ロミオは俺のロミオだから

 
 そうこうしているうちに夏休みに入った。
 夏休みの間も、演劇部は毎日のように練習に打ち込んでいた。
 俺も相変わらず、週に2、3回のペースで写真を撮りに演劇部へ出向く。
 ファインダーの中の亮は普段にもまして格好いい。
 汗だくになって演技しているのに、それが様になるって。イケメンは恐ろしい。
 長谷川さんも可憐な感じでいい味を出していた。

 ある日、俺も吹き出る汗をぬぐいながら撮影していると、背後から可愛い声が聞こえた。
 「磯崎くん。磯崎くんも食べない?」
 そういう長谷川さんの腕には、透明のタッパーが抱えられていた。
 レモンの砂糖漬け。運動部の定番。
 スライスした黄色いレモンが透明な液の中で浮かんでいる。涼しげで美味しそうだった。
 「いいの?」
 「もちろん」
 端に添えられていた楊枝を取って、レモンのスライスを1つ摘まむ。
 口に運ぶと清涼感のある酸っぱさと甘さが喉を通り抜けていった。ああ、生き返る。
 「悠斗っ」
 ふいに、亮の焦ったような声が聞こえた。
 え?っと思って振り返る。
 亮が長い脚を絡ませるようにして、駆け寄ってきた。
 「亮?どうした?」
 俺と長谷川さんはちょっと驚いて亮を見た。
 「あ、あ、ええと……」
 目の前まで来た亮が口ごもる。
 「あ、っと、そのレモン漬け、俺にもくれる?」
 長谷川さんが自分の手に持っているレモンの砂糖漬けに視線を落とした。
 「あ、うん。どうぞ」
 「ありがとう」
 亮は汗だくの前髪を掻き上げながら、楊枝でレモンのスライスを2,3枚すくうと口に放り込んだ。
 その様子を長谷川さんがぼうっとしたような顔で見ている。ああ、イケメンは何しても様になるよな。
 ――ったく。
 「で、なんだよ。そんなに慌てて」
 「うん。いや、その。悠斗だけレモンの砂糖漬けもらってていいなって思って」
 ――は?
 なんだそれ。いくらなんでもその理由はないだろ。
 亮はというと、視線を斜め上に向けて頭の後ろに手をやっている。
 嘘がバレバレだわ。
 「亮くん、もっとどうぞ」
 長谷川さんが手に持ったタッパーを差し出す。
 「あ、うん。ありがとう」
 亮はそう言って、ごまかすようにさらに2,3枚、レモンスライスを口に運んだ。
 長谷川さんが嬉しそうに微笑んでいる。
 あれ?そういうことか?なんだ、そういうこと?
 ――二人できてるってこと?
 そっか、俺が長谷川さんと仲良さげにしてたんで、慌ててやって来たのか。
 なんだ。それならそうと言ってくれれば。
 俺だって、ほら、一学期に亮から告白されてからちょっとは気にしてたんだから。
 ほんと、早く言ってくれよな。
 しかめっ面をしていたかもしれない。
 心配そうに眉根を寄せて、亮が俺を見ている。
 ま、そっか。じゃあ、もう、変に意識しなくていいし。そうだよな。長谷川さんとだったらお似合いじゃないか――うん。
 「ごちそうさま、長谷川さん。じゃあ、俺、機材のチェックしておくから」
 そんなことを言いながら、手をひらひらふると、二人から離れた。
 「――悠斗」
 亮の声が聞こえたような気がしたけど。まあ、気を利かせた俺を褒めてくれ。
 少し離れたところからチラッと二人を振り返ると、何かしら顔を寄せて話していた。
 うん。お似合いだ。仲良くやってくれ。
 ――今日は亮と一緒に帰れないかもなあ。
 なんて、ふっと足元が揺れている気がした。


 そうこうしているうちに、二学期が始まり、学園祭が近づいてきた。
 元来、写真部の俺は、自分たちの展示会の準備もしなければならない。
 会場に飾るための写真を撮影しなければならないし。会誌の準備や会場のセッティングもある。
 それに加えて、演劇部のパンフレットやポスターの準備などなど。目まぐるしく日々が過ぎて行った。

 演劇部のパンフレットは、三年生の出し物を中心に簡単なストーリーと写真を組み合わせて作った。
 亮がテキパキと俺の撮った写真と文章を組み合わせて、立派なパンフレットが出来あがっていく。
 こいつ、本当に何でもできるんじゃないか?と思えてくる。まごまごしている俺の目の前で、大きくて少し切れ長な瞳をしかめるようにして、パパパパッとパソコンを打ち込んでいく。
 たまに、俺の方を見ては、にやっと笑う。
 なんだそれ。思わず、口をへの字に曲げると、「悠斗、その顔やめて」なんて言ってくる。
 「やめないよ」
 「やめろよ。可愛いすぎるから」
 「――――」
 その切り返しこそやめてくれ。
 なんて言っていいか分からず、口をパクパクさせていると、ポンポンっと頭を撫でられた。
 やめろって。距離近いって。
 だいたい、そうだよ。お前、長谷川さんと良い感じだったじゃん。
 その前によく分からない告白を俺にしてきたんだからさ、「長谷川さんに乗り換えました」みたいな報告あってもいいんじゃないか。

