(わ、新入生の大売り出しだなあ……)
薄ピンク色の桜が舞い散る校庭を眺め下ろして、僕・朝比奈千尋はそんなことをぼんやりと思った。
透明な窓ガラスを一枚挟んだ向こうでは、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが入学式を終え、体育館からぞろぞろと出てくるところだった。そこへ待機していたユニフォームや胴着姿の二年生と三年生が、我先にと近づいていく。入学式直後の恒例、部活の勧誘だ。
今日は高校の入学式。本当だったら二年生も三年生も学校はお休みだ。それでもこうして学校に来ているのは、自分たちの部活に一年生を勧誘しようとビラ片手に突撃してゆく運動部の生徒だけ。
落としたお菓子に群がるアリのように、一年生に必死のアピールする在校生の姿を眺めていると、
――……いいなぁ。
なんて、ちょっと思ってしまった。
ちょうど一年前、新入生だった僕も当然あそこにいた。だけど僕には一枚もビラは渡されなかった。
百六十センチをわずかに超えただけのひょろひょろの体つきに、インドアの証の真っ白な肌、制服を脱げば中学生に間違えられる目ばかりが大きな童顔とくれば、運動部が僕を部員に欲しがるわけもない。僕のときだけビラを渡す手が華麗に避けていくので、自分でもちょっと笑ってしまったくらいだった。
そしてそんなイケイケドンドンの運動部じゃない僕が、なぜ今日学校に来ているかというと、それには深い理由がある。
僕がいま所属しているのはミステリー研究部、略してミス研だ。
実はミス研は現在部員二名。二年生の僕と三年生の吉沢先輩という女子の二人きりだ。その吉沢先輩から、昨日の夜こんなメッセージが届いた。
〈朝比奈、明日は学校に十時に集合〉
〈明日は入学式なんで学校は休みですよ〉
〈入学式の後で新入生の勧誘するのよ! もう一人部員見つけないと、ミス研は今年で廃部になっちゃうんだから!〉
というわけで、先輩命令に従い僕は今学校にいる。とはいってもあの屈強な運動部の人たちを押しのけて新入生を勧誘できるわけもなく、こうして校舎の二階にある部室で待機しているだけだけど。
(吉沢先輩、どこにいるんだろ……)
窓のそばに椅子を移動させて、僕は校庭の様子を眺めた。
緑色のユニフォームはサッカー部。テニス部とかバトミントン部はラケットを持ってるからわかりやすい。胴着姿なのは空手部か柔道部か……うーん、ちょっとわからない。あ、袴姿の弓道部もいる。
だけどあまりの暖かな陽気にだんだん眠たくなってくる。椅子に座りながら、いつのまにかまどろんでしまっていたらしい。
急に部室の扉ががらっと開いて、僕は慌てて姿勢を正した。
「あー朝比奈、寝てたでしょ」
文句を言いながら入ってきたのは吉沢先輩。
すらりとした長身は男子にまけず劣らずで、すっきりしたショートカットが小さな頭を際立たせている。黙っていればかなり美人の類に入るだろうけど、中身はシャーロック・ホームズが大好きな筋金入りのミステリーオタクだ。
(――あれ?)
ふと吉沢先輩の後ろに誰かいることに気が付いた。
吉沢先輩よりもさらに長身の男子生徒。百八十センチはあるだろうか。新入生のようで、胸には『入学おめでとう』と書かれた花のブローチを付けている。
この人は誰だろうと吉沢先輩を伺うと、彼女は得意げに胸を張った。
「この子、入部希望の一年生!」
「えっ?」
まさかそうだとは思わず、大きな声が出てしまった。
(嘘……入部希望?)
