「――で、お前の今の性癖があると」
「性癖って言わないでよ」
簡単にまとめてこようとした友人に、僕――名越満月は抗議の声を上げた。
「いやぁだってお前それ、完全にその人に性癖歪められただろ」
面白がるように朝陽《あさひ》が言って、
「……」
望は黙ってお菓子を食べた。
僕と朝陽、そして望は高校で出会った三人組だ。放課後の一年二組の教室。クラスメイトたちが全員帰っても、まだ僕達の話は尽きない。まあ尽きないとは言っても、無口な望は聞き専で、僕と朝陽がひたすら話しているだけなのだけど。
話が段々と盛り上がっていく中で、お調子者で軟派な朝陽が、戯れに『どんな人と付き合いたいか』って聞いて来た。そこで僕は、小学四年生のときに出会った『通り魔事件のときに僕を安心させてくれた弓道着のお兄さん』の話を披露したのだ。
「何年かしてから気が付いたんだ。あの時、あの人が着てたのは弓道着ってやつで、持ってた袋には弓が入ってたんだって」
僕はあの日からずっと、弓道をする人に憧れを抱いている。
あの凛とした姿勢で的を見つめるように見つめられたら。弓道着で抱きしめられたら。あまりの幸せに、この世の全てがどうでも良くなる気がする。
「ああ、あの矢で胸を射られたい……」
僕はうっとりと言った。
「あぶねえよ」
「……」
朝陽がツッコんで、望は無言でジュースを飲んだ。
「射られたいはオーバーだけどさ……。でも、僕、弓道の衣装を着た人に、真っすぐ見つめてもらって、包み込むようにぎゅっと抱きしめてほしいんだ……」
僕がハァ……と息を吐きながら自分を抱きしめる仕草をすると、
「へー……」
朝陽は引き気味に相槌を打ち、
「うーん、でもなぁ」
と頬を掻いた。
「お前、小柄とはいえ男だし、もう小学生じゃないんだから。包み込んでもらおうと思ったらかなりデカい人じゃないと無理じゃね? その上、弓道やってる女の子の中からって……見つけるの難しくないか?」
「うーん……やっぱりそうなのかな」
僕は首を傾げる。
僕の身長は百六十センチ前半。確かに、僕を包み込んでくれるような、明らかに僕よりも背が高い女の子はなかなかいない。同じくらいの背の子ならたくさんいるんだけど。
「実際、弓道部に気になる子いるの?」
「ううん。弓道部に知り合いもいないし……」
「なんだ。つまり“弓道着を着た人”に憧れてるだけで、具体的に誰かいるわけじゃないんだ」
「うん、まあそう」
実は高校に入るとき、今の学校に弓道部があることはチェックしていた。それが理由で今の学校を選んだわけでは無いけれど、でも「弓道着の人たちが日常的に見られる!」と、正直なところちょっと期待していた。
しかし実際に進学してみると、周りに弓道部の人はいないし、弓道場は完全に周囲から隔絶されていて、弓道着姿を見られることは稀。僕はがっかりしていた。
でも、それで良かったのかもしれない。僕はきっと弓道着の人を見るだけでトキめいて、ドキドキが止まらなくなってしまうから。普段からそこら中に弓道着の人がいたら、とても体と心が保たないし、興奮した僕は不審者扱いになってしまう危険性があった。
「自分で弓道部に入るのは?」
朝陽の質問に僕は首を振った。
「それは無理。僕、茶道部だもん」
「ああ、そうだっけ」
茶道部の活動は週に三回、火・水・木。サボろうが何しようがバレない緩い部活だが、僕は欠かさず出席している。ちなみに今日は月曜日で、部活は無い。
「それに、僕はあくまで見てるのがいいんだ。自分が弓道着着たいとは思わない。着てる人が、好き!」
僕が力強く言うと、
「あ、さいですか」
朝陽は気が無さそうに相槌を打った。
「でもまあ、本気で言ってんなら、まずは弓道部に知り合い作るとこからじゃね?」
「うーん、そうなんだけど……。でもさ、『あなたが弓道部だから仲良くなりたいです!』って、すんごい下心あって変じゃない? それにさ……僕の最終目標抱きしめてもらうことだし……」
「まあ普通に変質者だな。手ぇ出したら良くて親呼び、悪くて退学だわ」
「だよね……」
僕はしょんぼりと俯く。
例えば、僕は茶道部の活動で着物を着ることがあるんだけど。これがもし男女逆だったとして、僕みたいなのが『着物大好きなんです!』なんて鼻息荒く抱きついてきたら、恐らくめちゃくちゃ気持ち悪い。
「憧れは憧れで、綺麗なまま置いといた方がいいのかな……」
