人の気持ちが分からないので演劇部に入りましたが、前途多難です!


 オオカミ先輩は俺のことが好き。
 俺はオオカミ先輩のことが好き。

「マジか……」

 自室の机につっぷする。
 目を閉じれば勝手にオオカミ先輩の顔が浮かび上がって、「わー!」と暴れた。
 ついにたどり着いた“好き”。でもこれが素敵なものだとは思えない。
 心臓がはち切れそうで、胸がざわつく。恥ずかしくてたまらない。

「明日の帰り、どうしよう」

 部活が休みの間は待ち合わせして帰る。明日だってそうだ。
 こんな状態で会えるわけがない。でも――会いたい。

「うわーっ!」

 会いたいって何だ! いや、いつも会いたいとは思ってたけど、って思ってたのか俺⁉
 だって会えるのが当たり前だったから!

「~~~~っ」

 どんな顔をすればいい? いつも通り振る舞える? もういっそ逃げてしまおうか。

――――あーあ、由瑠に会えねぇのは寂しいな。

「……くそっ」



「おっ」

 正面玄関にいる俺を見つけたオオカミ先輩は驚いた顔をしていた。

「……お疲れ様です」
「逃げると思ってた」
「それも考えましたけど」

 ついでに俺はきっと真っ赤な顔をしている。

「寂しがってたら可哀想、なので……」
「可愛いがすぎる!」
「えっ、なんですか⁉」
「いや、なんでもねぇ」

 オオカミ先輩は笑って俺の頭をくしゃりと撫でた。

「ありがとうな」
「べ、別に」

 俺はフイと横を向いて視線を逸らす。
 笑顔が嬉しい。撫でてくれるその手が嬉しい。
 だからこそ恥ずかしい!

「由瑠はテスト勉強順調か?」

 並んで歩きながら聞かれる。
 なんてことない内容なのに口から心臓が飛び出しそうだ。

「はいっ、あっ、勉強はいいえ!」
「どういう返事だよそれ」

 呆れるオオカミ先輩。
「だって……」と唇を尖らせれば、先輩は吹き出すように笑って足を止めた。それに俺も一緒に止まる。

「くくっ、すげぇカチコチ。緊張してんの?」
「…………っ」

 顔を覗き込まれる。その笑みは甘い。表情が俺が好きだと語っている。よく今まで俺は気付かずにいられたな!

「そんな、緊張なんて……」

 していないと言ったところもうバレているし、していると言うのも恥ずかしい。
 だから俺は俯くようにしながら無言で頷いた。するとオオカミ先輩に腕を引かれる。

「わっ⁉」
「お前、さっきから可愛すぎだろ」

 反射的に顔を上げればどこか余裕のない先輩の顔があった。
 一気に顔が近づき、でも逃げるなんて選択肢はなく目をつむれば。

「城詰?」
「ぎゃー!」
「うおっ!」

 ドン! とオオカミ先輩を押しのける。
 なんだ、誰だ⁉ と振り返ればそこには神崎が立っていた。

「神崎!」
「……ケンカ?」

 きっとオオカミ先輩の見た目と腕を取っているという様子から、殴り合いのケンカをしているのかと思って、声を掛けてくれたのだろう。
 俺は慌てて首を横に振った。

「ちがうっ」
「ならいいけど」

「勘違いしてすみません」とオオカミ先輩に謝れば、「別にいい」と、髪を掻き上げ、どこかムスッとした表情で返す。
 神崎はオオカミ先輩とあまり話したことがないだろうから、勘違いしても仕方が無い。でもそういう人じゃないんだと分かってほしい。

「オオカミ先輩は見た目はこうだけど、ケンカとかは好きじゃない人だから」
「見た目はこうってどういうことだよ由瑠」
「いやだって、そんなイメージないというか」
「そうだなー、由瑠も俺のこと勘違いしてたもんなー」
「う、それは申し訳なかったですけど……」

 バチっと視線が合い、また一気に体温が上昇する。
 瞬間的に忘れていたが、すぐ意識してしまう。俺は身体ごと背けた。

「…………」
「あ、えっと」

 今度は神崎と向かい合う。
真っ赤になっている俺は誤魔化すように笑いながら頭を掻けば、神崎はしばらく俺を見つめてから聞いてきた。

「城詰、役の方はどう?」
「へ? あ、役っ! 役な!」

「えっと」と、オオカミ先輩の方は見ずに答える。

「なんとなく掴めそうなんだけど、好きっていう感情が素敵なものだと思えなくて」
「……由瑠」
「は、はい!」

 無意識に振り返ると、オオカミ先輩はどこか真面目な顔をしている。
 一体どうしたんだろう?

