家族の都合で当分来れないそうだ。そうか……残念だな。
「おい、止まんなよ邪魔」
「てかさ〜最近調子乗ってんじゃない?」
「……すみません」
そう言って逃れようとするが、しつこく迫ってくる。
「マジ調子のんなよお前」
「先生に言うよ?」
その後も、ずっとなにか言っていたけど、よく聞こえなかった。
「ふんっ」
満足したのか、何も言わない僕に飽きたのか、女子たちはどこかへ行ってしまった。
しかし、それから更に過激化した。僕が掃除当番の日、わざとバケツを倒したり、ゴミを落としたりするのだ。
このことは、安奈さんには話せない。
「……苦しい」
掃除当番で一人だけの教室にその言葉は響いた。そしてほとんど同時に、ラインの通知音も響いた。
「明日の休み、ここに来れる?」
そこに載せられていた住所は、病院だった。
「安奈、さん?」
その日の夜は、不安でいっぱいいっぱいだった。天音さんになにかあったのかも、安奈さんの家族に……安奈さんが病気かも。
襲いかかってくる不安に押しつぶされそうになりながら、眠った。
次の日も同じだった。母親に行き先を伝えて家を出る。母親に「なんで病院?」と聞かれたけど、適当に、友人が骨折したんだって。と答えた。
病院の受付につくと、安奈さんがいた。
「光くん」
いつもの安奈さんの笑顔。だけど、安奈さんは車椅子に乗っていた。
「安奈……さん?」
「……ごめんね、言うか迷ったんだけど」
「言わないよりかマシかなって」
安奈さんの顔は、暗く沈んでいて、いつもの太陽に雨雲が被さったような笑顔だった。
「こっち来て、私の病室」
車椅子に押される安奈さんに、ついていくのに必死だった。普通だったら、すぐに追い越せるはずなのに、僕の足は知りたくないと言わんばかりに進まない。
看護師さんに手伝ってもらってベッドに横たわった天音さんは、静かに喋りだした。
「ごめんね、光くん、多分、私もう、光くんの話聞けない」
「え?」
また、喉がつかえる。
「私、膵臓がんなの」
聞きたくない。
「気づいたときには、遅かったって」
やめて、嘘だ。
「もう、全身に転移してるって」
こんなの、悪夢だ。
「嘘だ!」
僕は大声を出してしまう。安奈さんは一瞬びっくりする。すぐに正気に戻って座った。
「ごめんなさい」
「ううん、そうだよね、驚くよね」
「だから、その、私」
「長く、生きられない」
安奈さんは涙ぐんでいた。きっと、いじめられてた僕よりも、ずっと苦しい。
「安奈さん」
「大丈夫、きっと、きっと」
しかし、安奈さんは首を横に振る。
「無理なの、もう」
「沈黙の臓器、膵臓、その由来は、気づいた頃には遅いから」
「遅かったんだよ、もう」
「もう」
安奈さんは、ベッドを強く握りしめながら、涙をこらえていた。
「まだ、光くんを救えなてない、まだ、みんなが笑顔になってない」
「まだ―」
「安奈さん、僕は、救われてます、だから、だから……」
「安奈さんは、安奈さんのことを考えてください」
「……ありがとう」
物語はきっとハッピーエンドになる。いじめなんて、もうどうだっていい。僕は、安奈さんがいれば、それでいい。信じて、祈っていれば、きっと―
なんて、都合良くならなかった。
お坊さんの声が聞こえる。木魚が叩かれる音も。
みんな、花を添えている。
「……」
物語は、ハッピーエンドにならない。ここは、悪夢で、天音さんのいない学校なんて、ただの地獄だ。