「えっ―――――!!マジで!?」
バンドならぬアカペラグループが出来るんじゃないかと思うぐらい四人の声が見事にハモった。
「うん。あれ?知らなかった?」
四人の驚愕の反応にも動じることなく木崎部長がしれっと答える。夏休みを目前に控えた放課後の部室。
「な、な、何で?」
「えっ?何でって夏休みだからに決まってるでしょう」
正論ここにありといった顔付きで答える木崎部長。
「えっ?夏休みだからこそ部活一筋に頑張れるんじゃないんですか?」
珍しくナツが血相変えて木崎部長に食ってかかる。
「ええ~、夏休みはその名の通り『休む』もんでしょうが」
そう、争論の発端は八月に入ると部室は閉鎖されて、部活動は休みになるという話をたった今、木崎部長から聞かされたためであった。進学校ゆえのいかに部活動がないがしろにされているかという事態であった。
「ちなみに私は軽井沢の別荘で過ごすから」
不敵な笑みを浮かべて話す木崎部長を全員がスルー。そんなことより八月の練習場所をどうやって確保すればいいのか?その対処法でみんな頭がいっぱいだっただから。
「ここの合いカギ作っておいて、こっそり入って練習すればいいんじゃねえの」
「あのなあ~、ばれたら軽音部解散どころ停学になるだろうが」
アキのアウトサイダーな提案をナツがあっさりと切り捨てる。
「練習スタジオに行くっていう手もあるけど・・・」
「ダメダメダメ、俺、金ないっ!!」
ナツが言い終わる前に今度はアキが即時否定。
「確かになあ~、金銭的に毎日、毎日、スタジオって訳にはいかねえよな」
ちなみにうちの学校はバイト禁止なので、基本、生徒はお小遣い生活をしている。目指す『オータムフェス』は秋分の日の開催なので、夏休みは大事な練習期間で可能な限り音合わせしたい。
「う~ん、じゃあ近所迷惑にならない時間帯で公園とかでやってみる?」
「おいおいおい、俺はどうすんだよっ!!」
これまで黙ってやり取りを聞いていた柊吾が慌てて異議を唱える。
「あっ、ゴメンッ、忘れてた。まさかドラムセット運ぶ訳にはいかないなあ」
ナツの冷静な指摘に遥斗は思わず笑いそうになる。公園にえっちらおっちらみんなでドラムセットを運ぶ姿を想像したから。
「そうなると・・・セッション感は薄れるけど、各自自宅で音出してリモートで合わせか」
最善ではないが、苦肉の策といった感じにナツが知恵を出す。
「無理、無理、無理!!うちの兄ちゃん今年大学受験で今でも毎日ピリピリしてんのに、家で音出すなんてずえったい無理ッ!!」
柊吾がヘドバンよろしく頭を左右に激しく振って拒否する。
「・・・」
万事休すかと揃って黙り込む。
「・・・聞いてみないと分からんが、一つ思い付いた」
沈黙を破ったアキにみんなの視線が集中する。
「うちの親父が働いてる音楽教室の空き時間に練習させてもらえないか聞いてみる」
「おおおっ!!」
地獄に仏とばかりにアキの一言に歓喜の声が湧き上がる。
「頼むっ、アキ!!」
まさに神頼みといった様相でアキに手を合わせて懇願する遥斗、ナツ、柊吾の三人。
「何とかなりそうだね~、良かった、良かった、頑張ってね。あっ、じゃあ、軽井沢のお土産は何がいい?」
すっかり蚊帳の外に放り出されていた木崎部長が嬉々として尋ねてきた。
沈黙が落ち着かない。遥斗のこれまでの人生で初めての感覚。しゃべってないから静かなはずなのに、胸がむずむずと変則的なリズムを刻む居心地の悪さ。近頃、ナツと二人きりになると決まってそういう症状が出る。
泣き顔を見られて、感情をさらけ出してしまったことで何だか弱みを握られた気分になっているのかも遥斗は自己分析してみるのだが、落ち着かなさに変わりはない。
「行きはともかくさあ、帰りは送ってくれなくてもいいし・・・」
むずむずの対処法として手っ取り早くナツと二人きりの時間を減らすべく遥斗は提案してみる。無事、アキの父親が勤める音楽教室で空き時間に練習させてもらえることになった『4―SON』。それは万々歳だったのだが、練習のたびナツが駅まで送迎してくれる。確かに最初は知らない街なので助かるなと思ったのだが、すでに道も覚えたし、一人で行き来するのに何の問題もない。
「俺が好きでやってることだから気にしない、気にしない」
遥斗の思惑を全く解してないナツが軽い口調で答える。
「・・・」
いや「気にしない」とかお前の問題じゃなくて、オレ側の気持ちの問題で。原因も分からないのに「お前といると落ち着かねえんだよ」と言うと、まるで喧嘩を売ってるようにも思えてくるし、かと言って他に上手い表現が思い付かず、遥斗はため息を飲み込む。緒心地の悪さを紛らわすように、遥斗は見慣れない街の夜の風景に目を向ける。音楽教室で練習させてもらえるのは助かったのだが、今日は教室の授業がすべて終わってからということですっかり遅い時間になった。
「しかし、アキのお父さんにつくづく感謝だよな~」
黙って歩いているのも息苦しくなってきて、当たり障りのない話題をナツに振る。
「だね。こうして心ゆくまで練習させてもらってありがたい限りだね。まあ、何だかんだ言ってお父さん、アキに負い目があるって思ってそうだから、頼られたら何でもしてやりたいって無理を聞いてくれたのかもしれないけどさ」
ナツが苦笑いを浮かべて答える。そう、アキのお父さんはコントラバス奏者なのだが、オーケストラで演奏するだけでは生活して行けず、音楽教室でも働いていた。ちなみにそんな生活に嫌気がさしたアキのお母さんはアキが小学三年生のときに家を出ていったらしい。アキが自嘲気味に話してくれたのだが、何だか夢を追い続けていく人間の現実を見せ付けられたような気がしていささか切ない。
「その負い目をちゃっかり利用するのがアキって感じもするけど」
