放課後。
今日の音楽室は人──主に女子生徒たちで溢れかえっていた。
毎月第三木曜日のこの時間に開催される、軽音部のミニライブ。
文化祭ほど大掛かりなものではないけど、下手するとそれよりも盛り上がる。
だって──。
「ぎゃああああっ、飛鳥ー!!」
「今日もビジュ良い!」
「スタイルレベチ!!」
割れるような黄色い叫びと、スピーカーを通して響く楽器の音。
それらに埋もれるどころか、強烈な存在感を放つ歌声。
♪好みじゃないマジでない
♪ネットで買ったが色味が微妙だ
♪返品しようと検索毎晩
♪気づけば今日もそのまま怠惰もん
♪右往左往、迷走モード
──アイツ、また……!
「歌詞良いよねっ。タイトルなんだっけ?」
「えっと、“このスマホケース好みじゃない”」
「明らかネタ曲だけど意外に刺さるわ……!」
「高二でこんなの作れるとか土方くんヤバすぎ!」
隅でわなわな震える俺の横で、三年の先輩たちが興奮気味に話している。
──嘘だろ、その話したのつい先週だぞ!?
──っていうか誰が怠惰だ!
「オラお前ら、もっと声出せぇ!」
「出させるな!となり生徒会室だぞ!!」
教壇上で観客を煽り始めたソイツを怒鳴りつけたけど、届くわけがない。
軽く跳ねた拍子にブレザーのポケットの中で、買ったは良いもののどうにも好きになれない新品のスマホケースが揺れた。
◇◇
「──土方ァ!!」
ミニライブ終了後。
観客たちが名残惜しそうに帰っていくなかオレは迷わず教壇へ向かい、中央の男に詰め寄った。
「あーナナちゃん。生徒会お疲れ」
ギターの調整をしていたソイツが、ゆるりと顔を上げる。
土方 飛鳥。
現在二年生にして、軽音部の人気ナンバーワンバンドのボーカルだ。
168センチあるオレより頭ひとつ分は高い長身。
耳より少し長めの、ブルーブラックに染まった髪。
校則に引っかからないギリギリを攻めた控えめなピアス。
向こう側が透けて見えそうなライトグレーの瞳は、アイラインを引いたような密度のあるまつ毛に縁取られていて目を引く。
──ファンからは“女殴ってそうなイケメン”って呼ばれることもあるんだよな。
──その例えはピンとこないけど、顔が良いのは確かだ。
「お前またオレで曲作ったな!?」
「分かった?さすがナナちゃん」
「分からない方がおかしいだろっ。あとナナちゃん言うな!」
「ナナちゃんも俺のこと“あすぴ♡”って呼んで良いってば」
「付き合いたてのカップルか!」
強気に物申すオレにも悪びれる様子がない土方。
……ナナちゃんというあだ名はオレの本名、沖田 七瀬からだろうか。
「しかも迷走だの怠惰だの、好き勝手言いやがって……!」
「オリジナリティが溢れたよね」
「人をモデルにしといてオリジナリティもクソもねぇから!」
「で、スマホケース返品出来たの?」
「……今ポケットに入ってる」
「ぶっ」
「笑うなぁ!!」
オレたちのやりとりに周りにいる軽音部員たちから笑い声が上がり、「あの二人またやってる」、「ほんとに仲良いよねぇ」などと話してるのも聞こえる。
──あまり目立つ方じゃないオレも、土方のせいですっかり軽音部の有名人になってしまった……。
そう。
どういうわけかうちの高校の人気ナンバーワンボーカリスト様は、オレをモチーフにした曲を作りまくっている。
“先生、それオレじゃありません”
“右にはねた寝ぐせ”
“生徒会室は飲食禁止ですが、裏ワザがあります”
あとさっき披露してた、“このスマホケース好みじゃない”。
これらはほんの一部で、今まで土方がオレの身に降りかかった出来事を参考に作ってきた楽曲は数知れず。
『ナナちゃん見るとインスピレーションが湧くんだよね』
