「ま、マジか・・・」
一年から三年まで各学年二〇〇名の中間試験の順位が渡り廊下に貼り出される。それをみんなが見に来るものだから、渡り廊下はごった返していた。歓喜の声、落胆のため息と騒がしい限りであったが、遥斗の耳には一切入ってこない。一年生の総合成績第一位の名前を見て、遥斗はフリーズ状態にあったから。有言実行とばかりに『夏八木仁』の名前がそこにあったためである。
もちろん遥斗自身の名前もあったのだが、記憶に止めておきたい順位ではなかったので、頭から意図的に消し去る。
「おはよう、三沢君」
「おわっ!!」
背後からの声に遥斗のフリーズが強制的に解ける。それもそのはず、遥斗をフリーズさせた張本人、夏八木が出没したから。
「お、お前、ホントに本当に・・・」
色んな感情が頭の中で渦巻いていて、口を開いたもののどれから言葉にしてたらいいか分からない遥斗。
「三沢遥斗君!!軽音部に入部して下さい!!」
いきなり深々と頭を下げて懇願してくる夏八木。完全に不意打ち。「お前は桶狭間の戦いの織田信長か!?」と叫びたくなった。
実のところ宣言通り夏八木が一位になったときのシュミレーションを頭の中でしていた遥斗。「バンドなんて子供のお遊び付き合ってる暇はないから」と軽くいなすつもりでいた。しかし、まさかこんな大勢の生徒がいる面前で唐突に勧誘されるとは想像もしていなかった。学年一位を取っただけでも注目の的なのに、その夏八木が何か頭を下げてるぞ!!とみんなが中間試験の順位そっちのけで固唾を呑んで成り行きを見守っている。
もちろん考えてきたとおりの台詞で断るという選択肢があるにはある。しかし、学年一位の夏八木仁のお願いを素っ気なく袖にした結果、これから三年間の高校生ライフがどんなものになるか想像するのも怖かった。目の前の夏八木と遥斗に集まる大勢の生徒の好奇に満ちた視線。あんなに賑やかだった渡り廊下が嘘のように静まり返っている。その静寂の圧たるや遥斗がこれまで生きてきた中でもっとも重たいものだった。
「・・・う、うん」
顔を引きつらせながら小さく頭を上下させる遥斗。「おおっ!!」と取り囲んでいた生徒たちからどよめきと意味不明の拍手が沸き起こった。
「ありがとう!!」
言うが早いか、夏八木が遥斗の身体をギュッと抱きしめる。「お、おい、ちょっと待て!!」心の中では慌てまくっているのに、なザか五月の風に包まれたような心地良さに身動きできなくなった遥斗。えっ?何?何だ?この感覚!?遥斗が疑問の答えに行き着く前にタイムオーバーとばかりに始業のチャイムが渡り廊下に響き渡る。
「じゃあ、放課後クラスに迎えに行くから!!」
約束!!とばかりに遥斗の手をギュッと握ったかと思うと爽やかな笑顔を見せて去っていく夏八木。その背中を見送りながら、緊張感から解き放たれた遥斗はその場にしゃがみ込みそうになった。
「絶対、ずえ―――――ったいに怪しいから行かない方がいいって!!」
授業が終わるや否や隣の本橋が唾を飛ばしながら遥斗に詰め寄ってくる。本橋も今朝、夏八木の勧誘を見ていたらしく、休み時間になるたび遥斗に思いとどまるよう熱弁を振るっていた。
「確かになあ~」
そう、遥斗自身も首を傾げたくなることがあるのは確か。なぜ遥斗なのか?なぜ、あれほどまでに熱心に勧誘してくるのか?考えても考えても答えにたどり着かない。
「何か裏があるに決まってる。軽音部なんて怪しげな部活、悪の秘密結社なのかもしれない」
「へっ?」
冗談かと思い遥斗が笑い飛ばそう思いきや、真剣な本橋の顔。
「部室へ行ったら拘束されて、謎の宇宙船に押し込まれてそのまま異空間へと送られて、奴隷としての生活が待っているんだ」
「・・・」
ダメだ。完全に本橋の目がイッちゃてる。本橋自身が眼前の遥斗を通り越して、異空間へ旅立っている。
「そこに待ち受けているのは奴隷市場での異星人との生存競争、そして、」
