先日の文化祭実行委員全体会議から数日後。
真一が確保した文化祭準備のためのLHR(ロングホームルーム)。
ざわつく教室には、いまいちやる気が感じられない。
翔と真一は教室の前に立ち、黒板に「出し物候補」と書いて候補を募っていた。
「何でもいいから、候補がある人は手を挙げてくれるか」
真一が呼びかけるが、返ってくるのはざわざわとした私語ばかりだった。
面倒だし、候補を出して目立つのも嫌なのだろう。
翔は、めんどくさ、と思った。
さっさと終わらせたいのは翔も同じだ。しかし候補が出なければ話は進まない。
「なあ、面倒なのは俺も同じ。候補が出ないと終わらないんだから、誰でもいいから何か出して」
翔が前に出て呼びかける。
するとクラスメイトたちも翔に威圧されたのか納得したのか、ぽつぽつと手が挙がり始めた。
五つほど候補が集まり、LHRは終了した。
「翔、ありがとうな。さっき」
LHR後、黒板の内容を書き写しながら真一が言った。
真一は基本的に相手を下の名前で呼ぶらしい。
翔は、何がだ、と思う。
「翔が声をかけてくれたから候補が出始めた。俺、ああいう呼びかけは苦手なんだ。助かったよ」
「あー、別に。俺がめんどくさかっただけだし」
実際その通りだった。
翔は早く終わらせたくて声を上げただけだ。
しかし真一は、本心から感謝しているようだった。
真一は先生との交渉や、一対一でのやり取りは得意だ。しかし大勢に向かって強く働きかけるのは苦手らしい。
特に「面倒だから早く出してくれ」というような言い方は、真一にはできない。
だからこそ助かったのだろう。
真一の言葉には嘘がない。
だからこそ感謝もまっすぐ伝わってくる。
自分本位な行動に礼を言われて、翔はなんともむず痒い気持ちになった。
真一は黒板を書き写し終えると、そのままアンケートを作り始めた。
紙で作ろうとする姿を見て、思わず翔は声をかける。
「ちょっと待て。こんなの、Webで作ってスマホから回答させた方が集計も楽だろ」
「スマホか……俺はそういうの疎くて」
だろうな、と翔は思った。
この真面目な男がSNSやアプリに夢中になっている姿はあまり想像できない。
このまま任せて紙でやらせて、集計も丸投げしてもいい。けれど。
「集計がめんどい。Webで作ろう。俺がやるから」
口にしてから、しまったと思った。
楽をしようとしていたはずなのに、これでは積極的に参加している。
――さっき礼を言われたことが妙に引っかかっていただけだ。
そう自分に言い訳しながら、真一の手から候補が書かれた紙をひったくる。
別にやる気があるわけじゃないというアピールのつもりだ。
誰に向けたものなのかは、自分でもよく分からないが。
「ありがとう。優しいんだな」
また礼を言われた。むず痒い。
だが、不思議と嫌ではなかった。
「……ていうか、今時スマホも使えないとか。じじいかよ」
照れ隠しからか、また失礼な物言いをしてしまう。
「それ、よく言われるんだよな。スマホの勉強をするべきか」
「スマホに勉強もなにもないだろ」
真剣にスマホの勉強を検討する真一に、翔は少し笑ってしまった。
翔はそのまま真一の隣に座り、スマホを操作する。
「はい、できた。期限までに回答するようグループチャットで流しておいたから。回答してないやつへの声かけは真一がやれよ」
紙をぽいと返しながら告げる。
一対一が得意なら、そういう役回りも得意だろう。
投げやりに見えるが、結果的には得意分野で役割分担していた。
なぜか翔は、真一の真面目さに巻き込まれているような感覚を覚えた。
「ああ、任せてくれ。そういうのは得意だ」
「あっそ。じゃあ俺はこれで」
そう言って席を立つ。
今日の放課後は、悪友たちと近所の女子校の連中と遊ぶ約束がある。
大して興味もないが、適当に誰か持ち帰れればまあ、暇つぶしにはなるだろう。
自分の席へ戻って帰り支度をしながらふと見ると、真一は引き続き昨年の文化祭資料を広げ、今後の流れを確認しているようだった。
真面目なやつめ。
「翔、それじゃ。また明日」
教室を出る間際、真一が声をかけてくる。
「おー」
軽く返事をして教室を出た。
真一の「ありがとう」が、妙に頭に残っている。
適当に生きてきた翔は、人から感謝されることがほとんどない。
あったとしても、悪友に罰ゲームで奢らされたあとの「ありがと〜」のような軽いものだ。
それも奢った恩は三秒で忘れられる。逆の立場だった時の自分もそうだ。
何の衒いもなく向けられる、まっすぐな「ありがとう」。
そんな言葉を受け取ったのは、いつぶりだろうか。
そこまで考えて、まあどうでもいいけど、と首を振る。
そしてそのまま、悪友たちの待つ溜まり場へ向かった。
