俺は人の気持ちが分からない。
「城詰由瑠(しろつめゆる)くんっ、私、あなたのことが好きです!」
校舎裏の呼び出し、放課後の告白タイム。
俺は目の前の女子生徒に無表情で返した。
「へー。俺はあんたのこと好きじゃないし、あんたの名前すら知らないんだけど」
「あっ、私は」
「いや言わなくていいよ。興味ないから。これから知るつもりもないし。よく何も知らない俺のことを好きだとか言うね。反吐が出る」
「……っ」
「時間の無駄。時は金なりって言葉知ってる?」
「もういいっ」
女子生徒は喋る俺から逃げていく。
後ろ姿を見送ることもなく、肩に提げているカバンを持ち直した。風が前髪を持ち上げる。あぁ本当に時間を無駄にした。
高校に入学してから早数ヶ月。告白された回数なんていちいち覚えていない。
俺はいわゆるイケメンと呼ばれる人間で、廊下を歩くだけでコソコソきゃーきゃー、黄色い声と視線が向けられる。
それを喜ぶ男もいるだろうけれど、俺はそれをうざったいと思う男だ。
「顔だけで選ぶなっつーの」
俺がどんな人間で、どんな人柄なのかも知らずに告白する女は、ただのバカだと思う。恥を知れ。それに付き合わされる俺の身にもなって欲しい。
しかも今日は部活の日だ。まだ時間はあるけれど、遅刻したら責任を取ってくれるのだろうか。
「アホらし」
溜息をついて歩き出す。
校舎裏にまで連れて行かれたから、部活に行くにはまた正面玄関で上靴に履き替えて、三階まで階段を上がらなければいけない。
もうこれから告白なんか無視しようかな、と考えたところで。
「おらぁ!」
「うわっ、なに⁉」
校舎を曲がろうとすると、雄叫びのような声が聞こえた。
何事かと驚き、反射的に壁に隠れた。そのあとも「ぐっ」とか「死ね!」とか声が聞こえる。
恐る恐る顔を覗かせれば、そこにはケンカをしている男子生徒がいた。
殴ったり蹴ったりと、せわしなく砂利の音も響いている。
「こわっ」
殴り合いのケンカとか初めて見た。腹を蹴られた一人はそのまま地面にうずくまってしまった。
っていうか、よくよく見たら一人だけ狙われてる?
小さく指さして数えれば、男子生徒は六人。一人は倒れているけれど、あと四人は円を描くように一人を囲っている。
これってやばくないか?
「ははっ」
心配した俺をよそに、黒髪の男は中心で小さく笑う。
「俺にケンカを売ったこと、後悔させてやんよ」
もう言葉通りだった。
黒髪は殴りかかった四人の拳を綺麗に躱し、足を引っかけて転がし蹴る。それを何度か繰り返せば、誰一人彼に触れることも出来ずに地面に伏すことになった。
五対一で勝つなんて強いにもほどがあるだろう。
「ったく。バカにすんのも大概にしろ」
息も乱さず、髪の毛を掻き上げた。
その姿はまるで勝ち誇った孤高のオオカミのようで、とても格好いい。
つい見蕩れてしまえば、パチリと目が合ってしまった。
「げっ」
「なんだ? てめぇもケンカか?」
正面から見れば、“いかにも”で俺は後ずさった。
長めの黒髪に、手首には黒色と赤色の紐で作られたミサンガ。両耳はピアスだらけで、その目は少しつり上がっている。
まさに不良番長だ。
「ケンカならいくらでも買うぜ?」
ゴキリと首を鳴らした不良に俺はブンブンと手を横に振った。
「いや、ちがいます。たまたま通りかかっただけです」
「あぁ、そーかよ。道塞いで悪かったな」
不良は普通に謝り、そして校舎の壁に立てかけておいたカバンを持ってスタスタと歩いて行ってしまった。
クールなのか何なのか、よく分からない。だがどうやら見逃してもらえたらしい。安堵の息を吐く。
「……部活行こ」
死屍累々の道を通り、俺は校舎に戻っていった。
三階の視聴覚室。
月、水、金曜日の週三回の活動。
一年生は俺を含めた三人、二年生も三人、三年生二人の計八人の部員。
俺の所属している部活動は――――
「こんちは」
――――演劇部だ。
「こんにちは」
「おつかれー」
「ちわーっす」
それぞれが返事をし、各々が好きな場所に座っている。
俺もいつもの後ろの端に座れば、「お疲れ様でーす」と、演劇部の部長、浜田莉菜(はまだりな)が本のようなものを抱えて入ってきた。
