ついに文化祭当日になった。
文化祭は二日間。今日はその一日目だ。空はよく晴れていた。
校内は、開始前の準備で賑わっていた。
忙しそうに走り回る生徒たちの顔は、どこか楽しそうだ。
学校全体が浮き足立っているように見える。
翔は結局、当日もサボることなく参加した。
翔たちのクラスの出し物は、コスプレ喫茶。
女子たちがきゃあきゃあ言いながら用意した衣装は燕尾服で、翔は執事役を任されていた。
少し前までの翔であれば、女子たちも遠慮して「上野くんは何もしなくて大丈夫だよ」と言っていただろう。
しかし最近の翔は、真一の影響もあってか、以前より少し柔らかい雰囲気になり、頼み事もしやすくなっていた。
控え室になっている教室で着替え終えた途端、周囲の女子たちが感嘆の声を上げる。
「今年の文化祭、うちのクラスが優勝かも……」
長身で端正な顔立ちの翔は、燕尾服がよく似合っていた。
間違いなく、人目を引く存在だった。
「優勝とかあんの、文化祭に」
翔は疑問に思い尋ねる。
例年は文化祭をサボっていたので、どういう制度があるのかもよくわかっていなかった。
さきほどの女子生徒が答える。
「あるある。出口でアンケートをとって、得票数が多かったクラスがその年の文化祭賞になるの」
もう一人の女子も続ける。
「看板賞とかもあるよ。だから看板作りも気合い入れてたんだあ」
「うちのも、最終的にはいい看板になってよかったよね」
なるほど、と翔は思う。
看板がだめになったとき、クラスの連中が妙に気にしていたのは、そのためだったのか。
入り口に飾られた看板は、三日前には完成して、かなり完成度の高いものになっていた。
真一が、バケツを倒してしまった生徒に「結果的によくなったから気にしなくていい」と後日改めてフォローしていたのを、翔は見ていた。
後日のフォローまで欠かさない。本当にまめなやつだ。
そう思い出すと、自然と口元が緩む。
翔は慌てて唇を引き結んだ。
最近、真一のことを考えると、つい口元が緩んでしまう。
その理由を、翔はまだわかっていない。
――いや、わからないことにしていた。
「みんな着替え終わったかな?そろそろ始まるみたいだよ」
凛とした声が背後から聞こえ、なぜだか妙に緊張した。
真一の声だ。
翔は自分の外見を特別だと思ったことはないが、周囲の反応を見る限り、悪くはないのだろうとは思っていた。
だからこそ、燕尾服姿を見た真一がどんな反応をするのか、少しだけ気になっていた。
「あ、翔」
「……よう」
振り返ると、真一は目を丸くした。
その表情を見ただけで、翔の心臓が跳ねる。
「すごく似合うな。身長が高いから、バランスがいいんだね。少しメイクもしてるのか。顔立ちがはっきりして、いいかんじだ。髪もセットしてる?」
「一応、さっき、女子が」
翔は、どうも喉が詰まってうまく話せない。
居心地が悪い。とすら思う。さっき、女子らに褒められた時はなんとも思わなかったのに。
真一は、へえ、すごい。制服と全然違う。とくるくる翔の周りを回って眺めている。
首が熱い。それすら見られているようで、翔は思わず声をあげる。
「……じろじろ見るなよ」
「いや、ごめん。すごくかっこいいから」
「お前、そういうの簡単に言うよな」
「簡単には言わないよ」
知っている。真一は嘘をつかない。
だからこそ居心地が悪いのだ。
「もう始まるんだろ。行くぞ」
翔は無理やり話を切り上げ、真一の背中を軽く押した。
「文化祭賞、とれるかな」
「……まあ、なるようになるだろ」
遠くから放送が流れる。
――文化祭一日目を開始します。
*
翔たちのクラスのコスプレ喫茶は、始まってすぐこそ客足は少なかった。
しかし、一度来店した客が内装のこだわりや衣装の完成度に驚き、さらに翔のビジュアルも手伝って口コミが広がり、昼を過ぎるころには列ができるほどの盛況ぶりになっていた。
翔はホール担当で、真一は調理チームの指揮を執っている。
止まらないオーダー。
コーヒーの提供が遅れている。
翔は調理場の真一に声をかけた。
「真一、コーヒーって在庫あるか」
「どうも切らしちゃってるみたいで。一旦コーヒーは品切れにして、誰かに追加を買いに行ってもらおうかな」
「誰か行けるやついんの」
「うーん……」
「俺、そろそろ休憩だから買ってきてもいいけど」
するりと言葉が出る。
以前の、面倒くさがりだった翔からすれば、ありえない発言だった。
けれど最近の翔は、真一が困っていると、ついこういう言葉が出てしまうのだった。
「それはすごく助かるけど、休憩なのに」
「別に。どうせ大して見て回る気もなかったし」
これは本音だ。
先日、文化祭準備をサボろうとしたあの悪友二人をいなしてから、すっかり交流がなくなっていた。
わざわざまたつるむ気にもならない。
そうなると、翔には校内を一緒に回る相手もいなかった。
一人で回るのも面倒で、その気も失せていた。あいつらと一緒に回りたいとも思わない。
そのとき調理チームの一人、田中から声がかかる。
「真一くんもまだ休憩とってないだろ。一緒に行ってきなよ。ついでに回ってくればいいじゃん」
真一は、放っておくと一日中ここで仕事をしてしまうだろう。
田中は、そんな真一を気遣って、買い出しという理由をつけて休憩を取らせたいようだった。
「それは……」
「コーヒーは人気だしあったほうがいいから。どれ買うかとか、予算の管理も真一くんがしてるだろ」
「……ああ言ってるし、いいんじゃね。どっちにしろ重くて一人じゃ無理だし」
迷う真一に、田中に援護するように翔は言う。
重い荷物を一人で持つのはだるい。
それに、このままいけば真一と一緒に回れる。
これは押しどきだ、と翔は思った。
言い訳が用意されていて助かった。
そう考えていることに、翔自身はまだ気づいていない。
「そうだな。うん。俺も行く。ちょっと待ってて、準備するから」
真一は奥へ戻り、買い出し用のバッグと予算を準備し始める。
真一と文化祭を回る。
そう思うと、なぜだか翔は気分がよくなった。
さっきまでは回る気すらなかったのに。
なぜか。
「お待たせ。行こうか」
「おー」
文化祭で賑わう廊下を、真一と並んで歩く。
(文化祭、悪くないかもな)
翔は、妙に浮き立つ気持ちになっていた。
文化祭は、まだ始まったばかりだ。
