好きになるということ

「じゃあ、またな」

小学6の3月。ちょうど小学校の卒業式の日。
お互いまだ着こなせていない不恰好なスーツで胸ポケットに桜の造花をさし、卒業証書の入った筒をもって背中越しにそういった。

八城は中学受験をしたわけではなく、父親の仕事の事情で小学校卒業と同時に関西の方に引っ越すことになった。

まだガキだった俺は泣き虫でわんわん泣いてよく八城を困られていた。

最後の別れのときもそうだった。
スーツをグシャグシャに掴んで涙で腕の裾を斑模様に濡らす。
多分このときが一番泣いたと思う。

泣き虫で心の弱かった俺にこの二つの事実を突きつけられたことは心の器で耐えきれるものではなかったからだ。

今思えば俺を思ってのことだったかもしれないと思う。

引っ越しの話。それは卒業式当日に伝えられたことだった。

俺のことだから事前に話してしまえば八城の顔を見るたびに泣いてしまうかもしれない、俺は最後までいつも通りの日常を、いつも通りの笑顔で駆け抜けたかったと八城は最後に話してくれた。

俺と違って冷静で、泣きじゃくる俺の頭を優しく撫でてくれた八城がかっこよくて、でもそれがどこか淋しくて、嫌だった。

俺は涙が溢れて、溢れて仕方がないのに八城は1滴も涙を流していなかった。

八城にとって俺との別れはどうってことないんだって思えて。

そしてもう1つ。
最後の最後、俺にトドメを刺すように八城は俺の耳元で言った。

「俺、おまえのこと友達だと思ってねぇから」

その日から俺の味方はこの世に誰もいなくなった。



それからは自分から外部を遮断するような生活を送るようになった。

中学では地元でそのまま上に上がるだけだったから友達と普通に会話できたし、普通に笑えてた。
いいか悪いかで言ったらいい日常が送れていた気がする。途中までは。

「瑞姫って女みたい」

中3の修学旅行。クラスの男子全員で大浴場で風呂に入っていたとき、隣にいた村岡がそう言った。
村岡は小学校のときからつるんでいて八城とも仲がよく、よく遊んでいたやつだった。

それを耳にした奴らがよってたかってきて俺の体を見るなり確かにと頷き、その視線が徐々に変化していくのを感じ恐怖に駆られる。

「先でるから」

急いで体を流し急ぎ足で大浴場をでて浴衣に着替えて部屋に戻る。

箪笥にしまわれた一番上の掛け布団を乱暴に取り出し部屋の隅にくるまった。
村岡が本気でそう言ったとは思えない。思いたくなかった。
だけど、あの目は。

周りが皆、飢えた獣のような目で俺を見つめていた。
その瞬間、俺と俺以外が対等でなかったことを悟った。
実際にはその瞬間、俺と俺以外が対等でなくなったんだ。

修学旅行の前、中学あるあるだろうが、説明会の後女子だけ残され男子は教室で待機するよう言われるときがある。

大体男子たちも予想はついているが説明会が終わった後男子が女子に何の話?とニヤニヤしながらだる絡みするのがお決まりだ。

それがあってのことかもしれないが異性の体というものに興味が出始めていた。

最近は保健の授業でしっかりと扱うことが多くなってきているし、生物学的には当たり前のことではある。
それは、理解していた。
それを否定するくらい子供ではない。

徐々に世間のグレーゾーンを知り始めていた。
それでも、怖いと思ったんだ。

獣のような目、そして、俺を下にみるような目を。
自分の平和な日々を守るには、みんなの下につくしかないのだと。

その宿命に思わず目から雫が一筋頬をつたった。
それが最後の涙だった。

遠くから足音が聞こえてきた。
村岡たちが帰ってくる。

全員分の布団を取り出し、畳の上に広げる。
自分が何をしていたかを隠蔽するために。
みなが部屋の襖を開けたときには窓から見える遠い海を見つめていた。

「おぉ、瑞姫大丈夫か」

「うん、ちょっとのぼせちゃってさ。驚かせてごめんな」

あはは、と薄笑い。

「そっか。あ、布団まで準備してくれてんじゃん。さんきゅーな。でもなんか瑞姫らしくなくね」

「そうか。よく言うだろ。修学旅行では友達の知らない一面が見れるかもって」

「あーね、確かにそうかもな。んじゃ……」

何事かと首をかしげると村岡が自分から一番近いところにあった枕を手に取り、俺の方に投げた。
さすが野球部なだけあって、綺麗なフォームに枕は見事に俺の顔にクリーンヒット。

「枕投げのスタートだ」

「やったなっ」

投げ返した枕は相手の足元をカスっただけでダメージを与えることはできなかった。

「下手くそ」

「このやろう」

【友人】の言葉を合図に同部屋4人の枕投げ大会が始まった。

はじめはさっきの恐怖心はどこえやらでただひたすらに楽しんでいた。
他の部屋とは少し離れた場所だったことがよかったのか結構な騒がしさだったのにも関わらず教員は叱りに来なかった。

後から聞いた話だと、本当にのぼせたやつがいたらしく、そいつにかかりっきりだったらしい。

消灯時間にやってくるまで俺らは時間を忘れて枕投げを楽しんでいた。

コンコンコンッ

「やべっ、消灯時間だ。みんな布団に潜れ!瑞姫!」

「えっ」

村岡は俺の手を勢いよく引っ張り抱きよせて布団の中に隠れた。

「おーい、お前ら寝てるかぁ。まぁ夜更かしだけはするなよ。明日起きれなくても起こさないからな」

教員は部屋の電気が消えていることだけを確認してでていった。
ガチャッと部屋のドアが閉まる音が聞こえるとほぼ同時に村岡は口にした。

「やっぱおまえ女みてぇだな」

刹那、俺の腰辺りをぐっと掴んで村岡の体の方に引き寄せる。

その力強さに驚き村岡の顔をみる。
上を向いていて表情はわからなかった。

が……。

「…っ!!」

村岡の右足がおれの足の間に強引に侵入する。
力なんて野球部のやつに帰宅部が叶うわけもなくするすると間に入っていく。
村岡の太ももが俺の股までくると俺の腰をさらに引き寄せ下腹部あたりが密着する。
そして、気付く。

怖い、怖い、怖い、怖い、気持ち悪い。

「むら、おか…」

俺の震える声に村岡は俺の方をみる。
でもその目は、獲物を狩る獣そのものだった。