茶道部1年の男子と共同作業することになりました

「これ、武内先生から預かってきた和三盆(わさんぼん)とグラニュー糖です」
私服姿の二階堂くんが、キッチンの調理台に砂糖を置いた。
「ありがとう。重かったでしょ」
「いえ、部活のときの方が重い物たくさん運んでるんで。男は俺だけだから」
「わかる。うちもそうだから、自然とそうなっちゃうよね」
と笑い合う。
夏休みに入ったある土曜日の午後。茶菓子の試作のため、僕の家に来てもらっていた。

二階堂くんはベージュのチノパンとシンプルなTシャツだけ。なのに年下と思えないくらい大人っぽい。
しかも夏らしいゼリーの手土産まで持って来てくれた。
「気を遣わなくってよかったのに」
「初めて先輩の家にお邪魔するんで、印象は可能な限りよくしたいんです」
真顔で、早速心臓が跳ねることを言われる。
彼がいる間、家族の前で平静を保っていられるだろうか。

「紗月くんって、お兄ちゃんの高校のお友達?」
僕の服の(すそ)を握りしめながら、『初対面で緊張する、でも気になる』といった可愛らしい態度の妹が僕にたずねた。
お友達、というか部活の違う後輩、だけどただの後輩じゃなくて告白されてまだ返事はしてなくて……なんてもちろん言えない。
だから「うん、お友達だよ」と答えると、夏希はくりっと大きな瞳を輝かせた。
小さく「お友達……」とつぶやく隣の低い声は聞こえなかったことにする。
「よかったー」
「なにが?」
「だって(はる)くんしか来ないから、夏希心配してたの」
私立の高校だから遠方から通ってる子も多く、仲の良い友達はみんな遠くに住んでいる。遊ぶとなると誰かの家より商業施設だ。
「ちゃんとお友達がいて安心した」
やり取りを見ていた二階堂くんが肩を揺らして笑う。
「妹っていうか、なんかお姉さんみたいですね」
「9歳も離れてるけど、僕よりしっかりしてて……」
もう見抜かれてしまい恥ずかしい。

「ねえ、きょうお菓子作るんでしょ? いっぱいできたら、あっくんにもあげていい?」
あっくん。
まだ見ぬあっくん。
夏希が幸せならとだいぶショックは薄れていたけど、話題に出てくると未だにダメージをくらう。
「うん……たくさんできると思うから、もちろんいいよ」
なんとか声を絞りだし、兄として大人な対応をとる。
すると夏希がぎゅっと抱きしめてきた。
「夏希、あっくんのこと好きだけど、お兄ちゃんが大好きなのは変わんないよ?」
夏希……。
「そうだね……そうだよね。うん、ありがとう」と抱きしめ返す。
嬉しい。可愛い。大好きだ。
彼氏の存在はまだモヤモヤするけれど。
「夏希もお手伝いしていい?」
「うん。じゃあ手洗ってエプロンしておいで」と言うと「ママー、エプロンどこー」とリビングから出て行った。

「夏希ちゃん、彼氏いるんですね」
「あー、まあ……そうなんだ」
「先輩も彼氏できたら傷癒えるんじゃないですか?」
「ええっ」
「夏希ちゃんと恋バナで盛り上がれそうだし」
二階堂くんが意味深に微笑む。
どう返せばいいんだ、なんてひとり狼狽(うろた)えてたら、「ところで」と声が低くなった。
「春くんって誰ですか」
「え、春くん? ああ。隣に住んでる幼馴染の春哉だよ」
「ただの、幼馴染ですよね」
『ただの』が、いやに強調されている。
「あ、当たり前だろ」
「ならよかったです」
今日一日、本当に大丈夫だろうか。

手を洗い、僕はいつもの青いチェック模様のエプロン、二階堂くんも持参した紺のエプロンを着けた。
「まずは落雁(らくがん)から作ろっか」
「材料は……砂糖、水飴(みずあめ)、お湯、着色用パウダー、ですね」
砂糖は粉砂糖の予定だったけど、せっかくなので、武内先生にいただいた高級砂糖・和三盆を使う。
先生や二階堂くんによると、落雁の味、くちどけ、風味は、和三盆とそれ以外の砂糖とでは雲泥の差らしい。

