文化祭まであと二ヶ月。夏休みに入っていた。
出し物は無事に決まり、翔たちのクラスはコスプレ喫茶をやることになった。
完全に翔のビジュアルで客を呼ぼうとしている感じもするが、翔は当日サボる気なので、関係ないと思っている。
文化祭準備には、翔は行ったり行かなかったりしていた。
ただでさえ暑い八月に、強制力の低い集まりにわざわざ行く意味も見い出せない。
それでもたまに行くと、やはり必ず真一がいる。毎日来てるのだろう。イメージ通りだ。
その日は、バイトや部活であまり人数が集まっておらず、教室には翔と真一と、ほか数人の生徒がいるだけだった。
「なあ、今日なにすればいいの」
翔は真一に声をかける。
自分で仕事を探すなんて面倒なことはしない。
真一から渡されたものをやるのが翔の常だった。
それでも準備を手伝っている時点で、去年の自分なら考えられない。
去年は夏休みの補講すらサボっていたのだから、文化祭準備のために学校に来るなんてありえない話だった。
毎日直向きに準備を進める真一を近くで見ていると、どうもサボる気が削がれるのだ。
「今日はメニュー表を作ろうと思って。メニューはこれなんだけど、清書をお願いできるかな」
「うわ、字汚っ。これお前の字?ほぼ読めねーんだけど」
「うん。壊滅的だろ」
そこまでは言っていない。翔は、真面目な真一がたまにこうして真剣に自虐をするのが面白く感じていた。
真一は嘘をつかないし、自分を大きく見せようとしない。
そういうところが気に入っている。ーー気に入っている?いや、面白いだけ。
誰に向けてかわからない言い訳が、最近の翔の中ではよく行われていた。
話しながら、真一の前に向かい合わせで座る。
席はたくさん空いていたが、移動するのも面倒くさいし、読めない部分を確認しながら書きたい。
今回は言い訳がしやすかった。
「壊滅的だと思うなら直せば」
「漢字ドリルでもやるかな。ひとまず、メニュー表はすぐ作る必要がある。翔にお願いしたいんだ」
「なんで俺?」
「翔の字は綺麗だなと、いつも思っていたんだ」
清書用の紙を受け取りながら、ぴた、と止まる。
あまり真一の前で字を書いた記憶はないが、文化祭の出し物決めの時、黒板に書いたものを見ていたのだろう。
その時には言われなかった。
言わずに、綺麗な字だと真一は思っていて、それをずっと覚えていたのだ。
「別に普通だけど」
「そんなことないと思う。メニュー表は翔に頼もうとずっと思っていたんだ」
読めない部分を確認しながら、メニューを清書していく。
真一はずっと頼もうと思っていた。他のやつじゃなく、翔に。
翔はなんとも不思議な気持ちになったが、その理由が何かまではわからなかった。
「……書道やってた。小学生ん時」
ぽつりと言う。
小学生の頃、書道大会で賞をとるくらいにはしっかりとやっていた。両親が離婚する中学までは続けていたが、その後は通う余裕もなくなり、辞めたのだ。
わざわざ自分の話をするのは久しぶりのことだった。
言うタイミングもないし、言う理由もない。
それに、頑張ることをダサいと思っている悪友たちに昔やっていた習い事の話をしたところで、ダサいなあと馬鹿にされるのが関の山だった。
けれど真一は、人を馬鹿にするようなことは絶対にしない。
真一になら言ってもいい気持ちになっていた。
この一ヶ月で、翔にとって真一は、ある程度信用できるやつという評価に変わっていた。
「やっぱりそうなのか。ただものではないと思ってた」
「ただものではないってなんだよ。たかが書道で」
「俺の字を見てもそう思うのか?俺にはできないことだ」
「まあこの字の汚さは終わってるな」
笑っていた。自然と。
真一の反応は、すべて真剣に言っているから面白い。
軽口を言い合いながら、作業を進める。
真一と過ごす時間は、悪くない。と翔は改めて感じていた。
翔にとっての「悪くない」は「かなり良い」と同義だ。
出来上がったメニュー表は、翔の整った字で、とても読みやすい仕上がりになっていた。
「今日はここまで。明日みんなに、翔が書いてくれたと共有するよ」
「別に、言わなくていい」
「そうか?せっかく書いてくれたのに」
「言うのは完成したってだけでいいだろ」
書道やらの話は、真一とだけの話にしたかった。
それは、知られたら馬鹿にされそうだとか、色々理由はあったが、翔の字が綺麗だと気付いた真一だけが知っていれば良いと翔が思ったからだった。
真一との話を周囲に話したくなくなっている。その理由には、翔はまだ気付いていない。
「そうか。じゃあ俺だけ、このメニューを書いたのは翔だって知っておく」
「ん」
「他にも書いて欲しいのがたくさんあるんだ。明日も頼んで良いかな?」
「おい、なんか俺の仕事増やそうとしてないか?」
「ばれたか」
真一が笑っている。
普段しっかりしていて大人びている真一は、笑うとちょっと幼くなる。
翔はその顔が――悪くないと思っている。
「ま、来てやっても良い。暇だし」
「うん。明日も俺はここにいるから。待ってる」
待ってると言われたら、まあ、そうだな。来てやるか。と翔は自分を納得させる。
別に真一に会いたいわけじゃない。断じて。
その足でまた溜まり場に行ったが、相変わらず、有名な先輩と仲がいいとか、あの女子校は狙えるとか、つまらない話に溢れていて翔はあくびが止まらなかった。
真一と話してる時間のほうがマシだったな。と思い、いつもより早く帰路に着く。
明日はまた文化祭準備に行くか。暇だし。
