「じゃあ、またな」
「……まって」
×××
「楽しそうだな」
クラスメイト数人に囲まれ、その中心にいる八城を遠くから眺めている。
見え隠れする姿にどんな顔をしているかは想像でしかないけれど、その笑い声から嫌なくらい解像度の高い笑顔が想像できてしまう。
言霊は自分のところまで浮遊して、目の前でシャボン玉のように弾ける。
それは俺の胸の奥を焦がす。
小さな水ぶくれが痒くて仕方ない。
ーーーーー……っ。
刹那、目が合う。しかし、
「そら、した……」
いつもなら嫌というほどくっついてくるのに、今のは確実に向こうから俺を避けた。
どういった風の吹きまわしか。
夏には珍しい北風が教室の中に吹き込まれた。
「次は平兼盛の詩です」
板書を書く手は止まっていた。
八城が来てからクラスの当たり前は八城の存在が不可欠となっていった。
クラスの中心には当たり前に八城がいて、八城の周りは当たり前のように明るい。
いつしか学級委員長よりも皆の中心に位置し、皆を明るく照らす太陽になっていた。
そこには小学校の頃と変わらない光景が目の前に広がっていたんだ。
手の届かないところにいるとわかっていても、背けたくても差し込んでくるその光。
それを俺は海王星のように遠くからその姿を見続けていた。
そう、昔からそうだった。
泣き虫だった俺の隣にはずっと八城がいた。
八城がいたから寂しいとも思わなかったし、他に友達がほしいとも思っていなかった。
小学生のときはなにも考えなくたって最低限の会話でなんとかなってたし、その際を求めることはなかった。
八城は俺の太陽(ちゅうしん)だった。
「しのぶれど色にでにけりわが恋は、ものや思ふと人の問ふまで」
ーーーーー……ドクンッ。
今、何故、俺の耳は脳はこの詩が都合のいいものだと判断したのだろう。
ただのBGMだった音が、右か左に流れていた音が心臓を掴んで離さない。
脳裏に焼き付き、頭の中でこだまする。
顔を斜め前に傾ければ自然と八城が視界に入る。
気付けば俺は八城を目でおっていて、八城のことを考えていて、俺の中の当たり前に八城がいて。
確証はない。
ただ、今、八城と面と向かって話したい。
この名前のない感情がなにかを確かめるために。
そう思ったのに……。
「八城」
「ごめん、他のやつと約束してて」
次の日。
「八城」
「ごめん、カラオケ誘われちまって」
その次の日も、次の次の日も。
かれこれ1ヶ月近くが経ち、終業式を迎えた。
テストで赤点を免れたのはよかったが、俺の心の中のざわめきは消えはしなかった。
クラスメイトと八城の距離はさらに近くなり俺が声をかける隙もなくなっていた。
当たり前はまた、振り出しに戻り八城のいない生活に戻っていた。
同じクラスに、俺の目が届くところに八城がいなければまだよかったのかもしれない。
ただ、そこに八城の存在がある現実が俺を苦しめる。
「八城、まじいいやつだよな」
「八城くんかっこいいよね」
「八城くんのこと狙っちゃおうかな」
ーーーーー……っ。
「え、佐久間さんまじで」
遠くから聞こえる話し声。
こんな言葉まで拾わなくていいのに。
八城という名前がでてくるだけで耳は脳に伝達させる。
都合の悪いものは受け付けないんじゃなかったのか。
『俺が瑞姫を落としてみせるから』
その言葉は嘘だったのかよ。
俺には、俺、には……。
「橘、やけに険しい顔してんな」
「ほんとだ、珍しい」
「俺らもちょっときててさ。この後、発散しに行かないか?」
いつの間にか自分の世界に入っていた。
ふと上を見上げると我妻たちが俺を囲うように立っていた。
いつもは怖くてうざくて嫌だった顔が今だけは同士であるように見えて。
「あぁ、行く」
初めて、自分の本心で、その問いかけに返事をした。
××
「ほらよ」
「ありが……ってこれ」
「酒に決まってるだろ」
「こういうときはこれ!ってそうか橘初めてか」
手渡されたのは見た目は缶ジュースだが、下の方にはアルコール7%と記載されている。
「ほんとは9とかリキュールとかにしたかったんだけど初めての橘にはさすがに危ないかなって」
「因みに俺たちはリキュールいくけどね」
酒は初めてだ。
それになぜ、我妻が酒を持っている。
「なんで、俺が酒持ってるかって?俺の知り合いが酒屋でバイトしててさ。そのついででたまに貰ってんだよね」
「でも、俺たちまだ」
「橘はえらいな。いい子いい子してやるよ」
伸ばされた手からはほんのりとした甘い香りとツンと鼻を刺激する匂いがした。
「我妻、まさか」
「あ、俺?お先に1本頂いてます。あ、安心して俺酒強いから」
「我妻ずりぃ!俺たちも飲もうぜ」
初めて目の前にする酒の香りに足が竦み手が震える。
