◇◇
「──よし」
放課後の生徒会室。
オレはPCを前に、きのう土方が送ってくれた音源の中から壮行会で流すものを選んでいた。
両耳にイヤホンを付けたまま、少し息をつく。
どれもめちゃくちゃ完成度が高い。
一曲目は静かに背中を押してくれるような爽やかなロック。
二曲目の壮大なサウンドはいかにも式典向き。
ほぼピアノの三曲目、優しいメロディに胸が熱くなる。
──これ全部、オレのために作ってくれたんだよな。
椅子にもたれ掛かって天井を仰ぐ。
壮行会のBGMは一曲目にしようと決めたけど、他のも良過ぎてもったいなく感じる。三曲目なんて、それっぽい歌詞をつければ立派なラブソングになりそうだ。
──ラブソング……。
軽音部で土方が披露した“片思い”という曲。
今思い出しても泣きたくなる。
土方にあそこまで思われる相手が羨ましくてしかたない。
一方のオレはただ、スマホケースだの寝ぐせだのをネタにされるだけ。
──ひとりで抱え込んでるのもしんどい。
──アイツみたいに歌にして出せたら、少しは気が晴れるのかな。
マウスを動かして、BGMに選ばなかった三曲目をリピートした。
イヤホンから流れるピアノの旋律は“片思い”よりポップだけど、どこか似た雰囲気がある。
「歌入れるとしたら……えっと……」
出来心だった。
生徒会室は今オレしかいなくて、しばらく誰も来ないだろう。
大縄跳びみたいに入れるタイミングを伺い、ここだと思うところに言葉を乗せてみる。
♪こっちの気も知らないで
♪オレのことも見て
♪無理ならそう言って
案外すんなりはまった。
歌詞とメロディが合ってない気もするけど、歌という体で吐き出すとすっきりして……土方が“片思い”を作った理由が分かった気がした。
味を占めたオレは続きを口ずさむ。
♪いつの間にか好きだった
♪オレだけだと思った優しさ
♪勘違いだったんだね
──……本人に聞かれたら恥ずかしくて死ぬ……。
間違っても土方の前ではやらないようにしようと心に誓った、その時。
突然、右耳が軽くなった。
「……え?」
イヤホンが片方だけ外されたのだ。
真隣を向けば、ちょっと引くレベルの端正な横顔。
「ひ、土方!?」
「やっぱり、気づいてなかった」
「お、お前、いつからここに?」
「ナナちゃんが歌い出したくらいから。生徒会終わったら一緒に帰ろうと思って来たんだけど」
「がっつり聞いてるじゃんか……!」
思わず椅子から立ち上がる。
屈んだ状態からす……と姿勢を戻した土方が、取ったオレのイヤホンを机に置いた。
——こんなに早くバレるとは……!
——また曲にされるに決まってる。“生徒会でカラオケしてみた”とか、“ワイヤレスイヤホンすぐなくす”とか……なんかそんな感じの!
色んな意味で終わった……と内心で頭を抱えるオレをよそに、土方が静かに口を開く。
「ナナちゃん、好きな奴いたんだ」
「へ……?」
見たこともないくらい険しい表情だ。
いつもとは違う地を這うような声も相まって、嫌な汗が背中を伝う。
「この学校の奴?」
「え、あの……」
予想もしなかった問いに言葉が詰まる。
同じ高校なのはそうだけど……本人を前にして言えるわけがない。
「……」
「いるんだ」
黙り込んだオレを見降ろし、舌打ちでもしそうな調子でつぶやく土方。
「別にいいけど。俺の作った曲に変な歌詞つけないでくれる?」
「っ」
淡々と突き放すような口ぶり。
なんだ、これ。
こんな土方は初めてだ。
「お、お前だって、オレで変な歌作ってるくせに!」
気づけば声を荒らげていた。
調子に乗ったのは認めるけど、そこまで言われる筋合いはない。
「好きな子がモデルの時は、あんなに良い曲作るのに……」
「……ナナちゃん……?」
「寝ぐせとかスマホケースとか、なんでオレだけそんなふざけたのばっかなんだよ!?」
言い切ってから後悔した。
「……俺、どの曲も真剣に作ってるつもりだよ」
「あっ、ちが、そんなつもりは——」
「ごめん。また連絡する」
傷つけてしまったと今さら慌てるオレにそれだけ残して、土方は扉へ向かう。
「土方っ……」
呼び止める間もなく、思いのほか広い背中が廊下へ消えていった。
——今度こそ終わった。
——オレ、土方にひどいことを……!