「ぶっ、確かに。抜かりないからなぁ~、アキは」
ナツが吹き出して、大きく頷いてみせる。ナツと二人きりでいると気詰まりなのに、ナツが楽しそうにしていると嬉しくなるのは何故だろう?そんなことを考えながら並んで歩いていると、駅が見えてきた。
「今日、満月かな?」
駅まで来ると遥斗はそのまま改札を通らず、いつも足を止め、どうでも良い話を振ってしまう。
「ちょっと下、欠けてない?一三夜ぐらいかな?」
決まってナツも付き合ってくれる。二人きりだと落ち着かないはずなのに、別れがたいこの相反する感情は何なのか?答えは一向に見つからず、遥斗は困惑するばかりであった。電車が駅に到着したのか、改札から人が次々に出てくる。邪魔にならないように改札脇に逸れて二人揃って空を眺めていると声を掛けてくる一行が。
「あれ?ナツじゃん!!」
「おお、久し振りっ!!」
「うわっ、ホントだ!!」
改札から出てきた三人連れが口々に声を上げながら、ナツの方へとやってくる。
「久し振り」
ナツもにこやかに答えてみせる。
「元気そうじゃん!」
「うん、元気だよ」
三人とも坊主に近い髪に肩からはネーム入りの野球バッグを掛けているからどこかの野球部員なのだろう。
「足の方はどう?」
その内の一人がナツの足を見ながら問い掛けてきた。バッグには佐々木と名前が縫い込まれている。
「もう全然大丈夫、この通り」
ナツが軽々と右足を振り上げてみせる。
「おおっ、完全復活じゃん!!」
三人が声を弾ませ、嬉しそうにナツの肩や腕を叩いてみせる。話の流れが分からず、「ナツの足、何かあったのか?」と遥斗はナツの足をじっと見つめる。
「じゃあさ、戻ってこいよ。ナツがいないと切磋琢磨できる相手がいなくてつまんねえんだよ」
「そうだよ、多少のブランクなんてナツならあっと言う間に取り戻せるだろ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、走りが低速なんだ。ヒットを打っても、アウトになるから、ホームラン頼みで戦力になんないよ」
ナツが何でもないことのように返した言葉に三人が息を呑むのがわかった。そして、三人以上に大きく息を呑んだのは遥斗。遥斗の脳裏に体育の授業で最後尾を走っていたナツの姿が蘇ってきたから。
「それに今は野球より夢中になってるものがあるから」
三人に背中を向け、背負っているギターケースをみせるナツ。
「・・・ギター?バンドやってんのか?」
「うん。あ、こちらがうちのボーカルの遥斗。ちなみに『オータムフェス』に出るつもりだから良かったら観に来てよ」
自然な口調でナツが三人に語りかける。そんなナツのお誘いに三人が目配せし合うのがわかった。
「う、うん。行けたら行くわ。じゃあ頑張れよ」
三人が頷き合って、足早に駅校内から出て、信号を渡っていく。その後ろ姿を見送るナツ。
「おい、どういうことだよ、足、何かあったのか?」
三人の姿が見えなくなると遥斗はすぐさまナツに詰め寄る。
「・・・中三のときに交通事故に遭って右大腿骨を骨折。入院して、リハビリして、歩けるようにはなったけど、走るのは遥斗も知っての通りノロノロで、七歳からやってた野球は辞めたって感じ。今のはボーイズリーグで一緒だった同級生」
事の重大さに反して軽い口調で言って退けるナツ。その顛末を聞かされて遥斗の顔から見る見る血の気が引いて行く。
「何で言ってくれなかったんだよ!そんな大事なこと!!」
血相を変えて遥斗はナツに問い質す。
「何でって、一緒にバンドするのに関係ないだろ」
「関係ないって・・・オレ、思わず言っちゃったじゃないか、『走んのおせえんだな』なんて」
「良いじゃん、言っても。本当のことなんだから」
「本当のことって、それって事故の怪我のせいなのに、オレ、知らなかったから・・・」
「・・・知ってたら、言わなかった?」
ナツが眉間にしわを寄せて、低い声色で尋ねてくる。
「当ったり前だろ!!知ってたら言う訳ないだろ!!」
「何で?」
「何でって、そんなの・・・」
改めて理由を聞かれると自分の心情なのに上手く説明できない。
「・・・可哀想だから?」
ナツが遥斗の顔を覗き込むようにして詰問してくる。その一言に遥斗は押し黙る。図星だったから。
「事故に遭って、怪我して可哀想だから気を遣ってあげないといけないから?」
遥斗自身も気付いていないような心の内を見透かし、ナツが矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「事故に遭ってからみんなそんな目で俺を見るようになった。可哀想に、無理しないで、頑張らなくていいからって。憐れむような目で俺を見てくるんだ。腫れものに触るような扱いをされて。けど、もうそんなのうんざりなんだよ」
ナツの口からこぼれ出した憐憫の言葉の数々。それを声に出すナツの苦しそうな表情。
「ご、ごめん、オレ・・・」
「何に対して謝ってるの?」
「えっ?」
ナツの指摘に遥斗はとっさに返せない。それもそのはず、自分でも何に対して謝罪しているのかわからなかった。ただ、この場を穏便にやり過ごしたくて、取り敢えず口にした言葉だったから。
「謝られると余計、辛い」
絞り出すようにそれだけ口にすると、ナツが形のいい唇をギュッと結び、俯き、そしてくるりと踵を返して歩き出した。その背中を追わなきゃと思いつつ、遥斗の足は動かなかった。追いかけて、追いついたところで何を何て言えば良いかわからなかったから。
「お客様のお掛けになった電話番号は電源が入っていないか電波の届かないところにあります」
無機質な音声が遥斗の耳に響く。昨日の今日でどんな顔してナツに会えば良いんだ?と遥斗が思い悩んでいたら、アキから『今日の練習中止』のメッセージが届いた。昨日のことが影響しているに違いないとナツに連絡を取ろうとしているのだが、一向に繋がらない。
