その日の帰り道、駅までの道を亮と一緒に歩いていた。
オレンジ色の夕日が斜め前から照らしている。陰影が深くなった亮の表情はあまりよく見えない。
そんな亮を見上げながら、口を開いた。
「なあ、俺がいつ学祭の宣伝するって言ったよ」
「だって、理由もなく写真撮るのも変だろ?」
夕日が眩しいのだろう。亮が額に右手を添えて影を作るようにした。
「そうだけどさ。ポスターとかパンフレットって言っても、俺にそんな良いものができるか分からないよ」
「大丈夫だよ。俺も一緒に作るから」
「え?あ、一緒に?」
「嫌とか言わないよな」
「あ、いや、手伝ってもらえると思わなかったから」
「あたりまえだろ。俺が頼んだんだし。レイアウト考えたり、パソコンで背景とか作ったりするから」
「うん」
少し弾んだ声が出る。亮が手伝ってくれるって聞いて一気に気が楽になった。そんな俺をじっと見ながら亮が口を開く。
「ああ、でも。良かった。これで、放課後も一緒に居られるな」
「なんだそれ」
「だって、俺、悠斗いると頑張れるし」
「はあ、何言ってんだよ」
「本当だよ。モチベが違う」
――うーん。こいつの言い方、ちょっと問題じゃないか?
勘違いするよな、誰でも。特別扱いされている気分になるだろ、普通。
だからなあ。どうしたらいいんだか。
俺はちょっと呆れた体を装って肩を竦ませると、じっと亮を見た。
亮がちょっとビクッと顎を引くようにして、瞬きをした。
「なに?どうした?」
「悠斗、ふいにそういう目で見ないでよ」
「そういう目?」
「あ、うん。なんだ?上目遣いってやつ?」
ああ、亮は俺よりほんの少し背が高いから、俺が見上げる形になる。
だから、上目遣いってことになるのか。
「だから?なに?」
「いや、その。悠斗が可愛いすぎて」
「はい?」
「もうその、顔、やめろよ。いや、やめないで」
「なに訳わかんないこと言ってんだよ」
「なあ、約束して」
「なにを?」
「その顔、他の奴に見せないって」
「はあ?」
「その顔、めちゃ可愛いから」
「おまえ、何言ってんだよ。だいたい、なんで亮にそんな制限されなくちゃならないんだよ」
そう言うと、亮がえっという感じに動きを止めて、心持見開いた瞳で俺を見返した。
「だって……さ」
「だって?」
「だって、ああ、えっと」
亮が困ったように言い淀んでいる。
亮は大地を踏みしめるように、両足を肩幅に開いて立っている。俯いたまま左右に首を振ると、何かを振り切るように徐々に暗くなってきた空を仰いだ。
「ああ、そうか」
何かに納得したのか、そんなことを呟いた。
「……亮?」
少し不安になって、恐る恐る亮の名を呼んでみた。
「悠斗。俺、何やってんだろなあ」
「うん?」
「俺、悠斗のことが好きなんだわ。そうだ、どうしてって、それしかないよな」
「は?」
「なんか、さ。悠斗が俺のそばにいてくれるとなんかドキドキしてフワフワしてなんか幸せで。そうか、そうだよな」
「亮?」
「好きなんだよ。悠斗が」
「はあ?」
「大好きだ」
「と、亮。大丈夫か?」
「大丈夫。俺はいたって本気。あ、友達としてとかじゃないからな」
「……っ」
喉から変な声が出た。
「俺、いつも悠斗の一挙手一投足に喜んだりに悲しんだりしててさ」
「亮……」
「当たり前だよな。好きなんだもん」
「えっと……」
「だって、うん。触れていたいもん」
すっと、片手を取られた。
ぎゅっと握りこまれて、そのまま持ち上げられる。
自然に、まったくもって自然に亮は俺の手を自分の唇に持って行って、軽く口づけた。
―――――!!
