大会を待ち遠しく感じながら、俺は颯先輩にお菓子を作り続けた。
颯先輩は部活の休憩時間に顔を出し、窓越しに俺と少し話をしてはまた部活に戻っていく。
そんな日々を繰り返し、大会も間近に迫ったある日のことだった。
いつものように調理室で作業をしていると、廊下が何やら騒がしくなった。大人同士が言い合うような声がだんだん近づいてくる。
まもなくして、勢いよく調理室の扉が開いた。
扉の前に立っていたのは、2年生の学年主任と知らない女性だった。
「あなたね? 颯にお菓子を渡しているのは」
第一声で出てきた名前に、おそらくこの女性は颯先輩の母親なのだろうと見当がついた。
「お待ちください、佐々木さん」
先生の制止を振り払い、颯先輩の母親はカツカツとこちらにやって来る。
「やっぱり、あなたで間違いないみたい」
俺が使用していた作業台に目を落とし、確信的に言う。
「最近、様子がおかしいと思ったら。あの子、机の引き出しの中にこんなものを隠していたの」
そして、鞄から何かを取り出して俺の目の前に置いた。それは、リボンの切れ端で、今まさに俺がラッピングで使っているものと同じだった。
「これも、これも……」
鞄からは他にもラッピング用の包装紙や袋が出てくる。どれも俺が颯先輩にお菓子を贈る際に使ったものだ。
「あの、これは……」
どういうことなのか聞こうとして、それを遮るように颯先輩の母親が言い放つ。
「陸上をやっている颯に、こんな甘いものを毎日食べさせるなんて、どういうつもりなの?」
俺は言葉を失った。
どうして今まで気づけなかったのだろうと、自分に落胆する。
これまでずっと颯先輩の好みや反応ばかり気にして、陸上をやる人が食べるものとして相応しいのかという視点が欠けていた。
体が冷えていく感覚がして、俺はただ立ち尽くすことしかできない。
すると、窓際から声がした。
「母さん、何してんの?」
休憩時間になったのか、いつものように窓の外に颯先輩の姿がある。けれど、普段より声が低く、怒っているようだった。
「颯、あなた陸上の選手としての自覚が足りないんじゃないの? 私が家での食事にどれだけ気を遣っていると思ってるの」
「勝手なことして……」
颯先輩は作業台に置かれたラッピングを見て、事情を察したらしい。
「俺が光希に頼んで作ってもらったんだ。光希は悪くない。文句なら俺に直接言えばいいだろ」
「もちろん、あなたにも話す予定だったわ。けど、作った本人にも、ちゃんと迷惑だって言っておかないといけないでしょう?」
「俺は迷惑だなんて……」
「あの……!」
居た堪れなくなり、俺は間に入るように声を上げた。
「すみません。俺の認識が甘かったです。もっとちゃんと考えるべきでした……」
颯先輩が喜んでくれるからって浮かれていた自分が恥ずかしくなる。
なにが料理部だ。よく考えれば、わかることなのに。食べる人の健康や体を気遣うこともできないなんて、料理をする人間として失格だ。
「もう作るのやめますから……本当にすみませんでした!」
颯先輩の顔を直視することもできず、俺は頭を下げると、逃げるように調理室を飛び出した。

