自称スパダリなモラハラ幼馴染みが溺愛してくる件

暦的には秋に差し掛かっているが、文明の利器に甘やかされた和は変わらない。
どんな時でも冷房を付け、寒いほどの設定温度にし、毛布にくるまって生活している。
傍から見れば、真冬のようであった。

ふわふわサラサラの毛布を体に巻き付け、家にいるときは常に持っているタンブラーの中身はホットのオレンジティー。
部屋でだらだらとゲームをし、映画を見て、読書をする。
お腹がすいたら部屋から出て、寿一が作ってある昼食やおやつを食べ、タンブラーが空になったら、別のタンブラーにほうじ茶を入れて、また部屋に籠る。

外に出るときは、寿一に上から下まで準備させた服を着て、パチ屋に行く。
けれど、一人で暮らしていた時と違って、パチ屋までの道中でバテることが多くなったような気がする。
やはり、冷房は人を弱くするのだ。

ほとんど毎日のようにパチ屋に行っていたというのに、最近は二日おきに行くくらいになってしまった。
やはり、稼ぐ必要がなくなれば、パチンコはしなくなるのだろうか。
それとも、暑いせいなのか、和はどちらだろうと考えながらマンションの一階にあるコンビニで課金用のプリペイドカードを選んでいた。

二万か、二万五千か、どちらがいいだろうか。
財布と相談するが、パチンコに行かなくなったからか、心なしか懐が寒いのだ。
急激に減ることはないが、増えることもない。
増えないということは、和の手持ちは毎月渡される五万だけである。

「……パチンコ、行くか」

プリペイドカードとにらめっこしていたが、ふっと顔を上げて冷房の空間から一時的に出る覚悟をする。
部屋着だが、別に寝癖もついてないしくたびれてないし、このまま行ってもいいだろう。

手に持っていたプリペイドカードを元の位置に戻し、よし、とコンビニを出ようとした和の肩に手がかかる。

「待って待って、どうしてそうなるんだ」

振り返れば、心底呆れたと言わんばかりの寿一が立っていた。

「……夕方まで帰ってこないんじゃなかったのか」

「うわ、嫌そうじゃん。たまにはおれの早い帰宅を喜べって」

寿一のその言葉に自分の顔が思いっきり歪んだのが分かる。
けれど、寿一はいつも通り和のそんな表情を見ても気分を害することもなく、やれやれ、と肩を竦めるだけだった。

「今、いくら持ってんだ?」

「……三万」

「いくらの買おうとしてたの」

「二万か、二万五千」

「和、まだ中旬でもないのに、残金五千円って、何もできないぞ? お前の好きなパチンコも碌に打てないのに。……というか、その金を今日で全部なくす可能性だってあるじゃん」

喧しいやつだ。
この五万を好きに使えと最初に言ったのは寿一なのに。

「もっと計画的に使えよ。この五万はお前の金銭管理能力を上げるために渡してるんだから」

「はぁ?」

「もし、おれが先に死んだら、お前にはおれの遺産が入るけど、それを上手に使えなかったら、破産するのがオチだろ? たくさんあるって言っても、馬鹿みたいに使えばなくなるんだから。だから、今の内にお前は金の使い方を覚えろ」

当たり前のようにそんなことを言われ、店内の楽し気な音楽も相まって徐々に腹が立ってきてしまう。
こいつ、俺をいくつだと思っているのだ、と。

同じ年の男に金銭管理力を試されていたのだと知って、腹が立たないやつがいたら連れてきてほしい。
だが、和のお金の使い方が荒くて無計画なのは火を見るよりも明らかだ。

「何か食べたいのない?」

一度損ねた機嫌は暫くは戻りそうにないため、近くにあったカゴを寿一に持たせ、手当たり次第に飲み物と、お菓子やアイスを入れ、レジで店員にカウンターフードを頼む。
後ろに列ができていたが、和には関係のないことだ。

和は頼むだけ頼んで、支払いは寿一なのでコンビニを出る。
冷房の恩恵を一度も途切れさせることもないまま買い物ができるって素晴らしい。
そういえば、今日が晴れなのか雨なのかさえ知らないな、そう思いつつ住居用のエレベーターを目指して歩く。

