ライムライト・ゲーム〜口下手先輩は憧れの配信者?〜


 先輩の家に行ったあの日以降、見えそうになった別の思いに蓋をしようと、意識する暇をなくす為、学業と格ゲーの練習に打ち込んでいる。
 
 あの日選んだアケコンは部活でも使ってほしいということで、そのまま貸し出してくれることになり、俺の自宅で保管、管理させてもらっている。
 そのお陰で、アケコンの軽いメンテナンス、動作チェックの方法などを聞いた後に、夕食のメニューや学校であった出来事といった他愛ない話に花を咲かせるようになった。
 部活の先輩と後輩の理想的な関係性……だよな?
 それ以上は深く考えないようにする。
 
 自宅ではゲームができないものの、イメージトレーニングとしてコマンド入力時の指の動きを繰り返し練習している。
 バスケットボールをしていた時も感じていたが、俺は状況判断に頭を使う方が得意で、ボールの扱いは反復練習で体に馴染ませることで、瞬発的にイメージ通りのプレイができていた。
 それが俺の強みだとコーチに褒められたことを思い出す。
 全く別の競技なはずなのに、繋がりを感じて、挫折した経験も無駄ではなかったのだと改めて実感した。それと同時に、格ゲーに引き合わせてくれた『Negoto』への感謝と頑張ろうという気持ちが湧いてくるのだ。

 部活では短期的な小さな目標を決めて地道にこなしていく。
 練習メニューと言えるほどのものではないが、Discordで週間目標とその日の目標を格ゲー部屋で共有する。そして部活終わりに達成度合いや反省点を書いておくことにしていて、牛木先輩も朝凪先輩もいい姿勢だと評価してくれている。
 文字にしておくことで自分でも見返しやすいし、朝凪先輩がコーチングしてくれる時にも、何で伸び悩んでいるのかが分かりやすく、ピンポイントで効果が出やすい練習に繋げることができて効率がいい。
 先輩たちのアドバイスで、紺野にも同じように目標共有してみるのはどうかと聞いてみたものの、予想通り、自分には自分のやり方があるからと一蹴されてしまった。
 そこが紺野の良い所であり悪い所でもある、というのが部内での総意だった。
 実際に大会に出場経験もあって、ランクマッチでも日々順位を上げているわけで、負けが続く時には自分で分析した原因とその対策を朝凪先輩に伝えて、トレーニングモードでの模擬戦をしているのを何度か見かけている。
 彼もまた、不器用なだけの人間なのかもしれない——

* * *
 
 そして、その答え合わせの時は唐突に訪れた。
 楽しい時間、熱中している時間はあっという間にすぎるもので、気付けば夏休み期間に入っていた。
 その間も部活動での利用に限ってパソコン室の使用が許されている。

「おはようございます」
「おはよう、熊。今日はちょっと……気をつけた方がいいかもな」

 そう言いながら牛木先輩が目線で示したのは紺野だった。
 パソコン室はグラウンドとは真反対にあって運動部の声は遠く、エアコンを効かせる為、全ての窓が閉まっているのでかなり静かだ。
 そんな中、耳を澄ませずとも普段とは比べ物にならない程、ガチャガチャとゲームパッドの操作音が聞こえてくるのは確かに異様だった。あからさまに虫の居所が悪いのが見てとれる。

「紺野が一番乗りだったんだけど、俺が来てからもずっとあんな感じでな。まっ、人間誰しもむしゃくしゃする日はあるだろうからさ……見守ったり、自衛、よろしく頼む」
「情報共有ありがとうございます。琴線に触れないよう、気をつけます」

 ランクマッチでランクが上がり、同レベルからもう少し実力が上の人達と対戦するようになると、連敗することもあるし、それでランクが落ちようものならイライラしたり、気分が落ち込むこともあるだろう。
 でも紺野は今までそんな状況を幾度も乗り越えてきたはずだし、静観するほか無い。
 とりあえず、自分の席について練習を始めようと紺野の後ろを通り過ぎた時、「チッ……」と舌打ちの音が聞こえたが、気のせいだと思うことにした。

 それから15分経った頃、朝凪先輩が登校してきて、部員全員が集まったので朝礼をすることになり、話を聞きやすいように出入り口に近い場所に集まる。
 紺野の不調の件は、事前に牛木先輩から朝凪先輩へ伝えられていたようだ。今し方来た朝凪先輩が、朝の挨拶と合わせて「今から朝礼するみたい」と伝える事で仏頂面でのそりとした動きではあるものの、朝礼に参加する意思を見せてくれたことにホッとする。

「端的に伝える。今日は15時から電気関連のメンテナンスが入る為、今日の活動時間は13時まで。俺からは以上だが、他に共有する事はあるか?」
「はい、2年の野崎です。夏休み明けの祝日に市の大きなショッピングモールで学生向けのeスポーツイベントが開催されるそうです。経験等は問わずということなので、全員でエントリーできたらと思います。詳細はチラシを確認してもらって、必要事項を記入したら僕までお願いします」

