104Hzから愛を込めて

『朝野くんの元気がない?』
『うん』

 メッセージアプリに届いた連絡を見つめながら、俺はふーっと息を吐く。
 声が出なくなって三週間。朝野の元気は日に日に無くなっていく。嫌な夢を見ることが少なくなっていたのに、また増えてしまったように思う。
 本人に聞いてもなにも答えてくれない。無理に聞き出すのもはばかられて、踏み込んだことまでは聞けないでいる。
 悩みに悩んで、俺と朝野の関係、なにより俺の事情をよく知っている馬場(ばんば)に助言を頼むことにした。

『喧嘩した?』
『してない』
『体調が悪いとか?』
『ご飯ちゃんと食べてくれる。顔色もいい。ただ、少し悪夢見る数増えてる』
『んー……佐柳くんの声が聞こえないから、かなぁ?』

 俺の声?
 首を傾げながら、馬場のメッセージを待つ。

『朝野くん、佐柳くんの声大好きみたいだし、聞けなくなったの寂しいのかも。僕ですら寂しいって思うから、朝野くんはそれ以上なんじゃないかな』

 高校生の時。付き合って、しばらくした頃。俺の声が気持ちいいとはにかんでいた朝野を思い出す。
 そうか、朝野は俺の声が好きなのか。で、それが聞こえないから元気がない……。
 
『……俺のせいだ』
『いや!でもほら!朝野くんを元気にできるのも、きっと佐柳くんだから!』

 大丈夫だよ!っとサムズアップしているクマのスタンプにクスッとするも、その気持ちはすぐに消えてしまう。
 朝野が悪夢を見るようになったのも、そのせいで夜中に悲鳴を上げて飛び起きてしまうのも、俺に上手く頼れないのも、俺が酷いさよならをしたからだ。
 家の事情に巻き込みたくなくて。朝野が大怪我なんてしたらと思うと、素直に話す気になれなかった。海外にまで行ったのも、縁を切るため。もう金輪際関わり合いたくなかったから。
 その結果、後遺症が遺るほどの大怪我を負った。朝野じゃなくてよかったと、何度安堵したかわからない。
 
『朝野のこと、泣かせてばっかだ』
『……佐柳くんの事情に巻き込めなかったのはわかるよ。僕が知ったのも、事故みたいなもんだったし』
『傷つけたくないのに、上手くいかない』

 笑ってて欲しい。幸せになって欲しい。
 朝野が素直に笑って、泣いて、怒って、幸せになれる未来に、俺自身がいなくても別にいい。俺がいて不幸になるなら、俺のことは忘れてくれていい。
 本気でそう思ってるし、必要なら実行にだって移す。

『佐柳くんのご飯食べて、ゆっくり休めばまた元気になるよ』
『そう?』
『うん。君の声も、ずっと出なくなる訳じゃないんでしょ?』

 そうだね、とようやく納得して、馬場にありがとう、と連絡を入れる。
 俺の事情は、もう少し落ち着いてからにしよう。あまり無理に押し付けるように話したら、それこそ暴力のようなものだ。嫌いな人達と同じになんてなりたくなかった。

 元気を出してくれるといいな、なんて呑気に考えながら、お風呂のスイッチを押す。
 お風呂が沸いたタイミングで、朝野のただいまが聞こえてきた。さすが朝野、タイミングいい。

『おかえり、走った?』
「ご飯めっちゃ楽しみでつい」
『先にお風呂』
「はぁい」

 少し間延びした声で、風呂場に消えていく後ろ姿を見送った。今日は少し調子が良さそうに見える。

 ——佐柳くんの声大好きみたいだし、聞けなくなったの寂しいのかも

 馬場からのメッセージが頭を過ぎる。
 喉に指先で触れて、少しだけ振るわせてみる。問題がないように感じるが、まだ少し違和感がある。
 この違和感が取れるまで、俺は話せない。早く消えて欲しいのに、しつこく残り続ける違和感に顔を顰めた。

 ねぇ、朝野。
 寂しいのは朝野だけじゃないよ。
 俺も、朝野のこと呼べないのは寂しいよ。