「お前にとって好きってなんだ?」

 オオカミ先輩も役の話しか。
 俺にとって“好き”は昨日から何度も考えている。
 恥ずかしくて、どうしたらいいのか分からなくて。

「あ、扱いに困る、もの……」
「……そうか」

 何か考え込むような仕草をしてから、オオカミ先輩は言った。

「んー、テスト終わるまで一緒に帰るのやめるか」

 予想外の言葉に、恥ずかしさなど消え去る。

「え⁉ なんで⁉」
「少し距離を置いた方がいい」

 だからなんで⁉
“好き”の答えが悪かったのだろうか。今まで教えてくれたのに、俺が変な答えを出してしまったから呆れたとか⁉

「じゃあな、テスト頑張れよ」
「せ、先輩っ」

 引き留めることも出来ず、あっという間にひとり歩いて行ってしまう。

「そんな……」

 き、嫌われた? 時間を無駄にしたとか思われた?
 どうしよう。どうしようっ!

「……ケンカ?」

 先ほどと同じ神崎の質問に、今度は「そうかも」と泣きそうになりながら返す。

「俺、そんなに見当違いな答えだった?」
「いや……でも扱いに困るってどういうこと?」

 神崎が首を傾げる。もう恥ずかしがる余裕なんてない。

「恥ずかしいんだよ。好きだって思うと恥ずかしすぎる」
「へー。まぁそういうのもあるよね、きっと」

 小説を書くからか分からないけれど、俺の返しにどこか納得するように頷いた。

「その好きって狼ヶ峰先輩に向けての好き?」
「なんで知って⁉」
「流れからして分かるでしょ」
「分かるもんなのか⁉」

 表情も声音もとくに変えることなく淡々と言うのは、これも小説を書くからなのか。
 気持ちがバレバレでまた一気に身体が熱くなる。でも神崎が普通すぎて、恥ずかしがっている俺が恥ずかしいみたいな感じになる。

「狼ヶ峰先輩のどこが好きなの?」
「それ答えたらオオカミ先輩と仲直り出来るのか?」
「さぁ。分かんないけど」
「えぇ……?」
「答えられないの?」
「答えられる」

 オオカミ先輩の好きなところなんていっぱいある。バカにするな。

「オオカミ先輩は格好よくて、優しくて、俺のことを顔だけじゃなくてちゃんと見てくれてて」
「うん」
「大切にしてくれて、バカにしたりしない」

 そこまで言って、あれ? と俺は首を傾げる。
 なんだかすごいデジャブ感があるぞ。

――――ちゃんと俺自身を見てくれて、先輩自身も見せてくれて、どちらかというと、先輩の方が歩み寄ってくれるから、だから俺も安心出来る……みたいな?

 そうだ昨日、浜田部長にもこういう感じに話しをしていて、それで俺がオオカミ先輩のことが好きだと気付いたんだ。

 あ、そうか。

「神崎」

 なんだ。俺はもう分かっていたんだ。

「ありがとう」
「別に俺は惚気を聞いただけ」
「意地の悪いこと言うなよ」
「その通りでしょ」
「う……」

 神崎はオオカミ先輩が行ってしまった方角に首を向ける。

「追い掛ければ?」
「…………」

 先輩の姿はない。
 怒っているのか、悲しんでいるのか。先輩がいまどんな気持ちなのか分からない。
 でもこのまま追い掛けても上手く言えるか分からないし、中途半端に言っても信じてもらえないかもしれないから。

「ううん」

 俺は首を横に振った。

「テスト明けに、ちゃんと告白する」