中に閉じ込められた。
「……ありがとう、ございます」
二階堂くんの体が震えてる。
「長いあいだ待たせて、ごめんね」

どれくらい抱き合ってただろう。
数十秒か、数分か、それすらもわからなかった。
二階堂くんの体が離れたとき「この花って」と問われ、ギクリと過剰に反応してしまった。
まさか……。
「濃いピンクの花びらに、黄色のおしべとめしべ」
箱の中の寒氷を見つめている。
「ハゼラン、ですよね。秋の茶花(ちゃばな)の」
「さ、さすがだね」
心臓がだらだら大汗をかいてる気がする。
たぶん大丈夫……だいじょうぶ……。
「日持ちはするけど、ちゃんと食べてね。さ、片づけて鍵返しに行こっか」
早く箱を仕舞うようそれとなく促すけど、動かない。
「文化祭で飾る花、選んだの、見た目だけじゃないんです」
ひゅっと喉が鳴った。
「へ、へえ……ソウナンダ」
「掛け軸にもてなしの意味があるなら、花でも気持ちを伝えようってなって」
確信した目つきだ。
『笑ったら子ウサギみたい』なんて夏に言われたけど、今は大型犬に捕まり窮地に立たされた子ウサギみたいにビクビク震えている。

「そこに飾ってある白スイセンは『尊敬』、ススキは『活力』、隣の和室には『友愛』の白いハマギクもあります。そしてハゼランは――」
「ま、真心! ずっと真っ直ぐ気持ち伝えてくれてたから、僕も真心で応えたいなって思って!」
「そうですか。でも、」
不敵な笑みに、しまったと後悔しても、もう遅い。
「花言葉まで調べて、描いてくれたんですね」
ただ「ハゼラン可愛くって。え、花言葉なんてあったの?」と誤魔化せばよかったのに。
動揺しすぎて、そこまで頭が回らなかった。

二階堂くんを好きだと気づいてすぐ連絡が途絶えて、すごく焦った。
ずっと返事を待たせた上に公園で拒否した形になってしまい、もう失恋も覚悟だった。
それでも万が一まだ好きでいてくれたら。
僕の気持ちを受け入れてくれたら。
その時はずっと、二階堂くんの隣に居たいと心の底から思った。

「じゃあ、いつかもう一つの意味の方を受け取れるように、がんばりますね」
ハゼラン――永遠にあなたのもの。
恋を知らなかった僕が、初めて恋を知った。
甘くて、苦くて、切なくて。
でも、溶けるような幸せの味。

「あの、ちなみにいつ俺のことを好きになってくれたんですか」
「え! えっと、気づいたのは最近で……」
首を舐められたのが自覚したキッカケ、なんてとてもじゃないけど言えない。
「でも、なにが決定的だったとかじゃなくって、一緒に過ごすうちに、少しずつ……かな」
今日は声が小さくなってばかりだ。
すると頬に手がのびてきた。耳にかかった髪の毛を、指先がゆっくりと()く。
「なんか、まだ信じられないです。嬉しすぎて、今日寝れないかも」
愛しそうに目を細める二階堂くんに、きゅっと胸が締めつけられる。
さっきまで丁寧に茶道具を扱っていた長く筋張った指が、耳の輪郭をなぞり、頬を包む。

「あの日の続き、してもいいですか」
「あの日の続き?」
「先輩の家の」
僕の家の――……あっ!!
意味が分かり心臓が高鳴った。
「だ、だめ! 茶室じゃん!」
「茶室でキスしちゃいけない決まり、ありませんけど」
口をすこし尖らせた可愛いらしい顔に理性が揺らぎそうになる。が、頭を振って断固拒否をした。
この建物の前を通るたびにファーストキスを思い出し、ソワソワと赤面することになってしまう。

そっか、付き合うってキスもするし、さっきみたいに抱き合ったり、手だってつなぐんだよね。
でも高校生だから、もしかしてもっと、もっと先も――。
「愛田先輩」
「ひゃい!」
暴走中の妄想世界から急に現実に引き戻され、変な声が出てしまった。
前にも同じことがあったような。
ひゃいって可愛い、と楽しそうに肩を揺らす二階堂くんに「な、何?」と平静を装う。
「明日って何時が休みですか?」
明日はもともと休み時間を多めにもらっていた。
二階堂くんのスケジュールと合わせると、3時間休みが重なっていた。

「じゃあ、明日一緒に文化祭まわりませんか?」
「うん!……あ、でもお母さんと夏希と……夏希の恋人も来るんだけど、一緒でもいい?」
「逆に俺、お邪魔じゃないですか?」
「全然大丈夫! 夏希、二階堂くんに会えるかなって楽しみにしてたし」
「そっか。嬉しいです。そういえば恋人、あっくんでしたっけ」
「うん……」
明日、初めて妹の彼氏に会う。
「大丈夫ですか? 夏希ちゃんに恋人いるの、あんま嬉しそうじゃない……ていうか悲しそうだったから」
「あー。うん、でもね」
夏希が幸せなら、と今までの僕はそう自分を納得させていた。淋しい気持ちになんとかフタをして。

でも誰かと出会って、恋に落ちること。
その人と想いが通じ、恋人になれること。
その一つ一つが奇跡で、泣きそうなほどの幸せに心も身体も満たされることを知ってしまった。
夏希も同じ気持ちなら、兄としてこんなに嬉しいことはない。

「二階堂くんと両想いになれて、今は、心から夏希の恋を応援したくなってる」
でもたぶん、いや絶対、あっくんをチラチラ気にしてしまうだろうけど。
「そうなんですね」
やさしく微笑む二階堂くんに、僕も笑みを返した。
「じゃあ、夏希ちゃんとの約束、果たせますね」
「約束?」
「Wデート」
「ダブッ、デート⁉」
そういえば夏希にせがまれてたけど……。
「え、俺は文化祭デートのつもりでしたけど」
デート。そっか、デート……かあ。
文化祭を恋人と一緒に回って楽しんで。そういえば夏希も「あっくんと文化祭デートだー」ってはしゃいでた。

「明日、楽しみましょうね」
「……うん」
デートだって意識したら、またじわっと体が熱くなってきた。

「愛田先輩」
僕を呼ぶと、二階堂くんが体を寄せてきた。
「デートの最後には……」
顔が近づき、内緒話するように耳元で(ささや)く。


「キス、させてくださいね」