 全員でエントリーということは、俺も含まれているわけで。この話を聞いただけで楽しみな気持ちと、初めて大勢の前で対戦する可能性に少なからずプレッシャーを感じていた。
 思わず、ちらりと朝凪先輩へ目をやる。
 同じタイミングで引き寄せられるように視線があうと、先輩は一瞬驚いた顔をした後、ふにゃりと柔らかく微笑む。何も言っていないはずなのに、その表情から「伊熊くんなら大丈夫」と伝わってくるようで、俺もつられて微笑み返した。
 ふと、先輩の部屋で手を取られていた時のことが、温かさや触れられていた時の圧迫感、心臓が跳ねるところまで鮮明に思い出されてハッとする。何だか2人だけの目配せを見られてはいけないことのように感じて、チラチラと他の部員の顔を窺った。
 FPSチームは普段通り、牛木先輩を中心にそれぞれチラシを見ながら、この部分はどうしたら良いのかなどの相談に入っていて、特に気にしている様子はない。
 紺野は——朝凪先輩を険しい表情で見ていた。怒っているようにも、泣きそうにも見える。その目の下には濃い隈が浮かび、苦悩や苛立ちは昨日今日といった短期間のものではないのかもしれないと思った。

「ち、朝礼終わり、だと思うから……僕たちは席に、戻って練習、しよう」
「はい」
「……」

 朝凪先輩の声に気付いた牛木先輩が手を挙げて、それで問題ないと合図をくれ、それぞれが席に戻って行った。

「朝凪先輩、確認したいことがあって、いいですか?」
「うん」
「昨日のランクマで当たったキャラとの有利不利で……あ、続きチャットにしますね」
「お願い」

【伊熊】こっちが有利なキャラだと思うんですけど、相手の動きが結構エキセントリックでしっかり技押し付けられちゃって……動画もあるんで、見てもらいつつ、抜け出し方とか、対応策教えてもらえませんか?
【Negoto】自分で対応策の方向性とかって考えてみた?
【伊熊】一応は。なので、最初はそれの答え合わせから

 チャットのやりとりが一段落して、トレーニングモードで相手の動きを模した先輩のキャラに対して自分の考えた対策が通用するのかを試して、改善点と良かった点を詰めていく。

「ん、今のはタイミング完璧だった。読みがいい感じに効いてる」
「結構ビビってガードばっかりしちゃってたんで、何発か当たったとしても誘って攻撃当ててこっちのコンボに持っていく方がいいんですね……」
「そう。はは、伊熊くん……短期間でかなりキャラ傾向とか掴むの、上手くなってるし、ランクもスムーズに上がってて……すごい!」
「ありがとうございます」

 褒められたことが嬉しくて、予想以上に声を張ってしまった。バッと口元を手で押さえる仕草をすると、朝凪先輩は人差し指を立てる仕草をして笑って返してくれた。
 ふと何かを感じたらしい先輩は、ポケットからスマホを取り出す。

「あ、あれ……親から電話、気付かなかった。ちょっと掛け直してきて、いい?」
「はい、行ってらっしゃい」

 朝凪先輩が駆け足で外に出て行き、ドアが閉まった瞬間

 ——ダンッ‼︎‼︎

 強く机を叩く音が室内に響き、音の方へ体を向ける頃には、紺野に胸ぐらを掴まれて、血走った目がギロリと俺を睨んでいた。

「いい加減目障りなんだけど」
「っ……こ、紺野?」
「いっつも先輩とコソコソコソコソ……どうせ俺のことを馬鹿にしてんだろ⁉︎ 朝礼の時なんか、先輩と目配せしてニヤニヤしやがって。クソ腹立つ……ムカつく、鼻につく! 褒められて調子に乗ってんだよな。先輩にべったりで、おんぶに抱っこのくせに強くなった気に……上手くなった気になってんなよ」

 捲し立てられる中、ただ話を聞きながら紺野を見つめ返すしかなかった俺は気付いた。
 初めこそ苛立ちから怒りをぶつけてきた様子だったが、段々と声も、胸ぐらを掴む手も震えて弱々しくなっていく。
 この行動には思い当たる節があった。
 バスケの大会で怪我をした後、何もかもお終いだと悲観的になって、遊びに誘ってくれただけの友達に八つ当たりをした——あの時の自分と紺野が重なる。
 八つ当たりはされた側だけでなく、した側も傷付くことを知っている。
 この怒りは、俺だけに向けられたものじゃない、そんな気がする。

「紺野、ごめん。俺も朝凪先輩も紺野のことを馬鹿にしたことなんて一度もないんだけど、どうしてそう思ったのか教えてほしい。俺は最初から良く思われてないって感じてたから嫌われたままだっていい。でも……朝凪先輩まで悪く思われるのは納得できない」

 紺野はふっと鼻で笑って、一言一言吐き捨てるように話し出す。

「目配せした後も、挙動不審にキョロキョロするし、練習中だってちょっとだけ話した後は個人チャットでやりとりしやがる。隣にいるんだから喋ればいいだろ? どれも隠したいことがある時の行動だろう。俺に聞かれたくないことなんて、俺のこと愚痴ってるとしか思えねぇ」