「みんなもう集まってるかなー?」
荷物を置き、眼鏡をあげ直す。絵に描いたようなボブカットな浜田部長はニコニコしながら視聴覚室内を見渡した。
「うん、大丈夫だね。じゃあちょっと早いけど始めちゃおっか」
パシンと手を叩く。浜田部長の始まりの合図だ。
「今日は基礎練習の前に大会の話しを進めていくね。一年生以外はみんな分かっていると思うんだけど、うちは九月にある演劇の地区大会に参加します」
俺の通うこの学校の演劇部は、文化祭以外でも大会に参加したり、ボランティアで老人ホームで劇をしたりと、様々な活動をしている。
強豪校ではないし、人数も多いというわけでもないけれど、それなりの部活動だ。
その中で一番力を入れるのは、やはり大会だろう。
「その大会の脚本を神崎くんが無事書き上げてくれましたー!」
どうやら持っていたのは台本だったらしい。
両手で持って喜ぶ浜田部長に、自然にパチパチと拍手が起こる。
脚本係、神崎巧(かみざきたくみ)は俺と同じ一年生だ。元々小説を書くのが好きで、脚本が書きたくて演劇部に入部した――――と、入部した時の自己紹介で言っていた。
それ以上は話したことがあまりないため、どういう奴なのかはよく分かっていない。
だがそれは神崎に限ったことではなく、部員みんなのこともよく知らない。部活が出来れば問題ないし。
「役は当て書きで書いてくれたから、あとで台本配るね。小道具とかの準備は全員でやるんだけど、衣装についてはね――――」
「おう、邪魔すんぜ演劇部長」
浜田部長が説明していると、突然ドアが開いた。男子生徒一人が入ってくる。その顔には見覚えがあった。
「あのひ……と?」
見覚えがあるのは当たり前だ。先ほどケンカしていた彼だ。この短時間で印象的なあれを忘れるわけがない。
だが自信を持って『あの人だ!』と叫べなかったのは。
「狼ヶ峰(ろうがみね)くんタイミングぴったり~!」
真ん中に犬の顔が刺繍された、赤くて可愛いエプロン姿だったからだ。
見た目から不良番長だった筈なのに、今はなんていうか。似合っていないかと聞かれたら、まぁ似合っていないけれど、でもどこかしっくり来るような来ないような。
つまるところ、なんだあの人。
「私たち演劇部の衣装はね、手芸部が作ってくれます!」
「おう、手芸部部長、二年の狼ヶ峰だ。よろしく」
またパチパチと拍手が起こる。
いや待て待て待て。
「ちょ、部長!」
「どうしたの城詰くん」
「この人さっき校舎裏でケンカしてたんですけど!」
「そうだったの?」
ほら浜田部長が驚いている。
あんなケンカに強くてピアスを何個も開けている人が手芸部部長だなんて。
「またケンカ売られて大変だったね。怪我はなさそうで良かったー!」
「え……」
「いつものようにボコっておきました」
「狼ヶ峰くんはケンカも強いの! すごいよねー!」
「でも浜田部長、この人手芸部だって……」
「そうだよー、この赤いエプロンはなんと狼ヶ峰くんの手作り! わんちゃんの刺繍も自分でしたんだよー! 上手だよねー!」
目を輝かせて笑顔で言う浜田部長に、「えぇ……?」と首を傾げてしまう。
ようするに、ケンカに強い不良が手芸部部長ってこと?
「なんか文句あっか?」
「いやギャップがありすぎるでしょ!」
鋭い視線で睨まれているのに、犬の赤いエプロンが可愛くて威力半減!
睨むのか可愛いのか、どちらかにしてほしい!
「演劇部長、あいつ絞めてもいいっすか」
「えっ⁉」
やはり根は不良番長か。
物騒な発言にビクリと肩を震わせて浜田部長を見れば。
「部活が終わってからね」
「止めてくれないんですか⁉」
「わぁった。あっちの席で待ってるわ」
「あんたも律儀に待つわけ⁉」
こちらのツッコミもむなしく、浜田部長はまたパシンと手を叩いて「じゃあ話しを戻すね」と大会についての話しを進めていく。
その間にエプロン姿の不良番長は俺とは逆の端の席に座った。
机に脚を上げることもせず、スマホをいじることもせず、静かに浜田部長の話を聞いている。邪魔するつもりもないようだ。
部活が終わったら俺、どうなるんだろう。
俺は今日一番の深い溜息をついた。


