キミが呼ぶときは

「ストップ。Tシャツの上からつけてどうすんだよ」

大きな黒目が驚いたように瞬き、既に脱ぎ捨てられた白スウェットの抜け殻に碧いTシャツが重なる。

好奇心が勝ったのか、真剣な悩みだったのか。もしくは能天気なだけか。そのどれであろうと、少し頭がいたい。

「これホック見えないし無理じゃない?」

両手を背中に回して身悶えるさまは、〝かゆいところに手が届かない〟それだった。延々と見させられるのも悪くはないが、笑いを堪えて、膝立ちで背を向けさせる。

「なー、これやっぱ恥ずかしーんだけど」
「言い出したのはそっち」
「キレイな顔って言ったの、まだ怒ってる?」
「怒ってない。でも……俺は男だよ」

耳元で囁いた瞬間、日焼けの痕跡すらない引き締まった背中がビクリと跳ねた。

「ちょっ、近い近いッ!」
「それくらいちゃんと背筋伸ばせっつの」

根に持ちすぎだとか、暑いだとか、苦しいだとか。そんな苦情を受け流してホックを留めていく。

「できたよ」

再びTシャツを着るだけでベッドが歪み、軋む。開いた窓から十分な雨音が聞こえるのに、小さな布擦れの音まで耳が敏感に拾ってしまい、期待と不安を煽られる。

ボーダーラインを間違えば、十年以上続くこの腐れ縁はおわりだ。

それでも、顔を突き合わせて座り直す。

「で? どんなシチュエーション?」
「えっと、家に遊びに来てて、なんかいい雰囲気になって……」

あぐらの上で頬杖をつく俺に対して、〝彼女さん〟はこぢんまりと膝を抱えた。本物の彼女なら、その幼稚な発想とたどたどしさで既にK.Oかもしれない。

「んで? いきなりブラ外すの?」
「ぁ……まずは近づいて」
「どれくらい? 横? それとも正面?」
「よ、横で、お願いします」

ご希望通りベッドの端に並ぶ。だがそこには、ゆうに二人分の隙間があった。

「……遠すぎない? これじゃキスもできないけど」
「だっ、だから! くっつくと暑いんだって!」

俯く横顔は普段と変わらないが、栗色の髪からのぞく耳だけが紅い。

「んじゃこのままでいいけど、次は?」
「……キス、する」
「するんじゃん」
「えっ……しない、よな?」

〝いまは〟ということか。こいつはまだ墓穴を掘り続けたいらしい。

「まじでやったら横に並んだ意味ないって!」
「なにそれ」
「臣の顔が……は、破壊力すごいから。こんなの、明日……お、臣の目ぇ見れない」