ここは方針転換してナツへの連絡は諦め、遥斗はアキへ電話を掛けてみた。
「もしもし」
こちらは呆気ないぐらい簡単に繋がった。
「オレ、遥斗」
「おう。急遽、今日練習休みな」
「うん、それは分かってんだけど、もしかしてナツから言い出した?」
「・・・」
ビンゴ、アキが黙り込むのがわかった。
「悪い、その、昨日、ナツとちょっと、その、」
喧嘩ではないし、言い争いでもない。どう説明していいか分からず、適切な表現を探すが、思い浮かばない。
「・・・ナツから聞いた」
そんな遥斗の困惑を察知したのか、アキが答える。
「あっ、そう、そうなんだ。あっ、てか、アキは全部知ってんだよな~ナツの怪我のこととか」
「当ったり前だろ、てか、言ったよな、遥斗が部室に初めて来たとき『ナツのことなら何でも知ってる』って」
「そうだよな、オレ、その、ナツを傷つけるようなこと言っちまって・・・」
昨日のナツの表情が遥斗の脳裏に蘇ってくる。
「・・・『傷つける』っていうのとはちょっと違うかな」
珍しくアキが諭すような柔らかな口調で返す。
「違う?オレ、ナツを傷つけた訳じゃない?」
昨日からどん底に落ちた遥斗の気持ちに一筋の光が差し込む。
「そうだな~、敢えて言うなら遥斗の前では『格好良い俺でいたかったのにな』って感じかな」
切羽詰まっている遥斗とは反対にどこか面白がっているようなアキの口振り。
「・・・『格好良い俺』?どういう意味だ?」
訳が分からず、遥斗はアキの顔が見える訳でもないのに探るようにスマホ画面をまじまじと見つめてしまう。
「ふふん、そんなに気になるんなら本人から聞くこったな」
「それが出来ないから、こうしてアキに連絡したんだろうが!!」
堂堂巡りのやり取りについ声を荒げてしまう遥斗。
「・・・ナツがいそうなところ、教えてやろうか」
遥斗の苛立ちを増幅させるようなアキの物言いにムカついて一言。
「教えろ!!」
ボーカルの声量の見せどころとばかりに遥斗は腹の底から絶叫してやった。その大音量にアキがスマホから耳を離す仕草が容易に想像できた。
夕暮れ迫る河川敷。かんかん照りの日差しが和らいで時折涼しい風が吹き抜けていく。そこに草野球をする子供達の声が響いている。探すまでもなく、その河川敷に座り込んでいる探し人を遥斗は見つけた。生い茂った夏草に足を取られないように気をつけながら、その背中に近づいていく。
「ったく、アキの奴か」
遥斗が声を掛ける前にナツがそう呟きながらこちらを見上げてきた。
「正解。アキが教えてくれた。たぶんここだろうって」
遥斗はナツの表情を伺いながら、その隣に同じように腰を下ろす。草野球をする子供達がよく見えた。
「俺も物心ついた頃からあそこで野球してた」
ヒットを打って全力疾走する子供を眩しそうに眺めながらナツが口を開いた。
「監督から『筋が良い』って褒められて、あながちそれはお世辞じゃなくて。ジュニアチームに入ってからもすぐスタメンで、中学生になったときに全日本選抜に選ばれて、日の丸の付いたユニフォーム着て戦ってたんだ」
まさかそんな有力選手だったとは思いもしなかったので、遥斗は信じられない思いでナツの横顔を見つめる。
「高校生になったら甲子園に出て、その後、ドラフトでプロ野球選手になって、いつかはメジャー選手っていう自分の未来を疑わなかった」
ナツは片唇を歪めて自嘲めいた笑みを浮かべる。
「ところが中学三年の春に交通事故に遭って、全部消えたんだ」
淡々と話すナツの口調が却って遥斗の胸に響いてくる。
「もうさ、一四歳にして『俺の人生終わった』って思ったよ」
ナツは両手を後ろについて、夕暮れの空を仰ぎ見る。
「誰にも会いたくなくて、何も考えてたくなくて、部屋にこもってひたすら勉強ばっかしてた。数学の証明とか古典の読解とかに神経集中させてたら自分の置かれてる現実から逃避できたって言うか。顕実逃避のための勉強というか。まあ、そのおかげで今の高校に入れたんだけど」
苦笑いを浮かべてナツが遥斗に顔を向ける。いつも通りの穏やかなナツの眼差しに遥斗は安堵する。
「そんなときにアキが『出掛けよう』って誘いに来て。正直、行きたくなかったんだけど、家族も部屋に引きこもっている俺を心配してるの分かってたから、しょうがないな~って感じでリハビリ兼ねて出掛けたんだ」
そのときのことを思い出しているのか、ナツは緩やかに流れる川面を眺めている。
「どこへ行くのかと思いきや隣町のホールに連れていかれて。『何があるんだ?』と思ってたら、落語とか手品とかステージで色々始まって、気付いたら『次は何かな?』って久し振りにワクワクした気持ちになって」
隣町のホール、落語、手品、それってもしかして?と遥斗の頭にある光景が思い浮かぶ。
「そしたら次にバンドが出てきて、爆音でロックを演奏し始めて、ボーカルの子がすげえ楽しそうに歌ってたんだ」
遥斗は思わず息を呑んだ。もしかして、そのバンドは、そのボーカルは・・・
「ああ、こんな世界もあるんだって思った。野球しかないって思ってたけど、他にもこんな楽しい世界があるんだってその子が気付かせてくれたんだ」
そのときのナツもこんな表情をしていたのだろうか。眩しいぐらいに輝いた目でナツが遥斗を見つめてくる。
「もうその瞬間、人生が変わったんだ。怪我して終わったと思ってた俺の人生がまた大きく動き出したんだ。人生の第二章が始まったと思えたんだ」
遥斗の脳裏に思い起こされたナツの言葉。『誰かの人生を変えるような音楽を作りたい』といった意味が今更ながら分かった気がした。それはナツの経験に基づく夢だったのだ。
