104Hzから愛を込めて

「っ、佐柳!」

 佐柳と待ち合わせた駅前の広場に唯一ある白樺の前。どことなく困ったような顔をした佐柳が、ぽつんっと立っていた。
 見たところ怪我はなさそうだが、心做しか顔が青白い。

「声出なくなったって、それ、お前なにがあったの……?」

 怪我してねぇ?と聞くと、こくこくと首を縦に振る。スマホが小さく振動し、メッセージアプリの通知が届いた。

『風邪ひいた』

 数秒、思考が止まった。

「…………風邪?」
『声帯潰れるから、声出すなって』
「いや、ちょいまち、風邪?お前風邪ひいてたの?」
『みたい』

 まあ、つまるところ。
 佐柳は自分が風邪を拗らせていると気が付いておらず、喉を痛めてしまったらしい。
 数週間、喉は絶対安静。身体を動かしたり、普段通りの生活をすることは何一つ問題がない。

「焦ったァ……俺、てっきりお前、変な病気とかかと……」
『ごめん』
「いい、いい。また戻んのね?」

 こくりと頷いた佐柳に、深く息を吐く。こいつの言葉が足りないのなんて、今に始まったことじゃない。

「……買い物して帰るか」
『ご飯』
「なぁに?お前も食うの?」

 こくん。
 小さく頷いた顔は、どこか不満そうだった。

「……佐柳?お前なんでそんな不満そうなの?声出ねぇから?」

 俺の言葉にさらに不満気な顔をして、佐柳は小さく首を横に振る。
 
『朝野、俺大丈夫』

 大丈夫。
 その一言に、今度は俺が顔を顰めた。何度も何度も、佐柳に言わせてしまっている単語だ。

「あー……ごめん、悲観的になんの悪い癖だよなぁ」

 あれこれ不安なこと考えていたことが、顔に全部出ていたらしい。要らない気を使わせてしまった。
 ぐるぐると余計なことばっか考える俺と違って、佐柳はこういう時は真っ直ぐだ。難しいことを考えても仕方がないから、と言って珍しく笑っていたのを思い出す。

「お前が心配なのは、本心よ?声が出ないと電話もできねーし、なんかあっても「助けて」って言えないでしょ?佐柳の声が聞けねぇの心配だし、あと……あー……なんだ、すっげぇ寂しいし……」

 周りに誰もいないことを確認してから、ボソボソと本心を口にする。素直に言葉にするなんて柄じゃねぇし、なにより照れくさい。
 珍しい俺の発言にきょとんっとした顔を浮かべた後、佐柳はすぐにスマホに文字を打ち込んだ。

『じゃあ、寂しくないように、朝野の家泊まっていい?』
「おッ、前はまーたそういうことを……」
『嫌?』
「…………やなわけないでショ」

 顔を背けながらの肯定に、佐柳は期限を良くしたのか、小さく鼻歌を歌い始める。
 それを見て、あ、と声が出た。

 そうだ。佐柳は歌が好きなのに、歌えなくなったんだ。いや、戻るけど。でも戻るまでは、歌うこともできない。

「……鼻歌は歌えんのね」

 なんとも言えない気持ちでそう聞くと、ピタッと佐柳の動きが止まる。ギギギッと音がなりそうな動きで顔を背ける姿に、今度は別の意味で頭を抱えそうになった。

「なにしてんの?!駄目じゃん!」

 背中に流れた不安に耐えられなくなって、佐柳の肩を掴む。鼻歌が駄目なら、多分口笛も駄目だ。

「あー……佐柳、一個提案があるんだけどさ……」

 ぽそぽそと口にした提案に、佐柳は悩むことなく首を縦に振った。