材料をきっちり計ったあと、砂糖と着色用の苺パウダーを一緒にふるいにかけて細かくし、お湯で溶いた水飴を加えて指でなじませる。
「もしかして二階堂くん、お菓子作り……」
「……はい、初めてです」
と恥ずかしそうに答える。
茶室で見た所作は流れるように美しかったのに、料理をする一つ一つの動作がかなりぎこちない。でもそのギャップが、なんだか愛らしかった。

最初は会話が少なかった2人だけど、「一緒に材料計ろっか」とか「夏希ちゃん、これやる?」と話しかけてくれるおかげで、妹もすぐに溶け込んだ。
二階堂くんと並んで楽しそうにお菓子を作る妹。
2人の姿を、次の工程の準備をしながらほほ笑ましく見ていた。
「次はゴムベラで、こんな風に混ぜてね」
見本を見せて二階堂くんにバトンタッチ。水飴と砂糖と均等になじませるため、ちょっとコツが要る作業だ。
「ちゃんと混ざらない……」
なかなか苦戦している。
「初めてにしては上手(うま)いよ」
とゴムベラを持つ手を、上から覆うようにつかんで一緒に動かした。
「ヘラは寝かせて、こうやってこすりながら混ぜたら……ね、なじんでくるでしょ」
水飴を含み大きなダマになっていた砂糖が、徐々に細かくなってくる。
すると隣で見ていた夏希が、嬉しそうに口を開いた。
「共同作業みたい」
「共同作業?」
「うん。きのう学童で読んだんだけどね、結婚式で何か一緒にするの、『共同作業』っていうんだって」
うっとりする妹に、思わず二階堂くんから手を離す。
「結婚式でどんな共同作業しよっか、ってあっくんときのう話してたの」
ロマンチックに浸っている妹は、心臓をバクバクさせてる兄に気づいてない。
「二階堂くん、ごめん。いつも夏希の手握って教えてたから……」
「いえ。俺としては、もっと手取り足取り教えてほしいですけど」
こそっと近くで(つぶや)かれた言葉に、耳まで熱くなった。

「夏希、そろそろ準備して行くよー」
母親がキッチンに顔を出す。これから習い事だ。
「えー、せっかく紗月くんいるのに」
「でも明日も来てくれるんでしょ。あと10分で出なきゃいけないから、もうおしまい。あ、二階堂くんはゆっくりして行ってね」
「はぁーい……」と夏希がしぶしぶエプロンを脱ぐ。
でも別れ際、「紗月くん、明日はいっぱい遊ぼうね」と笑顔でしっかり約束をしていた。
そう、落雁は1日、寒氷(かんごおり)は半日は乾燥させないといけない。
今日は試食できないから、明日も来てもらうことになっていた。

「よかった……」
二階堂くんが肩の力を抜く。
「なにが?」
「夏希ちゃんに嫌われてなくて。普段小さい子と関わりないんでネットで調べたりもしたんですけど、不安だったんです」
「え、検索までしてくれたの? すごく自然だったから全然わかんなかった」
驚いた。妹のことまで、うちに来る前から気にかけてくれていた。
「ありがとう」
二階堂くんの心遣いに、嬉しくなった。

ヘラで混ぜたものを再びふるいにかけ、サラサラの粉にしていく。
落雁用の木型はぎょっとするほど高かったから、百均の、シリコンじゃなくチョコ用の硬い型で代用した。
粉を型に入れ、ぎゅ、ぎゅ、っと指で押し固める音だけが、静かになった部屋に聞こえる。
家に、二階堂くんと2人きり。
ほぼ毎日使う見慣れたキッチンなのに、非日常さに落ち着かなくなる。
乾燥させるため型から外しアルミのバットに並べ終わると、寒氷作りに入った。

「これも共同作業ですね」
「へ?」
「寒氷、先輩と二人だけで作ってるから」
鍋で糸寒天を煮溶かしながら、二階堂くんがこちらを見る。
「け、結婚式でも、ないし」
しどろもどろ返すので精一杯だ。なのに、
「じゃあ、早くて2年半ですね」
「2年半?」
「俺が結婚できる年になるの」
持ってたグラニュー糖を落としそうになった。
誰と? なんてもちろん言えない。
でも、ずっと疑問だったあのことを訊くなら、今日しかないかもしれない。
学校が始まれば、2人きりになる機会なんてあまりないだろうし。
口をきゅっと結び、唾をゴクリと飲み込んだ。
「あ、あとで、訊きたいことがあるんだけど」