「お待たせ!!」
スイッと遥斗と本橋の間に割って入って来たのは夏八木。楳津かずおの恐怖漫画の世界から池田理代子の少女漫画へと世界が入れ替わったような遥斗の視界。
「あ、ああ」
気は進まないが、取り敢えず行ってみたら夏八木がなぜこれほどまでに遥斗を熱心に勧誘するのかその謎が解けるのではないかという思惑もなくはない。優雅にエスコートする夏八木に促されて、鞄を手に立ち上がる遥斗。
「三沢!!死に水は取ってやるから!!」
とんでもない見送りの言葉を背に受けて夏八木と共に教室を出る遥斗。
「色んな友達がいるんだね、三沢君は」
夏八木が苦笑いしながら口を開く。
「・・・どうでもいいけどその『三沢君』っていうのやめろ。背筋がむずがゆくなる。『遥斗』でいいから」
「えっ?良いの?嬉しい。何か距離が近くなった気がする」
スキップでも始めそうな面持ちで声を弾ませる夏八木。
「・・・」
そんな喜ぶことか?と遥斗は怪訝な顔付きで夏八木を伺う。
「ここが軽音部の部室。元は音楽室の楽器倉庫だったところだから狭くて申し訳ないんだけど・・・」
謙遜な表現でもなく、見るからにみすぼらしいドアの前で夏八木が足を止める。
「失礼しまぁす」
軽くノックをして夏八木がドアを開ける。想像通り、ガタゴトと建てつけの悪そうな音を立てるドア。夏八木の背からひょいっと遥斗は中を覗き込む。
「勧誘してきた三沢遥斗君です!!」
くるりと遥斗の方に身体を向けたかと思うと、朗らかに紹介してくれる夏八木。
「おおっ、でかしたぞナツ!!そなたに勧誘を託した私の目に狂いはなかった!!」
奥で座っていた生徒が両手を大きく広げて勢いよく立ち上がった。
「我が城へようこそ!!城主の木崎充彦(きざきみつひこ)だ」
「へっ?し、城?」
「そう、見たまえ!!この類まれなる音源達を。これは私が集めたコレクションの数々だ」
言わるがまま遥斗はその狭い空間をぐるりと見回す。確かに言葉通り、壁に設えられた棚にはレコード、CDが隙間なく並んでいる。
「うわ~、すげえっ」
ちょっとした中古CDショップのような光景に遥斗は感嘆の声を上げる。
「そうだろう、君が入部してくれたおかげでこれらの音源達が行き場をなくすことはなくなった。君はまさに救世主だ。音源達に代わって感謝の意を伝えよう」
恭しく右手を上から下へと動かし、中世の騎士のようにあいさつしてみせる木崎。
「えっ?救世主?行き場をなくすって・・・」
遥斗は目を瞬かせ、満足げに微笑んでいる木崎に問い掛ける。
「ゴホン。我が校は部員が五人を下回ると部活ではなくなり、同好会に格下げになるのだ。同好会になると部室は召し上げられ、そうなるとこの私の華麗なるコレクション達は行き場を失う。今のところこの軽音部は部員が四人。何を隠そう、同好会へ格下げの危機に直面していたのだ。そこでナツに部員勧誘と言う重要任務を担ってもらったのだ」
「・・・」
木崎の説明に遥斗は隣に立つ夏八木を改めて見つめる。そうか、そう言うことだったのか。あれだけ熱心に勧誘してきたのは部活が同好会への格下げの危機にあったからだったのだ。だから何が何でも誰かを勧誘せねばと必死になっていたのか。
「ナツは我が部イチの知恵者だから何とかしてくれるだろうと期待していたのだが、さすがだ」
「部内イチって四人しかいないんですけどね」
夏八木が照れ隠しもあってか苦笑いを浮かべて突っ込む。
「まあ、ナツでダメなら諦めがつくってもんだからな。よろしく、ドラムやってる一年の百瀬柊吾(ももせしゅうご)です」
部室の半分ぐらいを陣取ったドラムセットに座っているひょろりと細い生徒がにこやかに手を振ってくる。
「同じく一年でベースの千野暁久(ちのあきひさ)。ちなみにナツとは幼稚園年少組からの幼馴染でこいつのことなら何でも知ってるから」