 「――おまえさ。長谷川さんと付き合ってるんじゃないのかよ」
 つい、口に出してしまった。
 「え?」
 亮が打ち込んでいたパソコン画面からパッと顔を上げる。
 「だって、だってさ。亮、俺にあんなこと言ってきたんだから……長谷川さんと付き合うことになったなら、そう言ってくれてもいいんじゃないか」
 「悠斗?」
 「俺なりにちょっと、どうしようとか考えてたしさ。亮と話すのちょっと気まずいななんて思ってた時もあったしさ」
 「ちょっと待って」
 「長谷川さんと上手くいってんだったら、まあ、ひと安心っていうか」
 「……ひと安心?」
 「ほっとしたって言うか」
 「……ほっとした?」
 その声が氷のように硬かった。はっと、亮の顔を見る。
 俺をじっと見る瞳が一点を凝視しているようで、それでいて何も映していないようだった。明らかに顔色が青白く、表情が氷のように固まっている。
 「と、とおる?」
 ダンっと、亮が右手で机を叩いた。
 ビクッと肩が震える。
 「なん、だよ。それ」
 もう一度、ドンっと机に手を打ち付けた。
 「なんだよ。なんなんだよ。どうして、そうなるんだよ」
 「亮……」
 「俺、演劇頑張ってただけだよ。長谷川さんはジュリエットなだけだよ」
 「は?え?」
 「演劇のパートナーなんだよ」
 「う、うん」
 「俺が好きなのは、悠斗だって。分かってるだろ」
 あ、ええええ。また、ふりだしに戻る?
 分からないよ。だいたい、あれから、そんな素振り見せ……いや、見せてたか。
 つい、10分前にも、頭撫でられてたか。
 俺が悪いの?え?そうなの?
 「ご、ごめん。……なんか、俺、すっかり亮は長谷川さんと付き合ってるのかと思ってた」
 「なんでっ」
 「いや、仲良さそうだったし。ほら、レモンの砂糖漬けもらう時とか、やきもち焼いていたみたいだから……」
 必死になって、弁明した。なぜ、俺がこんなに慌てなくちゃならないんだ。
 「焼いてたよ。思いっきり焼いてた」
 「ほら」
 「悠斗と長谷川さんが仲良さそうだったから」
 「だろう?」
 「悠斗を取られそうで焦った」
 あ、そっち。そっちですか。
 「長谷川さんとは何でもない」
 ――そうですか。
 緊張した空気が流れる。向かい合ったまま、無言な時間が過ぎていく。
 「悠斗……なんか言え…」
 辛そうな表情で亮が言いかけた時、ガラガラと教室の扉が開いた。
 「どう?すすんだ?」
 入って来たのは長谷川さんだった。
 俺と亮は、二人して何も言わずに戸口に立つ長谷川さんを仰ぎ見た。
 「え?何?どうしたの?」
 戸惑いながら、長谷川さんが近寄って来る。
 「あ、ええと。なんでもない。うん、順調」
 俺は引きつる口元を上げる努力をしながら長谷川さんに向かって口を開いた。
 「良かった」
 長谷川さんがそう言って、亮の横に立つと長い髪を揺らせてパソコンを覗き込んだ。
 「わあ、すごいね。プロが作ったみたい」
 「あ、うん。ありがと」
 亮が長谷川さんに顔を向ける。
 パッと、長谷川さんの顔が赤くなった。
 慌てたように距離を取ると、亮の隣の席に座る。

 あ、あれ?やっぱり、そうだよな。
 長谷川さんは亮のこと好きだよな。だって、もともと、亮に誘われて演劇部に入ったわけだし。

 「ここって、どっちがいいと思う?」
 亮がパソコン画面を指さしながら、長谷川さんに聞いていた。
 「あ、うん。ええとね……」
 長谷川さんが高揚した頬を隠すようにして少し濡れたような瞳で話している。

 やっぱり、なあ。

 「悠斗、悠斗はどっちの構図がいい?」
 ぼうっとしていたら、亮に話しかけられた。
 「あ、うん。右の方かな」
 どっちもいいからどっちでもいい。なんか、あまり考えられなくて適当に答えてしまった。
 「右かあ」
 亮が呟いている。その横顔をちょっと泣きそうにも見える瞳で見つめている長谷川さん。
 「俺、ちょっと写真部行ってくる」
 わざと大きな音を立てるように椅子を引き摺って立ち上がった。
 「え、あ、うん。すぐ戻って来る?」
 亮が俺を追うように視線を投げてくる。
 「わかんない」
 部屋を出て行きながら、そう言っていた。