104Hzから愛を込めて

 佐柳の声が出なくなって、明日で一ヶ月が経つ今日。佐柳と二人でラグの上に向かい合って座った。

『話がしたい』

 佐柳からの頼みに、俺は大人しく頷いた。
 が、内心はなにひとつ穏やかなんかじゃない。だって、前にも同じことをいわれた。佐柳がいなくなる前に、同じように話がしたいと言われたから。

『朝野のこと、傷つけてばっかで、申し訳ないって思ってる』
「……別に、そんなに傷つけられてないよ」

 ヘラっと笑って返すも、多分俺の顔は引き攣ってる。

『朝野』
「なぁに?」
『朝野が俺といて辛いなら、俺は朝野の前から居なくなってもいいって思ってる』

 真剣な顔の佐柳に、俺は一瞬息が止まった。
 なんで?また居なくなんの?本気で言ってんの?

『朝野が俺の事を大切にしてくれてるの、知ってる。本音だと、一緒にいたい。でも、それで朝野が苦しいなら、それを受け入れるべきって、思ってる』
「…………いやだ。別れたくないよ、俺」

 声が震える。上手く息が吸えない。
 また捨てられたくない。だって、俺はずっと幸せだって思ってんのに。

『嫌な夢みるの、俺のせいでしょ?』
「ちがう……、俺が、俺が弱いだけ」
『助けてって素直に言えないのも』
「それも……俺が」
『俺が朝野に酷いこと言ったから』

 佐柳が小さく息を吸う音が聞こえる。深呼吸のようなそれに、とうとう怖くて顔があげられなくなる。
 真っ白な頭でスマホの画面を見つめ、表示されたメッセージに、息が止まった。

『朝野が嫌じゃないなら、俺はいなくならない』

 恐る恐る、顔を上げる。
 真剣な眼差しの佐柳と目が合った。

『家と縁切った。だから、俺が朝野の前から居なくなる理由が、それしかなくなった』
「え?は?家と縁切った?なに?なんで?」
『俺が怪我したの、実家のせい』
「えぇ……」

 困惑する俺なんで知ったことかとスマホを置き、ギュッと手を握られる。

「好きだよ、朝野。沢山傷つけて、ごめん」
「……っ!おま、声……!」
「治った」

 悪戯っ子のような顔で笑いながら、佐柳は更に強く俺の手を握った。
 優しい声が、耳に届く。世界で一番、好きな音。

「朝野、俺まだここにいていい?」
「……ばか、馬鹿馬鹿!バカヤロー!いいに決まってんデショ……!いなく、なんないでよぉ……」
「うん、もう居なくならない」

 ボロボロ泣き始めた俺を抱きしめながら、佐柳は何度も何度も「居なくならない」と言ってくれた。それを聞いて、また涙が止まらなくなる。
 馬鹿みたいで、みっともなくて、情けなくて、恥ずかしいし、弱い自分が嫌なのに、佐柳があんまりにも優しい声をしているから、際限なく甘えてしまう。

「俺佐柳がいなくなったらダメんなるよ」
「知ってる」
「知ってる?!は?!なんで?!まじでなんで?!」
「檜山」

 あのやろォ……。
 世話になりまくった友人を恨めしく思いながら、呻き声を上げて頭を抱える。

「朝野」
「……なぁに」
「脚痛くなってきた」
「は?!ばッ!そういうのはもっと早く言いなさいって!!」

 やいやいと目の前のおバカを叱りながら、小さな身体を抱える。その日は、ずっと佐柳の脚の代わりを務めた。
 どこか楽しげで、機嫌がいい佐柳につられるように嬉しくなった俺は、きっと世界一どうしようもない色ボケ野郎だ。