推しの公認ファンになった俺は、信じられないくらい手厚い日々を送っていた。
毎日、お昼は一緒に食べて、最終下校時間の放送を終えたら一緒に帰る。
そういう、ありがたい日々を送っているのだが、ひとつだけ問題がある。
「今まで食べたものの中で、柊木が作ってくれたクッキーが一番美味い。」
俺が差し入れとして持ってきたクッキーに、そう言ってくれる涼原くん。
なんというか、こんな感じで、ファンサービスが手厚過ぎるのだ。
なんか、度を超えている気がする。
あれかな?俺がファン一号の称号をもらったから、こんなに手厚いのかな?
涼原くんがくれるファンサービスは、なんというか、ファンサービスを超えて…なんて言うんだろう?
適当な言葉が思いつかなくて、頭を悩ませる。
「それでさ〜、そいつ思わせぶりがすごくて!だけど彼女いたんだよ〜!」
「最低じゃん!!」
同じ教室でお弁当を広げている、女子の会話が耳に飛び込んできた瞬間、ピンときた。
涼原くんのファンサービスは、ファンサービスを超えて、「思わせぶり」なのだ。
ぴったりな言葉が見つかって、スッキリする。
こんなファンサービスをほぼ毎日食らっていたら、ほとんどの人はすぐ好きになってしまうに違いない。
そっと涼原くんの方を伺うと、柔らかい微笑みが返ってくる。
俺は、どうか涼原くんがトラブルに巻き込まれないように祈った。
******
二人で駅まで並んで歩く。
だいぶ二人だけの空間にも慣れてきた。
「柊木は、7月26日空いてる?」
7月26日と言えば、ちょうど一ヶ月後くらいだ。
その日は、俺にとって大切な用事が入っている。
「えっと…。」
言い淀んでいると、涼原くんは足を止めた。
急に止まった涼原くんにつられるように、俺の足も止まる。
緊張しているような面持ちで、見つめてくる涼原くんに、何を言われるのかと思わず身構えた。
「7月26日、インターハイの決勝があるんだ。もし良かったら、柊木に見に来てほしい。」
今年はちょうど会場が近場なんだ、そう続ける涼原くんの言葉を、遮るように声が出た。
「絶対に行く!!」
7月26日にインターハイの決勝があるのは、もちろん知っていた。
去年は残念ながら、会場が遠くて観に行くことは叶わなかったのだ。
今年は地元の会場で行われると発表があったから、こっそり観に行く予定だった。
まさか本人から、言ってもらえるなんて!!
これで、変装をしてこそこそ応援しに行かなくていい。
「柊木に見にきてもらえるなら、俺、勝てる気がする。」
大真面目な顔をして、涼原くんが言った。
「涼原くんは、なんと言うか、一ファンの俺に優しすぎるよ…。」
「俺は、柊木だから優しくしてるんだ。」
その言葉に胸が打たれたような気持ちになる。
「ありがとう…。でも、こう、いろんな人に、気を持たせちゃうかもしれないし…。」
うまく伝えられないせいで、涼原くんは何を言ってるのか、さっぱりわからないというような顔をする。
涼原くん!あなたは思わせぶりですよ!そんなこと言い回ってたら、みんなあなたのことを好きになるし、あなたに好かれてるんだって思っちゃいますよ!!