真一が確保した文化祭準備のためのLHR(ロングホームルーム)。
ざわつく教室には、いまいちやる気が感じられない。
翔と真一は教室の前に立ち、黒板に「出し物候補」と書いて候補を募っていた。
「何でもいいから、候補がある人は手を挙げてくれるか」
真一が呼びかけるが、返ってくるのはざわざわとした私語ばかりだった。
面倒だし、候補を出して目立つのも嫌なのだろう。
翔は、めんどくさ、と思った。
さっさと終わらせたいのは翔も同じだ。しかし候補が出なければ話は進まない。
「なあ、面倒なのは俺も同じ。候補が出ないと終わらないんだから、誰でもいいから何か出して」
翔が前に出て呼びかける。
するとクラスメイトたちも翔に威圧されたのか納得したのか、ぽつぽつと手が挙がり始めた。
五つほど候補が集まり、LHRは終了した。
「翔、ありがとうな。さっき」
LHR後、黒板の内容を書き写しながら真一が言った。
真一は基本的に相手を下の名前で呼ぶらしい。
翔は、何がだ、と思う。
「翔が声をかけてくれたから候補が出始めた。俺、ああいう呼びかけは苦手なんだ。助かったよ」
「あー、別に。俺がめんどくさかっただけだし」
実際その通りだった。
翔は早く終わらせたくて声を上げただけだ。
しかし真一は、本心から感謝しているようだった。
真一は先生との交渉や、一対一でのやり取りは得意だ。しかし大勢に向かって強く働きかけるのは苦手らしい。
特に「面倒だから早く出してくれ」というような言い方は、真一にはできない。
だからこそ助かったのだろう。
真一の言葉には嘘がない。
だからこそ感謝もまっすぐ伝わってくる。
自分本位な行動に礼を言われて、翔はなんともむず痒い気持ちになった。
真一は黒板を書き写し終えると、そのままアンケートを作り始めた。
紙で作ろうとする姿を見て、思わず翔は声をかける。
「ちょっと待て。こんなの、Webで作ってスマホから回答させた方が集計も楽だろ」
「スマホか……俺はそういうの疎くて」
だろうな、と翔は思った。
この真面目な男がSNSやアプリに夢中になっている姿はあまり想像できない。
このまま任せて紙でやらせて、集計も丸投げしてもいい。けれど。
「集計がめんどい。Webで作ろう。俺がやるから」
口にしてから、しまったと思った。
楽をしようとしていたはずなのに、これでは積極的に参加している。
――さっき礼を言われたことが妙に引っかかっていただけだ。
そう自分に言い訳しながら、真一の手から候補が書かれた紙をひったくる。
別にやる気があるわけじゃないというアピールのつもりだ。
誰に向けたものなのかは、自分でもよく分からないが。
「ありがとう。優しいんだな」
また礼を言われた。むず痒い。
だが、不思議と嫌ではなかった。
「……ていうか、今時スマホも使えないとか。じじいかよ」
照れ隠しからか、また失礼な物言いをしてしまう。
「それ、よく言われるんだよな。スマホの勉強をするべきか」
「スマホに勉強もなにもないだろ」
真剣にスマホの勉強を検討する真一に、翔は少し笑ってしまった。
翔はそのまま真一の隣に座り、スマホを操作する。
「はい、できた。期限までに回答するようグループチャットで流しておいたから。回答してないやつへの声かけは真一がやれよ」
紙をぽいと返しながら告げる。
一対一が得意なら、そういう役回りも得意だろう。
投げやりに見えるが、結果的には得意分野で役割分担していた。
なぜか翔は、真一の真面目さに巻き込まれているような感覚を覚えた。
「ああ、任せてくれ。そういうのは得意だ」
「あっそ。じゃあ俺はこれで」
そう言って席を立つ。
今日の放課後は、悪友たちと近所の女子校の連中と遊ぶ約束がある。
大して興味もないが、適当に誰か持ち帰れればまあ、暇つぶしにはなるだろう。
自分の席へ戻って帰り支度をしながらふと見ると、真一は引き続き昨年の文化祭資料を広げ、今後の流れを確認しているようだった。
真面目なやつめ。
「翔、それじゃ。また明日」
教室を出る間際、真一が声をかけてくる。
「おー」
軽く返事をして教室を出た。
真一の「ありがとう」が、妙に頭に残っている。
適当に生きてきた翔は、人から感謝されることがほとんどない。
あったとしても、悪友に罰ゲームで奢らされたあとの「ありがと〜」のような軽いものだ。
それも奢った恩は三秒で忘れられる。逆の立場だった時の自分もそうだ。
何の衒いもなく向けられる、まっすぐな「ありがとう」。
そんな言葉を受け取ったのは、いつぶりだろうか。
そこまで考えて、まあどうでもいいけど、と首を振る。
そしてそのまま、悪友たちの待つ溜まり場へ向かった。