寿一はコンビニからまだ出てこないが、どうせ目指す先は同じなのだ。
おいていくことにする。一緒に帰宅しなければならないきまりはない。

一人でエレベーターを待っていると、だいぶ遅れて寿一が隣に並ぶ。
高層マンションの悪いところはエレベーターの待ち時間だ。
長すぎる。

「なぁ、こんなに買って食えるのか? 昼食ったばっかだろ? あ、ちゃんと食べたよな?」

「俺が食べ切れないのはお前が食べればいいだろ」

「え〜、おれの気分じゃないものばっかだよ」

「ふん。気が合わないな。気が合わないやつとのエレベーターは嫌だから階段で帰れよ」

「烏龍茶もらうな〜」

「はぁ? 俺のだし」

「何ならいいんだよ。カフェラテは?」

「俺のに決まってんだろ」

なぜ飲み物ばかりとっていこうとするのだ。

「だって、おれ腹減ってないし。さっき、焼き肉食べてきた」

にしし、と笑う寿一が和にススス、と近寄ってピタリと体をひっつけてくる。
仄かな消臭スプレーの香りと、たしかに臭い。

「……俺には昨日のカレーの残りだったのに、自分は焼肉かよ」

「カレーの残りは残りでもちゃんとチーズカレードリアにしてやったろ。卵もつけたし、トースターで焼くだけ。家から出ないって言ったのは和だからな」

「焼肉」

「……来週……いや、再来週、連れてってやるよ」

「金だけよこせ。お前となんか行くかよ」

「ダメだよ。だって、お前生焼けの食いそうだし」

俺をなんだと思ってるんだ、そう思って寿一を睨むがニコニコと緩んだ顔をこちらに向けている。
和はげんなりした。

「おれがいい感じに焼いてやるから、一緒に行こうな。和とデート〜。一緒に出かけるとか高校の頃以来か?」

「デートじゃない。金だけよこせ」

「はいはい。再来週な」

ちょうど来たエレベーターに乗り込み、八階のボタンを押す来るまでは長いのに、なぜ目的階までは一瞬なのか不思議である。
エレベーターを降りて、寿一が一番端の扉に鍵をさす。
明けっ放しの和の部屋からつけたままの冷房の冷気が漏れ出して、玄関までも涼しい。

