茶道部1年の男子と共同作業することになりました

10月になった。
今月末の文化祭に向け、各クラス各部活で準備が忙しくなる。
夏希提案のWデートは、今のところ何とか回避できていた。

二階堂くんとは簡単な打ち合わせで顔を合わせたり、携帯でメッセージを週に3、4回交わしたりしていた。
恋愛という意味で人を好きになったことのない僕にとって、二階堂くんへの感情が恋愛的なものなのか、まだはっきりしていない。
でも、

『明日部活でたくさんクッキー作るんだけど、迷惑じゃなかったら放課後渡してもいい?』

そう送ったメッセージをきっかけに、まさか2人の関係が急速に変わるなんて思いもしなかった。


「旨そう……」
公園のベンチに並んで座り、嬉しそうに袋を持つ二階堂くんに僕まで嬉しくなる。
「実はね、食料品関係に勤めてる部員のお母さんからミックスナッツいっぱいもらったから、色々試したんだ」
ナッツを種類ごとに分け、砕く大きさを変えて生地と混ぜ、食感や味がどう違うかみんなで食べ比べした。
持ち帰れるくらいたくさん作るとわかったとき、クッキーを食べて美味しいと言ってくれてた二階堂くんの顔が一番に浮かんだ。

「でも、こんなにもらっていいんですか?」
「大丈夫。家族用と、あと春哉の分もあるくらいだし」
たくさんあるから気にしないで、とクッキーであふれる鞄を見せる。
「春哉さん……幼馴染の」
声の温度がすっと低くなる。家に来たとき「ただの、幼馴染ですよね」と強調して確認されたことを思い出した。
「そ、そう、ただの幼馴染の。春哉も甘いの好きだから」
慌てて鞄のチャックを閉めていると、
「先輩、すげえ良い匂い……」
と犬みたいに髪に鼻を近づけてきた。
「へ?」
「甘い。クッキーの匂いする」
「え、ちょっ、だめ、汗臭いし」
10月だけどまだ暑い。それに今日は体育もあった。
「幼馴染ってことは、一緒にお風呂入ったことあるんですか」
「お風呂? えっと、小学生の時なら……あ、中学でも1回、」
修学旅行で大風呂に、と言う前に、突然抱きしめられた。
「二階堂くん⁉」
「俺も、もっと早く先輩に出会いたかった……」
体を包む腕に力がこもる。
耳に触れる二階堂くんの頬が、熱い。
「愛田先輩」
耳元でささやく低い声に、体がぞくっと粟立った。
「俺じゃ、だめですか」
そう言うと、僕の首元に顔をうずめ、首すじに口づけをした。
「だ、だめっ、汗かいてる、から」
心臓が破裂しそうでうまく息ができない。
距離をとろうと体を押すけど、力がはいらない。
首に何度もキスをされ、自分の体じゃないみたいに力が抜けていった。
「春哉さんとこんなことは、してませんよね」
「あ、あたりまえだろ」
「……先輩」
必死で、苦しくて、切なそうな声色。
湧き上がってくる甘い感情に堪えきれず、涙がにじんできた。
「先輩、好きです」
首に熱い吐息を感じ、体がびくっと震える。
そしてアイスを舐めるように、舌が首すじをなぞった。
「んっ」
とっさに口を覆う。
でも確実に聞こえたはずだ。
高くて甘ったるい、自分でも初めて聞く自分の声。
鞄をつかみ「ごめんっ」と僕は駆けだした。


『暴走して嫌な思いをさせて本当にすみませんでした』
そして、
『ごめんなさい』

このメッセージを最後に、二階堂くんからの連絡はずっとない。
もう1週間以上になる。

あの日はっきりとわかった。
彼への好意が、ただの後輩としてのものなのか、恋愛感情なのか。
でも日々の授業や文化祭の準備に追われ、告白の返事を、まだ伝えられないでいた。