「その日の帰り、アキに『俺、ギター始める。明日買い行くから付き合ってくれ』って言ったんだ」
誘ったアキもまさかそこまで急展開するなんて思ってもみなかっただろう。その驚きと戸惑いを想像すると遥斗は笑ってしまった。
「その日からもうギター三昧。これまで野球に費やしていたエネルギーを全部ギターに注ぎ込んだ。一日でも早く上手くなりたい、ステージに立てる腕前になりたい、いつかあのボーカルの子と一緒にバンドがしたいって」
そこまで言うと遥斗から目を逸らし、俯くナツ。反対に遥斗の胸の中には温かい想いがふわりと広がっていく。嬉しくて、嬉しくて、どうしようもないぐらいの幸福感。
「・・・『オータムフェス』のステージに立つのが目標ってそういうことだったんだな」
武道館でもメジャーデビューでもないナツの目標。その始まりが自分だったなんて考えもしなかった。
「まさかあのボーカルの子が同じ高校だと思ってなくて。あの日、電車で隣にいるのに気付いたとき、むちゃくちゃビックリして、それからこれは『運命』』に違いないって思ったんだ」
てっきりイヤフォンの音量を注意されるのかと遥斗は慌ててたのに、まさかナツがそんなことを思ってたなんて想像もしなかった。
「・・・だからあんなに熱心に勧誘に」
「そう、神様が与えてくれたこのチャンスを逃したら『俺が生きてく意味がない』ぐらいの勢い」
「・・・オーバーな奴だな」
口では冷やかしながらも悪い気はしない。何なら嬉しくてにやけてしまうので、遥斗は慌ててそっぽを向く。
「クスッ、オーバー何かじゃないよ。ホント、遥斗のおかげで俺は生まれ変われたんだから」
夕日が映り込んだナツの目は真剣そのもので遥斗は何も言えなくなる。
「だから、だからこそ、遥斗には『夢に挫折した情けない俺』を知られたくなくて、」
「・・・『格好良い俺』か」
遥斗の口からアキがつぶやいた謎の一言がこぼれた。ナツが驚き、目を大きく見開く。
「アキか?あいつ、何を言ったんだか」
ナツが苦々しげに顔をしかめてみせる。
「・・・オレは、オレは、でも、オレは知れて良かった、と思う。ナツのこと知れて嬉しかったし」
今の気持ちを伝えたいのだが、上手く表現できず、つっかえつっかえ言葉を繋ぐ遥斗。そんな遥斗を急かすことなく、ナツは黙って優しい眼差し見守ってくれる。
「そもそも夢破れたナツを格好悪いとか思わないし、いや、今の話聞いて、やっぱすげえ奴じゃんって改めて思ったし、」
黙って聞いてるナツの表情が見る見る明るくなっていくのがわかる。
「ってか、それより、オレが知らないナツのことを知ってるアキが羨ましいって言うか、悔しいって言うか、正直、そっちの気持ちの方がおっきくて・・・」
あれ?自分でも何いってんだ?と思いながらも姿を現した感情はあれよあれよと遥斗の口からこぼれていく。
「・・・嫉妬してくれたんだ?」
ナツが片眉を上げて、いたずらっ子のような顔付きで問い掛けてくる。
「し、嫉妬!?ち、違う、違う、それは違う!!」
全力で否定をするが、否定すればするほど認めているような空気になってくる。
「嬉しいなあ~、嬉しいなあ~、遥斗も俺のこと好きでいてくれたら」
顔をくしゃくしゃにして無邪気な笑顔を遥斗に向けてくるナツ。
「す、好きって、そんな、好きな訳、えっ?『遥斗も』って、えっ?えっ?」
ちょっと待て、ちょっと待て、しっかり文脈を考えろオレ!!遥斗はナツが発した言葉を頭の中で反芻する。「遥斗も俺のこと好きでいてくれたら」って、えっ?それって・・・
「全然、気付いてなかったんだ?すげえ、鈍感。普通、気付くでしょ?あれ?もしかしてって思わない?」
ナツが心底呆れたといった顔でため息を漏らす。その問い掛けに自分の解釈が間違っていなかったことが判明し、遥斗の心拍数が一気に跳ね上がる。えっ?えっ?えっ?ナツってオレのこと・・・
「・・・好きでいていい?」
珍しく自信なさげなナツの一言。
「・・・ってか、オレが『ヤダ』って言ったらどうすんだよ」
我ながら意地悪な質問だと思いながらも、自分の心を落ち着かせるために時間稼ぎをしてみる。
「そうだね、『ヤダ』って言われて簡単に嫌いになれたら、」
「困る!!」
「えっ?」
自分で言っといて何て勝手な奴だと思うのだが、ナツの口から『嫌い』という単語が発せられただけで、拒絶反応を見せる遥斗。ヤダ、ヤダ、ヤダ!!ナツが自分のこと『好き』っていうことがわかって胸の中に広がったこの幸福感を打ち消されたくなくて、遥斗は反射的に叫んでいた。
「・・・好きでいてくれないと、その、何だ、困る」
そうだ、ナツが好きでいてくれないと、今度はオレの片想いになってしまうではないか。
「じゃあ、お言葉に甘えて『好き』でいさせてもらいます」
深々と頭を下げてみせるナツ。その様子を見て、ふと思った遥斗。ここはオレもちゃんと言った方がいいのか、その、その、ナツのこと・・・
「俺のせいで今日、練習サボっちゃたなあ~、明日、アキと柊吾に謝らないと」
顔を上げるといつもの生真面目な調子で一人反省しているナツ。えっ?おい、普通このシュチエーションだと次はオレが・・・
「いつかでいいよ、それは。いつか、確信が持てたらで」
まるで遥斗の戸惑いを見透かしたように先手を打たれた。何だか助かったような、操られているような複雑な心境の遥斗。でも、いいっか。これからもナツはすぐそばにいるんだから。いつも迎えに来てくれるんだから。いつかそのときが来たら・・・
「なあ、今から練習しようぜ。アキと柊吾に連絡してさ」
「えっ!?今から?」
ナツが大きくのけ反って、遥斗を見つめる。
「ああ。今、すげえ歌いたい気分」
ピョンと勢いよく遥斗は立ち上がって、両手を大きく伸ばす。絶対、絶対、良い歌が歌える気がする。そう、特にラブソングを。