手前の椅子に長い足を組んで座っていた眼鏡の生徒がニヤリと不敵な笑みを遥斗に向けてくる。
「そっ、いわゆる腐れ縁って奴。あっ、ちなみに俺はギターなので、遥斗にはボーカルやってもらいたいんだ」
「ボーカル?」
急転直下な展開で軽音部にやってきたので、パートなんて考えてもなかった遥斗。でも、前のバンドでもボーカルだったので、するならボーカルしかない。
「えっ?じゃあ、木崎部長は?」
何となく、木崎のクセ強キャラがバンドの中心のボーカルかと勝手に想像していたので、遥斗は質問する。
「ゴホン。私はそうだな、いわゆる総合プロデューサーというか取締役というか、統括と言うか・・・」
コレクションを見せびらかしていた時の口調とは一転、やけに歯切れの悪い様子。
「クスッ。木崎部長はロックもバンドも好きなんだけど、あくまで聴いたり見たりするのが好きなんだ。だから、軽音部のバンドを見守ってくれる、そうだな~『神』ってとこかな」
「そっ、そっ、そ、そうなんだ。さすがナツ!上手いこと言う。そう、私は『神』だから君達四人でバンド活動をやってくれ。私はそれを眺めていられたら満足なんだ!!」
「・・・」
入らざるを得ない状況で来たものの、何やら一筋縄ではいかない軽音部。ただ、それゆえに好奇心をそそられるというのもあながち嘘ではない。
「よしっ!!メンバーも無事集まったってことでバンド名決めなくちゃ」
百瀬がドラムスティックをクルクルと回しながら提案する。
「そうだな~、名前は大事だからな」
夏八木が無造作に置いてある椅子を遥斗に進めながら、考えを巡らし始める。
「何を言ってるんだ、君達!!!!もう決まったようなもんじゃないかっ!!」
木崎が指を差し、ぐるりとメンバー四人を見回して絶叫する。
「決まったようなもん?」
木崎以外の四人が顔を見合わせる。
「そう。この三人では欠けていると思っていたものをナツが連れて来てくれたと、この出会いは運命だと衝撃を受けていたんだ!!」
狭い部室の僅かな空きスペースを忙しなく歩きまわりながら、木崎部長が熱弁を振るう。
「ゴホンッ。三沢遥斗の『春』、夏八木仁の『夏』、千野暁久の『秋』、百瀬柊吾の『冬』
どうだ、わかったか?」
「・・・四季?」
遥斗を始め、四人が自信なさげに呟く。
「正解だっ!!四季、フォーシーズンだっ!!どうだ?フォーシーズンってのは!!」
世紀の発見をした科学者のように高らかに言い放つ木崎。その芝居がかった過剰演出には付いていけないが、四人の名前に季節が入っていることに気付いた木崎の閃きには脱帽であった。
「いいね、覚えやすいし」
千野が他の三人の反応を見ながら、ゆっくりと頷いて見せる。
「そうだね。まさにメンバーを象徴してる名前だし」
百瀬が納得がいくというような表情を浮かべる。
「うん、異議なし。遥斗は?」
夏八木が力強く頷くと隣に座る遥斗の顔を覗き込んでくる。
「えっ?あっ、うん。いいと思う」
すっかり傍観者気分でいたものの、改めて話を振られて「ああ、オレこのメンバーとやってくんだな」とじわじわと現実味が湧いてきた。
「響きは親しみやすいから、表記はちょっとアレンジするってどう?」
夏八木が前傾姿勢になって、提案してくる。
「そだな~、『フォー』を数字の4にしてみるとか?」
「あっ、確かに数字入ると格好良いかも」
「『ヨンシーズン』読まれないか?」
「まさか。漢字で書いたら『よん』とか『し』って間違うかもしれないけど、『4』って書いたら大丈夫じゃない?」
夏八木、千野、百瀬が思い付いたことを次々に投げ掛けてくる。そのやりとりを木崎部長が楽しそうに見つめている。その様子がまさに人々を見守る神だな~、いや、ってか子供達を見守る『父ちゃん』って感じかもと遥斗は目の前の光景を観察していた。そうそう四人の息子を見守る・・・
「あっ!!」
思いがけず大きな声を出てしまい、みんなの視線が遥斗に集まる。