呟く僕を見て、朝陽はポンと膝を叩いた。
「よし、もうその男のことは忘れろ! そんで弓道着は彼女にコスプレかなんかで着てもらえ。俺がお前のフェチを理解した上で、ドン引きしないで愛してくれるいい子見つけてきてやるから――」
「俺の兄ちゃんは?」
それまで黙っていた望がぽつりと言った。
「え?」
僕と朝陽はぽかんと望を見る。
「兄ちゃん、弓道部だけど」
「えっ、えっ、そうなの⁉」
ガタリと椅子を鳴らして向き直った僕に
「うん」
望は無感情に頷く。
「おい、望、お前そんなのさっさと言えよ!」
朝陽はツッコんで、ニヤニヤとからかうような、何か企んだ顔をした。
「いいじゃん、望。お前、満月に兄ちゃん貸してやったら? 一回抱きしめてもらったら、満月も満足して次行けるだろ」
朝陽はふざけて笑う。望は真顔のままで答えた。
「いいけど」
「へ?」
「多分頼んだらやってくれると思うよ」
「ええっ」
朝陽は目を丸くして、それから執り成すように言った。
「ま、まあでも満月の方がダメか。やっぱり女の子がいいだろ? 兄貴にさ、弓道部の一番背ぇ高い女の子紹介してもらったらいいじゃん」
「兄ちゃんでかいよ。百八十二センチあるし」
「兄ちゃんがでかくてもしゃーないだろ」
「――いい」
「え?」
「……」
朝陽はぽかんと、望は相変わらずの無表情で僕を見た。
「男の人でいい。いや、いい。むしろいい。めっちゃいい」
「満月……?」
「百八十二センチなんて、そんなのもう、絶対、包みこまれるような感じじゃん!」
弓道着の先輩に抱きしめられる感覚を想像して、思わずとハァッと息を吐いた。
望は瞬きをして言う。
「ただ、兄ちゃん結構細いから……。そんな“包容力!”って感じはしないかもしれない。でもまあ、一応運動部だし、弓道で鍛えた筋肉はあるけど……」
「いい、めっちゃいい。弓道で鍛えられた靭やかな筋肉、いい!」
僕は鼻息を荒くして、グッと拳を握った。
「ええー……」
朝陽はちょっとばかり引いているけど、僕は今それどころでは無い。
これまでずっと夢見て来た、願っても無いチャンスだ。
――僕、弓道男子に抱きしめてほしい!
「性癖って言わないでよ」
簡単にまとめてこようとした友人に、僕――名越満月は抗議の声を上げた。
「いやぁだってお前それ、完全にその人に性癖歪められただろ」
面白がるように朝陽《あさひ》が言って、
「……」
望は黙ってお菓子を食べた。
僕と朝陽、そして望は高校で出会った三人組だ。放課後の一年二組の教室。クラスメイトたちが全員帰っても、まだ僕達の話は尽きない。まあ尽きないとは言っても、無口な望は聞き専で、僕と朝陽がひたすら話しているだけなのだけど。
話が段々と盛り上がっていく中で、お調子者で軟派な朝陽が、戯れに『どんな人と付き合いたいか』って聞いて来た。そこで僕は、小学四年生のときに出会った『通り魔事件のときに僕を安心させてくれた弓道着のお兄さん』の話を披露したのだ。
「何年かしてから気が付いたんだ。あの時、あの人が着てたのは弓道着ってやつで、持ってた袋には弓が入ってたんだって」
僕はあの日からずっと、弓道をする人に憧れを抱いている。
あの凛とした姿勢で的を見つめるように見つめられたら。弓道着で抱きしめられたら。あまりの幸せに、この世の全てがどうでも良くなる気がする。
「ああ、あの矢で胸を射られたい……」
僕はうっとりと言った。
「あぶねえよ」
「……」
朝陽がツッコんで、望は無言でジュースを飲んだ。
「射られたいはオーバーだけどさ……。でも、僕、弓道の衣装を着た人に、真っすぐ見つめてもらって、包み込むようにぎゅっと抱きしめてほしいんだ……」
僕がハァ……と息を吐きながら自分を抱きしめる仕草をすると、
「へー……」
朝陽は引き気味に相槌を打ち、
「うーん、でもなぁ」
と頬を掻いた。
「お前、小柄とはいえ男だし、もう小学生じゃないんだから。包み込んでもらおうと思ったらかなりデカい人じゃないと無理じゃね? その上、弓道やってる女の子の中からって……見つけるの難しくないか?」
「うーん……やっぱりそうなのかな」
僕は首を傾げる。
僕の身長は百六十センチ前半。確かに、僕を包み込んでくれるような、明らかに僕よりも背が高い女の子はなかなかいない。同じくらいの背の子ならたくさんいるんだけど。
