好きになるということ

「じゃあ、またな」

「あ、あぁ」

明日どんな顔して会えばいいんだ。


×××


「瑞姫、体育館行こうぜ」

「あぁ、今行く」

俺を呼ぶ声に着替えをナップザックに詰め込み教室を出る。

俺がいるのは我妻、服部、松崎の一軍グループ。

でかでかとした態度で堂々と廊下の中心を歩く3人の後ろを身を縮めながらついていく。
周りの生徒の視線を俺が全て背中に受けながら歩いて行く。

「もう女子みんなあいつに釘付けじゃん。さっき橋本遊び誘ったら断られたし。いつもは来てくれんのにさ」

「それな。さっきの佐久間さんの顔みた?完全に脈ありだったぜ」

八城が転校してきて一週間がたった。

思っていた通りこの一週間で八城はクラスの太陽となった。

帰りには毎日のように愚痴を溢すのに、なぜ昼間はこうして皆の前で輝こうとするのか。
俺はそれを理解できずにいた。

「転校一週間でこれかよ。うざ。な、橘」

「あ……。ぁぁ、そうだな」

ジャージの裾を握りしめる。

八城への後ろめたさに言葉が詰まる。
でも嫌われないためには頷くしかなかった。

「そういやさ、橘と八城って幼馴染みなんだよな」

「ま、まぁね。小学一緒だったよ」

息が。

「結構仲良かったんだ」

「そ……。そ、そこまでじゃない」

苦しい。

「なんかさ、八城の弱みとかないの?」

「え?」

その問いかけに思わず顔を上げてしまった。

被っていた笑顔の仮面が崩れ落ちる音が胸の奥に響く。
鎧を失った俺は生身の身体でどうやってお前らと接すればいい。

「俺らの仲だろ。教えてくれよ」

実際の体よりも大きな圧力を肩にかけながら脅迫するような目で俺を見る。

言いたくない。

声には現れないもののこの時、初めて俺の心は本音を溢した。

それでも、言わなければ嫌われるだろう、ハブられるだろう、虐められるだろう。

脳裏に浮かぶそれらが恐怖心を掻き立て、後ろに隠した手が震える。

「あ……」

声をだしかけたときだった。

「ごめん、ちょっと瑞姫借りてくね」

後ろから腕を掴まれ、体が後ろへと下がる。

振り向いてみるとその手を掴んだのは八城だった。

「ちょっとこい」

「ちょっ、は?」

耳元でそう囁き、体育館とは反対方向に足を進める。

「先生には、保健室で休んでますって言っといてぇ」

あいつらに向かって満面の笑みを浮かべて手を振る八城。
しかし、その手と反対側、俺の手を掴む手は少し痛いと感じるほど強く握られていた。

「ち、なんだよあいつ」

八城を、俺を睨む視線が背中に突き刺さる。


××


「離せよ」

「やだ」

「俺、行かないと」

「行かせない」

「俺、行かないと!」

「あんな顔で笑ってんじゃねぇ!」

心の中を埋めていた対抗心が一気に消え去り掴まれた手をそのままに脱力する。

ーーーーードンッ

「…いたっ」

静寂に包まれた階段に鈍い音が響き渡る。

俺は勢いよく壁に叩きつけられた。
打ち付けた背中がじんわりと鈍い痛みが滲む。

「お前、仮面被ってんだろ」

その言葉に背中の痛みも忘れ、ただ呆然と焦点の合わない目で八城を見つめる。

転んだ子供がなにが起こったのか理解できず一瞬固まって泣き出すのと同じように、心のそこから沸々と感情が沸き上がってくる。

「なんでいたくもないやつらと一緒にいるんだよ」

あぁ、いたくないよ、苦しいよ、しんどいよ。
だけどさ、

「自分を犠牲にしてまであいつらと関わる必要があるのか」

そうしなければ自分の居場所がなくなるからだよ。

「俺のとこ、来ればいいじゃん」

張り詰めた糸がプツンと切れる音がした。

「八城に…」

「あ゛?」

「お前にに俺のなにがわかるっていうんだ!」

「おい、ちょっ」

「俺がどんだけ辛いか、苦しいかお前にわかるわけないもんな。お前は輪の中心で。あんだけ俺に愚痴っておきながら実際は優越感に浸ってただけだろ」

「なに、言って……」

「お前のせい、お前のせいだ。お前のせいで俺は今の俺になったんだ」

「おい、一旦落ち着こうぜ、誰かに聞こえちまう」

「なにが俺のとこ、来ればいいじゃん、だ」

「そうだよ、俺のとこに……」

「友達じゃないっていったくせに!」

ーーーーーー……。

「おい、そこでなにやってるんだ」

俺の声が近くの教室へと届いてしまったらしく、授業を中断してやってきた教員に見つかって二人仲良く職員室に連行された。