「そういえば佐久間さんが八城狙ってるって知ってる?」
ーーーーー……。
「知ってるに決まってんだろ。ほんとあいつ……」
「俺にもくれないか」
「「「は?」」」
「それ、俺にもくれ」
この煮え立つ感情に身体は制御を失った。
「これ飲めば楽になれるんだろ」
我妻が片手にもつ小さな瓶、それを奪うように取るとカチカチと蓋を開ける。
ムカついてる、イライラしてる、ムカムカしてる、辛い、苦しい。
この一瞬だけでいい、全てを忘れさせてほしい。
もう、俺には遅いのから、堕ちるところまで落としてくれ。
『瑞姫』
一瞬、太陽のように笑う八城が脳裏に浮かぶ。
やめろ、もう、俺に希望を持たせないでくれ。
甘い香りにツンと鼻に抜ける刺激臭。
「「「橘!?」」」
瓶の中に入る液体を一気に流し込む。
「苦っ」
顎を伝う口から漏れた液体を皺のよった袖口で拭う。
口の中に甘ったるいものが残る。
苦いし、甘いし変な感じだけど、意外と平気じゃないか。
そう、思ったときだった。
「……あ」
なんだこれ、ふわふわする、身体が暑い、心臓がうるさい。
「橘大丈夫か……て」
「……ふぇ?」
なんか全身がふわふわして、力が入らない。
でも、なんか重たいものがなくなっていく感じ、謎の高揚感、気持ちがいい。
「……あがちゅま」
舌が回らない。
「…やばい、まじかよ」
「橘、めっちゃ酒弱い?」
「初手リキュールはさすがに誰でもくるだろ」
「…それより、さ」
下の方から金具が擦れる音がする。
「俺さ、実はめっちゃ溜まってたんだよね。女子も付き合い悪いしさ」
「俺もぉ」
「みんなあいつのとこ行っちまうし」
ーーーーー……ダンッ。
強く壁に打ち付けられる。
「こうみるとお前『女みてぇだな』」
「……っ!」
脳が、視界が、手が、足が、心が、心臓が、細胞が震える。
怖い、逃げたいと叫ぶ。
どうすりゃいい、力が入らないのに。
勢いでやりすぎた、何もかもムカつく。
肩を、おさえられる、腰を、掴まれる、体の凹凸が、ぶつかり合う。
「……男同士ってどんな感じなんだろうな」
もうどうでもいいって思ったのに。
でも、でも、さ。
「……怖いよ」
「瑞姫」
目を開けたとき、俺は八城の腕の中にいた。
八城の肩に額をつけ、体重を預ける。
胸ぐらを力強く掴んで今できる、最大限の恨みを込めて言う。
「おせぇよ……」
「悪い」
「……まって」
×××
「楽しそうだな」
クラスメイト数人に囲まれ、その中心にいる八城を遠くから眺めている。
見え隠れする姿にどんな顔をしているかは想像でしかないけれど、その笑い声から嫌なくらい解像度の高い笑顔が想像できてしまう。
言霊は自分のところまで浮遊して、目の前でシャボン玉のように弾ける。
それは俺の胸の奥を焦がす。
小さな水ぶくれが痒くて仕方ない。
ーーーーー……っ。
刹那、目が合う。しかし、
「そら、した……」
いつもなら嫌というほどくっついてくるのに、今のは確実に向こうから俺を避けた。
どういった風の吹きまわしか。
夏には珍しい北風が教室の中に吹き込まれた。
「次は平兼盛の詩です」
板書を書く手は止まっていた。
八城が来てからクラスの当たり前は八城の存在が不可欠となっていった。
クラスの中心には当たり前に八城がいて、八城の周りは当たり前のように明るい。
いつしか学級委員長よりも皆の中心に位置し、皆を明るく照らす太陽になっていた。
そこには小学校の頃と変わらない光景が目の前に広がっていたんだ。
手の届かないところにいるとわかっていても、背けたくても差し込んでくるその光。
それを俺は海王星のように遠くからその姿を見続けていた。
そう、昔からそうだった。
泣き虫だった俺の隣にはずっと八城がいた。
八城がいたから寂しいとも思わなかったし、他に友達がほしいとも思っていなかった。
小学生のときはなにも考えなくたって最低限の会話でなんとかなってたし、その際を求めることはなかった。
八城は俺の太陽(ちゅうしん)だった。
「しのぶれど色にでにけりわが恋は、ものや思ふと人の問ふまで」
ーーーーー……ドクンッ。
今、何故、俺の耳は脳はこの詩が都合のいいものだと判断したのだろう。
ただのBGMだった音が、右か左に流れていた音が心臓を掴んで離さない。
脳裏に焼き付き、頭の中でこだまする。
顔を斜め前に傾ければ自然と八城が視界に入る。
気付けば俺は八城を目でおっていて、八城のことを考えていて、俺の中の当たり前に八城がいて。
確証はない。
ただ、今、八城と面と向かって話したい。
この名前のない感情がなにかを確かめるために。
そう思ったのに……。
「八城」
「ごめん、他のやつと約束してて」
次の日。
「八城」
「ごめん、カラオケ誘われちまって」
