◇◇
オレが中庭に着いた頃には、土方はすっかり準備を済ませていた。
芝生にはたくさんの生徒たちが集まっていて、校舎の窓から顔を覗かせる人もいる。
「飛鳥だ!」
「ゲリラライブだって!」
「やったー!」
「一人でやるのかな?」
騒めく人の波をかき分けるように進んだ先。
「──ナナちゃん」
演説などで使う台の上でギターを抱えた土方がオレを見つけた。
「良かった、電話する前に来てくれた」
「『また連絡する』ってそういう……じゃなくてっ、ごめん土方!オレお前にひどいことを──」
「ほんとに悪いと思ってるならそこ座ってて」
多くは語らず、土方は“そこ”と芝生を指さす。
「……」
有無を言わせぬ圧を感じて、大人しくその場に腰を下ろすオレ。
最前列だ。
「何やってる!?」
騒ぎを聞きつけたらしい生活指導の先生が、中庭へ駆け込んできて叫ぶ。
「土方っ、許可は取ったのか!?」
「先生、今日だけ許して!」
「観客の誘導と片づけはうちがちゃんとしますから!!」
土方を庇うように前へ飛び出し、先生に頭を下げたのは他の軽音部員たちだ。
「これくらいしないとアイツらくっつかないんです!」
「土方はまあいいとして!」
「いつも軽音部のために頑張ってくれてる沖田くんに幸せになってほしいんです!!」
──嬉しいこと言ってくれてるけど話が全然読めない……。
── 一体何が始まるんだ。
「ナナちゃんは動かないで」
生徒会役員として何かした方が良いのではと腰を浮かせたオレに、土方の鋭い声がかかる。
先生は大勢の軽音部員に頼まれ毒気を抜かれたのか、「5分だぞ、5分!」とだけ言い残して校舎へ戻っていった。
騒ぎの中心で土方だけは落ち着いていた。
マイクを調整しつつ周りが静かになるのを待ってから、もう一度オレを見る。
「オレ、歌でしか気持ち伝えられないから。よそ見しないで聴いてて」
「土方……」
「考えながら歌うからめちゃくちゃかもだけど。タイトルは──」
少しはにかんで、マイク越しに続けたのは。
「"ナナちゃん"」
まさかの——いや。
予想通り、オレだった。
「ナナちゃんって誰?」
「土方くんの彼女?」
「え、公開告白?」
ざわめく観客の後ろで、軽音部員たちが一斉に天を仰ぐ気配がする。
「アイツとうとうやりやがった……」
「もう後戻りできねぇぞ」
「青春してんなぁ……」
土方はそんな反応を気にも止めず、ギターをかき鳴らす。
とびきり激しいロックナンバーだ。
“君の心を奪った誰かがいたって”
“失恋ソングなんて書くつもりないよ”
“この声で証明する”
“だからお願い”
“ハッピーエンドを歌わせて”
土方の声と気持ちが、音に乗って真っ直ぐオレの胸に飛び込んでくる。
時折英語も混ざっていて、即興というのが信じられない。
「うわ、マジで初めて聞くやつだ!」
「それっぽく合わせろ!この歌詞、俺の好きな子にも届けたいっ」
「タイトル的に誤解されないか!?」
どこからか駆けつけた土方のバンドメンバーが、慌てて機材を繋いで演奏に入ってきた(さすがにドラムの人は無理だったらしく一番後ろから手拍子で盛り上げている)。
たった数小節でぴたりとはまった演奏で、曲が一気に華やかになった。
──こんな魂こもった告白、オレにはもったいないよ土方……。
ここまでされても、何も返せる手段がなくて泣けてくる。
戸惑うだけのオレを土方のライトグレーの瞳が捉えた。
というか、曲が始まってから視界に閉じ込められたままだ。
「──そんな、君が好き」
心を読まれたのかもしない。
サビのあと放たれた、音に乗せないシンプルなそれに——いよいよ目頭が熱くなった。
◇◇
五分後。
先生との約束通りゲリラライブは終了し、軽音部員たちの誘導で観客が中庭を出る。
「ありがとうございましたー!」
「気をつけて帰ってくださーい!」
「あとは土方にやらせまーす!」
さっきまでの熱気が少しずつ冷めていく。
芝生には、オレと土方だけが残っていた。
台から降りた土方は、ギターをケースへしまうとオレの前にやってくる。
「ナナちゃん、“ナナちゃん”はどうだった?」
「ややこしいな……」
数分前はあんな真剣な顔で歌ってたのに、今はいたずらっぽく首を傾げている。
……いつもの土方だ。
「とにかく……かっこよかった」
「そっか」
オレの感想に満足そうに目を細める土方。少しだけ考える素振りを見せたあと、もう一度口を開く。
「ナナちゃんの好きな奴と俺、どっちがかっこいい?」
「……え?」
「宣戦布告のつもりだったんだけど……そいつゲリラライブ来てた?」
「あ、えっと」
そこで思い出した。
土方はまだ勘違いしたままだ。
オレに好きな人がいて、それは自分じゃないと。
「……」
ぎゅ、とこぶしを握る。
土方は一生懸命ぶつけてくれたんだ。今度はオレの番だ。
「来てたよ」
意を決して言うと空気が揺らいだ。
「……どこにいたの」
「台の上で“ナナちゃん”歌ってた」
「──へ?」
「オレも、土方のことが好き」
土方のまぶたが大きく開かれる。一回口にしたらもう戻れない。
「いつも好きなことに真っすぐで、嫌な顔しないで助けてくれて……優しい土方をずっと見てた」
土方の時みたいに巧みなワードセンスも派手な演奏もない。今もう一回ライブが始まったら、飲み込まれそうなくらいささやかな告白。
それでもオレは、オレのやり方で想いを歌うんだ。
「一番近くで、お前の"好き"を聞いてたい」
「……ナナちゃん」
──“付き合ってください”とか言った方が良いのかな。
──そういう経験ないから分からん……。
なんて悩んでいるとぐい、と腕を引かれた。
「え、わっ」
宙を浮くように体が前へ傾く。
気づけばオレが着てるのとブレザーが視界を埋めていて、背中には細いけどびくともしない腕。……土方に抱きしめられたのだ。
「土方……!?」
「やばい、めっちゃ嬉しい」
制服越しでも分かる体温。
さっきまで激しく動いていたせいか、胸元はほんのり熱を帯びている。
オレよりひと回り以上大きな身体。
シャツの向こうではどくんどくん、と心臓が暴れている。……それはこちらも同じだ。
「勇気出して言ってくれてありがとう、ナナちゃん」
「お前のに比べたらあっさり過ぎるけど……」
「ううん。曲付けたくなるくらい良かった」
「またそんな……!」
がばっ、と顔を上げれば土方の蕩けるような微笑みが出迎えた。どうやら本気で言ってるらしい。
「真面目な話。俺が作曲するから歌詞書いてみたら?生徒会室で歌ってたの上手だったし」
「さっきは“変な歌詞付けるな”って怒ってたくせに」
「オレ以外の男に向けてると思ったから……」
「ただの嫉妬かよっ」
ちゃんと顔を見たくて身じろぎすれば、背中に回った腕にぎゅっ、と力がこもる。
離れると思われたんだろうか。
──しばらくはこのままで良いか……。
次の曲が完成したらちょっと歌わせてもらえないかな。
大勢の前は恥ずかしいから、コイツと二人きりの時に。



