フィールド・オブ・ビュー

 それから、俺は毎日天真を観察する癖がついて、たくさんのことを知る。
 朝学校に来る手前で、駅から降りてきた俺のことを必ず待っていてくれること。同じ教室内では、休み時間のたびに俺の机周りに来て他愛のない話をしてくれること。
 お昼休みには、弁当だったり、購買だったり、その時々で昼飯は違うけど、晴れた日はお気に入りの中庭で揃って食べること。
 移動教室とか場所が変わる時には、執事並みに松葉杖の手配が素早いこと。放課後も然り。
 スケッチブックを持つのが大変だろうと、美術室まで送り迎えだ。
 あまりにも世話を焼かれすぎているような気がしてきて、申し訳なくなってきた俺は、今日ついに松葉杖を手放す決意をする。

「あれ!? 松葉杖なくない!?」

 いつも通り駅前で待っていてくれた天真が、驚いた顔をして駆け寄ってくる。そして、なぜか表情がすごく残念そうに見えるのだが、気のせいだろうか?

「もうなくても平気だから、今日から使わなくていいかなって」
「まじか!? 痛くないの? ほんとに大丈夫? 無理すんなよ」

 なんだか松葉杖を使っている時よりも、心配されている気がするのだが。たぶん、気のせいじゃない。

「大丈夫だってば。普通に生活する分には問題ないから」
「……俺、まだ絵利のそばにいてもいいの? もう要らない?」

 まるで、捨てられてしまう犬のように悲しい瞳で俺を見つめてくるから、困ってしまう。

「天真は元々俺のそばにずっといただろ。要らないわけあるか」

 そんなこと考えるのが意味わからんと、俺は内心怒ってしまう。それに、そばにいたいのは俺の方なのに、天真に要らないとか言われたら、たまらなくなる。嘘でも言ってほしくない。

「……良かった」

 ため息混じりに安心したような天真が、パッと明るい笑顔に戻る。

「足が治っても、俺は絵利が困ってたら助けになりたいから、なんでも言って! マジでなんでもするから!」
「天真は大好きなサッカーして、俺の絵のモデルにさえなってくれたらそれで十分です」

 キラキラと天真の放つオーラが、眩しすぎる。何でもするとか意味がわからない。俺だってどうしたいのか分からないのに。
 ふと、岸部長に言われた言葉を思い出してしまう。
『へぇ。まるで恋でもしているみたいな理由』
……俺が天真に、恋?
 ようやく歩き出した天真は俺のすぐ隣で今日の小テストの話をしている。そばにいるのが当たり前で、ずっと隣にいると思っていて、俺のために何でもしてくれると言ってくれる。俺は、うん、好きだよ。天真のこと。大好きだ。これって、恋なのか?

「絵利、教室着いたら数学ノート見せてよ」

 頭の中で天真のことばかり思いを巡らせていたからか、パッとこちらを向いた天真の笑顔に、反射的に頬が熱くなってしまう。

「……絵利?」
「ん、なんでもない」
「え? なんか、顔赤くね? 熱?」

 触れる寸前。伸びてきた天真の手のひらと脇腹に当たるシャツから伝わる体温に、俺の思考が狂ってしまった。

「なんでもないから!」
「……え」

 つい、大きな声で天真の手を払いのけていた。
 ハッとしてから見えた天真の表情は驚いていて、だけど、眉を下げて悲しそうになっていく。

「……ごめん」

 もうそこに居れなくなって、俺は先に急いで歩き出す。

「おはー、古谷」
「おはようー! 天真っ」

 今あったことなど何も知らないサッカー部の仲間たちが、俺たちに声をかけてくる。天真は俺の後ろを間隔をあけてついてきていたんだと思った。
 隣に天真がいて当たり前。なのに、今は近くても遠い。胸の中がさっきからキリキリと痛い。天真になんて思われただろう。
 俺が天真を好きとか、天真と恋するとか、そんなこと思ってもいいのだろうか。
 天真はモテるし人気者だし、こんな気持ち、気が付かなきゃよかった。

 結局、今日は一日天真とは距離をとって過ごしてしまった。気まずいままとか、嫌すぎる。けど、どうしたらいいのか分からない。
 美術室の机に寝そべっていると、岸部長が入ってきた。

「あれ、今日は進路相談って」

 昨日鍵を閉めるのを頼まれたはずなのにと、だらしなく寝そべっていた頭を起こした。

「うん、思ったより早く終わっちゃったから」
「そうだったんですか」
「あたし、進路はもう決めてるから、相談することも決まってるし、話サクサク進んじゃってさ」

 あははと岸部長は陽気に笑っている。

「古谷くんはどうしたの? 気分が乗らない?」

 来て早々に自分のスケッチブックを手にしながら、岸部長が聞いてくる。

「……気持ちに気が付いたら、なんか俺、おかしくなってしまって。今まともに天真の顔見れなくて」

 はぁ。とため息を吐き出してしまう。

「……え! ごめん、それってあたしのせい!?」
「え?」
「あたしが自覚なしだったのを自覚させちゃったってことだよね?」

 岸部長の顔が青ざめていくような気がするから、俺は首を振った。

「い、いえ。岸部長のせいなんかじゃないです。どっちにしろ、いつか気がつくことだったんだと思うから。頭の中ではずっと、考えていたので。カッコいいなとか、かわいいなとか、好きだなって」

 ただ、それを本人目の前にしたら急に恥ずかしくなってしまっただけで。

「……めっちゃ、好きなんじゃんー」

 スケッチブックを抱きしめて、岸部長がキャーっと顔を赤くしている。

「これって、伝えるべきですかね?」
「うーん……相手にも想われているって自信があるならイケイケゴーゴーだけど。もし違うのなら、なにか目標を決めたら良いんじゃないかな?」
「……目標?」
「たとえば、今古谷くんは滝沢くんをモデルにして絵を描こうとしてるじゃない? その絵が自分なりに自信を持って完成出来たら、告白する! とか」

 真剣に考えながら、岸部長がアドバイスをくれるから、俺の胸はドキドキと高鳴っていく。
 天真をモデルにして絵が描きたいと言ったのは俺だし、天真も引き受けてくれた。だったら、これはちゃんとやり切らないと。

「決めました! 俺、まずは天真の絵を完成させます! 俺の想いを全部注いで、最高の絵を描けたら、その時は告白します!」
「キャー! 素敵ー! 頑張ってね、応援してる!」
「はいっ! アドバイス、ありがとうございますっ」
「いやいや、そんな、アドバイスだなんてっ。楽しみが増えたー」
「え?」
「いやいや、こっちの話」
「じゃあ、さっそく行ってきます! 毎日描かないと上手くなりませんから!」
「うんうん。いってらっしゃーい。あたしはここから見てるよ〜」

 岸部長に見送られて、俺はグラウンドに向かう。今なら、天真のことを上手く描けそうな気がする。気持ちを伝えるためには、まずは絵に想いを込める。
 いつも助けてもらってばかりいるから、感謝の気持ちもあるし、なにより、天真に喜んでもらいたい。俺の一方通行かもしれない。片想いかもしれない。でも、この想いだけは伝えたい。