<END>
バンドならぬアカペラグループが出来るんじゃないかと思うぐらい四人の声が見事にハモった。
「うん。あれ?知らなかった?」
四人の驚愕の反応にも動じることなく木崎部長がしれっと答える。夏休みを目前に控えた放課後の部室。
「な、な、何で?」
「えっ?何でって夏休みだからに決まってるでしょう」
正論ここにありといった顔付きで答える木崎部長。
「えっ?夏休みだからこそ部活一筋に頑張れるんじゃないんですか?」
珍しくナツが血相変えて木崎部長に食ってかかる。
「ええ~、夏休みはその名の通り『休む』もんでしょうが」
そう、争論の発端は八月に入ると部室は閉鎖されて、部活動は休みになるという話をたった今、木崎部長から聞かされたためであった。進学校ゆえのいかに部活動がないがしろにされているかという事態であった。
「ちなみに私は軽井沢の別荘で過ごすから」
不敵な笑みを浮かべて話す木崎部長を全員がスルー。そんなことより八月の練習場所をどうやって確保すればいいのか?その対処法でみんな頭がいっぱいだっただから。
「ここの合いカギ作っておいて、こっそり入って練習すればいいんじゃねえの」
「あのなあ~、ばれたら軽音部解散どころ停学になるだろうが」
アキのアウトサイダーな提案をナツがあっさりと切り捨てる。
「練習スタジオに行くっていう手もあるけど・・・」
「ダメダメダメ、俺、金ないっ!!」
ナツが言い終わる前に今度はアキが即時否定。
「確かになあ~、金銭的に毎日、毎日、スタジオって訳にはいかねえよな」
ちなみにうちの学校はバイト禁止なので、基本、生徒はお小遣い生活をしている。目指す『オータムフェス』は秋分の日の開催なので、夏休みは大事な練習期間で可能な限り音合わせしたい。
「う~ん、じゃあ近所迷惑にならない時間帯で公園とかでやってみる?」
「おいおいおい、俺はどうすんだよっ!!」
これまで黙ってやり取りを聞いていた柊吾が慌てて異議を唱える。
「あっ、ゴメンッ、忘れてた。まさかドラムセット運ぶ訳にはいかないなあ」
ナツの冷静な指摘に遥斗は思わず笑いそうになる。公園にえっちらおっちらみんなでドラムセットを運ぶ姿を想像したから。
「そうなると・・・セッション感は薄れるけど、各自自宅で音出してリモートで合わせか」
最善ではないが、苦肉の策といった感じにナツが知恵を出す。
「無理、無理、無理!!うちの兄ちゃん今年大学受験で今でも毎日ピリピリしてんのに、家で音出すなんてずえったい無理ッ!!」
柊吾がヘドバンよろしく頭を左右に激しく振って拒否する。
「・・・」
万事休すかと揃って黙り込む。
「・・・聞いてみないと分からんが、一つ思い付いた」
沈黙を破ったアキにみんなの視線が集中する。
「うちの親父が働いてる音楽教室の空き時間に練習させてもらえないか聞いてみる」
「おおおっ!!」
地獄に仏とばかりにアキの一言に歓喜の声が湧き上がる。
「頼むっ、アキ!!」
まさに神頼みといった様相でアキに手を合わせて懇願する遥斗、ナツ、柊吾の三人。
「何とかなりそうだね~、良かった、良かった、頑張ってね。あっ、じゃあ、軽井沢のお土産は何がいい?」
すっかり蚊帳の外に放り出されていた木崎部長が嬉々として尋ねてきた。
沈黙が落ち着かない。遥斗のこれまでの人生で初めての感覚。しゃべってないから静かなはずなのに、胸がむずむずと変則的なリズムを刻む居心地の悪さ。近頃、ナツと二人きりになると決まってそういう症状が出る。
泣き顔を見られて、感情をさらけ出してしまったことで何だか弱みを握られた気分になっているのかも遥斗は自己分析してみるのだが、落ち着かなさに変わりはない。
「行きはともかくさあ、帰りは送ってくれなくてもいいし・・・」
むずむずの対処法として手っ取り早くナツと二人きりの時間を減らすべく遥斗は提案してみる。無事、アキの父親が勤める音楽教室で空き時間に練習させてもらえることになった『4―SON』。それは万々歳だったのだが、練習のたびナツが駅まで送迎してくれる。確かに最初は知らない街なので助かるなと思ったのだが、すでに道も覚えたし、一人で行き来するのに何の問題もない。
「俺が好きでやってることだから気にしない、気にしない」
遥斗の思惑を全く解してないナツが軽い口調で答える。
「・・・」
いや「気にしない」とかお前の問題じゃなくて、オレ側の気持ちの問題で。原因も分からないのに「お前といると落ち着かねえんだよ」と言うと、まるで喧嘩を売ってるようにも思えてくるし、かと言って他に上手い表現が思い付かず、遥斗はため息を飲み込む。緒心地の悪さを紛らわすように、遥斗は見慣れない街の夜の風景に目を向ける。音楽教室で練習させてもらえるのは助かったのだが、今日は教室の授業がすべて終わってからということですっかり遅い時間になった。
「しかし、アキのお父さんにつくづく感謝だよな~」
黙って歩いているのも息苦しくなってきて、当たり障りのない話題をナツに振る。
「だね。こうして心ゆくまで練習させてもらってありがたい限りだね。まあ、何だかんだ言ってお父さん、アキに負い目があるって思ってそうだから、頼られたら何でもしてやりたいって無理を聞いてくれたのかもしれないけどさ」
ナツが苦笑いを浮かべて答える。そう、アキのお父さんはコントラバス奏者なのだが、オーケストラで演奏するだけでは生活して行けず、音楽教室でも働いていた。ちなみにそんな生活に嫌気がさしたアキのお母さんはアキが小学三年生のときに家を出ていったらしい。アキが自嘲気味に話してくれたのだが、何だか夢を追い続けていく人間の現実を見せ付けられたような気がしていささか切ない。
「その負い目をちゃっかり利用するのがアキって感じもするけど」
