104Hzから愛を込めて

「檜山ー」
「おっせぇマジで!」
「マジでごめん!電車乗り遅れた!」

 しょーがねーなぁーって笑う檜山に、もう一度ごめん!と謝る。スタバ奢るならよし!なんて言い始めた檜山に苦笑いをしながら頷く。謹んで奢らせていただきます。

「てか顔色いいじゃん。どしたの?」
「ん?あぁ、佐柳がいてくれてるからね。そりゃ顔色もいいってもんよ?」

 俺の言葉に、檜山は途端に怪訝そうな顔をする。

「なに言ってんだよ」

 ——佐柳はもう何年も戻ってきてないだろ

「……え?」

 檜山の言葉に、足の動きも、呼吸も止まる。
 戻ってきていない?いや、んなわけない。だって、だって佐柳は今……。

「声も聞いてねぇからもう思い出せねぇわ」
「いや、そんな……」

 はた、と言葉が止まる。
 佐柳の声は、どんな声だった?
 いや、忘れてなんてない。だって数週間前までは毎日のように聞いていた声だ。
 忘れるなんて……——

「朝野、もう佐柳のことは忘れようぜ?あんな奴に時間割くのもったいないって」
「ひや、ま……?」

 あの一年、何度も何度も言われたこと。半年前まで、よく聞いていたこと。
 上手くまだ話し合えていないけど、満身創痍だった佐柳は俺と別れたあともずっと、ずっと大事だって、ずっと好きだって言ってくれて。

『俺の事情に、朝野を巻き込みたくなかった。傷ついて欲しくなかったから』
『朝野とまた一緒にいたい、けど、虫が良すぎるから、嫌なら嫌って言って』

 カラオケの一室で話したあの日、あまりにも寂しそうな顔で、佐柳はそう言った。
 隣の部屋から聞こえてくる歌声に掻き消されそうな声に、堪らずに痣だらけの身体を抱きしめた。
ちゃんと覚えてる。忘れるわけがない。

「あ、そういや知ってる?」
「……なに?」

 目の前の檜山の顔が見えない。
 ぼやけて掠れて、それでも声はハッキリと聞こえてくる。

「誰かが死んじゃった時、人って声から忘れてくんだって」