「……」
僕の学校生活は、どうしてこうなってしまったんだろう。
その夜、ベッドの中で考えた。暗闇の中で光る月が、僕を窓から照らしている。月も太陽も、照らすばかりで明るいばかりで何もしてくれない。鬱陶しいだけ、本当に大嫌いだ。
「どうして、こうなるのかな」
「なんで、あの時言えなかったんだろう」
助けてって。習い事があるって。どうして、なんで、僕は、
「なんで……」
ベッドの中で一人、うずくまった。それでも、どれだけ独り言として吐き出しても、僕の体の中の黒い液体は全然溶けなかった。
朝の光が鬱陶しいくらいに刺してくる。朝が黒く見える。
「学校、行きたくないな……」
その言葉は、僕しかいない部屋で唯一つ、溶けて消え去った。
登校中も、冷たい嘲笑の音が聞こえる。幻聴なのか、本当の音なのかなんて、今の僕じゃ判別がつかない。いじめられるまでは、空は綺麗だったんだ。でも、いじめられてからは青空も、荒んで見える。
町は灰色に荒み、銃弾のような笑い声が常に聞こえ、花の香りは鼻をかすめもしない。
「あ」
上履きがない。
「スリッパ……借りなきゃ」
職員室へ行って、スリッパを借りる。何回目なんだろう。当たり前で、いつもの日常の、夢なんだ。
「何回忘れたら気が済むんだ!」
「ごめんなさい、」
「いつもいつも、遊び呆けているからそうなるんだ!」
「もういい、スリッパ借りて早く行きなさい」
「ありがとう、ございます」
違う。僕は、悪くない。隠されたんです。助けて、また、そう言えなかった。
職員室からでて視界の端に見えたのは、僕を嘲笑う女子たち。みんなの話し声で何を言っているのかわからないのは不幸中の幸いだった。
でも、想像はできてしまう。
「……」
暗い足取りで教室へ向かうと、生徒会長がいた。
「なので、今月の話し合いはこの問題を中心にしていくっていうことでよろしいですか?」
「あー、それでいいんじゃない?」
「いえ、生徒会長なので」
どうやら、次の話し合いについて相談しているようだった。そうか、うちの担任は生徒会も担当なのか。
「ん? すみません先生あの子、なんでスリッパなんですか?」
「え? ああ、あの子ね、よく忘れるのよ上履き、ほんっと、情けないわよね」
「……そうですか」
そう言って、僕の方へゆっくりと歩いてきた。一歩一歩、
「忘れ物について注意をしたいので、明日の放課後、時間ありますか?」
「……あり、ます」
習い事が、あればよかったのに。僕はそう思った。生徒会長も、先生も、みんな、敵なんだ。
ここは、悪夢の、地獄だ。
次の日の放課後、僕は対談室に行った。そこには生徒会長が先に座っていた。
「ごめんね、急に呼び出して」
「いえ、その」
「すみませ―」
そう謝ろうとしたら、会長は僕の言葉を遮った。
「別にいいよ」
会長は、優しく微笑んでいた。これから説教をするような顔じゃなかった。
「まぁ、まずそこに座ってよ」
椅子へと促される。言われたままに座ると、会長も僕の目の前の席に座った。
「単刀直入に聞くね」
机の上に手を置き、真剣な表情で話す。
「君、いじめられてる?」
「っ……」
「え?」
そんな言葉、言われるだなんて思っていなかった。また、救ってくれないのかと、言い出せないのかと思った。
いじめられてます。大声で言いたい。でも、また、また言えない。
「僕、は」
「……」
「無理に話さなくてもいいよ、言いにくいだろうし、」
「君が話したくなるまで、何日でも待つよ」
「どう、して」
「どうしてって、」
「この学校の、生徒会長だからだよ」
会長は明るい太陽のように微笑んだ。今まで言い出せなかった黒い物体を全部溶かしてくれた。
「僕は、いじめ、られてます」
その後、ゆっくりと話した。これからどうしてほしいか。親に相談するか、明確ないじめが始まったのはいつか、主な人間は誰か、等僕のペースに合わせてゆったりと話を聞いてくれた。
「そっか、よく頑張ったね、ごめんね、もっと早くに気づけなくって」
「いえ、ありがとうございます」