「ぶっ、確かに。抜かりないからなぁ~、アキは」
ナツが吹き出して、大きく頷いてみせる。ナツと二人きりでいると気詰まりなのに、ナツが楽しそうにしていると嬉しくなるのは何故だろう?そんなことを考えながら並んで歩いていると、駅が見えてきた。
「今日、満月かな?」
駅まで来ると遥斗はそのまま改札を通らず、いつも足を止め、どうでも良い話を振ってしまう。
「ちょっと下、欠けてない?一三夜ぐらいかな?」
決まってナツも付き合ってくれる。二人きりだと落ち着かないはずなのに、別れがたいこの相反する感情は何なのか?答えは一向に見つからず、遥斗は困惑するばかりであった。電車が駅に到着したのか、改札から人が次々に出てくる。邪魔にならないように改札脇に逸れて二人揃って空を眺めていると声を掛けてくる一行が。
「あれ?ナツじゃん!!」
「おお、久し振りっ!!」
「うわっ、ホントだ!!」
改札から出てきた三人連れが口々に声を上げながら、ナツの方へとやってくる。
「久し振り」
ナツもにこやかに答えてみせる。
「元気そうじゃん!」
「うん、元気だよ」
三人とも坊主に近い髪に肩からはネーム入りの野球バッグを掛けているからどこかの野球部員なのだろう。
「足の方はどう?」
その内の一人がナツの足を見ながら問い掛けてきた。バッグには佐々木と名前が縫い込まれている。
「もう全然大丈夫、この通り」
ナツが軽々と右足を振り上げてみせる。
「おおっ、完全復活じゃん!!」
三人が声を弾ませ、嬉しそうにナツの肩や腕を叩いてみせる。話の流れが分からず、「ナツの足、何かあったのか?」と遥斗はナツの足をじっと見つめる。
「じゃあさ、戻ってこいよ。ナツがいないと切磋琢磨できる相手がいなくてつまんねえんだよ」
「そうだよ、多少のブランクなんてナツならあっと言う間に取り戻せるだろ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、走りが低速なんだ。ヒットを打っても、アウトになるから、ホームラン頼みで戦力になんないよ」
ナツが何でもないことのように返した言葉に三人が息を呑むのがわかった。そして、三人以上に大きく息を呑んだのは遥斗。遥斗の脳裏に体育の授業で最後尾を走っていたナツの姿が蘇ってきたから。
「それに今は野球より夢中になってるものがあるから」
三人に背中を向け、背負っているギターケースをみせるナツ。
「・・・ギター?バンドやってんのか?」
「うん。あ、こちらがうちのボーカルの遥斗。ちなみに『オータムフェス』に出るつもりだから良かったら観に来てよ」
自然な口調でナツが三人に語りかける。そんなナツのお誘いに三人が目配せし合うのがわかった。
「う、うん。行けたら行くわ。じゃあ頑張れよ」
三人が頷き合って、足早に駅校内から出て、信号を渡っていく。その後ろ姿を見送るナツ。
「おい、どういうことだよ、足、何かあったのか?」
三人の姿が見えなくなると遥斗はすぐさまナツに詰め寄る。
「・・・中三のときに交通事故に遭って右大腿骨を骨折。入院して、リハビリして、歩けるようにはなったけど、走るのは遥斗も知っての通りノロノロで、七歳からやってた野球は辞めたって感じ。今のはボーイズリーグで一緒だった同級生」
事の重大さに反して軽い口調で言って退けるナツ。その顛末を聞かされて遥斗の顔から見る見る血の気が引いて行く。
「何で言ってくれなかったんだよ!そんな大事なこと!!」
血相を変えて遥斗はナツに問い質す。
「何でって、一緒にバンドするのに関係ないだろ」
「関係ないって・・・オレ、思わず言っちゃったじゃないか、『走んのおせえんだな』なんて」
「良いじゃん、言っても。本当のことなんだから」
「本当のことって、それって事故の怪我のせいなのに、オレ、知らなかったから・・・」
「・・・知ってたら、言わなかった?」
ナツが眉間にしわを寄せて、低い声色で尋ねてくる。
「当ったり前だろ!!知ってたら言う訳ないだろ!!」
「何で?」
「何でって、そんなの・・・」
改めて理由を聞かれると自分の心情なのに上手く説明できない。
「・・・可哀想だから?」
ナツが遥斗の顔を覗き込むようにして詰問してくる。その一言に遥斗は押し黙る。図星だったから。
「事故に遭って、怪我して可哀想だから気を遣ってあげないといけないから?」
遥斗自身も気付いていないような心の内を見透かし、ナツが矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「事故に遭ってからみんなそんな目で俺を見るようになった。可哀想に、無理しないで、頑張らなくていいからって。憐れむような目で俺を見てくるんだ。腫れものに触るような扱いをされて。けど、もうそんなのうんざりなんだよ」
ナツの口からこぼれ出した憐憫の言葉の数々。それを声に出すナツの苦しそうな表情。
「ご、ごめん、オレ・・・」
「何に対して謝ってるの?」
「えっ?」
ナツの指摘に遥斗はとっさに返せない。それもそのはず、自分でも何に対して謝罪しているのかわからなかった。ただ、この場を穏便にやり過ごしたくて、取り敢えず口にした言葉だったから。
「謝られると余計、辛い」
絞り出すようにそれだけ口にすると、ナツが形のいい唇をギュッと結び、俯き、そしてくるりと踵を返して歩き出した。その背中を追わなきゃと思いつつ、遥斗の足は動かなかった。追いかけて、追いついたところで何を何て言えば良いかわからなかったから。
「お客様のお掛けになった電話番号は電源が入っていないか電波の届かないところにあります」
無機質な音声が遥斗の耳に響く。昨日の今日でどんな顔してナツに会えば良いんだ?と遥斗が思い悩んでいたら、アキから『今日の練習中止』のメッセージが届いた。昨日のことが影響しているに違いないとナツに連絡を取ろうとしているのだが、一向に繋がらない。