なんて本人は言っていたけど、オレから見たら才能の無駄遣いでしかない。
「お前の曲にされると地味に困るんだからなっ。生徒会室の裏ワザがバレて使えなくなるわ、クラスで笑いものになるわで!」
「同じクラスだからネタに困らなくて助かってるよ」
「オレの生き様をネタ扱いするな!!」
意味不明だ。
高校入学時から同じクラスとはいえ、ちゃんと話すようになったのは去年の文化祭。
軽音部のステージ発表で起きた機材トラブルにオレの所属する生徒会が対応して──その時に少し関わっただけなのに、気づけばこんな関係になっていた。
──とはいえ、オレは土方を嫌ってるわけじゃない。
──むしろ──……。
「そうだナナちゃん」
ギターのチェックを一通り終えたらしい土方が、思い出したように言う。
「なんだよ?」
「壮行会のBGM、もう決まっちゃった?」
「あー……まだ探し中」
来週行われる、全国大会へ行く運動部の壮行会。
生徒会役員であるオレはその準備に追われていて、特にBGMの調達が難しいと昨日ぼやいたばかりだ。
「音源作っといたからあとで送るね」
「え?」
「雰囲気変えて3パターンあるから、好きなの使って」
「3パターン?昨日の今日で……!?」
さらりと言ってのける相手に目を見開く。
話の中で愚痴っただけで、ちゃんと頼んだわけじゃないのに。
「ごめん。テスト勉強とかもあるのに、大変だったよな」
「ナナちゃんの役に立てるならこれくらい全然」
「……ありがとう」
なんだか利用したみたいだと気まずくて俯くオレの髪を、土方の細長い指が掬う。
——やってることは無茶苦茶だけど、オレが困っていたら迷わず助けてくれる。
——そんな土方のことを恋愛の意味で好きだと言ったら……コイツはどんな顔をするんだろう。
「土方先輩!また新曲出来たってほんとですか!?」
「えっ、聴きたいです!」
ここで、軽音部員の一年女子たちが土方に駆け寄ってくる。
——もう新しい曲が出来たのか?
——よく短期間で思いつくな……。
「おっけー。ナナちゃんも聴いてく?」
「一曲だけなら……」
「ん」
土方はうしろに控えるバンドメンバーに目配せすると、ギターを抱え直してマイクの前に立つ。
その曲もオレをモデルにしたに違いない。またトンチキソングだったら演奏を中断してでも文句つけてやる……と決意したけど。
「タイトルは──“片思い”」
「……片思い?」
動揺するオレを振り切るように始まった柔らかな演奏が、音楽室に溶けていく。
♪僕は愛称で呼んでいるのに
♪君は頑なに名字呼び
♪脈ナシなのは分かってるけど
♪背中押してくれたあの日から
♪君だけを歌ってる
“このスマホケース好みじゃない”とはまったく別系統の曲調。
聞いてるだけで胸が苦しくなるような、切ないラブバラード。
片手で祈るようにマイクを持ち、目を伏せて歌う土方を見て察した。
──土方には好きな人がいる。
──そしてそれは、オレじゃない。
曲中のエピソードはどれもオレと無関係だ。土方が想像で作ってる可能性もあるけど……そうだったらこんなに感情を込めて歌えないだろう。
──オレはあくまでネタ枠で、ラブソングを作る時のモデルは他にいたんだ。
──……あ、だめだ泣きそう。
こっちの気持ちも知らずに、歌い終えた土方がゆっくりと顔を上げる。
その視線が一瞬だけこちらを向いた気がして慌てて目を逸らした。
「オレが絡まない方が良い曲作れるじゃん、アイツ」
そんな強がりでしかないつぶやきは、最後に大きく響いたドラムの音にかき消された。
「ねぇ、今の聞いた……?」
「うんばっちり。沖田くん本気で言ってるのかな?」
「だとしたら鈍感過ぎない……!?」
──ん?なんかオレの名前が聞こえたような……。
──気のせいか。



