「じゃあ、またな」
「…またな」
×××
嫌じゃなかった。
胸の奥が痒かった。
まだ、熱中症が後を引いているのか頭はぼぉっとし半分は夢の中にいるような感覚だ。
半球睡眠をするイルカなんかもこのような感じなのだろうか。
それとも右脳と左脳がしっかり独立していて干渉しあっていないのか。
「おーい、瑞姫」
その答えはこの八城が俺を呼ぶ声で明確だ。
焦点が上の空の自分に「おぉい」と手をひらひらさせる。
太陽の日差しがシャッターの隙間から見え隠れするように視界が明滅し、脳内にノイズが生じる。
「ちょっといい?」
「ん?」
飛んでいる蚊を捕らえるように八城の手を掴み強く握る。
「なんだよ、急に……」
「これって普通に握手だよな」
「ま、まぁそうだな」
触れているからといって特にどうってことはない。
胸も全然痒くない。
「あ、ありがとう」
「大丈夫か。まだ後引きずってる?」
「んー、そうかもしれないし、違うかもしれない」
不思議と心配が入り交じる感情がそのまま顔に表れた顔をしている八城。
確かにあの後から思考がどこかふわふわしたところに行っているのは自覚している。
それを何というのか、その解答はまだわからなくて、それに今書くのは違う気がして、それ以前にこれに名前をつけるのは違う気がして。
ただ何かに近づいている感覚だけを心の隅に残しておきながら先に進んでみようと思う。
八城がもし待ってくれていたら、テストのように限られた時間で問題を解く必要はない、ゆっくり時間をかけて、そうすればきっとケアレスミスは無くなるはずだ。
この形のない何かをしっかり言葉にするために。
もう少しだけ、甘えさせてくれ。
××
「では、失礼します」
「気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます」
自分の不注意だったとはいえ元凶をつくったのは誰だよ、と裏で思いながら感謝しますと顔に書いた笑顔を向けて職員室を後にした。
溜め込んだ薄汚れた空気を一気に吐き出す。
体育の担当教員がなかなか見つからずホームルームから30分も経ってしまった。
我妻達、待たせちまってるかな。
放課後の校舎内は驚くほど静かだった。
教室を通りすぎるたび、各クラスの生徒達の言霊が廊下に漏れだしているのを感じる。
自分ももっと自然に仮面なんか被らずに笑い合えたらいいのに。
もう変えることのできないこの生き方に後悔するには遅すぎた。
刹那、強い風が廊下へと入ってくる。
みると廊下の窓が一つ開いていた。
気の迷いか何故か窓を閉めようと思って窓の方へと近づく。
取っ手に手をかけたときふと下に目線がいった。
体育館へと続く道に人影が見える。
1対3。よく目を凝らしてみると、
「我妻たちと……八城?」
あいつらと八城はあのとき以外関わりはないはずだ。
なにかあったのだろうか。
後で八城に聞いてみるか。
そんな軽い気持ちで俺は教室へと向かった。
鞄を背負い、教室をでて下駄箱へと向かう。
すると、ちょうど八城と我妻たちが現れた。
「八城」
「ごめん。今日俺、用があって先帰るな」
声が顔がいつもと違う、そう本能で感じた。
もう一度声をかけようとしたとき、腕を肩に回され、後ろへと倒れそうになった。
「今日は俺たちと帰ろうぜ」
見上げると我妻だった。
その、威圧的な目に拒否権がないことを悟る。
「あ、あぁ」
××
「そういえば一緒に帰るの久しぶりだよな」
「橘いないの寂しかったんだからな」
「久しぶりの橘うっれしぃ」
ーーーーー……しんど。
嬉しいなって1ミリも思ってないのバレバレなんだよ。
吐き捨てるように、うわべだけの言葉の色は俺の表面をカスリ心には響かない。