「もう冷房いらないだろ」

「いる。俺は十月までつける」

靴を脱ぎ捨てて、自室へと帰ろうとすると、背後から伸びてきた手が和の襟首をつかみ、洗面所へと放りこまれた。

「手洗いうがいしたら、リビング来いよ? コンビニのチキンとお菓子つまみながら映画でも見よう」

寿一の言葉に先日の失態が思い出され、眉間に皺が寄る。
そんな和に寿一は困ったように笑って、重そうな袋を持ち直し言った。

「大丈夫だ。恋愛物じゃない。和はおこちゃまだからなぁ。ホラーにするか?」

その気遣いのような提案に腹が立つ。
そして、やっぱりだ、と思った。

寿一は和のプライドも矜持も、悪気なく踏みつけてくる。
そのくせ、最後のラインは踏まないのだ。

これは、あの日の気遣いを不思議に思った和が、嫌な記憶を遡って遡って思い出した事実だった。
寿一の性格が破綻しすぎて、なかったことにされかけていた記憶たち。

けれど、確かに寿一はギリギリのラインでは止まるし、誰かがそのラインを越えようとすると止めるのだ。

「言ってろ、クソ野郎」

「くちわるーい」

「カフェラテ、タンブラーに移してて。俺、結露嫌い」

「はぁ〜、わがまま〜。あ、和」

んだよ、と無意識に苛立ちのこもった声が出る。
だが、寿一はやはり気にした様子もなく、コンビニの袋の中から何かを取り出して、和に渡してくる。

「一万分な」

差し出されていたのは、プリペイドカードだった。

「……あと一万五千円分足りない」

「それは、自分の小遣いから買えって。はい、ありがとうは?」

ふん、と鼻を鳴らしてそれを寿一の手から取ろうとするが、指先に力がこもっており、なかなか抜けない。

「ありがとう、は?」

「…………買ってくれなんて言ってない」

どうしたって、寿一に「ありがとう」なんて言いたくない。

「なら、これはなしだな~」

引き抜こうとする和の手からするりとカードを抜いて、軽やかな足取りでリビングへと体の向きを変えた寿一に和は仕方なく声を絞り出す。

「……お礼を言ってやらんこともない」

「……及第点としましょう」

馬鹿にしたような視線を向けてくるが、一万のプリペイドカード代だと思って、流しておく。

「ほら、早く手洗いうがいしてリビング来いよ。これは、テーブルの上に置いとくから」

俺は子供か何かか? 
面白くない気持ちを抱えながら、和は泡で出てくるハンドソープで手を洗う。

寿一といても面白くはない。
けれど、世界が寿一と和の二人だけになれば、それは案外平和だったりするのだと、最近ようやく気が付いた。

◆◇

それは唐突に訪れた。
和が一番恐れていたことであり、避けたかったことでもある。

時刻は夜の十一時。
何もしなくてもいい国の住人である和は意外と規則正しい生活を送っている。
そのため、この時間になれば欠伸が出るし、ぼんやりと眠気で思考は鈍る。

そんな和の穏やかな眠気を地球の裏側まで飛ばしてしまうほどの、言葉がリビングに響いた。

「なぁ、そろそろ、付き合って四カ月くらい過ぎるだろ?」

「付き合ってない」

「そういうのはいいから」

「よくない。事実は正しく認識しろ」

「でな」

「おい」

「そろそろ、おれたちは次のステップに進んでもいいんじゃないかって思うんだ」

全くと言っていいほど、和の言葉を耳に入れない寿一の口から出てきたのはそんな言葉だった。

「……俺、風呂入ってくる。眠い。じゃあな」

「まぁ、待てよ」

ソファから立ち上がった和の手を引いて、再びソファへと引きずり戻されてしまう。

「男同士って、洗浄が必要だろ? やってきてほしいんだよ」

殺してやろうかと思った。
なんで、普通に抱く側なんだよ。
いや、抱けと言われてもこんな図体のデカい男に勃つわけもないが、どうしたって抱かれる側に固定されるのは不愉快だ。

「何で怒ってるんだ? あ、抱きたかったか?」

和が怒っているのは理解したらしい寿一がさも理解不能と言わんばかりに首を傾げた。

「お前相手に勃つわけないだろ。ふざけんな」

「え、でも好きなら勃つだろ? おれのオカズはずっと和だし」

聞きたくない情報だ。
魚の餌にもなりゃしない。

「それに、勃たないなら抱かれる側でいいじゃん。勃たせる必要ないんだし」

「お前、デリカシーどこにあるんだ。くそ野郎じゃん」

「どうせ、女とできないのも、上手くできる気がしないとか、AV見て、疲れそうだなって思ってるからだろ。おれが動けばいいんだからよくないか?」

的中してるのが何ともムカつく。

「和には何も求めないって言ったけど、流石に洗浄はさせてくれなさそうだし、それだけはしてもらうしかないから、許してほしんだけど」

そう言えば、初日にそんなこと言ってたな、と思い出す。
ただ、なぜそれを和が飲むと思っているのかが不思議だ。

「嫌だね。何で俺がそんな労力を払わないといけないんだ」

「いいじゃん。したことあるんだろ、おれのこと好きなら、おれとだって一回くらいしてくれたっていいじゃん」

一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
だが、寿一が幽霊だった時に報復として口にした「男とホテル」のことだと遅れて理解した。

「……なんで、過去の経験とお前が一緒だと思えるんだ。条件が違うだろ」

「……条件ってなに」

「お前じゃない。それだけで、別にしてもいいかの対象なんだよ」

「意味分かんねぇ……。恋人なのに」

不貞腐れたような寿一の視線が下を向く。
その横顔は嫉妬で染まっていて、和は無意識に口元が緩んでしまう。
寿一の傷付いた表情に機嫌がよくなってしまった。
にんまりと笑って、和は寿一に言う。