まじまじとその一年生の顔を見て、僕はもう一度驚いた。彼の顔が驚くほどに整っていたからだ。
涼し気な切れ長の二重に、すっと通った鼻筋、下唇がすこし厚めで、それがまた妙に男らしい雰囲気を醸し出している。髪は染めているのかどうなのかのぎりぎりのラインを攻めているかのような茶色。SNSで話題のモデルです、と紹介されても納得してしまいそうなほどのイケメンくんだ。
そのイケメンくんはじっと黙ったまま、僕の顔を見つめ続けている。顔が整った人の真顔って結構怖いんだな。僕はちょっと怖気づきながらもなんとか声を出した。
「……あ、と、にゅ、入部ですか? ど、ど、どこかと間違ってます?」
だってこんなきらきらした人が、地味で目立たないミス研に入りたいなんて信じられない。
だが彼はきっぱりと首を振る。
「……いえ、間違いじゃないです。ミス研です」
違うのか。少し考え、思い当たった。
「あっ、どっきり……とか?」
「ちょっと朝比奈、何言ってんの? んなわけないじゃん。なんのどっきり? 誰得?」
「で、ですよね……」
吉沢先輩は僕を一度睨んでおいてから、イケメンくんに向かってにっこりと微笑んだ。
「さあ、新入部員くん。ここに座って座って」
吉沢先輩は部屋の中央に置かれた机に着くと、一年生に向かって入部届を差し出した。
「先に説明しておくと、ミス研の活動日は月、水、金の週に三回。活動内容は主に、部員同士でえらんだ課題図書の評論会したり、トリック・推理研究したり、各自で小説書いて読みあったりとか。あとは文化祭のときに展示したりとかもあるね。そんな感じだけど、大丈夫そ?」
「はい」
頷いた彼は、ボールペンで入部届に記入を始めた。僕はそれを窓際に立ったままで眺める。綺麗な、少し右上がりの文字。
(木崎光希くんか……)
木崎くんは名前を書き終わると、ふいにこちらに視線を向けてきた。少し長めの前髪の下から覗く木崎くんの瞳は驚くほどに綺麗で、男だとわかっていても思わずどきりとしてしまう。
(うわ、ほんとにイケメンだな……ぴかぴかに光ってる……)
じっと見つめられて戸惑いながらも内心でなんてことを考えていると、木崎くんが意を決したように口を開いた。
「朝比奈千尋先輩ですよね?」
「え」
なんで僕の名前を知ってるんだろう。
「俺のこと覚えてますか」
「えっ?」
じっと真剣な瞳で見てくる木崎くん。だけどこんなイケメンの知り合いなんて絶対にいない。
「も、申し訳、ないんですけど……覚えて……ないです」
「全然?」
「は、はい」
僕が頷くと、木崎くんはショックを受けたような顔でかちりと固まってしまった。
「マジか、覚えてねえのか……」
小さな声で呟くとかがっくりと項垂れてしまった。だが俯くこと数秒ほど、すぐに木崎くんはぱっと顔を上げた。
(あれ……? 何か、目、怒ってない……?)
怒っているっていうか、今にも崖を飛び降りそうっていうか、壮大な決意をしたかのような目っていうか……?
戸惑っているうちにも、木崎くんは椅子から立ち上がってこちらに近づいてくる。
「あ……え……あの……」
「俺、この高校、朝比奈先輩に会うために入ったんです」
「へ?」
「朝比奈先輩のこと好きなんだと思います」
(……は?)
「聞こえた? 先輩のこと好きです」
いやいや、ちょっと待って。
えーと……?
「だ、だ、だ、誰が、すすすすす好き、だって?」
「だから俺が、先輩のこと好きだって話」
いやいやいや。
だって、男が男を好きだって。初対面でいきなり告ってくるなんて。
「な、な、な、なんで?」
「なんでって、好きになるのに理由がいりますか?」
どうなんだろう。理由はいると思うけど、イケメン木崎くんにそう言われたら、いらないような気にもなってくる。
「もしかして信じられないですか?」
こくんと頷く。
「嘘だとか思ってる?」
こくこくと頷く。
「俺は本気です」
「え……え……え……?」
……と言われてもこっちは初対面だ。それに告白なんて初めてで。っていうかこれは告白なのか。
そう気が付くと顔が急に火照ってくる。心臓がばっくんばっくんうるさい。
それなのに木崎くんが一歩また一歩と僕に近づいてくる。
「すぐに俺のこと好きなれなんて言わないから、先輩、俺のこと思い出してください」
「で、で、でも」
「謎解きなら得意でしょ?」
壁ドンする勢いでじりじりと木崎くんが迫ってくる。僕はのけぞりながら繰り返した。
「な……ぞとき?」
「そう。ここはミス研ですよね」
「う、うん」
「だったら謎解きも部活の活動に入りませんか?」
「……は?」
何を言っているのかわからない。ぽかんとした僕の顔のすぐ横に手を置いて、木崎くんは囁いた。
「『俺と先輩はどこでいつ会ったのでしょう?』 先輩、この謎解いてください」
――謎を解いてください、だって?