なによりそのひきつった笑顔が全てを物語っている。
「俺も嬉しいよ」
そっくりそのままお前たちに返してやるよ。
「ホントに?八城といる方が楽しそうにしてるように見えるけど」
ーーーーー……っ。
一瞬、心臓が止まった。
ギラリと光る鋭い眼光に全細胞が震え立つ。
そこから脳を揺さぶるように鼓動する心臓は不振な振動を繰り返す。
なんか言わないと、誤魔化さないと、八城みたいに。
「……ぁ」
「なぁんてね、驚かせて悪かったよ」
「本気にしちゃうとか、可愛いとこあるじゃん」
「冗談も言いあえる仲でしょ」
「そ、そうだよな。悪い悪い」
声をあげて笑う3人に囲まれた一匹のアヒルの子はどんどん毛を灰色に変えていく。
さっきの言葉、それが冗談じゃないことは誰よりも自分が知っている。
軽く叩かれる背中はその回数を重ねるたびに見えないアザが増えていく。
自分が勝手にそう思っているだけか、俺は自己犠牲が強くて、被害妄想が激しいイタイやつなのか。
もしかしたら我妻たちは俺を対等に見ているだけかも知れない、でもあの目は確かに違っている。
波長が合わないやつらと一緒にいる俺が悪いのか。
でも、もう人との関わり方はとっくの昔に置いてきてしまったから。
いさせてもらってるだけありがたいと思わなければ。
八城と歩く帰り道はあんなに速く感じていたのに今日はどうしてこんなにも長く感じるのだろう。
同じ距離、変わらない速度で歩いているはずなのに。
やっとの思いで駅つく。
足は鉛のように重たい。
「そうだ、ちょっとゲーセン行こうぜ」
ーーーーー……やだな。
「お、いいね」
「行く行く!橘も行くっしょ」
心に渦巻く濃い霧、途中式を書かずなんとなくで書いていた誰にも明かすことのない解答。
「……行かない」
それはあまりにも自然に口からでていた。
間違いであることに気付いていながら俺はその解答を書くことを選んでしまった。
「……はっ?」
一瞬凍りつく空気に心が震える。
上から感じる注射針に吸い取られどんどん血の気を失っていく。
それでも心のどこかでは、蝋燭に小さな炎が灯っていて。
「ちょっと今月ピンチでさ、ごめん」
「あーなるほどね」
「俺もあるからな、気持ちわかる」
「そんじゃ、今度は来いよな」
「うん、行くよ」
咄嗟に出た嘘でその場を凌ぐ。
何故か驚くほどあっさり俺の話を受け入れ不服の表情を浮かべていたものの、それを咎めることはなかった。
「じゃあ」と別れの挨拶を交わし足早に駅の改札をくぐる。
肺の中は黒い煙に満ちていて、人混みに紛れて空咳をする。
この感覚は久しぶりだった。
仮面を被っているというのも、足が重たいのも、息が苦しいのも、心がしんどいのも。
苛められてる訳でもないけど感じる疎外感。
それが一番苦しいことを知ってしまった。
満員電車、人の熱気に包まれながら揺られる。
物理的に息が苦しくなる。
『……行かない』
今まで我妻たちに逆らったことはあっただろうか。
ゲーセンとかはもちろん、女子と遊びに行かされたり、合コンに連れていかれたり、乗る気でなくても行こうと言われれば行っていた。
やりたくないことまで、やらされそうになった。
あのときは向こうから途中で断ってくれたからよかったが。
解答は間違っていたかも知れない。
でも、それになぜかあまり後悔をしていない。
数学のように答えが一つに決まっている訳ではない。
一枚しかない解答用紙、一つしかない解答欄。
そこに書く答えは誰かから見たら間違っているかも知れない。
でも、誰かから見たら正解であることもある。
その途中式はまだわからないけれど、頭の中に浮かんだその人に会いたい。
夕焼けに燃える太陽はそんな俺の心を代弁するかのようだった。
××
「あいつ、俺らからの誘い断ったことあったっけ」
