「じゃあ、またな」
「行かせない」
×××
意識がもうろうとする中煮え立つ感情は抑えられない。
「アホ、クズ、マヌケ」
「落ち着けって……うわっ、何この甘ったるい匂い」
「うるせぇ。……ヒッ」
「まさかお前、酒飲んだのか」
「悪いかよ、堕ちるとこまで堕ちてやるんだ!」
八城の肩を借りおぼつかない足取りのまま近くにあった誰もいない公園のベンチに腰かける。
夏の夕暮れは昼間の暑さが嘘のように涼しくて爽やかで少し冷たい風が肌を撫でる。
すぐ後ろにある大きな樹木の下では野良猫が腹を出して寝ていた。
「瑞姫」
俺の名前を呼ぶその一言で、風向きを変えてしまう。
夜へと向かう夕焼けの空にこだまするその声が俺の心の奥で弾ける。
下げていた顔を上にあげると優しく微笑む八城がいて。
あぁ、いっそのことこのとある夏の夕焼けに全てを溶かしてしまいたい。
そう思った頃には自然と口は動いていて。
「なんで、俺のこと避けたんだ」
刹那、俺の肩を掴んだ手の指が小さく跳ねる。
「そ、れは」
真っ直ぐと見つめる俺の目から目線を反らし、目を泳がせる。
「嘘つくのほんと下手くそ」
言い訳なんて聞きたくない。
そんなのもっと傷つくだけなのだから。
「逃げんなよ。お前だけ勝手に抜け駆けしやがって」
どうせ傷つくなら本当の理由で傷つきたい。
どうせ後に戻れないのなら一番後悔のないかたちにしたい。
八城のYシャツの裾をグシャグシャに掴む手を八城は両手でそっと包み込む。
「ごめんな」
ムカつく。
「話、聞いてくれるか」
ーーーーー……。
一発、卵も割れないくらい弱い拳で八城の心臓あたりを殴る。
それを安堵と慈愛と愧疚が入り交じる表情で見つめている。
はぁ、と吐く息が俺の身体を焦がすとき、八城は口を開いた。
「我妻たちに、言われたんだ」
あの日、校舎の窓から見えた光景を思い出す。
俺からは死角に隠れるように八城と我妻たちが話していた。
「保健室のときのこと、見られてたみたいだ」
「……は?」
「それで、瑞姫に近づいたら全員に言いふらしてやるって」
酒ってほんとにすごいんだな。
「それで俺お前を傷つけたく……」
「ばっかじゃねぇの」
ゆっくり話を聞いてるだけなんて無理だった。
包まれた両手を振りはらい、着崩れた胸ぐらを強く掴む。
手加減とか今の俺には関係ない、感情の赴くままに体はついていく。
「俺を傷つけたくない?ふざけんな、とっくの昔につくとこないくらい散々傷つけられてんだよ、お前に」
止まんない。
「傷つきたくないのはお前のほうだろ」
「……は?」
「自分は善人様気取りでいらっしゃいますけど、人の前で愛想振り撒いて、皆に囲まれて、皆に頼られて、太陽みたいに輝いて。でも裏ではだるいとかめんどくさいとか言ってさ、本当はお前だって独りが怖いんじゃねぇの。嫌われるのが怖いんじゃねぇのかよ」
「……。」
町の中ではちょうど5時のチャイムが鳴り響く。
自分の本心というものは意外と人に問われるまで気付かないものだ。
ただ、途中式が違うだけ。
追い求める解答は二人とも同じであったこと。
「……確かに、そうかもしれない。笑ってみんなの波長に乗っかればうまく行くって思ってた。それに、さ……」
ーーーーー……ダンッ。
ベンチに押し倒され、八城は俺の上に馬乗りになる。
「俺がみんなの気を引けば、誰もお前に近づかなくなる」
その低い重低音のような声が俺の心臓を押さえつけるように響く。
「びっくりして、口くぱくぱしてるとこ、可愛い」
「おま、なに言って」
「瑞姫の笑ってる顔、怒ってる顔、泣いてる顔、悔しんでる顔、寂しそうな顔、恥ずかしそうな顔全部、みたい」
「……は?」
「他のやつに見せたくない。見せてほしくない。俺だけのものにしたい。俺だけのために笑って、怒って、泣いて、悔しがって、寂しがって、恥ずかしがって」
こいつ、なんか変なスイッチ入ってないか。
「…怖いんだけど」
「強欲でごめんね。その割には嬉しそうな顔してるけど」
「……酔ってるだけだ」
きっと酒の高揚感のせいだ。
久しぶりに目の前に八城がいることにこんなにも胸を高鳴らせるなんて。
思いがけない再開を果たしたあの日から、始めはやっかいな荷物が増えたと思っていた。
