「瑞稀、澄水、おかえり! やっぱり速かったぜ、お前ら!」
「うわマジですか? 俺、速かったですか?」
「本当ですよ! 動画撮ってあるんで、瑞稀先輩も澄水先輩も見てください」
瑞稀が澄水とともに観客席に戻ってきた途端、先輩や後輩に囲まれた。褒め言葉が飛び交い、先程までの疲れが一気に吹き飛んだ気がしてくる。
席を空けてもらい、二人がそこに座ると後輩の一人がタブレットを持ってきて再生ボタンを押した。
「澄水は安定してるから大丈夫そうだな。変に速度が落ちてるところとかなかったし」
見終わってから伝えられた部長の言葉に、澄水は一つ頷いた。続いて瑞稀の方に向いて、瑞稀にも感想を伝える。
「体のかたむき、よくなったな。あとは全体的なスピードがもう少し速くなったらタイムも縮まると思うぞ」
「そっか、あともう少しか……」
「――でも最近、瑞稀先輩は後半のスピードに磨きがかかってますよね」
突然、見知らぬ声が降ってきた。振り返ると他校の選手が後ろからタブレットを覗き込んでいた。瑞稀が見ているのに気付くと、その選手はやや恥ずかしそうに話し出す。
「俺、瑞稀先輩のこと、ずっと応援してました。たった四ヶ月の間で0.2秒も縮めた瑞稀先輩、すごいです。尊敬してます!」
「え、褒めてもらってる? 嬉しいんだけど、あざっす!」
「あと――」
「――あの人、君のこと呼んでるよ」
澄水が口を挟む。指さした先には、同じジャージを着た選手が手招きしている姿があった。
「これからも俺、瑞稀先輩のこと応援してます! 頑張ってください!」
その選手はそれだけ言い残すと、行ってしまった。瑞稀は彼から言われたことを心の中で繰り返し、そして勢いよく立ち上がった。
「よっしゃ、なんか急にやる気湧いてきた!」
「瑞稀はいっつもやる気に満ち溢れてるだろ」
「最近伸びてるもんな、頑張れよ」
「先輩、俺も応援してます!」
再び褒め言葉が飛び交う中で、違和感を覚えた。隣にいる澄水がまた不機嫌そうなのだ。
『よかったな』くらい言ってくれてもいいのに。ていうか、澄水にも褒めてもらいたいし認めてもらいたいのに。
そう思って横顔を見る。
さっきの不機嫌みたいな焦りではない。
――……もしかして、嫉妬? だとしたらなんで?
それは分からない。分からないが、長年一緒にいてこの表情は見たことがある。これは紛れもない嫉妬だ。
――普通は焦りとか混乱とかプレッシャーになるんじゃないのか?
自分の行動を振り返ってみても心当たりはない。嫉妬を向けられる理由はどこにもないはずなのに。
――どういうことだ……?
答えは出ないまま記録会は終わり、その帰り道。いつもの交差点までは二人で帰るが、行くときのような会話はない。
「……澄水、どうかしたか?」
無言に耐えかねて単刀直入に聞くと、澄水はすぐには答えなかった。言葉を選ぶようにうつむいて、ためらいを見せながらも口を開くと、
「瑞稀って、誰とでも楽しそうだよね」
それだけ言って、困ったように笑う。
瑞稀は予想していなかった言葉に面食らった。『誰とでも楽しそうだよね』? 見ていれば誰もが思うことを、澄水はなぜ今更?
『また月曜日!』と手を振るまで澄水はすっかり無言のままで、なんとなく質問し損ねてしまった。仕方がなく悶々と悩むことにする。
納得のいく答えが出たのはその日の夜ご飯のあと、自分の部屋のベットに寝転がっていたときだった。
――いや、そんなことはないよな?
たしかに、他校の選手と話したあとに嫉妬を向けられたが。
――あの澄水に限って?
ありえないが一度その発想に至るとそれ以外は考えられなくなる。
いやいやないない。でも……いや……な? ライバルだからとか、相棒だからとか、そういうのもあるよな……?
しばらく気付いていないふりをしようとしていたが瑞稀はついにそれを認めた。
――澄水は俺に独占欲を抱いているのだ、と。
隣に座ること。ものをとってくれること。一緒に帰ること。同じ水筒を二人で使うこと。瑞稀の前だと明らかに口数が増えたり、表情が豊かになることも。
澄水の些細な行動すべてに意味があるとしたら。
嫌じゃない。むしろ、
――嬉しい。
そう思った自分に驚いて、瑞稀は枕に顔を埋める。