「ん?何?遥斗も何か思い付いた?」
すかさず夏八木が話を振ってくれる。
「あ、その、『4』を『し』と読んで、その後『―』で伸ばして、最後に英語で『son』ってつける。それで『シーズン』って読ませる。四人の息子って意味で、」
「おおっ、素晴らしい!!まさに私の息子達って訳か!?」
遥斗が言い終わる前に意図に気付いた木崎部長が後を引き継いでくれた。
「そ、そう、そうです」
木崎部長の興奮ぶりに若干引きながら遥斗は頷く。
「なるほど、格好良いかも」
夏八木が満足そうに目を輝かせる。
「へえ~、ちゃんと考えてたんだな」
千野が片眉を上げて、皮肉るような口振りで一言。
「まあ、一応、居合わせた訳だし・・・」
面映ゆさから遥斗は俯きながらぼそりと呟く。
「いいね、『4―son』」
響きを確かめるように百瀬が一語一語噛みしめるように声にする。
「よしっ、バンド名も決まったし、これで『オータムフェス』に向けて練習に励める!!」
パンと手を打って、夏八木が立ち上がる。
「『オータムフェス』?」
その夏八木を見上げて、遥斗は眉根を寄せて尋ねる。
「そう、遥斗も知ってるよね。隣町で秋分の日に開催されるフェス」
「・・・知ってるけど」
知ってるも何も去年、前のバンドで出演したのだ。地元の有志が音楽やら芝居やら手品やらを披露する地元密着型のイベントである。
「俺たちそれに出演するのを目標にしてるんだ」
意気込みを感じさせる真剣な目をして説明する夏八木。その誇らしげな様子に遥斗は目を瞬かせた。前のバンドが結成したときの目標は『メジャーデビュー』と『武道館ライブ』であった。それに比べて、良く言えば身近、悪く言えばレベルの低い目標だと思ったからである。何だってそんなもんを目標にしているのかさっぱり分からなかったが、来た早々やる気になっているメンバーに水を差すのもはばかられて、遥斗はその疑問をごくりと飲み込んだ。
一年から三年まで各学年二〇〇名の中間試験の順位が渡り廊下に貼り出される。それをみんなが見に来るものだから、渡り廊下はごった返していた。歓喜の声、落胆のため息と騒がしい限りであったが、遥斗の耳には一切入ってこない。一年生の総合成績第一位の名前を見て、遥斗はフリーズ状態にあったから。有言実行とばかりに『夏八木仁』の名前がそこにあったためである。
もちろん遥斗自身の名前もあったのだが、記憶に止めておきたい順位ではなかったので、頭から意図的に消し去る。
「おはよう、三沢君」
「おわっ!!」
背後からの声に遥斗のフリーズが強制的に解ける。それもそのはず、遥斗をフリーズさせた張本人、夏八木が出没したから。
「お、お前、ホントに本当に・・・」
色んな感情が頭の中で渦巻いていて、口を開いたもののどれから言葉にしてたらいいか分からない遥斗。
「三沢遥斗君!!軽音部に入部して下さい!!」
いきなり深々と頭を下げて懇願してくる夏八木。完全に不意打ち。「お前は桶狭間の戦いの織田信長か!?」と叫びたくなった。
実のところ宣言通り夏八木が一位になったときのシュミレーションを頭の中でしていた遥斗。「バンドなんて子供のお遊び付き合ってる暇はないから」と軽くいなすつもりでいた。しかし、まさかこんな大勢の生徒がいる面前で唐突に勧誘されるとは想像もしていなかった。学年一位を取っただけでも注目の的なのに、その夏八木が何か頭を下げてるぞ!!とみんなが中間試験の順位そっちのけで固唾を呑んで成り行きを見守っている。
もちろん考えてきたとおりの台詞で断るという選択肢があるにはある。しかし、学年一位の夏八木仁のお願いを素っ気なく袖にした結果、これから三年間の高校生ライフがどんなものになるか想像するのも怖かった。目の前の夏八木と遥斗に集まる大勢の生徒の好奇に満ちた視線。あんなに賑やかだった渡り廊下が嘘のように静まり返っている。その静寂の圧たるや遥斗がこれまで生きてきた中でもっとも重たいものだった。