只でさえ息苦しい毎日に、面と向かって友達じゃないと言われたやつが俺の生活のどこかに入り込んでいるなんて居たたまれないだろ。
それなのに、そんな俺の気も知らないで、八城は時間ができるたびに話しかけにくるし、愚痴は言うし、必死になって助けてくれた、し。
気付けば、また昔みたいに八城が当たり前になっていて、やっと作れた居場所だって蹴った。
八城の隣にいたいと、俺の隣にいてほしいと思ってしまった。
『まって、独りにしないで。ずっと一緒にいてよ』
小さい頃の記憶。
泣きじゃくる俺に、拳を握りしめて立つ八城の姿があった。
まだ無垢だったころの感情なんてかわいらしいものだったかもしれない。
でも、
「勝手にいなくなるんじゃねぇよ」
酒は情緒を狂わせる。
もう高校生だっていうのに、勝手に涙がこぼれだし、涙の海に心が溺れる。
「……ふっ。泣き虫瑞姫じゃん」
「う、うるせぇ」
「仕方ないだろ、親の転勤だったんだから。俺だって辛かったんだから」
酒は情緒を狂わせる。
ーーーーー……くっ。
張り詰めた糸が切れる音がした。
「同情のつもりか、俺がどんなに辛かったか知らないくせに」
「……。」
「お前はいいよな、昔からコミュ力あってさ。俺の変わりなんていくらでもいてさ。俺はな、そんなの無いんだよ」
止まらない。
「俺の隣には必ずお前がいた。俺はそれで十分だった。お前がいればいいって思ってた。だから、お前がいない世界がわからなかった。お前以外との関わりたかった。お前がいない寂しさを埋めるためにやれることやってきたんだよ」
そっか、昔から俺はこいつに狂わされてたんだな。
「やっと、居場所を手に入れたのに、これでいいんだって思えたのに、お前が現れて、気付けば目でおってたし、誰かと話してたら胸が苦しくなるし、俺のそばにいろよって思うし、居場所だって蹴ったし」
これをなんというかわからない。
これがお前の好きと同じかわからない。
けど自分なりの解答をお前にぶつけてやるよ。
「……瑞姫、お前、それって…」
「なぁ、八城。俺、また独りになっちまったよ」
俺の胸に垂れるネクタイを掴んで引っ張る。
ーーーーー……っ。
「責任、とってくれるよな」
「行かせない」
×××
意識がもうろうとする中煮え立つ感情は抑えられない。
「アホ、クズ、マヌケ」
「落ち着けって……うわっ、何この甘ったるい匂い」
「うるせぇ。……ヒッ」
「まさかお前、酒飲んだのか」
「悪いかよ、堕ちるとこまで堕ちてやるんだ!」
八城の肩を借りおぼつかない足取りのまま近くにあった誰もいない公園のベンチに腰かける。
夏の夕暮れは昼間の暑さが嘘のように涼しくて爽やかで少し冷たい風が肌を撫でる。
すぐ後ろにある大きな樹木の下では野良猫が腹を出して寝ていた。
「瑞姫」
俺の名前を呼ぶその一言で、風向きを変えてしまう。
夜へと向かう夕焼けの空にこだまするその声が俺の心の奥で弾ける。
下げていた顔を上にあげると優しく微笑む八城がいて。
あぁ、いっそのことこのとある夏の夕焼けに全てを溶かしてしまいたい。
そう思った頃には自然と口は動いていて。
「なんで、俺のこと避けたんだ」
刹那、俺の肩を掴んだ手の指が小さく跳ねる。
「そ、れは」
真っ直ぐと見つめる俺の目から目線を反らし、目を泳がせる。
「嘘つくのほんと下手くそ」
言い訳なんて聞きたくない。
そんなのもっと傷つくだけなのだから。
「逃げんなよ。お前だけ勝手に抜け駆けしやがって」
どうせ傷つくなら本当の理由で傷つきたい。
どうせ後に戻れないのなら一番後悔のないかたちにしたい。
八城のYシャツの裾をグシャグシャに掴む手を八城は両手でそっと包み込む。
「ごめんな」
ムカつく。
「話、聞いてくれるか」
ーーーーー……。
一発、卵も割れないくらい弱い拳で八城の心臓あたりを殴る。
それを安堵と慈愛と愧疚が入り交じる表情で見つめている。
はぁ、と吐く息が俺の身体を焦がすとき、八城は口を開いた。
「我妻たちに、言われたんだ」
あの日、校舎の窓から見えた光景を思い出す。
俺からは死角に隠れるように八城と我妻たちが話していた。
「保健室のときのこと、見られてたみたいだ」
「……は?」
「それで、瑞姫に近づいたら全員に言いふらしてやるって」
酒ってほんとにすごいんだな。
「それで俺お前を傷つけたく……」