そう、直球で言うわけにもいかない。
悩ましいな…。
俺は唸りながら考える。
「俺は一途だから。」
「へ?」
うんうん唸っている俺を見かねたのか、涼原くんが急にそんなことを言う。
「俺は、一途なんだ。だから、大丈夫。」
俺が言いたいことが伝わったかは、わからないけど、涼原くんが大丈夫と言うなら、大丈夫か。
そう思って、頷いてみせた。
******
7月26日、朝。
念のためにとかけた、目覚まし時計の2時間早く目が覚めた。
推しの晴れ舞台に、遅刻するわけにはいかない。
予定していた時間より、少し早く家を出た。
家を出ると、目に突き刺さるほど、眩しく、青い空が広がっている。
高鳴る胸はそのまま、俺は足を踏み出した。
競技場に着くと、すでに人がたくさん集まっている。
高い壁がそびえたって、外からは競技場の中を覗くことはできない。その外観は、野球場に似ている気がした。
競技場の中に入ると、すぐに赤茶色のコースが目に入ってくる。
想像よりも大きく感じるその道に思わずため息が溢れた。
涼原くんが走るのは、100m決勝。
予選と、準決勝は、一昨日と昨日行われていて、その戦いを勝ち進んだから、今日、ここに立てるのだ。
本当は、予選も準決勝も観にいくよと言ったのだ。
でも涼原くんは、首を横に振った。
「絶対に勝ち進むから、決勝を見にきてほしい。」
そう言われては、頷くしかない。
涼原くんなら決勝に進むと信じていたけど、実際に進んだと連絡が来たときは、飛び上がって喜んだ。
推しの喜びは、ファンの喜びだ。
まもなく、涼原くんが出る100m走が始まる。
少し早めに来ていたからか、100m走がよく見える席に座ることができた。
次々と、観客が集まっている。
俺が走るわけじゃないのに、なんだか急にドキドキしてきた。
朝、家を出たときは、楽しみでいっぱいだったが、今はなぜか緊張する。
すでに手に汗を握って、トラックを凝視する。
『男子100メートル決勝、選手の入場です。』
アナウンスと共に、選手たちが、トラックに出てきた。
拍手をしつつ、できるだけ首を伸ばして、涼原くんを探す。
第5レーンに入ったのが涼原くんだった。
予選、準決勝で、トップタイムを出した人が入るレーンは、第4レーン、2番目のタイムを出した人が入るレーンは、第5レーンだったはずだ。
一昨日、そして昨日行われた、予選、準決勝で、2番目のタイムだったってことだ。
すごい…!と思うと同時に、トップを狙っているんだろうということもひしひしと伝わる。
思わず両手を祈るように組んだ。
「頑張れ…!!」
『第1レーン、沢田 誠選手。第2レーン、…』
選手たちの紹介が始まる。
紹介された選手は、各々両手を振ったり、一礼したりしていた。
『第4レーン、涼原 湊翔選手。』
その瞬間、客席を見た涼原くんと、目があった気がした。
『第8レーン、小山 俊太郎選手。』
最後の選手の紹介が終わって、選手たちは各々最終調整をしている。
ジャンプをする人、太ももをたたいている人。
涼原くんは、前を見て、深呼吸していた。
"On your marks”
その言葉が、会場に響き渡ると同時に、選手たちはみんなスタート姿勢を取り、騒がしかった会場は、どんどん静かになっていった。
"Set”
選手たちの腰が上がる。
会場は、物音ひとつしない。
息を詰めて、涼原くんを見る。
パン!
鋭いピストルの音が鳴り響いた時にはもう、選手たちはみんな飛び出しているように見えた。
4レーンの涼原くんを食い入るように見つめる。
手にも、肩にも、身体中に力が入った。
ほとんど差がないように見えるけど、5レーンの選手が少しリードしているようにも見える。
頑張れ…!頑張れ…!
周りで響き渡ってるのだろう、大きな歓声も、何も聞こえない。
ゴールに飛び込む、その涼原くんの姿が、まるで羽が生えて、羽ばたいたように見えた。
「「「「ヴワー!!!!!」」」」
急に会場を揺らすかのような歓声が耳に飛び込んでくる。
まるで全力疾走でもしたように、自分の息が弾んでいる。
駆け抜けた涼原くんは、ゴールよりもだいぶ先で、空を見上げていた。
誰が一位なのか、ざわめきが大きくなる中、電光掲示板が煌めいた。
「1位 第4レーン 涼原 湊翔 10.21」
その文字が目に入った瞬間、涼原くんの姿を探す。
涼原くんは、俺の顔を見て、くしゃくしゃに笑いながら手を挙げた。
それを見て、俺も思わず笑ってしまう。
笑っているのに、なぜか涙も溢れた。
『男子100メートルの表彰を行います。』
アナウンスと共に、選手たちが整列する。
涼原くんの首にはメダルがかけられて、賞状が贈られた。
会場全体が、大きな拍手に包まれる。
俺も、人生で一番大きな拍手を涼原くんに送った。
興奮も冷めないまま、競技場を後にする。
涼原くんは、陸上部で集まるから、会えないけど、どうしても感動を伝えたくて、メッセージを書いては消して、書いては消してを繰り返した。
気を抜くと、あまりにも長文になる。
ああでもない、こうでもないと書き直して、結局、信じられないほど語彙力のないメッセージを勢いのまま送信する。
すぐに既読がついた。
「柊木がいたから勝てた。ありがとう。」
あまりの思わせぶりスキルに、俺は頭を抱えた。
涼原くんを推し始めてから、インターハイを見に行くまで、俺は推しの姿は遠くから見ていればそれでいいと思い込んでいた。
だが、インターハイを見てしまったことで変わった。
目の前で推しを見れること、推しのひたむきな姿を見れることは、とんでもなく心が沸き立つことに気づいたのだ。
今まで、窓から涼原くんの姿を見ていたのに、あれから俺は、涼原くんのファンクラブにそっと紛れ込んで、部活を直接見に行くようになってしまった。
毎日、お昼は一緒に食べて、最終下校時間の放送を終えたら一緒に帰る。
そういう、ありがたい日々を送っているのだが、ひとつだけ問題がある。
「今まで食べたものの中で、柊木が作ってくれたクッキーが一番美味い。」
俺が差し入れとして持ってきたクッキーに、そう言ってくれる涼原くん。
なんというか、こんな感じで、ファンサービスが手厚過ぎるのだ。
なんか、度を超えている気がする。
あれかな?俺がファン一号の称号をもらったから、こんなに手厚いのかな?
