人の気持ちが分からないので演劇部に入りましたが、前途多難です!


 主人公・レイナが営むパン屋の客。
 レイナはいつも笑顔で接するが、客は無言のまま。
 台詞は告白のシーンのみ。

 客  『レイナさん、俺は君が好きです。こんな俺にいつも笑顔で話し掛けてくれる君のことが』
 レイナ『えっ』
 客  『ただの客なのに困りますよね。でも溢れる気持ちを伝えたかった。ただ知って欲しかったんです』
 レイナ『ごめんなさい……私……』
 客  『分かっています』』
   (レイナの手を取る客)
 客  『素敵な気持ちを教えてくれてありがとう、レイナさん』
   (客がパン屋から出て行く)
 レイナ『私も、勇気を出さなきゃ』

 そして物語は後半へ。



「下手だね」
「やっぱり下手だわ」
「感情が死んでる」
「不審者通り超して、ただの棒人間」
「うっ……仰る通りです」

 さらっと流す程度の台本の読み合わせだが、ここまでけちょんけちょんに言われてしま
うなんて。でも我ながら酷い演技だったと思う。周りと違って必死に演技したから尚更だ。

「まぁ城詰くんが難しいのは知っているから……」

 浜田部長がフォローするように言ってくれるけれど、内容は変わらない。

 俺の演技が壊滅的な大根であることは、演劇部全員が知っていることだ。
 時折やるショートストーリーの練習ですら、上手くいったためしがない。

「告白する役とか、一番気持ちが分からないんですけど」

 演劇はただ台本を読めばいいだけではない。どれだけ演じる技術があったとしても、まずその役の気持ちを考えられなければ始まらない。
 この客は主人公のことが好きだと言うが、その好きという気持ちが分からない。

「結城は人の気持ちが分かりたくて入部したって言ってたから」

 脚本を書いた神崎が控えめな声で、でもハッキリと迷いなく言った。

「告白も何度もされてる。だからこれがいいと思ったんだ」
「告白はされてるけど、告白してくる奴の気持ちなんか分からないって」
「だから今回考えればいい」
「だからって大会に持って来るなよ……」
「大切な時ほど真剣に考えるでしょ」
「う……」

 ぐうの音も出ない。
 ただの練習なら『分かるわけがない』で通り過ぎるけれど、大会に出るとなれば素通りなんて出来ない。
 でも俺がこの役を演じることが出来るのか?

「ちょっと大会では難しいかもしれないね」
「浜田部長……」
「一応城詰がいなくても大丈夫な脚本も用意してあります」
「準備よすぎだろ」
「じゃあ練習期間を設けて、それから出られるか判断しよっか」

「それでいいかな?」と周りに確認すれば、皆が賛成だと頷いた。ここで切られるわけではないと分かりホッとする。

「頑張ってみようね、城詰くん」
「はい……」

 それでも明るい先が見える気がしない。


「それじゃあ、今日もお疲れ様でしたー」

 そのあとははいつも通り走り込みや滑舌練習をして部活が終わる。
 台本と役をもらった部員たちはいつもよりも明るく部屋を出て行くが、俺は憂鬱のままだ。
 いつも通り皆が帰った後も残って自主練しようと思っていたところ、浜田部長が俺とは反対の席に向かって手を振った。

「狼ヶ峰くん、お待たせしたね」
「あ、そういえば……」

 役のことばかり考えていたから、すっかり忘れていた。
 視線を向ければ不良番長は何かを縫っている。その手に迷いはなく、本当に手芸部なんだと衝撃を受けた。

「すっごく似合ってない……っ」
「聞こえてんぞてめぇ」
「じゃあ結城くんは今日も鍵よろしくね」
「あ、はい。お疲れ様でした」

 手を振って浜田部長も教室を後にすれば、残っているのは俺と不良番長だけである。
 エプロンさえ無ければ迫力のある目つき。その持っている針で目を刺すと言われても不思議では無い雰囲気に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「あの、その……」

 不良番長は縫っていた糸を歯で噛み切る。そして丸い木で出来た道具のようなものを外して机に置いた。
 目を刺される心配はないようだ。だが立ち上がりこちらに向かってくる。
 殴られるのを覚悟で奥歯を噛み締めたら。

「お前、演技下手くそすぎんだろ」

 ドカリと俺の前の席に座って、呆れるように言った。

「は?」
「流し読みでもあれってどういうことだよ、ほんとに演劇部員か?」

 これは挑発されているのだろうか。ケンカを売られている? でも俺じゃ勝ち目は無いし、言われても仕方が無いくらい俺の演技は酷かった。
 でもこんな部員じゃない人にまで言われたくない。

「こんなイケメンが大根なんて、なんつーか神様も意地悪だな」
「あんたに関係ないでしょ。てか、ギャップが激しいあんたにだけは言われたくない」
「あ?」

 生意気な態度が気に食わないと言って今度こそ殴ってくるかと思ったが、不良番長は殴るのではなく、俺の頬を軽くつねってきた。

「いひゃい!」
「仮にも先輩だぞ。あんたはねぇだろ、あんたは」
「いだ!」

 頬から手を離し、最後はデコピンを食らう。

「俺は狼ヶ峰だ。狼ヶ峰慎二」
「エアコンみたいで呼びづら」
「てめぇ」

 また頬をつねられるのは勘弁だ。
 話しを逸らすように俺は聞いた。

「“ろう”ってどういう漢字で書くんですか?」
「狼のろうだ。格好いいだろ」
「へぇ」

 先ほど見たケンカ。勝った時の姿は狼のように格好良かった。
 この人にぴったりだと正直思って、でも素直に言うつもりもなく俺は視線を逸らして返した。

「じゃあオオカミ先輩でいいですね」
「どうしてそうなるんだよ……まぁいいけどよ」

 ガシガシと頭を掻きつつも怒る様子はない。

「お前の名前は?」
「城詰です」
「シロツメクサか。じゃあお前のことは草って呼ぶか」
「は?」
「お前はオオカミって呼ぶくせに怒るんかよ」
「それはそれ、これはこれです」
「ワガママな奴だな。つーか生意気にもほどがあるぞ」