そうまた言い訳をして、翔は眠った。
出し物は無事に決まり、翔たちのクラスはコスプレ喫茶をやることになった。
完全に翔のビジュアルで客を呼ぼうとしている感じもするが、翔は当日サボる気なので、関係ないと思っている。
文化祭準備には、翔は行ったり行かなかったりしていた。
ただでさえ暑い八月に、強制力の低い集まりにわざわざ行く意味も見い出せない。
それでもたまに行くと、やはり必ず真一がいる。毎日来てるのだろう。イメージ通りだ。
その日は、バイトや部活であまり人数が集まっておらず、教室には翔と真一と、ほか数人の生徒がいるだけだった。
「なあ、今日なにすればいいの」
翔は真一に声をかける。
自分で仕事を探すなんて面倒なことはしない。
真一から渡されたものをやるのが翔の常だった。
それでも準備を手伝っている時点で、去年の自分なら考えられない。
去年は夏休みの補講すらサボっていたのだから、文化祭準備のために学校に来るなんてありえない話だった。
毎日直向きに準備を進める真一を近くで見ていると、どうもサボる気が削がれるのだ。
「今日はメニュー表を作ろうと思って。メニューはこれなんだけど、清書をお願いできるかな」
「うわ、字汚っ。これお前の字?ほぼ読めねーんだけど」
「うん。壊滅的だろ」
そこまでは言っていない。翔は、真面目な真一がたまにこうして真剣に自虐をするのが面白く感じていた。
真一は嘘をつかないし、自分を大きく見せようとしない。
そういうところが気に入っている。ーー気に入っている?いや、面白いだけ。
誰に向けてかわからない言い訳が、最近の翔の中ではよく行われていた。
話しながら、真一の前に向かい合わせで座る。
席はたくさん空いていたが、移動するのも面倒くさいし、読めない部分を確認しながら書きたい。
今回は言い訳がしやすかった。
「壊滅的だと思うなら直せば」
「漢字ドリルでもやるかな。ひとまず、メニュー表はすぐ作る必要がある。翔にお願いしたいんだ」
「なんで俺?」
「翔の字は綺麗だなと、いつも思っていたんだ」
清書用の紙を受け取りながら、ぴた、と止まる。
あまり真一の前で字を書いた記憶はないが、文化祭の出し物決めの時、黒板に書いたものを見ていたのだろう。
その時には言われなかった。
言わずに、綺麗な字だと真一は思っていて、それをずっと覚えていたのだ。
「別に普通だけど」
「そんなことないと思う。メニュー表は翔に頼もうとずっと思っていたんだ」
読めない部分を確認しながら、メニューを清書していく。
真一はずっと頼もうと思っていた。他のやつじゃなく、翔に。
翔はなんとも不思議な気持ちになったが、その理由が何かまではわからなかった。
「……書道やってた。小学生ん時」
ぽつりと言う。
小学生の頃、書道大会で賞をとるくらいにはしっかりとやっていた。両親が離婚する中学までは続けていたが、その後は通う余裕もなくなり、辞めたのだ。
わざわざ自分の話をするのは久しぶりのことだった。
言うタイミングもないし、言う理由もない。
それに、頑張ることをダサいと思っている悪友たちに昔やっていた習い事の話をしたところで、ダサいなあと馬鹿にされるのが関の山だった。
けれど真一は、人を馬鹿にするようなことは絶対にしない。
真一になら言ってもいい気持ちになっていた。
この一ヶ月で、翔にとって真一は、ある程度信用できるやつという評価に変わっていた。
「やっぱりそうなのか。ただものではないと思ってた」
「ただものではないってなんだよ。たかが書道で」
「俺の字を見てもそう思うのか?俺にはできないことだ」
「まあこの字の汚さは終わってるな」
笑っていた。自然と。
真一の反応は、すべて真剣に言っているから面白い。
軽口を言い合いながら、作業を進める。
真一と過ごす時間は、悪くない。と翔は改めて感じていた。
翔にとっての「悪くない」は「かなり良い」と同義だ。
出来上がったメニュー表は、翔の整った字で、とても読みやすい仕上がりになっていた。
「今日はここまで。明日みんなに、翔が書いてくれたと共有するよ」
「別に、言わなくていい」
「そうか?せっかく書いてくれたのに」
「言うのは完成したってだけでいいだろ」
書道やらの話は、真一とだけの話にしたかった。
それは、知られたら馬鹿にされそうだとか、色々理由はあったが、翔の字が綺麗だと気付いた真一だけが知っていれば良いと翔が思ったからだった。
真一との話を周囲に話したくなくなっている。その理由には、翔はまだ気付いていない。
「そうか。じゃあ俺だけ、このメニューを書いたのは翔だって知っておく」
「ん」
「他にも書いて欲しいのがたくさんあるんだ。明日も頼んで良いかな?」
「おい、なんか俺の仕事増やそうとしてないか?」
「ばれたか」
真一が笑っている。
普段しっかりしていて大人びている真一は、笑うとちょっと幼くなる。
翔はその顔が――悪くないと思っている。
「ま、来てやっても良い。暇だし」
「うん。明日も俺はここにいるから。待ってる」
待ってると言われたら、まあ、そうだな。来てやるか。と翔は自分を納得させる。
別に真一に会いたいわけじゃない。断じて。
その足でまた溜まり場に行ったが、相変わらず、有名な先輩と仲がいいとか、あの女子校は狙えるとか、つまらない話に溢れていて翔はあくびが止まらなかった。
真一と話してる時間のほうがマシだったな。と思い、いつもより早く帰路に着く。
明日はまた文化祭準備に行くか。暇だし。
そうまた言い訳をして、翔は眠った。