僕の目からは、今まで吐き出せなかった黒いものが、涙として流れ出ていた。
「これからについては話を聞いて、親には相談しない、でいい?」
「はい、親に言うのは、少し、気がひけるというか」
「わかった、このことについては先生には言わないから、うまく合わせてね」
「ありがとう、ございます」
そう、お辞儀をした。その後、少しだけ他のことについても僕は聞いた。
「なんでいじめられてるって思ったんですか?」
「うーん、まあ水曜日は上履き履いてたのに木曜日スリッパなのっておかしいし、あと、一日のうちに色んな人に聞いたらそれらしいのが出てきたからさ」
「あの、話し合い、あるんですよね、僕なんかにそんな時間かけていいんですか?」
「いいのいいの! 生徒会長たるもの、学校の生徒の笑顔を保全しなきゃだからね」
そう笑って会長はピースした。本当に、底なしに明るい人だ。
その日の帰り道で見た空は、とても明るくて、きれいで、輝いていた。
次の日も、いじめは無くならなかったし、先生も、見て見ぬふりだったけれど、少しだけ、気持ちは楽だった。
会長は、今日も僕と話してくれた。昼食の時に、「一緒に食べよう」と誘ってくれたのだ。場所は屋上、周りは高いフェンスで囲まれていて、風も少しあるけれど、暖かくて、屋上にある高架水槽が風よけになる。
「ねぇ、森鳥くん」
会長が唐揚げを箸で掴みながら僕に話しかけた。
「なんですか?」
「勇君ってよんでいい? そっちのほうが呼びやすそうだしさ」
「いいですよ」
会長は優しい。五百何人もいる生徒一人に、こんなにも時間をかけてくれるくらいには。でも会長は皆にもそうする。
僕一人にかける時間と、同じくらいに。
「会長は忙しくないんですか?」
「いやー、忙しいけどさ、でもそれで皆が笑ってくれるんだったら、私はそれがいいな」
会長は明るい顔で言う。太陽みたいな瞳で、光り輝いている。僕は、僕はこれに甘えていて良いのだろうか。このまま、この人に依存してばかりで。
「勇君、おいしい?」
「おいしいです」
「よかった」
僕の中にある黒い液体を、全部蒸発させてくれる。それが会長だ。
そんな感じで、一週間に一回くらい会長と話す機会を設けてもらって、学校がそれほど苦しくはなくなってきた。
「安奈さん」
「光くん、どう、調子は?」
「だいぶ、楽になりました、人に話せるって、こんな楽なんですね」
「そっか、それならよかった」
安奈さんは、また微笑んだ。なぜ、この人の笑顔はこんなに輝いてるんだろう。なぜ、この人の言葉はこんなにも優しいのだろう。
「でも、いいんですか、ちゃんと寝てるんですか?」
「うーん、まぁ、それなりには」
とはぐらかそうとするので、僕はすぐに切り込んだ。
「何時間ですか?」
「いやー、えっとーその、」
「五時間から徹夜まで」
「話を聞いてくれるのはありがたいですけど、安奈さんも眠ってください」
「ありがとう、光くん」
そこからも、最近のいじめについてや、軽い雑談をした。会長のことを、安奈さんと呼べるくらいには親しくなった。安奈さんも、僕のことを光くんと呼んでくれるようになった。
僕は、こんなに幸せになっていいのかな
「こんなに、幸せに……」
安奈さんにも、迷惑をかけてる。僕が、相談できなかったせいでこうなったのに。
自然と肩が落ちた。だめだ。また、自責思考になってしまう。それは、もっと安奈さんに迷惑をかける事になる。
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「あ、予鈴だ。次移動教室だから、行くね」
「またね」
目尻を下げて笑う杏奈さんの顔は、本当に眩しくて――
階段を降りていくときにも、好奇の目にさらされる。
教室に帰ったら、非情な言葉を浴びせられる。
「マジあいつきも」
「それなー」
だけど、いじめの言葉も、前ほど苦しくない。大丈夫、大丈夫。
段々と、幸せを取り戻していった。安奈さんに救われて、ちょうど五ヶ月がたった時、安奈さんは休んだ。
「休み、のライン」