「・・・う、うん」
顔を引きつらせながら小さく頭を上下させる遥斗。「おおっ!!」と取り囲んでいた生徒たちからどよめきと意味不明の拍手が沸き起こった。
「ありがとう!!」
言うが早いか、夏八木が遥斗の身体をギュッと抱きしめる。「お、おい、ちょっと待て!!」心の中では慌てまくっているのに、なザか五月の風に包まれたような心地良さに身動きできなくなった遥斗。えっ?何?何だ?この感覚!?遥斗が疑問の答えに行き着く前にタイムオーバーとばかりに始業のチャイムが渡り廊下に響き渡る。
「じゃあ、放課後クラスに迎えに行くから!!」
約束!!とばかりに遥斗の手をギュッと握ったかと思うと爽やかな笑顔を見せて去っていく夏八木。その背中を見送りながら、緊張感から解き放たれた遥斗はその場にしゃがみ込みそうになった。
「絶対、ずえ―――――ったいに怪しいから行かない方がいいって!!」
授業が終わるや否や隣の本橋が唾を飛ばしながら遥斗に詰め寄ってくる。本橋も今朝、夏八木の勧誘を見ていたらしく、休み時間になるたび遥斗に思いとどまるよう熱弁を振るっていた。
「確かになあ~」
そう、遥斗自身も首を傾げたくなることがあるのは確か。なぜ遥斗なのか?なぜ、あれほどまでに熱心に勧誘してくるのか?考えても考えても答えにたどり着かない。
「何か裏があるに決まってる。軽音部なんて怪しげな部活、悪の秘密結社なのかもしれない」
「へっ?」
冗談かと思い遥斗が笑い飛ばそう思いきや、真剣な本橋の顔。
「部室へ行ったら拘束されて、謎の宇宙船に押し込まれてそのまま異空間へと送られて、奴隷としての生活が待っているんだ」
「・・・」
ダメだ。完全に本橋の目がイッちゃてる。本橋自身が眼前の遥斗を通り越して、異空間へ旅立っている。
「そこに待ち受けているのは奴隷市場での異星人との生存競争、そして、」
「お待たせ!!」
スイッと遥斗と本橋の間に割って入って来たのは夏八木。楳津かずおの恐怖漫画の世界から池田理代子の少女漫画へと世界が入れ替わったような遥斗の視界。
「あ、ああ」
気は進まないが、取り敢えず行ってみたら夏八木がなぜこれほどまでに遥斗を熱心に勧誘するのかその謎が解けるのではないかという思惑もなくはない。優雅にエスコートする夏八木に促されて、鞄を手に立ち上がる遥斗。
「三沢!!死に水は取ってやるから!!」
とんでもない見送りの言葉を背に受けて夏八木と共に教室を出る遥斗。
「色んな友達がいるんだね、三沢君は」
夏八木が苦笑いしながら口を開く。
「・・・どうでもいいけどその『三沢君』っていうのやめろ。背筋がむずがゆくなる。『遥斗』でいいから」
「えっ?良いの?嬉しい。何か距離が近くなった気がする」
スキップでも始めそうな面持ちで声を弾ませる夏八木。
「・・・」
そんな喜ぶことか?と遥斗は怪訝な顔付きで夏八木を伺う。
「ここが軽音部の部室。元は音楽室の楽器倉庫だったところだから狭くて申し訳ないんだけど・・・」
謙遜な表現でもなく、見るからにみすぼらしいドアの前で夏八木が足を止める。
「失礼しまぁす」
軽くノックをして夏八木がドアを開ける。想像通り、ガタゴトと建てつけの悪そうな音を立てるドア。夏八木の背からひょいっと遥斗は中を覗き込む。
「勧誘してきた三沢遥斗君です!!」
くるりと遥斗の方に身体を向けたかと思うと、朗らかに紹介してくれる夏八木。
「おおっ、でかしたぞナツ!!そなたに勧誘を託した私の目に狂いはなかった!!」
奥で座っていた生徒が両手を大きく広げて勢いよく立ち上がった。
「我が城へようこそ!!城主の木崎充彦(きざきみつひこ)だ」
「へっ?し、城?」
「そう、見たまえ!!この類まれなる音源達を。これは私が集めたコレクションの数々だ」
