キミが呼ぶときは

あの日と同じだな。

薄いピンク地に黒レースがついたブラジャーを手に、何度目かのため息を吐く。

残り二時間。
あいつが俺を突っぱねるまで、あと何分だろうか。それまでに俺は、友情か恋かを選べるだろうか。



この家のなかで唯一明かりが灯る部屋へと戻ると、あいつはベッドの上で壁にもたれていた。まだ多少の罪悪感が残っているのか、枕は所定の位置に戻り、スマホが乗せられている。

俺はなにを言うでもなく、派手なブラジャーをベッドに放った。

「……え、なにこれ」
「お前の姉ちゃんの」
「はっ? ソレハガチデマズイ」
「本人が場所教えてくれたんだよ。ちゃんと新品」

端的に説明すると、ぽかんと口を開けたままの顔が強張る。今朝、こいつが弱々しい声で電話に出たときの俺も、似たようなツラをしていただろう。

「……本人がって、えっ、なんで?」

なんで、か。
なにも知らない弟からしたら真っ当すぎる疑問で、笑いすら込み上げてくる。

――それは、ひた隠しにしてきた初恋に魔が差したから。

――それは、〝夏の日の過ち〟に目撃者がいたから。

約二年前、中三の夏休み。サッカー部引退をかけたブロック大会を控えていた俺たちは、突然の雨に練習を邪魔され、ずぶ濡れでこの家に帰ってきた。先にシャワーを浴びたこいつは、俺がリビングに戻ると大の字で眠っていた。

誰もいない、いつもなら頭上から太陽の熱を浴びている時間。

別の世界線に迷い込んだような薄暗さと、激しい雨音だけが響く空間で、俺は吸い寄せられるように幼馴染との距離を縮めてしまった。この雨が俺たちの上だけで降っていたわけじゃないのに。

俺を現実へと引き戻したのも、逃げようとした腕を掴んだのも、あの人だ。

『キスを見られたくらいでなんつー顔してんのよ』

『知ってる? 天気予報じゃ晴れは正常、雨は異常みたいに言われるでしょ。でも地球上で全く雨が降らない瞬間ってないの』

『どっかのバカの受け売りだし、ホントかは知らないけど。でも、遅かれ早かれ、こうなってたでしょ』

『そんな顔してるとバレるわよ。お姉様が味方って、最強じゃない?』

あの勝ち気美人が微笑んでくれたおかげで、俺はいまも何食わぬ顔で側にいられる。だからきょとん、と目を丸くされても、こいつの質問に答える気はない。

「ねぇ、まじでオレがつけんの? 外し方知りたいんだけど」
「だからまず手本みせるんだろ」

文句を零しつつも、渋々ストラップに腕が通される。異様な光景を黙って見下ろしながら、微かな罪悪感が音速で横切った。