ここは方針転換してナツへの連絡は諦め、遥斗はアキへ電話を掛けてみた。
「もしもし」
こちらは呆気ないぐらい簡単に繋がった。
「オレ、遥斗」
「おう。急遽、今日練習休みな」
「うん、それは分かってんだけど、もしかしてナツから言い出した?」
「・・・」
ビンゴ、アキが黙り込むのがわかった。
「悪い、その、昨日、ナツとちょっと、その、」
喧嘩ではないし、言い争いでもない。どう説明していいか分からず、適切な表現を探すが、思い浮かばない。
「・・・ナツから聞いた」
そんな遥斗の困惑を察知したのか、アキが答える。
「あっ、そう、そうなんだ。あっ、てか、アキは全部知ってんだよな~ナツの怪我のこととか」
「当ったり前だろ、てか、言ったよな、遥斗が部室に初めて来たとき『ナツのことなら何でも知ってる』って」
「そうだよな、オレ、その、ナツを傷つけるようなこと言っちまって・・・」
昨日のナツの表情が遥斗の脳裏に蘇ってくる。
「・・・『傷つける』っていうのとはちょっと違うかな」
珍しくアキが諭すような柔らかな口調で返す。
「違う?オレ、ナツを傷つけた訳じゃない?」
昨日からどん底に落ちた遥斗の気持ちに一筋の光が差し込む。
「そうだな~、敢えて言うなら遥斗の前では『格好良い俺でいたかったのにな』って感じかな」
切羽詰まっている遥斗とは反対にどこか面白がっているようなアキの口振り。
「・・・『格好良い俺』?どういう意味だ?」
訳が分からず、遥斗はアキの顔が見える訳でもないのに探るようにスマホ画面をまじまじと見つめてしまう。
「ふふん、そんなに気になるんなら本人から聞くこったな」
「それが出来ないから、こうしてアキに連絡したんだろうが!!」
堂堂巡りのやり取りについ声を荒げてしまう遥斗。
「・・・ナツがいそうなところ、教えてやろうか」
遥斗の苛立ちを増幅させるようなアキの物言いにムカついて一言。
「教えろ!!」
ボーカルの声量の見せどころとばかりに遥斗は腹の底から絶叫してやった。その大音量にアキがスマホから耳を離す仕草が容易に想像できた。
夕暮れ迫る河川敷。かんかん照りの日差しが和らいで時折涼しい風が吹き抜けていく。そこに草野球をする子供達の声が響いている。探すまでもなく、その河川敷に座り込んでいる探し人を遥斗は見つけた。生い茂った夏草に足を取られないように気をつけながら、その背中に近づいていく。
「ったく、アキの奴か」
遥斗が声を掛ける前にナツがそう呟きながらこちらを見上げてきた。
「正解。アキが教えてくれた。たぶんここだろうって」
遥斗はナツの表情を伺いながら、その隣に同じように腰を下ろす。草野球をする子供達がよく見えた。
「俺も物心ついた頃からあそこで野球してた」
ヒットを打って全力疾走する子供を眩しそうに眺めながらナツが口を開いた。
「監督から『筋が良い』って褒められて、あながちそれはお世辞じゃなくて。ジュニアチームに入ってからもすぐスタメンで、中学生になったときに全日本選抜に選ばれて、日の丸の付いたユニフォーム着て戦ってたんだ」
まさかそんな有力選手だったとは思いもしなかったので、遥斗は信じられない思いでナツの横顔を見つめる。
「高校生になったら甲子園に出て、その後、ドラフトでプロ野球選手になって、いつかはメジャー選手っていう自分の未来を疑わなかった」
ナツは片唇を歪めて自嘲めいた笑みを浮かべる。
「ところが中学三年の春に交通事故に遭って、全部消えたんだ」
淡々と話すナツの口調が却って遥斗の胸に響いてくる。
「もうさ、一四歳にして『俺の人生終わった』って思ったよ」
ナツは両手を後ろについて、夕暮れの空を仰ぎ見る。
「誰にも会いたくなくて、何も考えてたくなくて、部屋にこもってひたすら勉強ばっかしてた。数学の証明とか古典の読解とかに神経集中させてたら自分の置かれてる現実から逃避できたって言うか。顕実逃避のための勉強というか。まあ、そのおかげで今の高校に入れたんだけど」
苦笑いを浮かべてナツが遥斗に顔を向ける。いつも通りの穏やかなナツの眼差しに遥斗は安堵する。
「そんなときにアキが『出掛けよう』って誘いに来て。正直、行きたくなかったんだけど、家族も部屋に引きこもっている俺を心配してるの分かってたから、しょうがないな~って感じでリハビリ兼ねて出掛けたんだ」
そのときのことを思い出しているのか、ナツは緩やかに流れる川面を眺めている。
「どこへ行くのかと思いきや隣町のホールに連れていかれて。『何があるんだ?』と思ってたら、落語とか手品とかステージで色々始まって、気付いたら『次は何かな?』って久し振りにワクワクした気持ちになって」
隣町のホール、落語、手品、それってもしかして?と遥斗の頭にある光景が思い浮かぶ。
「そしたら次にバンドが出てきて、爆音でロックを演奏し始めて、ボーカルの子がすげえ楽しそうに歌ってたんだ」
遥斗は思わず息を呑んだ。もしかして、そのバンドは、そのボーカルは・・・
「ああ、こんな世界もあるんだって思った。野球しかないって思ってたけど、他にもこんな楽しい世界があるんだってその子が気付かせてくれたんだ」
そのときのナツもこんな表情をしていたのだろうか。眩しいぐらいに輝いた目でナツが遥斗を見つめてくる。
「もうその瞬間、人生が変わったんだ。怪我して終わったと思ってた俺の人生がまた大きく動き出したんだ。人生の第二章が始まったと思えたんだ」
遥斗の脳裏に思い起こされたナツの言葉。『誰かの人生を変えるような音楽を作りたい』といった意味が今更ながら分かった気がした。それはナツの経験に基づく夢だったのだ。