言わるがまま遥斗はその狭い空間をぐるりと見回す。確かに言葉通り、壁に設えられた棚にはレコード、CDが隙間なく並んでいる。
「うわ~、すげえっ」
ちょっとした中古CDショップのような光景に遥斗は感嘆の声を上げる。
「そうだろう、君が入部してくれたおかげでこれらの音源達が行き場をなくすことはなくなった。君はまさに救世主だ。音源達に代わって感謝の意を伝えよう」
恭しく右手を上から下へと動かし、中世の騎士のようにあいさつしてみせる木崎。
「えっ?救世主?行き場をなくすって・・・」
遥斗は目を瞬かせ、満足げに微笑んでいる木崎に問い掛ける。
「ゴホン。我が校は部員が五人を下回ると部活ではなくなり、同好会に格下げになるのだ。同好会になると部室は召し上げられ、そうなるとこの私の華麗なるコレクション達は行き場を失う。今のところこの軽音部は部員が四人。何を隠そう、同好会へ格下げの危機に直面していたのだ。そこでナツに部員勧誘と言う重要任務を担ってもらったのだ」
「・・・」
木崎の説明に遥斗は隣に立つ夏八木を改めて見つめる。そうか、そう言うことだったのか。あれだけ熱心に勧誘してきたのは部活が同好会への格下げの危機にあったからだったのだ。だから何が何でも誰かを勧誘せねばと必死になっていたのか。
「ナツは我が部イチの知恵者だから何とかしてくれるだろうと期待していたのだが、さすがだ」
「部内イチって四人しかいないんですけどね」
夏八木が照れ隠しもあってか苦笑いを浮かべて突っ込む。
「まあ、ナツでダメなら諦めがつくってもんだからな。よろしく、ドラムやってる一年の百瀬柊吾(ももせしゅうご)です」
部室の半分ぐらいを陣取ったドラムセットに座っているひょろりと細い生徒がにこやかに手を振ってくる。
「同じく一年でベースの千野暁久(ちのあきひさ)。ちなみにナツとは幼稚園年少組からの幼馴染でこいつのことなら何でも知ってるから」
手前の椅子に長い足を組んで座っていた眼鏡の生徒がニヤリと不敵な笑みを遥斗に向けてくる。
「そっ、いわゆる腐れ縁って奴。あっ、ちなみに俺はギターなので、遥斗にはボーカルやってもらいたいんだ」
「ボーカル?」
急転直下な展開で軽音部にやってきたので、パートなんて考えてもなかった遥斗。でも、前のバンドでもボーカルだったので、するならボーカルしかない。
「えっ?じゃあ、木崎部長は?」
何となく、木崎のクセ強キャラがバンドの中心のボーカルかと勝手に想像していたので、遥斗は質問する。
「ゴホン。私はそうだな、いわゆる総合プロデューサーというか取締役というか、統括と言うか・・・」
コレクションを見せびらかしていた時の口調とは一転、やけに歯切れの悪い様子。
「クスッ。木崎部長はロックもバンドも好きなんだけど、あくまで聴いたり見たりするのが好きなんだ。だから、軽音部のバンドを見守ってくれる、そうだな~『神』ってとこかな」
「そっ、そっ、そ、そうなんだ。さすがナツ!上手いこと言う。そう、私は『神』だから君達四人でバンド活動をやってくれ。私はそれを眺めていられたら満足なんだ!!」
「・・・」
入らざるを得ない状況で来たものの、何やら一筋縄ではいかない軽音部。ただ、それゆえに好奇心をそそられるというのもあながち嘘ではない。
「よしっ!!メンバーも無事集まったってことでバンド名決めなくちゃ」
百瀬がドラムスティックをクルクルと回しながら提案する。
「そうだな~、名前は大事だからな」
夏八木が無造作に置いてある椅子を遥斗に進めながら、考えを巡らし始める。
「何を言ってるんだ、君達!!!!もう決まったようなもんじゃないかっ!!」
木崎が指を差し、ぐるりとメンバー四人を見回して絶叫する。
「決まったようなもん?」
木崎以外の四人が顔を見合わせる。
「そう。この三人では欠けていると思っていたものをナツが連れて来てくれたと、この出会いは運命だと衝撃を受けていたんだ!!」