寒天を溶かした鍋にグラニュー糖を入れ、火にかける。
「作業は単純だけど、けっこう気をつかわないといけないんですね」
「そう。温度が大切みたいだから」
調理用の温度計で細かく確認しながらの作業だ。
沸騰し、寒天の溶けたグラニュー糖液ができあがる。
「ボウルに移すんだけど、少しグラニュー糖液を鍋に残しといて」
「このくらいでいいですか」
「うん。じゃあ、泡立て器で白くなるまで混ぜてもらってもいい?」
「はい」
その間にボウルのグラニュー糖液を冷まし、食用色素を垂らして黄色に染める。
その中に二階堂くんに作ってもらった白い蜜を入れて混ぜれば完成だ。
「一気に寒氷らしくなってきましたね」
「うん。かわいい色だね」
やわらかい、パステルカラーの液。
四角い容器に流し入れ、固まったら明日サイコロ状に切る。

片づけが終わると、「訊きたいことって何ですか?」と隣に立つ二階堂くんが笑顔でたずねてきた。
「なんか……嬉しそう」
「そりゃあ、先輩に興味持ってもらえてるのかなって嬉しいです」
そんなこと言われたら訊きにくくなる。でも、ずっと悩んでても前に進まない。
意を決して口を開いた。
「二階堂くんって……僕のどこを、その……気に入ってくれたのかなって」
自分で言ってていたたまれなくなり、だんだん語尾がすぼむ。
しん、と2人の間に落ちた沈黙に、視線が包丁のようにザクザクと刺さる。
訊くのって自意識過剰だったかな。
内心焦っていると、やさしい声が返ってきた。
「ちゃんと、伝えてなかったですよね」

ソファーに並んで座ると、「ちょっと長くなるんですけど」と話してくれた。
「実は俺、中3の初めは今の先輩より背が低くて、ふっくらしてたんです」
「そうなの?」
意外だった。
ということは160cmくらいかな。ふっくらなんて、今の二階堂くんからは全く想像できない。
「ふふ、可愛かったんだろうな」
写真があったら見てみたい。
「そんなこと言ってくれるの、愛田先輩くらいですよ」
と微妙な顔をされる。
「それが急に伸びはじめて。そしたら、周りの反応がころっと変わったんです」
まともに話したこともない子に次から次へと告白され、男子からは女の子を紹介してとせがまれ、携帯には知らない人から写真付きでメッセージが来るようになった、と。
「連絡先まで拡散されてました。ただ外見が変わっただけなのに、男女関係なく向けられる媚びた笑顔とか態度が、すごく気持ち悪くなってきて」
いつか教室の窓から見た、女子に囲まれて無表情だった二階堂くんの姿が浮かんだ。
態度が変わらなかったのは、4月の体験期間中、一緒に調理室に来ていた友達だけだったらしい。その子に「クッキー食べれるんだって。行こ!」と誘われ、あの日来てくれた。
「甘い物は昔から好きだしお腹すいてたし、まあ有難いなって軽い気持ちで寄ったんです。そしたら――」
二階堂くんがこちらを向く。
じっと熱のはらんだ視線に、再び心臓が音を立てはじめた。