「実際、弓道部に気になる子いるの?」
「ううん。弓道部に知り合いもいないし……」
「なんだ。つまり“弓道着を着た人”に憧れてるだけで、具体的に誰かいるわけじゃないんだ」
「うん、まあそう」
実は高校に入るとき、今の学校に弓道部があることはチェックしていた。それが理由で今の学校を選んだわけでは無いけれど、でも「弓道着の人たちが日常的に見られる!」と、正直なところちょっと期待していた。
しかし実際に進学してみると、周りに弓道部の人はいないし、弓道場は完全に周囲から隔絶されていて、弓道着姿を見られることは稀。僕はがっかりしていた。
でも、それで良かったのかもしれない。僕はきっと弓道着の人を見るだけでトキめいて、ドキドキが止まらなくなってしまうから。普段からそこら中に弓道着の人がいたら、とても体と心が保たないし、興奮した僕は不審者扱いになってしまう危険性があった。
「自分で弓道部に入るのは?」
朝陽の質問に僕は首を振った。
「それは無理。僕、茶道部だもん」
「ああ、そうだっけ」
茶道部の活動は週に三回、火・水・木。サボろうが何しようがバレない緩い部活だが、僕は欠かさず出席している。ちなみに今日は月曜日で、部活は無い。
「それに、僕はあくまで見てるのがいいんだ。自分が弓道着着たいとは思わない。着てる人が、好き!」
僕が力強く言うと、
「あ、さいですか」
朝陽は気が無さそうに相槌を打った。
「でもまあ、本気で言ってんなら、まずは弓道部に知り合い作るとこからじゃね?」
「うーん、そうなんだけど……。でもさ、『あなたが弓道部だから仲良くなりたいです!』って、すんごい下心あって変じゃない? それにさ……僕の最終目標抱きしめてもらうことだし……」
「まあ普通に変質者だな。手ぇ出したら良くて親呼び、悪くて退学だわ」
「だよね……」
僕はしょんぼりと俯く。
例えば、僕は茶道部の活動で着物を着ることがあるんだけど。これがもし男女逆だったとして、僕みたいなのが『着物大好きなんです!』なんて鼻息荒く抱きついてきたら、恐らくめちゃくちゃ気持ち悪い。
「憧れは憧れで、綺麗なまま置いといた方がいいのかな……」
呟く僕を見て、朝陽はポンと膝を叩いた。
「よし、もうその男のことは忘れろ! そんで弓道着は彼女にコスプレかなんかで着てもらえ。俺がお前のフェチを理解した上で、ドン引きしないで愛してくれるいい子見つけてきてやるから――」
「俺の兄ちゃんは?」
それまで黙っていた望がぽつりと言った。
「え?」
僕と朝陽はぽかんと望を見る。
「兄ちゃん、弓道部だけど」
「えっ、えっ、そうなの⁉」
ガタリと椅子を鳴らして向き直った僕に
「うん」
望は無感情に頷く。
「おい、望、お前そんなのさっさと言えよ!」
朝陽はツッコんで、ニヤニヤとからかうような、何か企んだ顔をした。
「いいじゃん、望。お前、満月に兄ちゃん貸してやったら? 一回抱きしめてもらったら、満月も満足して次行けるだろ」
朝陽はふざけて笑う。望は真顔のままで答えた。
「いいけど」
「へ?」
「多分頼んだらやってくれると思うよ」
「ええっ」
朝陽は目を丸くして、それから執り成すように言った。
「ま、まあでも満月の方がダメか。やっぱり女の子がいいだろ? 兄貴にさ、弓道部の一番背ぇ高い女の子紹介してもらったらいいじゃん」
「兄ちゃんでかいよ。百八十二センチあるし」
「兄ちゃんがでかくてもしゃーないだろ」
「――いい」
「え?」
「……」
朝陽はぽかんと、望は相変わらずの無表情で僕を見た。
「男の人でいい。いや、いい。むしろいい。めっちゃいい」
「満月……?」
「百八十二センチなんて、そんなのもう、絶対、包みこまれるような感じじゃん!」
弓道着の先輩に抱きしめられる感覚を想像して、思わずとハァッと息を吐いた。
望は瞬きをして言う。
「ただ、兄ちゃん結構細いから……。そんな“包容力!”って感じはしないかもしれない。でもまあ、一応運動部だし、弓道で鍛えた筋肉はあるけど……」
「いい、めっちゃいい。弓道で鍛えられた靭やかな筋肉、いい!」
僕は鼻息を荒くして、グッと拳を握った。
「ええー……」
朝陽はちょっとばかり引いているけど、僕は今それどころでは無い。
これまでずっと夢見て来た、願っても無いチャンスだ。
――僕、弓道男子に抱きしめてほしい!