狭い部室の僅かな空きスペースを忙しなく歩きまわりながら、木崎部長が熱弁を振るう。
「ゴホンッ。三沢遥斗の『春』、夏八木仁の『夏』、千野暁久の『秋』、百瀬柊吾の『冬』
どうだ、わかったか?」
「・・・四季?」
遥斗を始め、四人が自信なさげに呟く。
「正解だっ!!四季、フォーシーズンだっ!!どうだ?フォーシーズンってのは!!」
世紀の発見をした科学者のように高らかに言い放つ木崎。その芝居がかった過剰演出には付いていけないが、四人の名前に季節が入っていることに気付いた木崎の閃きには脱帽であった。
「いいね、覚えやすいし」
千野が他の三人の反応を見ながら、ゆっくりと頷いて見せる。
「そうだね。まさにメンバーを象徴してる名前だし」
百瀬が納得がいくというような表情を浮かべる。
「うん、異議なし。遥斗は?」
夏八木が力強く頷くと隣に座る遥斗の顔を覗き込んでくる。
「えっ?あっ、うん。いいと思う」
すっかり傍観者気分でいたものの、改めて話を振られて「ああ、オレこのメンバーとやってくんだな」とじわじわと現実味が湧いてきた。
「響きは親しみやすいから、表記はちょっとアレンジするってどう?」
夏八木が前傾姿勢になって、提案してくる。
「そだな~、『フォー』を数字の4にしてみるとか?」
「あっ、確かに数字入ると格好良いかも」
「『ヨンシーズン』読まれないか?」
「まさか。漢字で書いたら『よん』とか『し』って間違うかもしれないけど、『4』って書いたら大丈夫じゃない?」
夏八木、千野、百瀬が思い付いたことを次々に投げ掛けてくる。そのやりとりを木崎部長が楽しそうに見つめている。その様子がまさに人々を見守る神だな~、いや、ってか子供達を見守る『父ちゃん』って感じかもと遥斗は目の前の光景を観察していた。そうそう四人の息子を見守る・・・
「あっ!!」
思いがけず大きな声を出てしまい、みんなの視線が遥斗に集まる。
「ん?何?遥斗も何か思い付いた?」
すかさず夏八木が話を振ってくれる。
「あ、その、『4』を『し』と読んで、その後『―』で伸ばして、最後に英語で『son』ってつける。それで『シーズン』って読ませる。四人の息子って意味で、」
「おおっ、素晴らしい!!まさに私の息子達って訳か!?」
遥斗が言い終わる前に意図に気付いた木崎部長が後を引き継いでくれた。
「そ、そう、そうです」
木崎部長の興奮ぶりに若干引きながら遥斗は頷く。
「なるほど、格好良いかも」
夏八木が満足そうに目を輝かせる。
「へえ~、ちゃんと考えてたんだな」
千野が片眉を上げて、皮肉るような口振りで一言。
「まあ、一応、居合わせた訳だし・・・」
面映ゆさから遥斗は俯きながらぼそりと呟く。
「いいね、『4―son』」
響きを確かめるように百瀬が一語一語噛みしめるように声にする。
「よしっ、バンド名も決まったし、これで『オータムフェス』に向けて練習に励める!!」
パンと手を打って、夏八木が立ち上がる。
「『オータムフェス』?」
その夏八木を見上げて、遥斗は眉根を寄せて尋ねる。
「そう、遥斗も知ってるよね。隣町で秋分の日に開催されるフェス」
「・・・知ってるけど」
知ってるも何も去年、前のバンドで出演したのだ。地元の有志が音楽やら芝居やら手品やらを披露する地元密着型のイベントである。
「俺たちそれに出演するのを目標にしてるんだ」
意気込みを感じさせる真剣な目をして説明する夏八木。その誇らしげな様子に遥斗は目を瞬かせた。前のバンドが結成したときの目標は『メジャーデビュー』と『武道館ライブ』であった。それに比べて、良く言えば身近、悪く言えばレベルの低い目標だと思ったからである。何だってそんなもんを目標にしているのかさっぱり分からなかったが、来た早々やる気になっているメンバーに水を差すのもはばかられて、遥斗はその疑問をごくりと飲み込んだ。