 俺はポケットからスマホを取り出して、Discordのチャット欄を開いて紺野に差し出した。

「普通の会話しかしてない。やりとりを削除したこともない。疑いが晴れるなら、全部見てくれたっていい」

 紺野は乱暴にスマホを奪い取り、さらさらとスクロールしていく毎に、険しかった表情が徐々に困惑したものに変化していく。
 
「はぁ? なんだよこれ……部活中のやつとか、なんでチャットで雑談なんかしてんの? 隣にいるんだから普通に話しかければいいだろ」
「僕の不得意を……伊熊が、気にかけて……くれた、だけ」

 朝凪先輩はいつの間にか戻ってきていて、紺野の手から俺のスマホを取り上げると、何か検索をかけて画面を表示させてから紺野の手に戻した。
 横からちらりと覗くと、朝凪先輩が最初に苦手だということを話してくれた時の文面がそこには表示されていた。
 
——————
【伊熊】先輩って、言葉で会話するよりも、チャットとかでやり取りする方が楽だったりしますか?もしそうなら、こっちでのやり取りをメインにしようかと思って
【Negoto】え!それはすごくありがたい!……お恥ずかしながら、耳から入った情報を整理するのがすごく苦手であんまり上手く話せないんだ。目から入った情報に対しては問題ないし
——————

「そんなの、知らなかった……先輩がただ伊熊ばっか贔屓してるように見えて、2人しか知らないことがあるんだって思ったらむしゃくしゃして」

 考え込むように一度言葉が途切れる。
 
「何だよ……ガチの八つ当たりじゃん。伸び悩んでんのだって、自分の実力不足だし……」

 大きなため息と共に吐き出した言葉は、普段自分の中だけで自問自答していた言葉なのだろう。そして、俯いて小さく呟く。
 
「でも、先輩、お前とばっか一緒にいて、楽しそうだったし……俺の方が知り合ってから長いのにあんな顔見た事ない」

 まだ言い足りないことがあるのか、紺野は何度も口を開きかけては閉じ、拳を握ってを繰り返していた。
 暫くして力が抜けたようにストンとしゃがみ込み、反省したり、言い訳じみた言葉を呟く。
 そんな紺野の背中をポンポンと慰めるように叩いた。

「紺野は1人で抱え込みすぎだし、言わなすぎなんだよ。他人同士なんだから、話さないと知らないことばっかりになるのは当たり前だろ? 疎外感で凹むくらいなら、もっと話そうよ、俺たち」
「お前に言われるの……なんかムカつく……」
「先輩に憧れを抱いている者同士、同族嫌悪か?」
「そのニヤニヤ顔が腹立つって言ってんの!」

 手を払い除けるような紺野の動きに合わせて、大袈裟に飛び退いて茶化してやると、少しだけだが紺野の表情が和らいで、それだけで心の距離が縮まった気がした。

「仲直りは済んだのか?」

 牛木先輩は騒ぎが起きてから、静かに見守ってくれていたらしい。そう訊ねられると、素直に「はい」とは言いきれないやりとりしかしていないのだが、一応こくりと頷いておいた。
 
「上手くいかないことに苛立って、部活動中に騒ぎ立ててしまってすみませんでした。練習以上に、コミュニケーション不足もあって……その辺を改善できたらと、思います」
「うん、原因を知って対策できるのはいい事だ。今日のは己を知る良いきっかけなったな。一つ成長」

 牛木先輩の大きな手がぐりぐりと紺野の頭を撫でる。
 さっきまでピンと張り詰めていた空気が一気に和らいで初めて、息苦しさに気付いた。緊張して肺の動きを必要最低限にしていたのかもしれない……窒息しなくて良かった。

 と、紺野の前に朝凪先輩が立って、おずおずとした手つきで紺野の前髪をよける。先輩を見上げる形になった紺野の目元がよりはっきりと見え、際立った濃い隈を見て朝凪先輩は何も言えず唇を噛んだ。
 何度か息を吸って、やっと絞り出した声は震えていた。

「……ごめん」

 どうしてだか、俺まで胸がギュッと痛む。

「……僕、伊熊くんは初心者だから、教えてあげないとって思ってて……えっと、それが贔屓に見えてもおかしくなかったなって。紺野くんは1人でも大丈夫って……決めつけてた、と思う。それは本当に、良くなかった……苦しんでることに、気付けなくて……申し訳ない」
「そういう……優しいこと言うのがムカつく」
「え?」

 紺野の照れ隠しな発言に気付かず、戸惑っている朝凪先輩の天然さに紺野が逆に困った顔を顔をしているのがおかしくて、思わず笑った。
 が——先輩と紺野が話しているところを見て心の奥底にどろりと湧き上がる感情を、これ以上見え見ぬふりはできない。
 このままだと今度、爆発してしまうのは俺の方。

 話そうとしないから、知らないまま。
 もっと話そう。
 そうアドバイスをしたのは俺だ。
 それは自分自身にも言えることで。
 
 胸の中にある想いを先輩に、伝えてみよう——