今までの曲を貶すつもりはなかった。
ただ“片思い”を作った時の熱を、ほんのちょっとでもオレに向けてほしくて——……。
ガララッ!
土方と入れ違いで、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
「沖田お疲れー」
「今日も早いなぁ」
オレと同じ学年の生徒会役員が二人、連れ立って入ってくる。
「なんか軽音部の土方が出てくの見たけどどうしたん?」
「……ちょっと壮行会のBGMについて相談してて」
「へー」
聞いてきた割に興味なさげに、鞄を机に置いたひとりが肩をすくめた。
「俺アイツ苦手。見た目は良いけどやってることが解釈違い」
「分かる。“オリジナル曲作れる俺かっけー”みたいな」
「プロでもない高校生が作曲とか、あとあと黒歴史になるよなー」
「おいお前ら、一生懸命やってる奴を笑う方がヤバ──……!」
好き勝手に喋る二人を注意しようとして──思い出した。
これと同じことを、オレは土方に言ったことがある。
去年の文化祭。
軽音部の機材トラブルに生徒会も駆り出され、オレは朝から走りっぱなしだった。
土方とちゃんと話すようになったのもそれがきっかけだ。
近くの大学が貸してくれたという代わりの機材を受け取り、早足で体育館へ向かっていた時のこと。たまたま通ったトイレの前で聞いてしまった。
『一年の土方ってイキってるよな』
『それな』
『イケメンな上に曲も作れます感が腹立つ』
扉の外からも丸聞こえな笑い声。今はもう卒業した、当時の三年生だ。
段ボールを抱えたオレたちはつい立ち止まってしまい、なんとなく気まずい空気が流れる。
『くだらな』
短く吐き捨てる横顔が今にも泣きそうで、見ていられなかった。
『……一生懸命やってる奴を笑うとかヤバいよな』
声をかけると、段ボールに視線を落としていた土方がぴくりと動く。
扉の向こうの先輩たちに聞かれたらどうしようとひやひやしながらオレは続けた。
『リハーサルで歌ってたやつすごく良かった。好きなものに全力なアンタ、オレはかっこいいと思う』
……それだけ。
たったそれだけ言って、オレは逃げるようにその場を走り去った。
その日からだ。土方がオレのことを曲にするようになったのは。
「——ごめんっ、オレちょっと出て来る!」
左耳にはまったままだったイヤホンを外し、あ然とする同級生たちを横目にオレは生徒会室を飛び出す。
♪僕は愛称で呼んでいるのに
♪君は頑なに名字呼び
♪脈ナシなのは分かってるけど
♪背中押してくれたあの日から
♪君だけを歌ってる
きのう一回だけ聴いた“片思い”が鮮明に脳内再生される。
『俺、どの曲も真剣に作ってるつもりだよ』
続けてさっきの土方の表情。
ちょっと考えれば分かることだった。
土方はずっと、“好きなもの”しか歌ってなかったんだ。
──なのにオレは勝手にネタ曲だと決めつけて。
──最初からアイツなりに、オレと向き合ってくれてたのに。
──早く土方に謝らないと……!
最後にした会話を考えると、とっくに帰っていてもおかしくない。
とりあえずスマホに連絡──しようとして、止めた。
「飛鳥が中庭でゲリラライブやるらしーよ!」
「えっ、昨日ミニライブやったのに!?」
「なんか他のバンドメンも初めて知ったって!」
急ぎ足の女子たちにつられて廊下の窓から中庭を覗くと、見慣れたブルーブラックの頭が芝生に揺らめいていた。