××


「で、二人で授業をさぼっていたと」

「「はい」」

生徒指導の教員からの説教中、重なる声とは反対にお互いの目を合わせることはなかった。

教員は独り歩きし、俺たちとは違う時空を進んでいた。

気まずいとはまた違った空気に静電気があちこちで顔を覗かせている。

その後、八城の話術で反省文をかかされることなく終わった。

元々そっちから許可もなく連れてかれて俺は道連れの立場なわけだから別に感謝しようとも思わないが。

言葉を交わすことなく教室まで戻った。
上履きの音ってこんなにもうるさかったかと思うほど耳に強く響く。

ドアを開ければ授業の終わったクラスのやつらが八城によってたかって質問攻めだ。

「なに、八城サボったの?」

「いや、体育苦手でさ」

「転校そうそうにやるね」

「そう?俺すごい?(笑)」

四方八方から飛んでくる言葉に一つ一つ応えていく。
まるで聖徳太子のようだ。

後ろから静かに通り過ぎようとしたとき、

「なんで橘くんと一緒に?」

八城が、俺が動きを止める。

二人が同時に息を呑む。

「それ、は…」

ーーーーーーキーンコーンカーンコーン……

「おら、お前ら席につけ。はやく帰りたいだろ」

いいのか悪いのかホームルームのチャイムが鳴り担任が教室に入ってきた。

「やったぁ!やっと帰れるぅ」

そう言葉を溢すクラスメイトたち。
チャイムと同時にさっきの質問なんて忘れ去られていた。

ぞろぞろと席につき、逸る気持ちに貧乏揺すりを始めている。

これが今日の最後の授業のときで良かったと胸を撫でた。

「じゃあ、お知らせは以上。挨拶」

「きをつけ、礼」

「「さようなら」」

教室は放課後の騒がしさに包まれる。

俺もあいつらのところ行かないと。
重い腰を上げて鞄を肩にかけたとき、

「帰るぞ」

「は?」

その低い声に驚く間もなく腕を掴まれ教室を後にする。

「あれ、八城くんは?」

そのことを教室の誰もが気付かないくらいに。


××


ちょうど学校が終わり小学生たちであふれかえるはずの公園は人っ子一人なく静まり返っていた。

日向ぼっこをする猫を横目に腰掛けのベンチに肩を並べて座る。

強く掴まれた腕には赤い手形がうっすら残っている。

「手、痛いんだけど」

「あー、ごめん」

心にも思ってないって感じだな。

「俺は、瑞姫のこと友達とは思ってねぇよ」

あぁ、またその話しか。

わざわざ丁寧に言わなくてもいいことを、俺の心を抉るだけだってことぐらいわかってんだろ。

「あ、そう。だったら、俺に構うなよ。友達じゃないんだろ」

興味ないんだったらこれ以上俺の心に干渉しないでくれ。

「話しはそれだけ?それなら俺、もう行くから」

明日、あいつらに何て言おう、考えるだけで吐きそうだ。

立ち上がり足を前にだす。

「まって!」

ーーーーーーパンッ

勢いよく触れた掌が空気が弾けて音をだす。

「……きだ」

え?

「瑞姫が好きなんだ」

「……は?」

振り向くと顔を真っ赤に赤面させた八城がいた。

『好き』という使い振るされた言葉。

そんなものに宿る想いなどないものだと思っていた。
それなのに、

ーーーーーードクンッ

俺の心臓は大きく波を打つ。

「お前、それ……」

「本気、あのときからずっと。変わらない」

掴まれた手から伝わる熱がそれが本気であることを証明する。
こういうとき、どうしたらいいんだろうか。
ちゃんと返事したほうがいいんだよな。
でも、

「俺、好きっていう感情がわからない。八城の好きがなんなのかわからない」

俺はついていく側の人間で、居させてもらう側の人間で、誰かに想いを抱いてもらえる側の人間ではない。

嫌われないために、居場所を得るために、相手の地雷を踏まずにいるだけ。

「それって、希望はあるってことだよね」

ーーーーー……は?

「おい、今の聞いて……」

「聞いてたよ」

「それなら……」

「ノーって言ってないでしょ」

「そ、それは……」

「いいよ、大丈夫」

なんだよ、その嬉しそうな顔、キモ(笑)。

そう、鼻で笑ったことにバチが当たった。

不意打ち。
手を強く引かれると、八城の顔が俺の顔へと一直線に迫る。

ーーーーー……っ。

「俺が瑞姫を落としてみせるから」

八城は密かに不気味な笑みを浮かべた。