茶道部1年の男子と共同作業することになりました

「掛け軸は『一期一会』。一生に一度の出会いを大切に、という意味です」
茶道部の男性顧問――武内先生のやわらかい声が茶室に心地よく響く。
「これからもお茶を飲む機会はあると思います。でも、このお茶会は一生に一度。今日は作法はあまり気にせず、楽しんでくださいね」
そして花の紹介が終わると、茶道部の生徒たちが茶菓子を運んできた。

新入生の入部も落ち着いた4月下旬。
去年から始まった、とある取り組みにより、僕たち調理部はお茶会に招待されていた。

正座した僕たちの前に、茶道部の人たちが一人ずつ向き合って正座し、「お菓子をどうぞ」と丁寧に茶菓子を置いていく。
厳かな雰囲気……ではない。女子たちがやけにそわそわしている。
調理部だけじゃなく、茶道部の子たちも。
それは、僕の目の前に座った彼のせいだろう。

すっと切れ長の二重の目に高い鼻すじ。艶のあるきれいな焦げ茶の髪。クールとか美形といった言葉が似合う、人目を引く顔立ち。
僕はというと、眼鏡をかけた大きくて丸い瞳に小ぶりの鼻。「触らせて~」としょっちゅう撫でられるふわふわの黒髪。彼とは正反対だ。
そして記憶違いじゃなかったら、あの時調理室に来てくれた子だ。
……そっか、茶道部に入ったんだ。

お菓子を置く落ち着いた仕草や、両手を畳についてお辞儀する姿。
所作の一つ一つが上品だ。見入っていると、顔を上げた彼とばちっと目が合い、思わずびくっと震えてしまった。
じろじろ見てたのバレたかな、嫌だったよね、どうしよ……。
心の中で焦っていると、ふっと彼が視線を逸らした。嫌そうにではなく、恥ずかしそうに頬を少し赤らめて。
そんな顔するんだ……。
クールな印象とかけ離れた表情に、なぜかトクトクと鼓動が速くなった。

「お茶もお菓子もおいしかったねー」
僕たちの活動場所・調理室へと戻る道中、部長の満足そうな声に「でしたね」と僕もうなずく。
最近曇り止めを塗り忘れてて、温かい抹茶で眼鏡が白くなったのは恥ずかしかった。
ちなみに日本庭園まで備えた立派な茶室は、校舎から少し離れたところに建っている。さすが私立だ。
「てかさ(あい)ちゃん、1年の部員ヤバくなかった? 30人は居たでしょ!」
しかも全員女子! と興奮気味にポニーテールを揺らして僕の方を向く。
「一気に大所帯になってましたね」
調理部同様2、3年合わせて10人もいなかったはず。でもこんなに部員が入った理由は、簡単に想像できる。
「二階堂くんだっけ、顔もだけど仕草もキレイだったね。あーでも調理室に来てくれたときは入部してくれるかもって思ったのにー」
部員が多ければ学校から支給される部費も多くなる。
悔しがる部長の隣で、僕は2週間前のことを思い出していた。


「アイシングクッキーできました!」「飲み物の補充いける人いる?」「クッキーは1人2枚でーす」
部員の元気な声が飛び交う中、焼きたてクッキーの甘い匂いの充満する調理室は新入生であふれかえっていた。
体験入部期間の初日に開催される、調理部恒例のおもてなし。
副部長の僕は、クッキーは足りてるか、困ってる子はいないか、机は汚れてないかと色々気を配りながら、「これ可愛い」と写真を撮ったり「おいしー」と笑顔で頬張る1年生たちに頬を緩ませていた。
自分たちが作ったものを喜んでもらえるのはすごく嬉しい。

それは客足が落ち着き、「ねえ愛ちゃーん、俺にもクッキーちょーだい♡」と1年生に混じろうとする幼馴染の春哉(はるや)を「余ったらおすそ分けしたげるから」と追い返しているときだった。
突然調理室がざわっと色めき立った。
何だろ。
声のした方を向くと、みんなの視線の先にいる人物に目が吸い寄せられた。
――綺麗な子……。男子に綺麗って失礼かもしれないけど。
物静かな雰囲気で背が高く、同じ制服を着てるとは思えないくらいスタイルがいい。
クッキーを選んでる彼に目を奪われてると、男子生徒がかたまってるテーブルから声をかけられた。
「あのー、飲み物、おかわりありますか」
「えっ、あ、ごめんね、すぐ取ってくる!」
急いで新しい紅茶とコーヒーのポットを取りに行く。
卓上ポットを交換し、ゴミをまとめるついでに紙皿や紙コップの補充を済ませ、今のうちにと空いた机を布巾で拭いてると、
「だって! 愛ちゃん」
と背中を部長にたたかれた。
「ひゃぁっ」
驚いて振り向くと、友達と2人で来ていた、あの綺麗な生徒と目が合った。
「美味しかったって。あ、彼ね、2枚とも愛ちゃんの選んだんだよ」
「え?」
用意した8種類のうち、僕が作ったのは2種類。豪華で可愛いデコレーションクッキーが並ぶ中、僕はマカダミアナッツとチョコチップ入りのと、(いちご)パウダーを練り込んだ市松模様の、わりとシンプルなものを作っていた。
「君、目利きだねえ。愛ちゃん、すっごく料理上手なんだよ」
「そ、そんなこと」
ほめ過ぎだ。慌てていると、「あの」と彼が口を開いた。
「すごく美味しかったです。2枚とも……本当に」
目をしっかりと合わせ真剣な表情で伝えてくれる彼の声が、じわりと胸をあたたかくする。

――すごく美味しかったです。

自分の作ったものを美味しいと食べてもらえて、わたあめのようにフワフワと甘い喜びがふくらんできた。
「こちらこそ、ありがとう」
満面の笑みで彼にそう返していた。


茶室で見た二階堂くんは茶道に詳しくない僕でもわかるほど品があり、その美しさに惚れぼれした。今日は3年生が()ててくれたけど、いつか彼のお点前も見てみたい。
――茶道、してたのかな。
でも学年も部活も違うし、訊く機会なんてないだろう。
そう思っていたのに。

1週間後調理室で並んで座ってるなんて、この時は全く想像もしていなかった。