「…またな」
×××
嫌じゃなかった。
胸の奥が痒かった。
まだ、熱中症が後を引いているのか頭はぼぉっとし半分は夢の中にいるような感覚だ。
半球睡眠をするイルカなんかもこのような感じなのだろうか。
それとも右脳と左脳がしっかり独立していて干渉しあっていないのか。
「おーい、瑞姫」
その答えはこの八城が俺を呼ぶ声で明確だ。
焦点が上の空の自分に「おぉい」と手をひらひらさせる。
太陽の日差しがシャッターの隙間から見え隠れするように視界が明滅し、脳内にノイズが生じる。
「ちょっといい?」
「ん?」
飛んでいる蚊を捕らえるように八城の手を掴み強く握る。
「なんだよ、急に……」
「これって普通に握手だよな」
「ま、まぁそうだな」
触れているからといって特にどうってことはない。
胸も全然痒くない。
「あ、ありがとう」
「大丈夫か。まだ後引きずってる?」
「んー、そうかもしれないし、違うかもしれない」
不思議と心配が入り交じる感情がそのまま顔に表れた顔をしている八城。
確かにあの後から思考がどこかふわふわしたところに行っているのは自覚している。
それを何というのか、その解答はまだわからなくて、それに今書くのは違う気がして、それ以前にこれに名前をつけるのは違う気がして。
ただ何かに近づいている感覚だけを心の隅に残しておきながら先に進んでみようと思う。
八城がもし待ってくれていたら、テストのように限られた時間で問題を解く必要はない、ゆっくり時間をかけて、そうすればきっとケアレスミスは無くなるはずだ。
この形のない何かをしっかり言葉にするために。
もう少しだけ、甘えさせてくれ。
××
「では、失礼します」
「気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます」
自分の不注意だったとはいえ元凶をつくったのは誰だよ、と裏で思いながら感謝しますと顔に書いた笑顔を向けて職員室を後にした。
溜め込んだ薄汚れた空気を一気に吐き出す。
体育の担当教員がなかなか見つからずホームルームから30分も経ってしまった。
我妻達、待たせちまってるかな。
放課後の校舎内は驚くほど静かだった。
教室を通りすぎるたび、各クラスの生徒達の言霊が廊下に漏れだしているのを感じる。
自分ももっと自然に仮面なんか被らずに笑い合えたらいいのに。
もう変えることのできないこの生き方に後悔するには遅すぎた。
刹那、強い風が廊下へと入ってくる。
みると廊下の窓が一つ開いていた。
気の迷いか何故か窓を閉めようと思って窓の方へと近づく。
取っ手に手をかけたときふと下に目線がいった。
体育館へと続く道に人影が見える。
1対3。よく目を凝らしてみると、
「我妻たちと……八城?」
あいつらと八城はあのとき以外関わりはないはずだ。
なにかあったのだろうか。
後で八城に聞いてみるか。
そんな軽い気持ちで俺は教室へと向かった。
鞄を背負い、教室をでて下駄箱へと向かう。
すると、ちょうど八城と我妻たちが現れた。
「八城」
「ごめん。今日俺、用があって先帰るな」
声が顔がいつもと違う、そう本能で感じた。
もう一度声をかけようとしたとき、腕を肩に回され、後ろへと倒れそうになった。
「今日は俺たちと帰ろうぜ」
見上げると我妻だった。
その、威圧的な目に拒否権がないことを悟る。
「あ、あぁ」
××
「そういえば一緒に帰るの久しぶりだよな」
「橘いないの寂しかったんだからな」
「久しぶりの橘うっれしぃ」
ーーーーー……しんど。
嬉しいなって1ミリも思ってないのバレバレなんだよ。
吐き捨てるように、うわべだけの言葉の色は俺の表面をカスリ心には響かない。
なによりそのひきつった笑顔が全てを物語っている。