文化祭前日。放課後とは思えないほどたくさんの生徒が居残っている。
用事で1年生教室の廊下を通ると、男子生徒が2人壁にもたれていた。通り過ぎたあと、背後から聞こえた「二階堂の噂、知ってる?」の声に思わず足を止めた。
噂?
「アイツ、好きな人いるらしいって」
「マジで⁉ 大スクープじゃん」
ひゅっと喉が詰まる。曲がり角に隠れ、こっそり彼らをうかがった。
公園でのことを誰かに見られただろうか。
「しかも相手がさ」
「うん」
「武内先生だって」
――――え?
「まさかー」
「でもさ、2人きりで話してるとき紗月って呼び捨てにしたの聞いたヤツがいてさ。しかも二階堂もタメ口でかなり親しそうだったって」
サアッと血の気が引いた。
生徒を呼び捨てにしない武内先生と、年上には敬語を使う二階堂くん。
最後に送られてきた『ごめんなさい』が、これ以上僕と関わらないという決別の意味を含んでるとしたら。
告白の返事を何か月も放置された挙句、迫って拒絶されて。週に2、3度あったメッセージが途絶えたのが何よりの証拠だ。

「なあ、噂んなったら二階堂どーなるんだろな」
声を潜めた意地の悪い声色に、胃のあたりがチリとうずく。
「やめとけよ」
止めながらも笑っている。
「モテるからってクールぶっててよ、いい気味じゃね?」
「それ、リナちゃんにフラれた腹いせだろ」
「うるせー」
「ピリピリしてんなー」
「あーマジムカツク。何の努力もしてねーのによ。ちょっとくらい痛い目見りゃいーんだよ」
何の努力もしてない? 痛い目見りゃいい?
腹のあたりに灯った怒りの火種が熱くなる。
「おいおい、不登校になったらどーすんだよ」
「別にいいじゃん、目障りだし。ま、それも人生経験――」
「ねえ」
気づいたら男子生徒の前に出ていた。
湧いた怒りを、押しとどめることができなかった。


「愛田先輩っ」
「二階堂くん⁉」
「大丈夫ですか? 怪我してませんか⁉」
職員室から出るなり、動揺する二階堂くんが僕の首元を確認する。
「胸ぐら掴まれたって聞いて」
「あー……ごめんね、心配かけて」

――痛い目見ればいいってどういうこと?噂流して何が楽しいの?二階堂くんのこと何も知らないのに。

とっさに言葉が出ていた。
男子生徒には「は? お前だれだよ」キレられ、(えり)をつかまれた。幸い残ってる生徒が多く、すぐに先生が来て、事情聴取のため職員室へ。
男子生徒は厳重注意、僕はお(とが)めなしですぐ解放。担任の先生には、愛田が怒るなんて珍しいなと驚かれた。
自分でもそう思う。
腹が立つまま面と向かって食いかかったのは初めてだった。

「俺の噂話してた奴を注意してくれたって聞きました」
「うん。でも、もし二階堂くんが居づらくなったら、本当にごめん」
「愛田先輩が傷つけられる方が俺は怖いです。もう無茶しないでくださいね」
「僕はなんにも……」
「でも、心配もしたけど、嬉しかったです」
「え」
「俺のこと気にかけてくれたのかなって。嫌われてても仕方ないのに……。公園でのこと、本当にすみませんでした」
深々と頭を下げた。
「びっくりしただけで……。二階堂くんのこと、全然嫌ってなんかないから……」
あの日のことを思いだし、恥ずかしくて語尾が小さくなる。
「本当、ですか?」
頭を上げた二階堂くんに「うん」とうなずくと、やっと彼の表情が和らいだ。
すると、「先輩に渡したいものがあって」と制服の内ポケットから小さな紙を2枚取り出した。黄緑と黄色の、切符サイズの紙。
「もしよかったら来てください」
「『お茶会』と『茶道体験』?」
「はい、今年は部員が多いんで2種類することになったんです。恒例のお茶会と、部員がマンツーマンで教えて自分でお茶を点てる茶道体験と。誰かと来てもらえばお互いが点てたお茶を飲み合うこともできます」
「面白そう。ありがとう」
2日目は夏希も来るし喜ぶだろう。

「調理部は何を販売するんですか?」
「えっとね、クッキーとかカップケーキとかポップコーンとか。ハロウィンのデコレーションしたの売るよ」
販売場所の調理室もすでにハロウィン仕様に飾りつけされている。
「それって」と二階堂くんの顔が険しくなった。
「先輩、コスプレとかしませんよね?」
「……え?」
「………………え?」