「ただ、……二万五千円のプリペイドカード」

あとから考えれば、バカだった、やめときゃよかった、なのだが、和の脳みそは基本的に後先考える回路が死んでいるのだ。

「は?」

「買ってきてくれたらいいぞ」

「……売春みたいなんだけど」

「俺にとっては似たようなもんだし」

「最悪」

寿一が顔を歪めて、今にも死んでしまいそうな顔になる。
だが、すくっと立ち上がると泣きそうな声で言った。

「コンビニ行ってくるから、風呂入って準備してろよ。後悔させてやる!」

情けない捨て台詞を吐いて、リビングを――家を出て行ってしまった。
いいもん見れた、とソファにきちんと座りなおし、体を鎮める。

「……バカじゃん」

寿一が消えた後、すぐさま自分の愚かさに頭を抱える。
売春じゃん。その通りだ。

しかも、寿一は未だに和が経験済みだと思っているが、抱かれたと思っているのか、抱いたと思っているのか。
いや、抱かれたと十中八九思っているだろう。

「……知らねぇよ」

マチアプで一回会った男に男同士のやり方、洗浄の仕方など、動画と口頭で説明されたが、できる気がしなかった。
洗浄すら難しそうだったのに、それを寿一は和にしろ、という。

だが、言ってしまった手前、ひっこめるなどプライドが許さなかった。
セックスなんて、しなくていいのに。

欲自体はあるのだと、この前寿一に分からされ。
けれど、煽られなければ和の性欲などほとんどないに等しいのに。
そこまで考えると、生き物としても「できない」のだと自嘲が漏れた。

プライドなんてなかったらよかったのに。
こんなの生きてるうえで邪魔でしかない。
恥も外聞もかなぐり捨てて、したくないって泣き喚けたらよかった。

和は重苦しい溜息を吐きながらスマホを手に取る。
もちろん、検索は「男同士 セックス 洗浄」だ。

寿一が帰って来るまでに頭に入れて、風呂に入らなければ。
心も体も頭も重くて仕方がなかった。

◇◆

少しだけ肌寒い室温の中、和は毛布にくるまり、ミノムシになりきっていた。
玄関の開く音と共に風呂へと逃げた和は、ネットでいくつかの記事に書かれていたことを思い出しながら、洗浄をし、逃げるように寝室に籠もった。

寿一から話をきり出されてから、だいぶ時間が経っているが、初めてしたことだし、体のことだし、こんなものだろう。

てか、なんで俺がこんなに労力を払わないといけないんだ。
洗浄だけって言うけど、だいぶきついんだけど!
精神的に来るんだが!?
はぁ!?

内心大荒れの和の耳に寝室の向こう側から、足音が聞こえてきた。
無意識に体がこわばり、そんな自分も腹立たしい。

「和? 髪乾かしたか? スキンケアは?」

「……めんどい」

「はぁ〜」

寿一は手に持っていたドライヤーとスキンケアセットをヘッドボードにおいて、ミノムシ和の頭部だけを剥いた。

「お前の俺の顔への執着なんなの」

「綺麗なものは大事に愛でないと」

そう言って、和の頭の下にタオルを引いてドライヤーで髪を乾かし、化粧水、美容液、保湿クリームを顔に塗ったくってくる。
塗り方だって、初日からだいぶ変わって、今ではマッサージ付きだ。
初めは痛かったマッサージも、顔のコリなどが取れてきたからか気持ちよくて寝てしまいそうだ。

「和、眠いのか? まぁ、いつもだったら、お前は寝てる時間だもんなぁ。……おこちゃま」

「聞こえてんぞ。お前はいちいち、俺を苛つかせないといけない決まりでもあんのか」

「だから、おれの愛でてるところを教えてやってんだって」

余計な優しさである。
寿一が使い終わったドライヤーやスキンケアセットをサイドテーブルの上に置き、照明を落として自分の毛布に潜り込む。
ミノムシと化した和に自分の毛布まで掛けて、抱き寄せられて、流石に少し暑かった。