綺麗な木崎くんの顔が近すぎて、すごい圧で、まるで金縛りになったかのように動けない。
そのとき不意にぶふっと破裂音が聞こえた。
はっと我に返る。
そうだった、部室にはもう一人の人間がいたのだった。慌てて吉沢先輩の方を見ると、彼女は両手で口を押さえて真っ赤な顔でふーふー荒い息を付いていた。
吉沢先輩はこほんと咳ばらいをして大きく深呼吸をすると、いまだに真っ赤な顔で、どうぞどうぞ、というように手を動かした。
「大丈夫、大丈夫、そのまま続けて!」
「ええ……?」
そのまま続けてと言われても……。
そのとき吉沢先輩の鼻の穴から、たらりと赤い液体が流れるのが見えた。僕と木崎くんは声をそろえて叫ぶ。
「先輩! 鼻血!」
薄ピンク色の桜が舞い散る校庭を眺め下ろして、僕・朝比奈千尋はそんなことをぼんやりと思った。
透明な窓ガラスを一枚挟んだ向こうでは、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが入学式を終え、体育館からぞろぞろと出てくるところだった。そこへ待機していたユニフォームや胴着姿の二年生と三年生が、我先にと近づいていく。入学式直後の恒例、部活の勧誘だ。
今日は高校の入学式。本当だったら二年生も三年生も学校はお休みだ。それでもこうして学校に来ているのは、自分たちの部活に一年生を勧誘しようとビラ片手に突撃してゆく運動部の生徒だけ。
落としたお菓子に群がるアリのように、一年生に必死のアピールする在校生の姿を眺めていると、
――……いいなぁ。
なんて、ちょっと思ってしまった。
ちょうど一年前、新入生だった僕も当然あそこにいた。だけど僕には一枚もビラは渡されなかった。
百六十センチをわずかに超えただけのひょろひょろの体つきに、インドアの証の真っ白な肌、制服を脱げば中学生に間違えられる目ばかりが大きな童顔とくれば、運動部が僕を部員に欲しがるわけもない。僕のときだけビラを渡す手が華麗に避けていくので、自分でもちょっと笑ってしまったくらいだった。
そしてそんなイケイケドンドンの運動部じゃない僕が、なぜ今日学校に来ているかというと、それには深い理由がある。
僕がいま所属しているのはミステリー研究部、略してミス研だ。
実はミス研は現在部員二名。二年生の僕と三年生の吉沢先輩という女子の二人きりだ。その吉沢先輩から、昨日の夜こんなメッセージが届いた。
〈朝比奈、明日は学校に十時に集合〉
〈明日は入学式なんで学校は休みですよ〉
〈入学式の後で新入生の勧誘するのよ! もう一人部員見つけないと、ミス研は今年で廃部になっちゃうんだから!〉
というわけで、先輩命令に従い僕は今学校にいる。とはいってもあの屈強な運動部の人たちを押しのけて新入生を勧誘できるわけもなく、こうして校舎の二階にある部室で待機しているだけだけど。
(吉沢先輩、どこにいるんだろ……)
窓のそばに椅子を移動させて、僕は校庭の様子を眺めた。
緑色のユニフォームはサッカー部。テニス部とかバトミントン部はラケットを持ってるからわかりやすい。胴着姿なのは空手部か柔道部か……うーん、ちょっとわからない。あ、袴姿の弓道部もいる。
だけどあまりの暖かな陽気にだんだん眠たくなってくる。椅子に座りながら、いつのまにかまどろんでしまっていたらしい。
急に部室の扉ががらっと開いて、僕は慌てて姿勢を正した。
「あー朝比奈、寝てたでしょ」
文句を言いながら入ってきたのは吉沢先輩。
すらりとした長身は男子にまけず劣らずで、すっきりしたショートカットが小さな頭を際立たせている。黙っていればかなり美人の類に入るだろうけど、中身はシャーロック・ホームズが大好きな筋金入りのミステリーオタクだ。
(――あれ?)
ふと吉沢先輩の後ろに誰かいることに気が付いた。
吉沢先輩よりもさらに長身の男子生徒。百八十センチはあるだろうか。新入生のようで、胸には『入学おめでとう』と書かれた花のブローチを付けている。
この人は誰だろうと吉沢先輩を伺うと、彼女は得意げに胸を張った。
「この子、入部希望の一年生!」
「えっ?」
まさかそうだとは思わず、大きな声が出てしまった。
(嘘……入部希望?)