 怒るどころかどこか面白そうに笑い出した。
 なんだこの人。やっぱり変な人なのかもしれない。エプロン姿なだけある。

「俺のこと怖くねぇの?」
「怖いですけど、それ以上に変な人だなーって」
「素直にもほどがある」
「それが俺なんで」

 飲み込んだ言葉があることは秘密だ。

「ふーん」

 オオカミ先輩は俺の机に頬杖をつき、じろじろと観察するように顔を覗き込んだ。
 一体なんだ。

「さっきさ、人の気持ちが分かりたくて入部したって言ってたよな」

 神崎が言っていたことを聞いていたらしい。俺は眉を寄せる。
 別に隠してることとかではないけれど、面白おかしく皆に知られたくはない。
 オオカミ先輩は「どういうことだよ」と視線で聞いてきたけれど、答えるつもりはなかった。

「俺、大会の練習するんで。帰ってください」
「主人公に告白するやつか。お前なら何度も告白されてんだろ。それ真似ればいいじゃねぇか。あー、告白してくる奴の気持ちなんか分からない……だっけ?」
「…………」

 拳を握りしめる。
 バカにするならすればいい。でもそのときはこの拳を顔面に打ち込んでやる。
 そう思っていたのに、オオカミ先輩は俺をじっと見つめたあとに、自分の髪の毛を掻き上げて「なぁ」と、どこか柔らかい声で言った。

「さっきケンカ見てただろ」

 突然ずれた話題に、パチリと瞬きをする。それにオオカミ先輩は小さく笑う。

「俺、ケンカ強かっただろ?」
「……まぁ、はい」

 五人を一人で相手したのだ。強い以外の言葉はない。

「でもよ、別に好きでケンカしてんじゃねぇんだよ。俺は何か作ったりする方が好きなわけ。ほら、手芸部だし」
「…………」
「でもこの見た目だろ? 好きなことしてるだけなのに笑われたりイチャもんつけてくる奴が多いわけよ」

 オオカミ先輩の話しは心の柔らかい部分の話しだ。
 どうしてこんな話しをしてくれるのか。さっき会ったばかりで、しかも似合わないと言った俺なのに。
 分からない。分からないけれど、握っていた拳がだんだん緩んでいく。

「んでムカつくからボコってたら、いつの間にか頂点立ってたって感じ」

 その言葉はオオカミ先輩だけではなく、俺の心の柔らかい部分まで染みこませた。

「見た目で判断されたくねぇよな」
「…………」

 この人も俺と同じなんだとか、そういう細かいことを考えたわけではないのに、勝手に口が開いて、気付けば話していた。

「俺は、人の気持ちが分からないんです。誰が泣いても怒っても何とも思わないし、友達とかもいらない。つるんでて何がそんなに面白くて笑ったりするのかも分からない」

 幼い頃から見た目だけもてはやされて、それなのに周りからは一歩距離を置かれて。
 顔が良くて羨ましいとか、お前だけずるいとか、適当なことばっか言うから。
 ひとりでいた方が楽で、でもそうしたらもっと周りとは距離が出来て。
 何を思っているか分からなくなった。相手の気持ちが分からなくなった。
 俺の気持ちも凍ってしまったかのように、固くなってしまった。

「だから、演劇で人の役をやれば少しは俺の気持ちも揺らぐかなって。他人を演じるわけだから、その人の気持ちが分かるかもしれないと思ったんです」

「まぁ、難航していますけど」と、先ほどもらった台本を強く握りしめる。
 オオカミ先輩は茶々を入れることもせず、黙ったまま俺の話を聞いていた。こんなことを聞いても面白くもないだろうに。
 すると突然手が伸びてきて、俺の頭をワシワシと掻き混ぜた。

「わっ⁉」
「いい理由だな。気に入った」
「ちょ、なんですか⁉」

 首を振ってその手を退かせば、キラキラ輝く瞳でオオカミ先輩は俺を見た。
 その瞳の中に俺がいる。

「お前、下の名前は?」
「由瑠ですけど」

 ニッと笑った。

「由瑠、俺がお前の衣装を作ってやる」
「は?」
「ぜってぇその役もぎ取れよ。練習も付き合ってやっから」
「え?」
「まぁ取り敢えず――――」

 オオカミ先輩は飛ぶように席から降り、先ほどまで座っていた席へ行く。そして出来上がったばかりなのであろうそれを手に取って渡された。

「この手ぬぐいをプレゼントしてやるよ」

 夏に似合う、花火の刺繍。
 白い布地なのに空を彩るようなそれが綺麗で俺は「わぁ」と感嘆の声を上げたけれど。

「……って、どゆこと?」

 意味が全く分からなかった。