「俺も嬉しいよ」
そっくりそのままお前たちに返してやるよ。
「ホントに?八城といる方が楽しそうにしてるように見えるけど」
ーーーーー……っ。
一瞬、心臓が止まった。
ギラリと光る鋭い眼光に全細胞が震え立つ。
そこから脳を揺さぶるように鼓動する心臓は不振な振動を繰り返す。
なんか言わないと、誤魔化さないと、八城みたいに。
「……ぁ」
「なぁんてね、驚かせて悪かったよ」
「本気にしちゃうとか、可愛いとこあるじゃん」
「冗談も言いあえる仲でしょ」
「そ、そうだよな。悪い悪い」
声をあげて笑う3人に囲まれた一匹のアヒルの子はどんどん毛を灰色に変えていく。
さっきの言葉、それが冗談じゃないことは誰よりも自分が知っている。
軽く叩かれる背中はその回数を重ねるたびに見えないアザが増えていく。
自分が勝手にそう思っているだけか、俺は自己犠牲が強くて、被害妄想が激しいイタイやつなのか。
もしかしたら我妻たちは俺を対等に見ているだけかも知れない、でもあの目は確かに違っている。
波長が合わないやつらと一緒にいる俺が悪いのか。
でも、もう人との関わり方はとっくの昔に置いてきてしまったから。
いさせてもらってるだけありがたいと思わなければ。
八城と歩く帰り道はあんなに速く感じていたのに今日はどうしてこんなにも長く感じるのだろう。
同じ距離、変わらない速度で歩いているはずなのに。
やっとの思いで駅つく。
足は鉛のように重たい。
「そうだ、ちょっとゲーセン行こうぜ」
ーーーーー……やだな。
「お、いいね」
「行く行く!橘も行くっしょ」
心に渦巻く濃い霧、途中式を書かずなんとなくで書いていた誰にも明かすことのない解答。
「……行かない」
それはあまりにも自然に口からでていた。
間違いであることに気付いていながら俺はその解答を書くことを選んでしまった。
「……はっ?」
一瞬凍りつく空気に心が震える。
上から感じる注射針に吸い取られどんどん血の気を失っていく。
それでも心のどこかでは、蝋燭に小さな炎が灯っていて。
「ちょっと今月ピンチでさ、ごめん」
「あーなるほどね」
「俺もあるからな、気持ちわかる」
「そんじゃ、今度は来いよな」
「うん、行くよ」
咄嗟に出た嘘でその場を凌ぐ。
何故か驚くほどあっさり俺の話を受け入れ不服の表情を浮かべていたものの、それを咎めることはなかった。
「じゃあ」と別れの挨拶を交わし足早に駅の改札をくぐる。
肺の中は黒い煙に満ちていて、人混みに紛れて空咳をする。
この感覚は久しぶりだった。
仮面を被っているというのも、足が重たいのも、息が苦しいのも、心がしんどいのも。
苛められてる訳でもないけど感じる疎外感。
それが一番苦しいことを知ってしまった。
満員電車、人の熱気に包まれながら揺られる。
物理的に息が苦しくなる。
『……行かない』
今まで我妻たちに逆らったことはあっただろうか。
ゲーセンとかはもちろん、女子と遊びに行かされたり、合コンに連れていかれたり、乗る気でなくても行こうと言われれば行っていた。
やりたくないことまで、やらされそうになった。
あのときは向こうから途中で断ってくれたからよかったが。
解答は間違っていたかも知れない。
でも、それになぜかあまり後悔をしていない。
数学のように答えが一つに決まっている訳ではない。
一枚しかない解答用紙、一つしかない解答欄。
そこに書く答えは誰かから見たら間違っているかも知れない。
でも、誰かから見たら正解であることもある。
その途中式はまだわからないけれど、頭の中に浮かんだその人に会いたい。
夕焼けに燃える太陽はそんな俺の心を代弁するかのようだった。
××
「あいつ、俺らからの誘い断ったことあったっけ」