涼原くんがくれるファンサービスは、なんというか、ファンサービスを超えて…なんて言うんだろう?
適当な言葉が思いつかなくて、頭を悩ませる。
「それでさ〜、そいつ思わせぶりがすごくて!だけど彼女いたんだよ〜!」
「最低じゃん!!」
同じ教室でお弁当を広げている、女子の会話が耳に飛び込んできた瞬間、ピンときた。
涼原くんのファンサービスは、ファンサービスを超えて、「思わせぶり」なのだ。
ぴったりな言葉が見つかって、スッキリする。
こんなファンサービスをほぼ毎日食らっていたら、ほとんどの人はすぐ好きになってしまうに違いない。
そっと涼原くんの方を伺うと、柔らかい微笑みが返ってくる。
俺は、どうか涼原くんがトラブルに巻き込まれないように祈った。
******
二人で駅まで並んで歩く。
だいぶ二人だけの空間にも慣れてきた。
「柊木は、7月26日空いてる?」
7月26日と言えば、ちょうど一ヶ月後くらいだ。
その日は、俺にとって大切な用事が入っている。
「えっと…。」
言い淀んでいると、涼原くんは足を止めた。
急に止まった涼原くんにつられるように、俺の足も止まる。
緊張しているような面持ちで、見つめてくる涼原くんに、何を言われるのかと思わず身構えた。
「7月26日、インターハイの決勝があるんだ。もし良かったら、柊木に見に来てほしい。」
今年はちょうど会場が近場なんだ、そう続ける涼原くんの言葉を、遮るように声が出た。
「絶対に行く!!」
7月26日にインターハイの決勝があるのは、もちろん知っていた。
去年は残念ながら、会場が遠くて観に行くことは叶わなかったのだ。
今年は地元の会場で行われると発表があったから、こっそり観に行く予定だった。
まさか本人から、言ってもらえるなんて!!
これで、変装をしてこそこそ応援しに行かなくていい。
「柊木に見にきてもらえるなら、俺、勝てる気がする。」
大真面目な顔をして、涼原くんが言った。
「涼原くんは、なんと言うか、一ファンの俺に優しすぎるよ…。」
「俺は、柊木だから優しくしてるんだ。」
その言葉に胸が打たれたような気持ちになる。
「ありがとう…。でも、こう、いろんな人に、気を持たせちゃうかもしれないし…。」
うまく伝えられないせいで、涼原くんは何を言ってるのか、さっぱりわからないというような顔をする。
涼原くん!あなたは思わせぶりですよ!そんなこと言い回ってたら、みんなあなたのことを好きになるし、あなたに好かれてるんだって思っちゃいますよ!!
そう、直球で言うわけにもいかない。
悩ましいな…。
俺は唸りながら考える。
「俺は一途だから。」
「へ?」
うんうん唸っている俺を見かねたのか、涼原くんが急にそんなことを言う。
「俺は、一途なんだ。だから、大丈夫。」
俺が言いたいことが伝わったかは、わからないけど、涼原くんが大丈夫と言うなら、大丈夫か。
そう思って、頷いてみせた。
******
7月26日、朝。
念のためにとかけた、目覚まし時計の2時間早く目が覚めた。
推しの晴れ舞台に、遅刻するわけにはいかない。
予定していた時間より、少し早く家を出た。
家を出ると、目に突き刺さるほど、眩しく、青い空が広がっている。
高鳴る胸はそのまま、俺は足を踏み出した。
競技場に着くと、すでに人がたくさん集まっている。
高い壁がそびえたって、外からは競技場の中を覗くことはできない。その外観は、野球場に似ている気がした。
競技場の中に入ると、すぐに赤茶色のコースが目に入ってくる。
想像よりも大きく感じるその道に思わずため息が溢れた。
涼原くんが走るのは、100m決勝。
予選と、準決勝は、一昨日と昨日行われていて、その戦いを勝ち進んだから、今日、ここに立てるのだ。
本当は、予選も準決勝も観にいくよと言ったのだ。
でも涼原くんは、首を横に振った。
「絶対に勝ち進むから、決勝を見にきてほしい。」
そう言われては、頷くしかない。
涼原くんなら決勝に進むと信じていたけど、実際に進んだと連絡が来たときは、飛び上がって喜んだ。
推しの喜びは、ファンの喜びだ。
まもなく、涼原くんが出る100m走が始まる。