「茶道って、掛け軸に、花に、茶菓子に、茶碗に、どんなお客さんを迎えるか考えながら用意するんです。茶会の間も、空調は大丈夫かとか、相手が子どもだったらお湯の温度を少し低めにしたり。だからあの日、調理室で1年生が気持ちよく過ごせるよう気を配ってた先輩に好感を持ちました」
そういえば手が空いたら、机を拭いたりお皿やコップを補充したりポットを交換したりしてたけど。
「もしかして、それだけで……?」
「まさか。でも今考えたら、それもあるんでしょうね」
あの日のことを思い出してるのか、ふっと頬をゆるめる。
「そのあとです」
「そのあと?」
「本当にたまたまでした。甘い物は何でも好きなんで、デコレーションクッキーも普通に食べるんですけど……でも、ずらっと並んだ中で食べたいって強く思ったのが、先輩が作ったクッキーでした」
たしか、何の変哲もないナッツ入りのチョコチップのと、苺パウダーを混ぜて市松模様に成形したクッキーだったはずだ。
「説明できないけど、本能で()かれたんでしょうね。クッキーを食べたあと部長さんに感想を訊かれて、そしたら先輩が作ったって紹介されたんです」
「そうだった。あのとき部長に背中をたたかれて……」
振り返ると二階堂くんがいた。
「先輩にも正直に感想を伝えたとき、なんて返してくれたか覚えてますか」
「え、なにか特別なこと言ったっけ」
2つとも美味しいって直接感想を言ってくれて、すごく嬉しかったことしか覚えてない。
「あの時――こちらこそ、ありがとうって」
「……他にも何か言ってた?」
こちらこそありがとう、で印象に残るはずがない。
「いえ、それだけです。でも、そう言った先輩の笑顔がすごく、すごく輝いてて……」
「え?」
「先輩の純粋な心からの笑顔が、その、可愛すぎて……一目惚れでした」
一目惚れ……。
「だから調理部と共同でお茶菓子考えるって聞いたとき、立候補したんです」
「あれって立候補だったの?」
「6月の担当はすでに決まってたんですけど、その人都合悪くなって。で、やりたいって言ったら経験者だからOKもらえました。調理部の人と関わりができれば先輩のこと知れるかなって」
そして偶然にも、相手が僕だった。

「そう、だったんだ……」
「クッキーだけじゃなくて、あの日作ってくれたおにぎりもすごく感動しました」
「そうだ。具、リクエストしてくれてた」
あの時にはもう、恋愛感情を持ってくれてたことになる。
「美味しかったです」と二階堂くんが微笑む。
「実は愛田先輩がペアって事前に知ってたんです。担当を代わった時『6月は愛ちゃんか。なら大丈夫だね』って言われたので。だから打ち合わせの日、緊張しすぎて昼ご飯あんま食べられなくて……」
お腹を鳴らし、真っ赤になった二階堂くんの反応に可愛いなんて思ってたけど、そんな理由があったなんて。

僕のどこを気に入ってくれたのかずっと不思議だった。けど自分でも気づかなかった自分を見てくれてたことに、くすぐったい気持ちになった。
「あとは、」
「まだあるの⁉」
「先輩への気持ちを自覚した後ですけど」
と前置きして
「笑ったら子ウサギみたいであどけないとことか」
……子ウサギ?
「メガネが似合う可愛らしい顔とか、色白だから赤くなったらわかりやすいとことか」
「ちょ、ちょっとタイム!」
両手を二階堂くんの前に広げる。
「まだたくさんあるんですけど」と不満そうだがキャパオーバーだ。
すると「じゃあ、あと一つだけ」と両手を取られた。
「手が、すごく美しいです」
一回り大きな手が、両手を包む。
「茶道のときの所作が綺麗って言ってくれたけど、料理をしているときの先輩の手は特に、とてもしなやかで綺麗で……大好きです」
心臓が破裂しそうなほど痛い。つながれた両手がどんどん熱を帯びてくる。
「いつかお友達から、恋人に昇格したいです」
二階堂くんとの関係を訊かれて、夏希に言った言葉だ。
――うん、お友達だよ
じっと僕を見つめる瞳から視線を逸らせずにいると、二階堂くんの顔が近づいてきた。
キス、される――?
ダメって言わないと。
だってまだ付き合ってもないし。

頭ではわかってるのに、言葉にならない。
……僕はそのまま、ぎゅっと目を閉じた。


「ただいまー!」
勢いよく開いた玄関の音にバッと距離をとる。ダダダダッと近づく足音。
「間に合った~! ってあれ?」
首をかしげた妹が「あ!」と目を輝かせた。
「もしかして紗月くんと恋人⁉」
「ち、違うよ!」
よそよそしい雰囲気を敏感に察知したらしい。
「えー……。でも、お兄ちゃんは紗月くんのこと好き?」
「えっ! えっと、それは……」
無邪気な質問に言いよどんでると、「そうだ!」と夏希がひらめいた顔をした。

「今度Wデートしよ! あっくんも呼んで」