フィールド・オブ・ビュー

「あー! 絵利ー!」

 すぐに俺に気がついてくれた天真が、校庭の真ん中から大きな声で呼ぶ。
 一気に周りの目がこちらに向くから、はっきり言ってそう言うのはやめてほしいのだけど、俺に気がついてくれるのは嬉しいから、毎回我慢している。クスクス笑う上級生の先輩たちが、「かわいー」と天真のことを微笑ましく思ってくれることも、俺にはそうだろう? と、俺の天真はかわいいんだと言わんばかりに嬉しくなるから。

「松葉杖ついてんのに何持たせられてんの? 大丈夫?」

 練習の途中だと言うのに、俺に駆け寄ってくる天真は、完全に飼い主を見つけたわんこだ。ピンっと立つ耳とパタパタとせわしない尻尾が目に見えるようで、心がほっこりする。

「松葉杖は全然。大丈夫だから、気にすんな」

 膝の痛みはだいぶ良くなっているし、松葉杖はアクセサリーみたいなもので、実はほとんど意味がない。でも、これを持っていると天真が俺に甘くなるから、つい利用してしまっている。ごめん、天真。

「美術部部長の岸先輩に、スケッチブック贈呈してもらった。天真のこと描かせて」
「うお! マジで!? ほんとだ、スケッチブックじゃんっ。描いて描いてー」

 俺の肩にかかるスケッチブックを見て、テンションが上がる天真がいちいちかわいい。

「あ、でも、ベンチに入って描いてもいいか了承得ないと」
「そんなん、元々サッカー部だったんだもん、いいに決まってる!」

 言い切る天真の自信に乗ることなく、俺は冷静にベンチまで行くと、練習中で手の空いていない木下部長に代わって、マネージャーの山口先輩に声をかけた。

「あの、山口先輩」
「あれー! 古谷くん。足大丈夫?」

 小柄な山口先輩が、松葉杖をつく俺の姿を見てから、上目遣いでパッチリした瞳を向けて、心配してくれる。素直に可愛らしい人だとは思うけど、天真に感じるような、心の中がほんわか満たされるような感覚はない。

「はい、もうほとんど治ってるんですが。念の為」

 天真に心配されたいがため。とは言えないから、俺は笑って誤魔化す。

「あたしは全然いいよー! ちょうど話し相手も欲しかったし」

 マネージャーの仕事は意外と大変だけど、準備さえしてしまえば、暇になる時は暇らしい。快く承諾を得られたことが、俺も嬉しくて、お互いに笑顔になる。

「じゃあ、天真、さっそくお前のプレー見せて……って、何その顔?」

 山口先輩から視線を天真に移せば、何故か不満そうに口を尖らせているから、意味がわからない。

「いや、別に?」
「……別にって、怒ってる?」
「別に」

 そう言うけど、絶対にこれはなにか気に入らない顔だ。ずっと天真のことを見ているから、俺には分かる。さっきはノリで良いとかいってたけど、もしかして、俺が近くで絵を描くことが嫌なのか……?

「俺がいると、邪魔?」

 チクリと胸が痛む。こんなこと聞きたくないのに。でも、俺のわがままで天真のことを困らせたくないから。

「んなわけないだろ。ずっと絵利がそばにいるのが当たり前だったんだし、邪魔とか思わねぇし!」
「じゃあ、俺ここにいても良い?」
「……良いけど!」

 投げやりにも聞こえるけど、ここにいることを否定されなくて良かった。

「山口マネージャーは、ちゃんと仕事してくださいよ!」

 俺に向けていた視線を急に山口先輩に向けて、しかもその目が睨んでいるように見えるのだが。天真はサッカーのこととなると目の色が変わるからな。俺のせいでマネージャーの仕事の邪魔になるのだけは、絶対気をつけよう。

「え! もちろんだよー!」
「約束ですよ?」
「うん、約束ーっ! ってか、天真くん、いつまでもここにいると怒られるよ、部長が睨んでる!」
「は!? あ、やべっ、じゃあ絵利! 絶対に俺だけ見てろよ!」

 慌て出した天真は俺にウインクを投げつけて、グラウンドに走って行った。
 なにをやっても様になる。
 そして、なんだよその決めセリフ。惚れるだろ。ヤバい。マジで好きだわ天真。
 湧き上がる熱が放出されていくのを感じて、俺はにやけてしまう口元を手で隠した。

「うわぁ……良きぃ」

 隣でため息を吐くみたいに聞こえてきた声にハッとして、俺は横を見下ろす。
 何故か頬を赤くした山口先輩が去っていく天真の背中を見つめている。
 ですよね! ですよね!
 今の天真かなり良かった! ってか、全人類がそう思うはずだし、俺に向けられている言葉だったことがもう幸せすぎてたまらん。

「古谷くんと滝沢くんは本当に仲が良いんだねぇ」

 ほわほわと浮かびそうなほど軽い心地で山口先輩がこちらに微笑んでくる。

「まぁ、中学からずっと一緒にサッカーやって、そばにいたんで」
「古谷くんはサッカー辞めちゃって良かったの?」
「はい。俺、本当はサッカーあまり好きじゃなくて。天真は才能あるしぐんぐんのびているけど、俺は正直着いていくのがやっとだったので、むしろ辞めるきっかけ出来て良かったって思ってるんです」
「でも、滝沢くんのこと追ってここに来ちゃうんだ」

 少し意地悪そうにニヤリと笑って言う山口先輩に、つい、顔に熱が上がる。天真のことを聞かれると、心が平常心ではいられない。

「……はい。天真のそばには、いたくて」

 素直な気持ちが言葉になる。嘘じゃない。サッカーが出来なくても、俺は天真のそばにいたい。部活が違くても、またこうしてそばにいて好きなことができるとか、最高過ぎるのだが。

「山口先輩、ここで描くこと了承してくれてありがとうございます! マジで感謝です!」

 深くお辞儀をしようとして、松葉杖のせいで中途半端になる。

「あはは、あたしも推しの二人をまた近くで見れて感謝〜」
「……え?」
「あ! ううん。ほら、松葉杖貸して。ここにどうぞ」

 山口先輩が俺の手から松葉杖を取り、空いているベンチに座るように言ってくれる。
 ゆっくりベンチに腰を下ろしていた俺の前に、いつの間にか天真が戻ってきて山口先輩から松葉杖を奪っていた。

「俺がやりますから!」

 鼻息を荒くしている天真に、苦笑いで圧倒されている山口先輩。

「ここに置くからな。困ったことがあれば、一番に俺に言え! わかったな!」

 俺にも強気に叫んだ後、鼻息をフンフン言いながら天真はグラウンドに戻ってすぐにボールを奪っている。

「いや、試合してる途中で抜けてくるなよ」

 あんなん、選手失格だろ。
 呆れていると、隣で山口先輩が笑っている。

「あんまりでしゃばらないようにしよーっと」

 そう言いながら、おずおずと俺から距離を取り、マネージャーの仕事をし始めた。
 俺はそんな山口先輩から視線をまた天真に戻す。
 木下部長はもちろん、二、三年生はさすがに上手い。ボール運びも今年入った一年との差が歴然だ。だけど、そんな先輩たちと遜色なく戦える天真が、誰よりも一番光り輝いて見える。
カッコいい。本当に、サッカーしている天真はカッコいいんだ。