少し早めに来ていたからか、100m走がよく見える席に座ることができた。
次々と、観客が集まっている。
俺が走るわけじゃないのに、なんだか急にドキドキしてきた。
朝、家を出たときは、楽しみでいっぱいだったが、今はなぜか緊張する。
すでに手に汗を握って、トラックを凝視する。
『男子100メートル決勝、選手の入場です。』
アナウンスと共に、選手たちが、トラックに出てきた。
拍手をしつつ、できるだけ首を伸ばして、涼原くんを探す。
第5レーンに入ったのが涼原くんだった。
予選、準決勝で、トップタイムを出した人が入るレーンは、第4レーン、2番目のタイムを出した人が入るレーンは、第5レーンだったはずだ。
一昨日、そして昨日行われた、予選、準決勝で、2番目のタイムだったってことだ。
すごい…!と思うと同時に、トップを狙っているんだろうということもひしひしと伝わる。
思わず両手を祈るように組んだ。
「頑張れ…!!」
『第1レーン、沢田 誠選手。第2レーン、…』
選手たちの紹介が始まる。
紹介された選手は、各々両手を振ったり、一礼したりしていた。
『第4レーン、涼原 湊翔選手。』
その瞬間、客席を見た涼原くんと、目があった気がした。
『第8レーン、小山 俊太郎選手。』
最後の選手の紹介が終わって、選手たちは各々最終調整をしている。
ジャンプをする人、太ももをたたいている人。
涼原くんは、前を見て、深呼吸していた。
"On your marks”
その言葉が、会場に響き渡ると同時に、選手たちはみんなスタート姿勢を取り、騒がしかった会場は、どんどん静かになっていった。
"Set”
選手たちの腰が上がる。
会場は、物音ひとつしない。
息を詰めて、涼原くんを見る。
パン!
鋭いピストルの音が鳴り響いた時にはもう、選手たちはみんな飛び出しているように見えた。
4レーンの涼原くんを食い入るように見つめる。
手にも、肩にも、身体中に力が入った。
ほとんど差がないように見えるけど、5レーンの選手が少しリードしているようにも見える。
頑張れ…!頑張れ…!
周りで響き渡ってるのだろう、大きな歓声も、何も聞こえない。
ゴールに飛び込む、その涼原くんの姿が、まるで羽が生えて、羽ばたいたように見えた。
「「「「ヴワー!!!!!」」」」
急に会場を揺らすかのような歓声が耳に飛び込んでくる。
まるで全力疾走でもしたように、自分の息が弾んでいる。
駆け抜けた涼原くんは、ゴールよりもだいぶ先で、空を見上げていた。
誰が一位なのか、ざわめきが大きくなる中、電光掲示板が煌めいた。
「1位 第4レーン 涼原 湊翔 10.21」
その文字が目に入った瞬間、涼原くんの姿を探す。
涼原くんは、俺の顔を見て、くしゃくしゃに笑いながら手を挙げた。
それを見て、俺も思わず笑ってしまう。
笑っているのに、なぜか涙も溢れた。
『男子100メートルの表彰を行います。』
アナウンスと共に、選手たちが整列する。
涼原くんの首にはメダルがかけられて、賞状が贈られた。
会場全体が、大きな拍手に包まれる。
俺も、人生で一番大きな拍手を涼原くんに送った。
興奮も冷めないまま、競技場を後にする。
涼原くんは、陸上部で集まるから、会えないけど、どうしても感動を伝えたくて、メッセージを書いては消して、書いては消してを繰り返した。
気を抜くと、あまりにも長文になる。
ああでもない、こうでもないと書き直して、結局、信じられないほど語彙力のないメッセージを勢いのまま送信する。
すぐに既読がついた。
「柊木がいたから勝てた。ありがとう。」
あまりの思わせぶりスキルに、俺は頭を抱えた。
涼原くんを推し始めてから、インターハイを見に行くまで、俺は推しの姿は遠くから見ていればそれでいいと思い込んでいた。
だが、インターハイを見てしまったことで変わった。
目の前で推しを見れること、推しのひたむきな姿を見れることは、とんでもなく心が沸き立つことに気づいたのだ。
今まで、窓から涼原くんの姿を見ていたのに、あれから俺は、涼原くんのファンクラブにそっと紛れ込んで、部活を直接見に行くようになってしまった。