その次の日も、次の次の日も。
かれこれ1ヶ月近くが経ち、終業式を迎えた。
テストで赤点を免れたのはよかったが、俺の心の中のざわめきは消えはしなかった。
クラスメイトと八城の距離はさらに近くなり俺が声をかける隙もなくなっていた。
当たり前はまた、振り出しに戻り八城のいない生活に戻っていた。
同じクラスに、俺の目が届くところに八城がいなければまだよかったのかもしれない。
ただ、そこに八城の存在がある現実が俺を苦しめる。
「八城、まじいいやつだよな」
「八城くんかっこいいよね」
「八城くんのこと狙っちゃおうかな」
ーーーーー……っ。
「え、佐久間さんまじで」
遠くから聞こえる話し声。
こんな言葉まで拾わなくていいのに。
八城という名前がでてくるだけで耳は脳に伝達させる。
都合の悪いものは受け付けないんじゃなかったのか。
『俺が瑞姫を落としてみせるから』
その言葉は嘘だったのかよ。
俺には、俺、には……。
「橘、やけに険しい顔してんな」
「ほんとだ、珍しい」
「俺らもちょっときててさ。この後、発散しに行かないか?」
いつの間にか自分の世界に入っていた。
ふと上を見上げると我妻たちが俺を囲うように立っていた。
いつもは怖くてうざくて嫌だった顔が今だけは同士であるように見えて。
「あぁ、行く」
初めて、自分の本心で、その問いかけに返事をした。
××
「ほらよ」
「ありが……ってこれ」
「酒に決まってるだろ」
「こういうときはこれ!ってそうか橘初めてか」
手渡されたのは見た目は缶ジュースだが、下の方にはアルコール7%と記載されている。
「ほんとは9とかリキュールとかにしたかったんだけど初めての橘にはさすがに危ないかなって」
「因みに俺たちはリキュールいくけどね」
酒は初めてだ。
それになぜ、我妻が酒を持っている。
「なんで、俺が酒持ってるかって?俺の知り合いが酒屋でバイトしててさ。そのついででたまに貰ってんだよね」
「でも、俺たちまだ」
「橘はえらいな。いい子いい子してやるよ」
伸ばされた手からはほんのりとした甘い香りとツンと鼻を刺激する匂いがした。
「我妻、まさか」
「あ、俺?お先に1本頂いてます。あ、安心して俺酒強いから」
「我妻ずりぃ!俺たちも飲もうぜ」
初めて目の前にする酒の香りに足が竦み手が震える。
「そういえば佐久間さんが八城狙ってるって知ってる?」
ーーーーー……。
「知ってるに決まってんだろ。ほんとあいつ……」
「俺にもくれないか」
「「「は?」」」
「それ、俺にもくれ」
この煮え立つ感情に身体は制御を失った。
「これ飲めば楽になれるんだろ」
我妻が片手にもつ小さな瓶、それを奪うように取るとカチカチと蓋を開ける。
ムカついてる、イライラしてる、ムカムカしてる、辛い、苦しい。
この一瞬だけでいい、全てを忘れさせてほしい。
もう、俺には遅いのから、堕ちるところまで落としてくれ。
『瑞姫』
一瞬、太陽のように笑う八城が脳裏に浮かぶ。
やめろ、もう、俺に希望を持たせないでくれ。
甘い香りにツンと鼻に抜ける刺激臭。
「「「橘!?」」」
瓶の中に入る液体を一気に流し込む。
「苦っ」
顎を伝う口から漏れた液体を皺のよった袖口で拭う。
口の中に甘ったるいものが残る。
苦いし、甘いし変な感じだけど、意外と平気じゃないか。
そう、思ったときだった。
「……あ」
なんだこれ、ふわふわする、身体が暑い、心臓がうるさい。
「橘大丈夫か……て」
「……ふぇ?」
なんか全身がふわふわして、力が入らない。
でも、なんか重たいものがなくなっていく感じ、謎の高揚感、気持ちがいい。
「……あがちゅま」
舌が回らない。
「…やばい、まじかよ」
「橘、めっちゃ酒弱い?」
「初手リキュールはさすがに誰でもくるだろ」
「…それより、さ」
下の方から金具が擦れる音がする。
「俺さ、実はめっちゃ溜まってたんだよね。女子も付き合い悪いしさ」
「俺もぉ」
「みんなあいつのとこ行っちまうし」
ーーーーー……ダンッ。
強く壁に打ち付けられる。
「こうみるとお前『女みてぇだな』」
「……っ!」
脳が、視界が、手が、足が、心が、心臓が、細胞が震える。
怖い、逃げたいと叫ぶ。
どうすりゃいい、力が入らないのに。
勢いでやりすぎた、何もかもムカつく。
肩を、おさえられる、腰を、掴まれる、体の凹凸が、ぶつかり合う。
「……男同士ってどんな感じなんだろうな」
もうどうでもいいって思ったのに。
でも、でも、さ。
「……怖いよ」
「瑞姫」
目を開けたとき、俺は八城の腕の中にいた。
八城の肩に額をつけ、体重を預ける。
胸ぐらを力強く掴んで今できる、最大限の恨みを込めて言う。
「おせぇよ……」
「悪い」