びっくり、びっくりだよ。俺の思考回路が衝撃で止まったよ。ついでに体も固まったように動かない。
「悠斗」
その亮の声に我に返った。慌てて懸命に手を振り払う。
「な、何やってんだよ」
大きな声が出た。
「え、愛情表現」
驚いたようなキョトンとした瞳をしている。
「待てよ。了解なしにやったら、セクハラだろ」
「セクハラ?」
「そうだよ」
「え?嫌だった?」
亮が悲しそうに瞳を細めた。
「悠斗、嫌だった?」
そんな言葉を繰り返した。
「あ、いや、その……」
思わず言いよどむ。
しばしの沈黙が流れる。二人して俯いたまま向かい合って立っていた。
どのくらいそうしていただろうか。亮のか細い声が聞こえてきた。
「ご……めん。ごめん」
視線を落とした先の亮の両手が小刻みに震えている。
「俺、調子に乗ってたな。なんかさ、浮かれてたんだ……な」
「……亮」
「悠斗が部活の写真撮りにきてくれて。これからは教室でも部活でも一緒に居られるなって。嬉しくて。ほんと、悠斗がどう思ってるかって考えてなかったのかも」
項垂れてしまった亮にどう反応していいか分からない。
俺は亮に手を握られて、手にキスされて、嫌だったのだろうか。思わず自問自答してみる。ぐっと腹に力を入れて声を出した。
「あ、あのさ。その、嫌ってわけじゃないけど」
その俺の言葉に亮の肩がピクっと反応する。
「でも、驚いた。びっくりした」
「うん」
「だから、その。急にそういうことするはやめてほしい」
「……悠斗。急にじゃなければいいのか?」
「え、あ。いや……」
え?急じゃなかったら、亮にキスされていいのか?俺。――いや、違うだろ。
「悠斗」
大きな黒い瞳で亮が俺を見ている。
「お、俺は、そういう意味で亮のことを見たことなかったから」
「……うん」
「だから、亮の思いには応えられないよ」
その言葉に亮がハッと息を飲んだ。
瞳が揺らいでいる。
「亮、ご、ごめん」
「……」
亮がぐっと口を結んでいる。まるで、泣くのを堪えているようだ。
考えてみれば、亮って幾度となく告白されたことはあっても、告白したことはあるんだろうか。ましてやそれを断られた経験なんてないのかもしれないな、なんて今考えなくてもいいような思いが頭をかすめた。
「これって、振られたのかな」
「あ、いや、まあ」
「俺じゃ無理?絶対、ダメ?」
「絶対ってわけじゃ」
「少しは望みあり」
「いや、分からないけど」
「分からないってことは、思っていてもいいってこと?」
「えっと、まあ」
うん。思うことは自由だけど。
「悠斗、俺が傍にいても嫌じゃない?」
「え、うん」
「クラスの席は隣だからさ」
そうだよな。ここで揉めると、これから先が気まずいよな。
「亮といるのは嫌じゃないよ」
これは本心だ。考えてみれば、亮といて嫌な思いはしたことがない。
亮が心底ほっとしたように息を吐いた。
「ああ、良かった」
「演劇部の写真も撮りに行かなくちゃならないし」
「来てくれる?」
「だって、今日、部員の皆にも言っちゃったし。いいよ。写真撮るのは好きだから」
「ありがとう」
「躍動感のある、稽古風景を撮ってやるよ」
亮の迫真の演技が何となく頭に浮かんだ。思わず、やる気になっている自分に少し驚く。
「じゃあ、明日も来てくれる?」
「え、そんな毎日演劇部の写真撮り行くわけにもいかないよ」
「え?そうなの?」
「そりゃあ、そうだよ。俺だってそんな暇じゃないし」
「……そっか」
「うん」
「分かった。とにかく、俺、頑張るわ」
「おう、頑張れ」
いったい何を?とは、聞かなかった。演劇――だよな。
その後、数日は何となく、俺と亮の間にギクシャクとした雰囲気が流れていた。でもまあ、日を追うごとに俺の中ではあまり意識しなくなっていった。
だんだんとあの告白が過去のことになって行って、現実だったのか、もしかして何か勘違いだったんじゃないかって思うほどにはなっていた。
週に2,3回は演劇部の練習風景を撮影しに行く。
亮がいつも嬉し気に迎えてくれるが、前ほどは距離が近くない気がする。
気を遣っているのか。それとも、もう俺に興味がなくなったのか。良くわかないけれど、順調に写真のストックは増えていく。
案の定、文化祭の出し物「ロミオとジュリエット」のロミオ役は亮だ。そして、ジュリエットは長谷川さん。長谷川さんは綺麗で可愛いし、適任だと思う。
最近、隣の席の亮は反対隣の席の長谷川さんと演劇の話をしていることが多くなった。