「その日の帰り、アキに『俺、ギター始める。明日買い行くから付き合ってくれ』って言ったんだ」
誘ったアキもまさかそこまで急展開するなんて思ってもみなかっただろう。その驚きと戸惑いを想像すると遥斗は笑ってしまった。
「その日からもうギター三昧。これまで野球に費やしていたエネルギーを全部ギターに注ぎ込んだ。一日でも早く上手くなりたい、ステージに立てる腕前になりたい、いつかあのボーカルの子と一緒にバンドがしたいって」
そこまで言うと遥斗から目を逸らし、俯くナツ。反対に遥斗の胸の中には温かい想いがふわりと広がっていく。嬉しくて、嬉しくて、どうしようもないぐらいの幸福感。
「・・・『オータムフェス』のステージに立つのが目標ってそういうことだったんだな」
武道館でもメジャーデビューでもないナツの目標。その始まりが自分だったなんて考えもしなかった。
「まさかあのボーカルの子が同じ高校だと思ってなくて。あの日、電車で隣にいるのに気付いたとき、むちゃくちゃビックリして、それからこれは『運命』』に違いないって思ったんだ」
てっきりイヤフォンの音量を注意されるのかと遥斗は慌ててたのに、まさかナツがそんなことを思ってたなんて想像もしなかった。
「・・・だからあんなに熱心に勧誘に」
「そう、神様が与えてくれたこのチャンスを逃したら『俺が生きてく意味がない』ぐらいの勢い」
「・・・オーバーな奴だな」
口では冷やかしながらも悪い気はしない。何なら嬉しくてにやけてしまうので、遥斗は慌ててそっぽを向く。
「クスッ、オーバー何かじゃないよ。ホント、遥斗のおかげで俺は生まれ変われたんだから」
夕日が映り込んだナツの目は真剣そのもので遥斗は何も言えなくなる。
「だから、だからこそ、遥斗には『夢に挫折した情けない俺』を知られたくなくて、」
「・・・『格好良い俺』か」
遥斗の口からアキがつぶやいた謎の一言がこぼれた。ナツが驚き、目を大きく見開く。
「アキか?あいつ、何を言ったんだか」
ナツが苦々しげに顔をしかめてみせる。
「・・・オレは、オレは、でも、オレは知れて良かった、と思う。ナツのこと知れて嬉しかったし」
今の気持ちを伝えたいのだが、上手く表現できず、つっかえつっかえ言葉を繋ぐ遥斗。そんな遥斗を急かすことなく、ナツは黙って優しい眼差し見守ってくれる。
「そもそも夢破れたナツを格好悪いとか思わないし、いや、今の話聞いて、やっぱすげえ奴じゃんって改めて思ったし、」
黙って聞いてるナツの表情が見る見る明るくなっていくのがわかる。
「ってか、それより、オレが知らないナツのことを知ってるアキが羨ましいって言うか、悔しいって言うか、正直、そっちの気持ちの方がおっきくて・・・」
あれ?自分でも何いってんだ?と思いながらも姿を現した感情はあれよあれよと遥斗の口からこぼれていく。
「・・・嫉妬してくれたんだ?」
ナツが片眉を上げて、いたずらっ子のような顔付きで問い掛けてくる。
「し、嫉妬!?ち、違う、違う、それは違う!!」
全力で否定をするが、否定すればするほど認めているような空気になってくる。
「嬉しいなあ~、嬉しいなあ~、遥斗も俺のこと好きでいてくれたら」
顔をくしゃくしゃにして無邪気な笑顔を遥斗に向けてくるナツ。
「す、好きって、そんな、好きな訳、えっ?『遥斗も』って、えっ?えっ?」
ちょっと待て、ちょっと待て、しっかり文脈を考えろオレ!!遥斗はナツが発した言葉を頭の中で反芻する。「遥斗も俺のこと好きでいてくれたら」って、えっ?それって・・・
「全然、気付いてなかったんだ?すげえ、鈍感。普通、気付くでしょ?あれ?もしかしてって思わない?」
ナツが心底呆れたといった顔でため息を漏らす。その問い掛けに自分の解釈が間違っていなかったことが判明し、遥斗の心拍数が一気に跳ね上がる。えっ?えっ?えっ?ナツってオレのこと・・・
「・・・好きでいていい?」
珍しく自信なさげなナツの一言。
「・・・ってか、オレが『ヤダ』って言ったらどうすんだよ」
我ながら意地悪な質問だと思いながらも、自分の心を落ち着かせるために時間稼ぎをしてみる。
「そうだね、『ヤダ』って言われて簡単に嫌いになれたら、」
「困る!!」
「えっ?」
自分で言っといて何て勝手な奴だと思うのだが、ナツの口から『嫌い』という単語が発せられただけで、拒絶反応を見せる遥斗。ヤダ、ヤダ、ヤダ!!ナツが自分のこと『好き』っていうことがわかって胸の中に広がったこの幸福感を打ち消されたくなくて、遥斗は反射的に叫んでいた。
「・・・好きでいてくれないと、その、何だ、困る」
そうだ、ナツが好きでいてくれないと、今度はオレの片想いになってしまうではないか。
「じゃあ、お言葉に甘えて『好き』でいさせてもらいます」
深々と頭を下げてみせるナツ。その様子を見て、ふと思った遥斗。ここはオレもちゃんと言った方がいいのか、その、その、ナツのこと・・・
「俺のせいで今日、練習サボっちゃたなあ~、明日、アキと柊吾に謝らないと」
顔を上げるといつもの生真面目な調子で一人反省しているナツ。えっ?おい、普通このシュチエーションだと次はオレが・・・
「いつかでいいよ、それは。いつか、確信が持てたらで」
まるで遥斗の戸惑いを見透かしたように先手を打たれた。何だか助かったような、操られているような複雑な心境の遥斗。でも、いいっか。これからもナツはすぐそばにいるんだから。いつも迎えに来てくれるんだから。いつかそのときが来たら・・・
「なあ、今から練習しようぜ。アキと柊吾に連絡してさ」
「えっ!?今から?」
ナツが大きくのけ反って、遥斗を見つめる。
「ああ。今、すげえ歌いたい気分」
ピョンと勢いよく遥斗は立ち上がって、両手を大きく伸ばす。絶対、絶対、良い歌が歌える気がする。そう、特にラブソングを。
<END>