まじまじとその一年生の顔を見て、僕はもう一度驚いた。彼の顔が驚くほどに整っていたからだ。
涼し気な切れ長の二重に、すっと通った鼻筋、下唇がすこし厚めで、それがまた妙に男らしい雰囲気を醸し出している。髪は染めているのかどうなのかのぎりぎりのラインを攻めているかのような茶色。SNSで話題のモデルです、と紹介されても納得してしまいそうなほどのイケメンくんだ。
そのイケメンくんはじっと黙ったまま、僕の顔を見つめ続けている。顔が整った人の真顔って結構怖いんだな。僕はちょっと怖気づきながらもなんとか声を出した。
「……あ、と、にゅ、入部ですか? ど、ど、どこかと間違ってます?」
だってこんなきらきらした人が、地味で目立たないミス研に入りたいなんて信じられない。
だが彼はきっぱりと首を振る。
「……いえ、間違いじゃないです。ミス研です」
違うのか。少し考え、思い当たった。
「あっ、どっきり……とか?」
「ちょっと朝比奈、何言ってんの? んなわけないじゃん。なんのどっきり? 誰得?」
「で、ですよね……」
吉沢先輩は僕を一度睨んでおいてから、イケメンくんに向かってにっこりと微笑んだ。
「さあ、新入部員くん。ここに座って座って」
吉沢先輩は部屋の中央に置かれた机に着くと、一年生に向かって入部届を差し出した。
「先に説明しておくと、ミス研の活動日は月、水、金の週に三回。活動内容は主に、部員同士でえらんだ課題図書の評論会したり、トリック・推理研究したり、各自で小説書いて読みあったりとか。あとは文化祭のときに展示したりとかもあるね。そんな感じだけど、大丈夫そ?」
「はい」
頷いた彼は、ボールペンで入部届に記入を始めた。僕はそれを窓際に立ったままで眺める。綺麗な、少し右上がりの文字。
(木崎光希くんか……)
木崎くんは名前を書き終わると、ふいにこちらに視線を向けてきた。少し長めの前髪の下から覗く木崎くんの瞳は驚くほどに綺麗で、男だとわかっていても思わずどきりとしてしまう。
(うわ、ほんとにイケメンだな……ぴかぴかに光ってる……)
じっと見つめられて戸惑いながらも内心でなんてことを考えていると、木崎くんが意を決したように口を開いた。
「朝比奈千尋先輩ですよね?」
「え」
なんで僕の名前を知ってるんだろう。
「俺のこと覚えてますか」
「えっ?」
じっと真剣な瞳で見てくる木崎くん。だけどこんなイケメンの知り合いなんて絶対にいない。
「も、申し訳、ないんですけど……覚えて……ないです」
「全然?」
「は、はい」
僕が頷くと、木崎くんはショックを受けたような顔でかちりと固まってしまった。
「マジか、覚えてねえのか……」
小さな声で呟くとかがっくりと項垂れてしまった。だが俯くこと数秒ほど、すぐに木崎くんはぱっと顔を上げた。
(あれ……? 何か、目、怒ってない……?)
怒っているっていうか、今にも崖を飛び降りそうっていうか、壮大な決意をしたかのような目っていうか……?
戸惑っているうちにも、木崎くんは椅子から立ち上がってこちらに近づいてくる。
「あ……え……あの……」
「俺、この高校、朝比奈先輩に会うために入ったんです」
「へ?」
「朝比奈先輩のこと好きなんだと思います」
(……は?)
「聞こえた? 先輩のこと好きです」
いやいや、ちょっと待って。
えーと……?
「だ、だ、だ、誰が、すすすすす好き、だって?」
「だから俺が、先輩のこと好きだって話」
いやいやいや。
だって、男が男を好きだって。初対面でいきなり告ってくるなんて。
「な、な、な、なんで?」
「なんでって、好きになるのに理由がいりますか?」
どうなんだろう。理由はいると思うけど、イケメン木崎くんにそう言われたら、いらないような気にもなってくる。
「もしかして信じられないですか?」
こくんと頷く。
「嘘だとか思ってる?」
こくこくと頷く。
「俺は本気です」
「え……え……え……?」
……と言われてもこっちは初対面だ。それに告白なんて初めてで。っていうかこれは告白なのか。
そう気が付くと顔が急に火照ってくる。心臓がばっくんばっくんうるさい。
それなのに木崎くんが一歩また一歩と僕に近づいてくる。
「すぐに俺のこと好きなれなんて言わないから、先輩、俺のこと思い出してください」
「で、で、でも」
「謎解きなら得意でしょ?」
壁ドンする勢いでじりじりと木崎くんが迫ってくる。僕はのけぞりながら繰り返した。
「な……ぞとき?」
「そう。ここはミス研ですよね」
「う、うん」
「だったら謎解きも部活の活動に入りませんか?」
「……は?」
何を言っているのかわからない。ぽかんとした僕の顔のすぐ横に手を置いて、木崎くんは囁いた。
「『俺と先輩はどこでいつ会ったのでしょう?』 先輩、この謎解いてください」
――謎を解いてください、だって?
綺麗な木崎くんの顔が近すぎて、すごい圧で、まるで金縛りになったかのように動けない。
そのとき不意にぶふっと破裂音が聞こえた。
はっと我に返る。
そうだった、部室にはもう一人の人間がいたのだった。慌てて吉沢先輩の方を見ると、彼女は両手で口を押さえて真っ赤な顔でふーふー荒い息を付いていた。
吉沢先輩はこほんと咳ばらいをして大きく深呼吸をすると、いまだに真っ赤な顔で、どうぞどうぞ、というように手を動かした。
「大丈夫、大丈夫、そのまま続けて!」
「ええ……?」
そのまま続けてと言われても……。
そのとき吉沢先輩の鼻の穴から、たらりと赤い液体が流れるのが見えた。僕と木崎くんは声をそろえて叫ぶ。
「先輩! 鼻血!」


