フィールド・オブ・ビュー

「ほんとごめん、絵利。俺お前が不便ないように世話係するから! なんでも言って!」

 今日も部活に向かう前に、天真が俺のカバンを持ってくれて、教室の後ろに立てかけていた松葉杖を持って来てくれる。
 それは非常にありがたいのだが、もういい加減謝るのは無しにしてほしい。

「天真、俺は天真が悪いなんて思ってないんだから、謝らないでよ。この怪我は全部俺の責任。だから、気にするな」

 俺がそう言うと、目の前で頬を膨らませて拗ねるから、かわいい。サッカーしてる時はどこからどう見てもカッコいいしかないのに、サッカー以外で見せるこう言うとこがかわいいから、ギャップがあって天真はモテるのだ。

「でも、ぶつかったのは俺だから!」

 対抗する意味なんてないのに、言い出すと聞かない。俺はそんな天真の性格を知っているから、本当にやりたかったことも言いやすい。

「じゃあさ、天真のこと描かせて」
「……かかせて?」

 俺の言葉の意味が通じていないようで首を傾げるから、もう一度言う。

「天真のことモデルにするから、絵を描かせて」
「え? モデル? 俺が!?」
「そう」
「え? モデル!?」
「そうだってば」

 二回聞いてくるのがテンパっている証拠でかわいい。天真をこんなにかわいいと思うようになったのっていつからだろう。思い返してみるけど、俺の中では出会った時から天真はもうかわいかった。

『お前身長でかいな! なぁ、一緒にサッカーやらねぇ?』
 小学校高学年になってから急に伸びた身長。周りと比べたら頭一つ分突き抜けていて、みんなが俺を見上げてみるのが、少し嫌だった。なのに、中学で同じクラスになった滝沢天真は、そんな俺になんの躊躇いもなく話しかけてきてくれたんだ。
 それが嬉しくて、本当は美術部に入ろうとしていたのに、俺はサッカー部に入ることになってしまった。まぁ、結果、天真と一緒にいる時間が長くて仲良くなれたし、何より楽しかったし、サッカーも割と上手く出来ていたから、良かったなとは思っていた。
 でも、高校ともなればまた話は別だ。
 天真は持ち前の運動神経と才能で完全に高校側から来てほしいと言われる存在。入ってみれば、先輩たちよりもはるかに動けるから、あっという間にチームの要的存在になっていた。俺はそんな天真をベンチから眺めているほうが多い。しかも単なる練習でさえ集中力が欠けて怪我するとか、天真のせいなんかじゃなく完全に俺のせい。

「そういえば、絵利、絵描くの上手かったよな。俺のこと、描いてくれんの?」

 照れたように笑う天真。俺が絵を描いていたことを覚えていてくれたことに嬉しくなる。

「うん。描かせてよ、天真のこと」
「分かった! 最高のモデルになってやるよ」

 天真を見送り、俺は一度美術室へ向かう。途中入部でも快く受け入れてくれた、美術部部長の(きし)先輩に、天真をモデルにして絵が描きたいとあらかじめお願いしていたから、本人の許可が取れたことを報告しにいくのだ。

「え! モデル許可とれた? 良かったじゃーん。おめでとっ」

 美術部という肩書きのせいで、勝手に静かで大人しいイメージの人ばかりがいるんじゃないかと思えば、そんな事はなくて、岸先輩はかなり明るい。
 圧倒されて、俺の方が「はい」と小さな返事を返す。

「じゃあ、スケッチブックを贈呈するので、これに思う存分描いてみて」

 A三サイズのスケッチブックを表彰状を渡すように向けられて、松葉杖を机に立てかけてから、片手ずつしっかりと手に掴んで受け取った。

「まぁ、気楽にやってよ。気が向いたらコンクールとかも出せるから、その時はまた声かけてね」
「あ、あの、サッカー部のベンチで描くのってあり、ですか?」

 誰よりも近くで天真のことを描きたい。思い切って聞いてみるけど、そんなわがままが通るだろうか。不安になるけど、答えはすぐに返ってくる。

「うちはオッケーだけど、サッカー部にも聞いてみて。邪魔にならないようにだけしてれば、多分大丈夫だろうから」
「あ、ありがとうございますっ」
「ふふ、頑張ってね〜」
「はいっ」

 手にしたスケッチブックをじっと見つめる。
 俺が本当にやりたかったことが出来る。嬉しくてスケッチブックを抱きしめた。
 岸先輩がスケッチブックにリボンを通してくれていたから、すぐに肩にかけてサッカー部のいる校庭へ急いだ。