「ばっかじゃねぇの」
ゆっくり話を聞いてるだけなんて無理だった。
包まれた両手を振りはらい、着崩れた胸ぐらを強く掴む。
手加減とか今の俺には関係ない、感情の赴くままに体はついていく。
「俺を傷つけたくない?ふざけんな、とっくの昔につくとこないくらい散々傷つけられてんだよ、お前に」
止まんない。
「傷つきたくないのはお前のほうだろ」
「……は?」
「自分は善人様気取りでいらっしゃいますけど、人の前で愛想振り撒いて、皆に囲まれて、皆に頼られて、太陽みたいに輝いて。でも裏ではだるいとかめんどくさいとか言ってさ、本当はお前だって独りが怖いんじゃねぇの。嫌われるのが怖いんじゃねぇのかよ」
「……。」
町の中ではちょうど5時のチャイムが鳴り響く。
自分の本心というものは意外と人に問われるまで気付かないものだ。
ただ、途中式が違うだけ。
追い求める解答は二人とも同じであったこと。
「……確かに、そうかもしれない。笑ってみんなの波長に乗っかればうまく行くって思ってた。それに、さ……」
ーーーーー……ダンッ。
ベンチに押し倒され、八城は俺の上に馬乗りになる。
「俺がみんなの気を引けば、誰もお前に近づかなくなる」
その低い重低音のような声が俺の心臓を押さえつけるように響く。
「びっくりして、口くぱくぱしてるとこ、可愛い」
「おま、なに言って」
「瑞姫の笑ってる顔、怒ってる顔、泣いてる顔、悔しんでる顔、寂しそうな顔、恥ずかしそうな顔全部、みたい」
「……は?」
「他のやつに見せたくない。見せてほしくない。俺だけのものにしたい。俺だけのために笑って、怒って、泣いて、悔しがって、寂しがって、恥ずかしがって」
こいつ、なんか変なスイッチ入ってないか。
「…怖いんだけど」
「強欲でごめんね。その割には嬉しそうな顔してるけど」
「……酔ってるだけだ」
きっと酒の高揚感のせいだ。
久しぶりに目の前に八城がいることにこんなにも胸を高鳴らせるなんて。
思いがけない再開を果たしたあの日から、始めはやっかいな荷物が増えたと思っていた。
只でさえ息苦しい毎日に、面と向かって友達じゃないと言われたやつが俺の生活のどこかに入り込んでいるなんて居たたまれないだろ。
それなのに、そんな俺の気も知らないで、八城は時間ができるたびに話しかけにくるし、愚痴は言うし、必死になって助けてくれた、し。
気付けば、また昔みたいに八城が当たり前になっていて、やっと作れた居場所だって蹴った。
八城の隣にいたいと、俺の隣にいてほしいと思ってしまった。
『まって、独りにしないで。ずっと一緒にいてよ』
小さい頃の記憶。
泣きじゃくる俺に、拳を握りしめて立つ八城の姿があった。
まだ無垢だったころの感情なんてかわいらしいものだったかもしれない。
でも、
「勝手にいなくなるんじゃねぇよ」
酒は情緒を狂わせる。
もう高校生だっていうのに、勝手に涙がこぼれだし、涙の海に心が溺れる。
「……ふっ。泣き虫瑞姫じゃん」
「う、うるせぇ」
「仕方ないだろ、親の転勤だったんだから。俺だって辛かったんだから」
酒は情緒を狂わせる。
ーーーーー……くっ。
張り詰めた糸が切れる音がした。
「同情のつもりか、俺がどんなに辛かったか知らないくせに」
「……。」
「お前はいいよな、昔からコミュ力あってさ。俺の変わりなんていくらでもいてさ。俺はな、そんなの無いんだよ」
止まらない。
「俺の隣には必ずお前がいた。俺はそれで十分だった。お前がいればいいって思ってた。だから、お前がいない世界がわからなかった。お前以外との関わりたかった。お前がいない寂しさを埋めるためにやれることやってきたんだよ」
そっか、昔から俺はこいつに狂わされてたんだな。
「やっと、居場所を手に入れたのに、これでいいんだって思えたのに、お前が現れて、気付けば目でおってたし、誰かと話してたら胸が苦しくなるし、俺のそばにいろよって思うし、居場所だって蹴ったし」
これをなんというかわからない。
これがお前の好きと同じかわからない。
けど自分なりの解答をお前にぶつけてやるよ。
「……瑞姫、お前、それって…」
「なぁ、八城。俺、また独りになっちまったよ」
俺の胸に垂れるネクタイを掴んで引っ張る。
ーーーーー……っ。
「責任、とってくれるよな」