「……なぁ、してくれた?」

それが何を指してるかなんて聞かなくても分かる。
ただ、疑われているのは心外だ。

「……洗浄って、めんどくさいのか? またしてくれる?」

まだ何も始まっていないのに、次があるのか聞いてくる寿一に呆れることしか出来ない。
そもそも、セックスをしたくない理由が洗浄という和の手間だけのせいだと思われているのが腹が立つ。

「……お前次第だろ。下手くそだったらもう二度としないし、痛くてもしないし、苦しくてもしないし、気持ち悪くてもしない。お前は一生、右手と仲良くしてろ」

和の言葉に、抱き寄せてくる寿一の腕に僅かに力がこもった。
顔は見えないが、和の頭頂部に置かれた頬が温かい。

「丁寧にするつもりだけどさ……、おれ、初めてだし、そこまで求められると無理だ。どっか緩めてくれよ。初めてなんだから、下手くそにきまってるだろ」

思考が止まる。
冷房の機械音と時計の秒針の音が左耳から右耳に抜けていく。

「は……? え、童貞? お前が?」

「は? おれが他でやってると思ってたってことか? 言っただろ、おれはずっと和だけだって。和みたいにふらふらしてない」

ふらふらってなんだよ、とか言いたいことはあるが、今はそこではない。

「だって、……おれが動けばいいとか、おれがやればいいとか、余裕ぶってたくせに、童貞って」

「余裕? あれは余裕だから言ってるんじゃなくて、事実だろ? 和はしたがらない。でも、おれはしたい。なら、おれがやればいい。回数重ねればうまくなるだろ? そうすれば、いつか和だってしたいって思ってくれるんじゃないかって。性欲って、三大欲求の一つだし、和は他二つに物凄く貪欲だから、やり方と受け取り方を覚えれば、性欲にだって貪欲になってくれるって思った」

最悪な観察だ。
何が三大欲求のうち二つに貪欲だ。
みんな食べるし、寝るんだよ。

「……マジで、お前って馬鹿だよな」

「和よりはだいぶ頭いいぞ」

「そういう所が馬鹿って言ってんだよ。言葉選びと、態度がだいぶ馬鹿。俺に嫌われたいのかと思うくらいに馬鹿」

「好かれたいに決まってるだろ……」

「……俺は、お前の「可哀想で哀れ」なところが好きだって言ったのに、真逆なことしてるよな。馬鹿じゃん」

馬鹿なのは自分もだ。
寿一が情けなくも「初めてだ」と明かした瞬間から、自信なさげな声を聴いた瞬間から、こんなにも満たされて、悦んでいる。

「余裕ぶってるお前なんて、大っ嫌いだ」

「だから、余裕なんて――」

「さっさと抱け。俺の気が変わらない内にな」

ほら、やっぱり俺が一番馬鹿なのだ。
余計な言葉ばかり出る口は接着剤で塗り閉じた方が絶対にいい。

息を飲んだ寿一が少しだけ体を離し、暗闇の中、真っ直ぐに顔を合わせてくる。
どのような表情をしているのかは見えないが、情けない表情をしていることは確かだろう。

「……ミノムシの癖に、潔い」

「……寝る」

「冗談だ」

ははっ、と笑いを零した寿一が和の頬を掬い上げる。
その手はじっとりと濡れていて、風呂上がりだと言うのに冷えていた。
緊張しているんだ、と思うとやはり大笑いしたいほどに愉快だ。

ちゅっと音を立ててキスをされ、もう一度、もう一度、と何度も唇が押し付けられる。
そうして、押し付けるだけだったものは、徐々に啄むものに変わり、舐められて、その舌が口内に入ってくる。

次の段階に進んでも、と寿一は言ったが、あの夜以降キスなんてしてないというのに、段階を一つ飛ばしたことには気づいているのだろうか。

キスはやはり、和にとって気持ちのいいものではない。
他人の温度も粘膜も気持ち悪い。
一番不快なのは、初めは怖気が立っているというのに、それがいつの間にか快感に変わっていることが一番不愉快で、許しがたかった。

和はこれからの行為のどこまでを耐えられるだろうか。
ゆっくりと靄のかかっていく頭でそんなことを考えた。

夜が始まる。